取材:鍋 潤太郎
ディブ・ランド氏、近影 / ハーレーダビットソンをこよなく愛する、バイク乗りでもある

はじめに

筆者がこれまでに何度かレポートしてきたように、現在米西海岸のVFX業界は汲々し、窮地に立たされている。しかし、ハリウッド映画の売り上げは毎年伸び続けている。ハリウッドのメジャー映画スタジオの懐には巨額の利益が転がり込んでいるのに対し、米西海岸にある大手&著名VFXショップ各社は倒産や大幅縮小、移転を迫られている。これは一体どうした事なのだろうか?今月のレポートではこの問題にフォーカスし、この問題について詳しいディブ・ランド氏に独占取材を敢行した。

ディブ・ランド氏は米西海岸で活躍しているVFXアーティストであり、数々の著名ハリウッド映画に参加しているベテラン。また、一連の米西海岸のVFX業界が直面している危機に立ち向かい、実名で活動を行っている人物でもある。ディブ・ランド氏がこれまでに参加した映画作品の一覧はコチラ(IMDBより)。

また、ディブ・ランド氏は昨年のSIGGRAPH2013で開催されたパネル「The State of the Visual Effects Industry」にてパネラーの1人を務め、元デジタルドメインCEOのスコット・ロス氏らと共に米西海岸のVFX業界が抱える問題点についてプレゼンテーションを行った事が記憶に新しい。このようにディブ・ランド氏は、この分野における第一人者と言っても過言ではなく、業界でも著名な「時の人」でもある。それでは、ディブ・ランド氏にお話を伺ってみる事にしよう。

ディブ・ランド氏 独占インタビュー

――鍋:今回は、インタビューにご快諾頂きありがとうございました。まずは、ご自身のバックグラウンドと、一連の活動を始められた経緯をお聞かせください。

ディブ・ランド氏:こんにちわ、ディブ・ランドです。私は1995年からVFX業界に従事しています。これまでに約30本のハリウッド映画や、ミュージックビデオ、テレビ番組、コマーシャル等のプロジェクトに参加してきました。2007年以前は、私はお気に入りのヘッドフォンで音楽を聴きながら、カッコ良いショットを手掛けていられれば満足で、VFX業界内で起こっている出来事については、殆ど気に掛けた事はありませんでした。

また、その頃は給与の支払いが遅れるような事もなく、常にオンタイムで給与を得ていました。時には作業の拘束時間が長く、大変なプロジェクトもありましたが、楽しんで仕事をしてきました。私は、メイン州にあるカナダ国境近くの小さな町の出身ですので、私の故郷から4時間程度のドライブで行ける、隣国カナダのモントリオールへ仕事で赴いた時も、特に苦ではありませんでした。

モントリオールで映画「センター・オブ・ジ・アース」(2008)のプロジェクトに参加していた時、給与の遅滞が起こりました。この時は約130人のアーティストが影響を受け、総額にして1億3千万円に相当する給与が支払われず、背後にいるハリウッドのスタジオは見て見ぬふりをしていました。

そこで私は行動を起しました。多くの人が匿名で支援してくれましたが、私は常に実名を公表する形で活動してきました。また、同作品の主演俳優ブレンダン・フレイザー氏が我々に協力してくれたおかげで、最終的に1億3千万円相当のうち7千5百万円相当を回収する事が出来ました。これは、過去に北米で起こったVFXアーティストの未払い給与問題の事例の中でも、過去最大の回収率だったのではないかと自負しています。

その後、モントリオールでは給与未払い問題が頻発するようになり、続いて制作費に関連した問題が、徐々にアメリカ国内でも起こり始めました。中でも大きな問題となったのは、海外の税優遇や補助金制度の影響でVFX制作費が下がった事もあり、入札プロセスが固定料金化されるケースが増加した事でした。この場合、後から変更が出て追加作業が発生しても、その人件費を追加請求する事が出来なくなり、各VFXショップは、それぞれの営業利益の中からアーティストの残業代を捻出しなければなりません。

そして、カナダを中心とする諸外国が実施する、映画やテレビ、そしてVFXに対する税優遇や補助金制度による国家間&州間での「補助金レース」が加速し始めました。これは、アメリカ国内のVFXショップの経営を圧迫していきました。なぜなら、アメリカのVFXショップは、カナダ政府の政策に対抗するような力は持ちあわせていません。

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3月にハリウッドで行われたVFX業界に従事する人々のデモ行進にて、筆者撮影。「カナダが、我々の仕事を奪っている」というプラカードを手にする人

――鍋:カナダが行っている税優遇や補助金制度は、どのようなものなのでしょうか?

ディブ・ランド氏:これは、ハリウッド映画やテレビのプロジェクトの誘致を行い、撮影やポスプロをバンクーバーやモントリオール等の地元で行ってくれれば、制作に掛かった費用のうち数億ドルを、還付金として映画スタジオへ「キャッシュバック」するというものです。これらの還付金は、残念ながら汲々しているVFXショップへは支払われません。これについては、後でまた言及する事にします。

これよって、アメリカ国内のVFXショップは次々に閉鎖へと追い込まれて行きました。VFXショップは、映画作品を大ヒットに導いてきた、「多大な貢献者」であるはずなのに、です。

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過去10年間に、これだけ多くのVFXショップが閉鎖に(Siggraph2013 The State of the Visual Effects Industryにて、筆者撮影)

そこで私は、行動と発言を強める事にしました。常に実名で活動する姿勢は変えていません。常にポジティブなメッセージを添え、VFXアーティストを境地に追い込んでいる「環境破壊」に対抗する活動を開始したのです。

また、現在カナダが映画スタジオに対してキャッシュバックしている補助金は、純粋なビジネスにおける利益ではなく、あくまでも補助金ですので、「本来であれば得られる収入ではない」訳です。現在、この恩恵(=税金の還付)を受けている映画スタジオがこれに慣れて、この制度の存在を大前提にビジネスを進めてしまうようになると、ひとたび制度が終了した際は破綻します。

結果的に自分達の首を締める事にも繋がり兼ねない、危険な要素を含んでいるのです。この補助金制度は、アメリカ国内のVFX業界にとっては、「最大の敵」となりました。

VFX業界に限らず、現在ロサンゼルスにおけるハリウッド・エンターテインメント業界は、「プロジェクト流出(Runaway Productions)」に苦しんでいます。この背後には、「ハリウッド」のネームバリューと富が、誘致する諸外国にとって大変魅力的であるという背景があります。

「ハリウッドから仕事を受注する」、これはいろんな国や州の地元政治家達には非常に大きなメリットがあります。政治家はこれよって多くの票を獲得し、地位を獲得出来ます。しかし納税者達は、自分達の税金が自国産業の為ではなく、アメリカのビジネスであるハリウッド映画の為に利用されてしまうのです。人間、誰もがスターになりたい。ハリウッドのセクシーな物語と関わる事で、より自分たちが大きくなれる、そんな彼らの心理をついた制度なのかもしれません。

また、これらはハリウッド・ブランドの弱体化を招き、他の地域が「〇〇〇ウッド」という謎の真似ブランドを名乗る機会を増やしているだけのように思います。例を挙げれば、Maplewood、Chinawood、Englishwood、Kiwiwood、Ozwood等があります。

そうではなく、もっとビジネスの本質を目指すべきです。例えば日本には優れた作品を生み出す映画産業がありますし、インドの映画産業はBollywoodと呼ばれる巨大な映画産業を誇っています。このように本質を固める事で、世界の映画産業の全体的な成長に繋がります。各国々や地域が、それぞれのストーリーや文化を発信していく。これらが、本当の意味での産業成長と言えるのではないでしょうか。

現状を長期的に考えれば、ハリウッドにとってダメージに繋がりかねないと考えています。カリフォルニア州にあったVFX会社の多くは、倒産や大幅縮小、補助金制度の恩恵を得られる地域へと移転するかを強いられました。しかしながら、各VFXショップが補助金を貰える訳ではなく、クライアントである映画会社「だけ」が還付金を受け取れる仕組みなのです。

しかも、クライアントである映画スタジオにとって、還付金を受けられる「美味しい場所」、バンクーバーやモントリオール等へ移転しないと、プロジェクトが受注出来ないという矛盾を抱えているのです。

これにより、カリフォルニアのVFX業界は大幅縮小し、従事していたアーティスト達はカナダ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリア等の補助金実施国への移住を余儀なくされました。実際のところ、各補助金実施国の地元雇用だけでは才能ある人材を確保する事は限界があり、かつてのロサンゼルスがそうであったように、世界各国から優れた人材を集めて「多国籍軍」なプロダクションを構成しなければ高いクオリティをキープ出来ないという現実があります。

そのため補助金制度が実施されている場所を目指し、世界中の優秀な人材の大移動が起こります。このようにカナダの補助金制度は、各国や各地域を巻き込みながら、業界を「存続不可能な競争」へと導いている側面があるのです。

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3月にハリウッドで行われたVFX業界に従事する人々のデモ行進にて、筆者撮影。「もう引っ越しは嫌だ!」というプラカードを手にした子供達と母親

――鍋:カナダでは、バンクーバーのあるブリティッシュ・コロンビア州などが中心となり、ハリウッド映画のVFXに対する税額控除を提供してきました。この詳細や、現状についてお聞かせください。

ディブ・ランド氏:カナダのブリティッシュ・コロンビア州は、アメリカの映画スタジオに対して、VFX制作に費やした費用から60%もの還付を提供しています。これは税控除という形、そして税優遇措置や補助金という名目ですが、実際のところ、映画スタジオに対しての直接的ないしは間接的な「現金返金」が行われているというのが実情です。この「無料のお金」は、世界で類を見ない最大規模となっており、ブリティッシュ・コロンビア州は、この政策によって世界最大級の「VFXハブ」になりつつあります。

皮肉な部分は、カナダ国民が支払った税金が、アメリカの映画スタジオの為に使われ、カナダの為に役立っていないという側面です。私から見れば、カナダが行っている政策は、年間に6億5千万ドルを費やして”Maplewood”を築き上げているだけに過ぎないと思います。

――鍋:ここ数年、カナダのケベック州では、積極的な税額控除を提供しています。私の知る限りでも、MPCやFramestore等の著名VFXショップがモントリオールに新拠点をオープンしました。しかし最近、ケベック州は補助金のカットを発表しました。ケベック州の補助金制度に関連する最新動向をお聞かせください。

ディブ・ランド氏:カナダ国内では、ハリウッド映画のビジネスを巡って、各州が競って補助金レースを展開してきました。いくつかの州は競争から脱落しましたが、バンクーバーのあるブリティッシュ・コロンビア州、トロントのあるオンタリオ州、モントリオールのあるケベック州は依然として競合しています。ただケベック州は最近、補助金制度の20%削減を発表し、モントリオールに進出したUbisoftとFramestoreの大手2社は、ケベック・スタジオの拡張計画の変更を発表しました。

これらは、補助金制によって引き起こされた副作用の一例と言えるでしょう。本質を問えば、補助金に頼るのではなく、人材やブランド、映像のクオリティそのもので勝負して、ビジネスを展開していくべきなのではいでしょうか。

――鍋:ロサンゼルス市の新しい市長エリック・ガルセッティ氏は、映画やテレビのプロジェクト流出に危機感を持ち、その対策を講じようとしていると聞きます。具体的にロサンゼルス市やカリフォルニア州は、どのような対策を検討しているのでしょうか。

ディブ・ランド氏:ロサンゼルス市には、これまでにも小規模のプロダクションに対して利用出来る限定的な補助金制度がありましたが、大規模なVFX作品に適用されるような制度は、残念ながらありませんでした。

そこでこの程、ロサンゼルス市長は、テレビや映画業界のプロジェクト流出問題を食い止める為、補助金制度の新設を検討し、その為の担当官を任命しました。また、市内でのロケにおける税負担を軽減し、撮影の許可を下りやすくし、ロサンゼルスでの映画撮影を容易で安価にする策に取り組み始めました。

一方、カリフォルニア州レベルでは、2人の政治家が新しい補助金を含む、複数の法案実現を支援してくれています。この法案は、現在ジェリー・ブラウン知事のサインを待っている段階だと聞いています。知事はこれまで補助金制度には消極的な姿勢を示してきましたが、いくつかの関連法案にはサインをする事に期待が寄せられています。

その法案の1つは「1839」という名前の法案で、年間400億円相当額の補助金を、カリフォルニア州内で制作される大規模な映画用VFXプロジェクトに対して適用するというものです。この法案には期待が寄せられていますが、「これだけでは根本的な解決策にはならない」と考える向きもあります。私個人は、補助金の適用は、厳格で適正な審査と、映画関連組合などの第三者による分析が考慮され、本当に効果的に利用されるべきと思います。

また、莫大な利益を得た映画スタジオは補助金の一部を返還すべきだと考えています。そうでないと、我々は悪い方向に向かってレースを続けていく危険性があります。また将来的に、カリフォルニアの市民は、映画チケットの割引きが適用されるようになると嬉しいですね(笑)。

――鍋:昨年私は、アナハイムで開催されたSIGGRAPH2013のパネル「The State of the Visual Effects Industry」に参加し、あなたがスコット・ロス氏らと共に、米VFX業界を再生させるべく議論を展開していたのを拝聴しました。その際、CVD法を利用した解決策をアプローチ中というお話がありました。あれから1年が経過しましたが、現在はどのように進んでいるかお聞かせください。
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「VFXにCVD法の適応を」と訴えるデモ行進の参加者(筆者撮影)

ディブ・ランド氏:CVD法はWTOの下に含まれる法律です。CVD法によるアプローチの利点は、アメリカ合衆国政府が調査を行い、もし海外のTAXインセンティブや補助金制度がアメリカ国内のVFX産業に不利益をもたらしている事実が認められた場合、海外から得られた補助金等に対して自動的に関税を課すという部分です。

近年、新しい協会であるADAPTが設立されました。この協会は、デジタルアーティストやエンジニアによって構成されています。彼らは昨今の補助金問題についてCVD法の適用を目指しており、ボードメンバーの会長は「敵」である映画スタジオに対しては徹底抗戦の姿勢で頑張っています。私個人は、諸外国が実施している補助金制度は、私たちの敵以外の何者でもないと信じています。その意味では、映画スタジオも「敵」であると言えるでしょう。

CVD法を利用するアプローチを選んだ理由は、政治家の助けを必要とせず、直接手続きを進められる点にあります。CVD法には、国際貿易裁判所にケースを提示出来る利点も含まれています。ただ最近、国際貿易裁判所にアプローチした際に感じられたのは、映画スタジオと親交を持つ複数の政治家による圧力でした。これが今後の進展に悪い影響を与えない事を願うばかりです。

――鍋:今後数年間、あなたの視点からご覧になられて、カリフォルニア州のVFX業界の動向、VFX業界の今後はどのようになると思われますか?

ディブ・ランド氏:私個人は楽観的です。カリフォルニア州で補助金制度が実施されれば、短期的にはVFXショップが形勢を逆転するのに役立つことでしょう。また長期的な視点では、CVD法のような法律を利用して、VFX業界を再び良い方向へ導く事が可能かもしれません。

さて、これはあくまでも私見ですが、クリエイティブな視点から見て、補助金制度が拡大して世界各地にVFX制作拠点が点在し、インターネットを介した「サイバースペース」が必ずしも良い結果を生むとは私は思っていません。言い換えれば、サイバースペース内で作業をする事が、実際に仕事場に行って人と顔をつきあわせて作業をする事と同等以上の良い結果を生むとは考えていません。

監督やスーパーバイザーがディレクションを与える時は、直接指示した方が意思が伝わりますし、インターネットを介してのやりとりでは、かなり部分のコミュニケーションが欠落し、クリエイティブ面にも影響を与える事でしょう。つまり、お金を掛けて同じ場所で作業した方が、良いものが出来るという考え方です。

その裏づけとして、ハリウッド映画の売上げトップ・ランキングに並んでいる作品名を見てみると、これらの作品には2つの共通点があります。VFXをストーリー・テリングに用い、スピルバーグ、キャメロン、ルーカス等の監督と直接顔をつきあわせて作品を完成させていると言う点です。

これらの監督は、可能な限り、人と人とが顔をつきあわせて作業するスタイルを望んできました。私個人は、このスタイルが今後ハリウッドの主流となり、スピルバーグ監督が言うところの”immanent implosion of Hollywood”に繋がるのでは、と信じています。

顔をつきあわせて仕事して、感情と意思を伝達する「ヒューマン・スペース」こそ、優れたVFX作品を生み出す秘訣だと信じてやみません。また近い将来、米西海岸のVFX業界が復活する事を心から願っています。

(2014年8月ハリウッドにてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。