アメリカの地下駐車場の配管パイプ。プロダクションにおけるパイプラインを彷彿させる…
※画像と記事は直接関係ありません(イメージです)
取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

昨年9月の本欄で「初心者向け:プロダクションにおけるパイプラインとは」というコラムをお届けしたが、これが思いのほかご好評を頂き、今回はその続編という形で、ハリウッドのVFXスタジオで実際にパイプライン開発に携わっておられる専門家の方にインタビューを行ってみた。

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レイ・ウェイン(Lai Wayne)
パイプライン・ソフトウェア・デベロッパー / メソッド・スタジオ

台湾出身。アカデミー・オブ・アート大学でアニメーション及びVFXを専攻しMFAを取得。卒業後はリズム&ヒューズ・スタジオ、Reel FX、メソッド・スタジオ等の著名VFXスタジオにおいてプロダクション・パイプラインの開発に従事している。

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レイ・ウェイン氏がリズム&ヒューズにて開発したツールは、アカデミー賞のVFX部門でオスカー像に輝いた映画「ライフ・オブ・パイ」でも使用された。左から、VFXスーパーバイザーのビル・ウェステンホファー、レイ・ウェイン氏、アニメーション・ディレクターのエリック・ジャン・デ・ボア氏と

――まずは、自己紹介をお願いします。

レイ・ウェイン氏:レイ・ウェインです。私はハリウッドのVFX業界に従事して5年になります。これまでに、複数の著名VFXスタジオで勤務してきました。LAのリズム&ヒューズ、ダラスのReelFX、そして現在の勤務先である、LAのメソッド・スタジオがあります。私が開発したツール郡は、アカデミー賞を受賞した「ライフ・オブ・パイ」、ゴールデングローブ賞のアニメーション部門にノミネートされた「Book of Life」、そして「パーシー・ジャクソン」、「Rock Dog」などの映画作品で使用されました。

――現在、メソッド・スタジオで担当されておられるお仕事内容をお聞かせください。

レイ・ウェイン氏:私は、エフェクト部門とライティング部門のパイプラインに関連するPythonやQTベースによるアプリケーションの開発を担当しています。これは主に、両部門でのジオメトリや画像の受け渡しを行う為のものです。また、HoudiniのMantraでレンダリングを行った際、何かトラブルが生じた場合のトラブル・シューティングも担当しています。また、私はこれらの任務を遂行する為、社内にあるポテトチップスと炭酸飲料を大量に消費しております(笑)。

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メソッド・スタジオのパイプライン・クルーと(ウェイン氏は左から2人目)

――ハリウッドのVFX現場では分業制が一般的です。その中で「パイプライン」が極めて重要な役割を果たしている事が知られています。しかし「パイプライン」とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?

レイ・ウェイン氏:「パイプライン」は“VFXスタジオにおける、他の部門へのデータの受け渡しを行う仕組み”の総称です。これは、水道管をイメージすると判り易いと思います。もし、水道管が存在しなければ、川へ行って毎回水汲みをしなければなりません。これでは時間と労力の浪費になります。しかし、一度水道管を設置してしまえば、いつでも水を使える事になります。つまり、VFX業界におけるパイプラインの主目的は、“作業を容易にし、時間を節約する事”にあると思います。

例えば、自動車生産ラインでは、ホイール部門がホイールを製造し、次の作業工程へと渡していきます。これをCG業界に例えると、モデラーが3Dモデルを起こし、パイプラインを介してアニメーターへ渡します。アニメーションが完成すると、アニメーション・データがパイプラインを介してライティング・アーティストへ渡されます。

これが単に、空のハードディスクにモデルを1つだけセーブして、他の人へ渡すだけであれば話は簡単なのですが、現実のVFX現場ではそうもいきません。1,000個の異なるモデリング・データが200バージョンあり、それを100人のアニメーターに、それぞれのショットに必要なモデルだけを渡していくとなると、これは大変な作業になります。パイプラインによって、こう言った作業や管理が、より容易にシンプルになり、各アーティストは“余計な作業に時間を取られる事なく、自分のクリエティブな作業だけに集中する事が可能”になるのです。

パイプラインが必要なのは、なにも大手VFXスタジオに限った事ではありません。小規模のスタジオでも効力を発揮します。パイプラインは、異なるCGソフト間のデータ受け渡しを容易にする事も可能ですから、例えば、Mayaで作ったモデルをHoudiniやNukeに読み込めるよう、自動的に変換したり出来ます。

――パイプラインをゼロから開発していく場合、どのくらいの時間を要するものでしょうか?

レイ・ウェイン氏:パイプラインの開発は、規模や部署のニーズ合わせて段階的に進めていく事が可能です。一例を挙げますと、まずはレンダリングのパイプラインを立ち上げ、それからFX(エフェクト)とライティングへと広げていきます。

パイプラインの構築は、レゴ・ブロックでレゴの街を作っていくのと感覚が似ているかもしれません。FXパイプラインはお家で、ライティング・パイプラインは公園、レンダリング・パイプラインは消防署です。最初に別々に作って、後で繋げて大きくしていくのです。途中で必要に応じて改善していく事も可能ですので、パイプラインの開発には終わりがありません。

FXチームが10人以下の小規模であれば、私の場合、FXパイプラインの開発には3~4週間もあれば充分です。もしそれより規模が大きかったり、仕様が複雑になる場合は、それ以上の開発期間が必要になります。

――パイプラインの開発には、どのような開発言語を使用するのでしょうか?また、その言語が好んでパイプライン開発に使用される理由を教えてください。

レイ・ウェイン氏:ハリウッドのVFX業界では、ほとんどの場合Pythonが使用されています。パイプライン開発にPythonを使用する事は、多くのアドヴァンテージがあります。コーディングが容易で、Maya、Houdini、Nuke等多くのアプリケーションがPythonをサポートしているので、スクリプトのテストを実施する事も簡単に出来ます。

C++やシェルスクリプトもパイプライン開発に使用されていますが、私個人のこれまでの経験では、90%がPython、シェルスクリプトが5%、C++が2%、そして残りの3%がそれ以外(mel、hscript、javaなど)だと思います。

――パイプライン開発でチャレンジが要求されるのはどのような部分でしょうか。

レイ・ウェイン氏:最大のチャレンジは、「テクノロジーに追いついて行く事」だと思います。特にCGの場合、新しい技術が日々更新されています。テクニカル・ディレクターとしては、自分で可能な限り、最新技術を追いかけ、それをパイプラインの中に反映させ、より良いパイプラインを作る事を心掛けています。

――パイプラインの開発で最も重要な事は?

レイ・ウェイン氏:私が常に念頭に置いている事は「ユーザー・フレンドリーであるべき」という事です。パイプラインを採用する最大のゴールは、“アーティストがクリエイティブ・ワークに専念出来る環境を作り出す事”にあります。アーティストがデータ管理や、ファイルのやりとりに無駄な時間を費やすような事態は極力避けねばなりません。

もしもパイプラインがユーザー・フレンドリーな仕様になっていない場合、2つの問題が生じます。1つには、アーティスト達はなるべくパイプラインを使わないで作業を進めるようになってしまい、パイプラインの存在意味が無くなってしまいます。2つ目には、アーティストは使いづらい仕様を理解する為に多くの時間を費やさねばならず、プロダクションにとってはパイプラインの存在そのものがボトルネックとなってしまいます。

これらの問題を避ける為、私は常にアーティストの話に耳を傾け、現場が何を必要としていて、何が彼らにとって助けになるかを理解するように努めているのです。

――現在コンピューター・サイエンスを学んでいる日本の学生さんや、将来パイプラインTDを目指している人たちは、どのような事を学んでおくべきでしょうか。

レイ・ウェイン氏:パイプラインには、FX、ライテイング、レンダリング等、非常に沢山のフィールドがあります。コンピューター・サイエンスを勉強されている方は、まずはプログラミングの基礎をしっかりと身につけておくべきです。その上で、VFXのプロジェクトに積極的に参加し、現場が何を必要としているかを体感するのが良いと思います。

これを行うことで、将来的に自分がどのフィールドに進みたいか等を知る良い機会にもなる事でしょう。私の場合、修士論文をFXにフォーカスした内容にしましたが、結果として最初にFXパイプライン開発者のポジションを獲得するのに役立ちました。

――パイプラインの最近のトレンドやトピックスには、どのようなものがあるでしょう?

レイ・ウェイン氏:私個人は、最近注目されているリアルタイム・レンダリングについて、非常に興味を持っています。例えばUnreal engineのようなリアルタイム・レンダリング・エンジンは、かなりのハイ・クオリティを実現出来るようになりました。また近年では、ご存知のようにVRもポピュラーになってきています。リアルタイム・レンダリングのワークフローに対応出来るパイプライン開発が、今後求められるのではないかと考えています。

――日本のCGプロダクションでは、パイプラインの考え方がまだ一般的ではありません。小規模なスタジオが、ゼロからパイプラインを構築していく場合、どのような準備やリサーチ、考慮すべき点が挙げられるでしょうか?

レイ・ウェイン氏:まず考えるべきは、“何を必要としているか?”を絞り込む事かもしれません。「レンダリング時間を短縮したい?」「レンダー・ファームが必要?」もし答えがYESであるなら、まずは小規模のレンダー・ファームと、レンダリング・パイプラインを構築するところからスタートする、などです。アニメーションのデータ・キャッシングに大量の時間を要している、アニメーションのデータ管理、FXエレメントのバージョン管理が必要、などが課題であれば、アセット・マネージメントのパイプラインの開発が急務でしょう。

前述のように、パイプラインの構築はレゴ・シティのようなものです。お家から作り始めて、消防署、公園と進めていくのです。これらが一定のスタイル(仕様)に基づいて設計されていれば、最終的には美しいレゴ・シティが出来上ります。これが、パイプラインの構築イメージなのです。

――これまで複数のスタジオで勤務されて、パイプライン開発にまつわる面白いエピソード等がありましたらお聞かせください。

レイ・ウェイン氏:この業界の良い部分は、毎日が楽しい事でしょう。VFX業界の人は楽天家が多く、楽しい事が大好きです。ひとつ、私が個人的に印象に残っているエピソードがあります。ある年、エイプリル・フールに1日限定で、各アーティストがビューティ・パスの画像を社内ツールに読み込んだ際に、“Beauty”の文字(この場合「美女」の意になります)の横に彼らのユーザー・プロファイル画像が突然表示されるように細工をした事がありました。

私のツールを使っている人は全員、このイタズラを体験した事になります。これは、パイプライン開発者だから出来る技で、私はフォースで言うところのダークサイドに転じ、エイプリル・フールの1日を満喫したのでありました(笑)。

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ReelFXのクルー達と(右端がウェイン氏)

――「パイプライン業界」の未来は?

レイ・ウェイン氏:今後5年間、パイプラインはますます必要とされる事でしょう。VFXヘヴィーな映画は、ますますポピュラーとなっていき、パイプラインはそのプロダクションを効率良く進行させていくのに不可欠な存在となるでしょう。

――今日は、どうもありがとうございました。

(2016年3月、ハリウッドにてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。