OSの未来

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6月6日からサンフランシスコで年に一度のAppleが主催する開発者向けのイベントWWDC~World Wide Developers Conferenceが開催されました。初日のキーノートスピーチでは、病気療養中のスティーブ・ジョブズCEOも冒頭と最後の重要な部分のプレゼンテーションを立派にこなしていました。CEOの登場は投資家筋へのアピールもあると思われますが、何と言っても私たちApple周辺にいるリアルなユーザーにとって、大きな安心感になったと思います。

今年のキーノートスピーチでは、7月にリリースが決まったMac OS X、次期バージョンのiOS5、そしてまったく新顔のサービスiCloudの3つに絞った2時間の内容でした。今回は異例で開催前にあらかじめプレゼンテーションの内容をアナウンスしていて、このイベントに注目している人々にこれらの3つについて特に集中して注目してほしいというメッセージを感じました。そのためOne More Thingの隠しネタはなく、その点でもこれまでとはおもむきが違っていました。

間もなくメジャーアップデートを迎えるMac OS Xは、名称からMacの文字がなくなりOS X Lionとなることから、今後この先進的なOSはMacだけでのものではなくなることが容易に想像できます。以前AppleはそれまでのApple Computerという社名からComputerをとりはずしました。その後、それまでの主力商品だったMacintoshに加えてモバイル方向に大きく注力していったことは、みなさんも記憶に新しいことでしょう。OS X Lionとなることで、もしかするとAppleのOSはプラットホームに関わらずすべてが同じ幹に派生する枝になっていくのかもしれません。

iOS5はリリースを今年の秋に予定していることが発表されましたので、まだ少し登場までには機能面での整備が必要な面もあるでしょう。これと同時期に登場のiCloudは若干状況が異なり、すでに既存iPhoneの中でもその一部が見えはじめています。AppStoreアプリの中に、以前ダウンロードしたものがiCloudアイコンと共にリストアップされていることに気がつきます。また、間もなく登場のOS X Lionにも、その一部が機能追加されてくるはずです。

iCloudとは単なるクラウドサービスとしか、今は見えないと思います。Googleなどがユーザーの持っているデータをインターネット上のどこかの雲の上に格納してくれて、ユーザーはそのことを意識せずにいつでもどこでもデータにアクセスできるサービス、それが一般的なクラウドサービスです。AppleのiCloudもこの方向性ですが、OS X LionとiOSと密に連携している点が他社と異なる点です。アプリケーションやサービスと分離している一般的なクラウドとは違って、Appleの場合にはOSとiCloudが体の一部になっているイメージです。

モバイルとは

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過去の社名からComputerを取り除きAppleとなって以来、この企業が強く進めてきたテーマがモバイル化です。私は数年前から自分のメインMacをデスクトップタイプではなく、ノート型に切り替えました。今では自宅には据置のMacはありません。我が家のような広くない住居にはとてもありがたい仕様変更だったのですが、それ以上にありがたかったのは、MacBook Proがある場所がいつでもすぐに自分の仕事環境や試行錯誤できる実験場にできたことです。幸いにも私の仕事の中では重たいレンダリングや、大容量の非圧縮映像は必須ではないので、このようなMacBook Proの環境で充分だったのです。

これに加えて、iPhoneがあります。以前はiPadも所有していましたが、私の場合にはMacとiPhoneの間にその居場所は見つからなかったので、今は手放しています。妻は今でも1年近くメインのコンピュータとして、リビングであのときジョブズCEOがソファに座って使っていたように、毎日気に入って使っています。 モバイルの定義はユーザーによって微妙に異なります。それは必要なスペックがひとそれぞれで百人百様だからです。私が考えるモバイルは、常に自分がいる場所で普通に快適に自分のコンピューティング環境を取り出せることだと定義しています。時には自宅で、時には街中のスターバックス、新幹線の中なんていう場合もあり得ます。このように私というひとりのユーザーに寄り添うかたちで、私のコンピューティングが着いてくることがモバイルです。どんなコンピュータが必要になるかは、シチュエーションで変わりますが、現状ではMacBook ProとiPhoneの二つ、それに加えてドコモの携帯電話です。

このように私の場合は3つのデバイスですが、これまでならそれぞれのデバイスの中のデータを、定期的に手動か半自動で「同期」しながらデータの一貫性を維持してきました。Appleもこの点では例外ではなく、iSyncという同期アプリと仕組みを提供しています。しかし、iCloudの登場でこんな第一世代の同期システムは姿を消すことになります。なんせOSの中にクラウドと同期する仕組みを持っているので、基本的には同期はOSに任せることになるでしょう。

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OSがクラウドと密接にユーザーからは無意識に連携できるようになって、モバイルはどんな意味を持つのでしょうか?私がイメージするのはbrainとhandの分離です。考えたり発想を生み出したりすることと、実際に自分の手や体を動かして制作行為をする時のワークフローの分離です。モバイルは前者の部分で活躍していくのではないか、と私はイメージしています。後者の制作もしくは創作段階になったら、使う道具は必ずしもコンピュータとは限らなくなります。

この視点から飛躍して考えると、Appleはこの先ワークステーションというジャンルのMacを作っていくのだろうか?と疑問を感じています。この考えがこれまでにも何度か書いたMac Proの存続理由とリンクするのです。映像業界ではMac Proは必須のMacです。その点は私も否定しません。しかし、先に書いたモバイル化の進化において考えると、Mac Proの在り方がこれまでと同じであるはずはないのです。

映像業界へのメッセージ

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皆さんご存知の通りスティーブ・ジョブズCEOは、Appleに戻る以前に今やディズニーのグループになったピクサーを作った人物です。ここでは最先端のコンピュータグラフィックス技術を駆使して、高い興行収益を上げたタイトルを数多く送り出しています。そうなんです、ジョブズCEOは映像業界のことにはかなり精通しているのです。ある期間はピクサーとAppleの責任者を兼務していた時期がありますから、Appleから3D CGのアプリケーションやそれに関連する何かがリリースされても不思議はなかったはずです。でも結果的にはそうはならなかった。

一時はAppleもプロアプリへの積極的なプッシュを表明して、プロフェッショナルならば安定したMac OS Xを使いましょう、とマーケティング活動を推進していました。しかし、iPod登場以降明らかなMac OS Xの先進性が認知されると、そんな必要もなくなり本来の進むべき道に注力していったと私は観ています。映像コンテンツの利用分野はこの先さらに拡大することは間違いなく、私たちの映像業界だけではなく世の中のすべての分野に広く浸透していくことは間違いないと思います。なぜなら、映像は誰が観ても一目瞭然でわかりやすく客観的にメッセージを伝達するために有効だからです。この特徴を利用しない手はないので、今後映像コンテンツの利用は広がると思うわけです。

とは言え、映像コンテンツの利用される分野とこれまでの映像業界が同一エリアではないことの認識は持つべきです。映像業界は制作のテクニックではプロの集団ではありますが、利用するためのアイディアや発想力に関しては最先端ではないかもしれません。yamaq blogの「誰がAppleについていけるのか?」に対するコメントで非常に的を得ているものがありましたので、引用させていただきます。

映像業界の創る映像よりも
業界以外にある映像の方が
数でいっても遥かに多く
影響力を持ったことに
Appleは素直に
目を向けていたのだと思います。
牽引していく力と支える力
Appleは業界ではなく
世界に対しての影響力を考えていると思います。
映像の持つ力は変わっていません。
業界の持つ技術や資産は
生かす方向を考えなさいと
Appleに言われているようです。

Appleという集団は常にあまり多くのことを語りません。ときにはじれったくなるくらい寡黙な姿勢を痛感することがあります。ただ、その言葉にならない先を自分なりに解釈検討分析して、自らの発想力に転化していくことができます。Appleとはそんな企業です。

OS X Lionの影響はどうなるか?

今年のWWDCはこの先10年後くらいに振り返ると、節目になる年だと思います。今年を境にしてOSの進化の加速が高まり、モバイル方向に明確に進路がはっきりするからです。方向性をユーザーをはじめ開発者にも明確にすることで、Appleの意思がはっきりと表明できました。あとはそのAppleについていくか、いかないかのどちらかです。今はまだこれまでの余力でついていける開発者はいるものの、この先さらにAPIの進化や性能向上が急速に予定されているでしょう。そのスピードにどのくらいの開発者がついていけるのでしょうか。あまりにも理想を突き詰めるAppleのスタンスに、まわりが息切れするのではないかとさえ心配になるくらいです。

先に書いたbrainとhandを受け持つツールで見ると、この先Appleはhandを担うツールには手を出さないかもしれません。実際にそれがどうなのかを観察できる次のステップが、FCP Xのリリースだと私は見ています。これがどのように私たちの前に登場して、Appleがそれをどのようにアピールするのか?来月のOS X Lionリリースと合わせて、FCP Xのリリースが大きく注目される時期が近づいています。

WRITER PROFILE

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。