会場はパラマウント・ピクチャーズ・スタジオ。このゲートはあまりにも有名だ
取材&写真:鍋 潤太郎

はじめに

10月21日(金)、日本でも映画「スター・トレック BEYOND」が公開の運びとなった。アメリカでは一足先に夏休み映画として7月22日(金)から全米公開されたが、それに合わせてハリウッドでは米視覚効果協会VES主催によるVES会員向けの試写会と、VFXスーパー・バイザー達によるQ&Aセッションが行われた。今回は、日本での「スター・トレック BEYOND」公開に合わせてその模様をレポートする事にしよう。

会場は、なんとパラマウント・スタジオ

VESは会員向けのイベントやセミナーを頻繁に開催しており、その会場として映画業界でもゆかりのある場所が使用される事も少なくないが、今回の試写会会場は、なんとパラマウント・ピクチャーズ・スタジオの敷地内にある試写室であった。これまで歴代の「スター・トレック」シリーズが撮影された「あの」パラマウントの映画スタジオである。筆者が車でスタジオのゲートに乗り付けると、警備員から運転免許証の提示を求められる。そして「本日の訪問者リスト」の名前と合致すれば、中に入れてもらえるのである。

警備員:はい、お名前がありました。ではそこの駐車場に停めてください。試写室はあちらの奥です。どうぞー。

ハリウッドのメジャー・スタジオのゲートに、自分の名前が登録されているなんて。「…俺も偉くなったな(あ・ほ・か)」などと妄想にふけって半笑いになりながら車を所定のパーキングに停め、一路試写室へ。

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普段は駐車場として使用されている特撮プール。映画「スター・トレックIV 故郷への長い道」のクジラのシーンの撮影でも使用された。後方にはパラマウント・スタジオのタンクも見える

テクテク歩いていると、普段は駐車場として使われている特撮プールが見える。撮影時には水を満たして使用する訳だ。ここは映画「スター・トレックIV 故郷への長い道」のラストシーンで、ザトウクジラを見守るクルー達のシーンなどが撮影された「スター・トレック」でもゆかりのある特撮プールである。

そんなハリウッドならではの光景を横目に見ながら、一路試写室へ。試写室入り口でチェックインを済ませ、いよいよ時間になると試写が始まった。映画は面白かった!思わず画面に引きずり込まれてしまった。試写が終わると司会者が登場し、いよいよVFXクルーによるQ&Aセッションのスタートである。

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歴史を感じさせる試写室。建物は古いが、音響は素晴らしかった

映画「スター・トレック BEYOND」Q&Aセッション

STAR TREK BEYOND in 3D plus a live interactive Q&A with the filmmakers

パネラーの顔ぶれ

  • ステファノ・トレヴェリィ氏:ケルビン・オプチカル/VFXスーパーバイザー
  • ロン・アメス氏:アトミック・フィクション/VFXプロデューサー
  • ライアン・タドホープ氏:VFXスーパーバイザー

主催者であるVESのビル・テイラー氏が司会を務め質問を投げかけて、パネラーがそれに答えるQ&A形式だったので、あまり掘り下げたエピソードは紹介されなかったものの、興味深い話が沢山飛び出す興味深いセッションであった。以下、その要約である。

――これだけの規模の作品だと、各VFXベンダーへの割り振りも含め、コーディネートはさぞかし大変だったのでは?

VFXショット数は1,400~1,500程の規模だった。VFXベンダーはダブル・ネガティブ、アトミック・フィクション、ケルビン・オプチカルという3箇所で、シークエンス毎に分担して作業が行われた。

ダブル・ネガティブはロンドンとバンクーバーにあり、ここがまず最初に雇われたVFXスタジオだった。ケルビン・オプチカルは、J・J・エイブラムスの会社であるバッド・ロボットの社内にあり、言わばインハウスのVFXスタジオでLAにある。アトミック・フィクションはサンフランシスコとモントリオールに制作拠点があり、LAにもオフィスがある。この3つのVFXベンダーでアセットをシェアした。

――割り振りはどうやって決めたのか?

基本的にはシークエンス毎に分担しているが、シークエンスによっては共同で作業した箇所もある。アセットのシェアはチャレンジが多かった。VFXベンダー間ではパイプラインは異なるし、アセットはモデル・データが巨大でシェアするのが大変だった。その関係で、中には重たいデータではなくレンダリングした画像の形で渡すなど、軽く出来る部分は軽くして、負荷を軽減させる工夫もしている。

特にダブル・ネガティブとアトミック・フィクションでは、カメラとライトを共有。複雑なショットも多く、コミュニケーションを密に取りながら作業を進めた。

――プロダクション・デザインは?

NASAのフッテージやハワイの写真などを大量に集め、リファレンスにした。今回はプロダクション期間が18ヶ月しかなく、準備も大変だった。

今回、基本的に全ての宇宙船はデジタルだ。もちろんスウォーム・シップもデジタルで、ダブル・ネガティブが担当した。ダブル・ネガティブのVFXスーパーバイザー、ピーター・チャンは素晴らしい才能の持ち主で、時には自らデザインを起こしながらチームを率いた。また、アトミック・フィクションは船の内部のデザインも手掛けている。

――デザイン面では、オリジナルTVシリーズ(1966)の影響も感じられたが。

監督のジャスティン・リン氏はオリジナルのTVシリーズの大ファン。オリジナル・シリーズが持つ雰囲気もうまく取り入れるよう気を配った。今回のエンタープライズ号のデザインも、60年代のオリジナルをベースに、新しくデザインされている。

オリジナル・シリーズの生みの親であるジーン・ロッデンベリー氏の世界観も大切にしながら、チーム一丸で1日14時間の激務でプロダクション・デザインを準備し、頑張った作品である。

――この作品は3D上映が行われているが、レンダリングは立体で行われたのか?

3D(立体)でのレンダリングは行っていない。3Dは全てポスト・プロセスだ。3DコンバージョンはStereo Dが担当しているが、良い仕事をしてくれた。

nabejun_74_9092 Q&Aセッション中の様子。写真左から
ロン・アメス氏(アトミック・フィクション/VFXプロデューサー)
ステファノ・トレヴェリィ氏(ケルビン・オプチカル/VFXスーパーバイザー)
イアン・タドホープ氏(VFXスーパーバイザー)
ビル・テイラー氏(司会/VES)
――今回の作品でも、斬新な絵作りが見られるが。

宇宙空間には大気が無いので、フォグなどのアトモスフィアが存在しないが、視覚的な美しさを引き立たせる為に加えてみたショットもある。ワープ航行中のエンタープライズ号の周りの空間が歪むワープ・バブルのエフェクトを担当したのは、ダブル・ネガティブ・バンクーバーだ。

戦いのシーンでは、デジタル・ダブルを多用している。デジタルダブルだけで20体が用意された。撮影も大変でアクション・シーンの撮影に8日間を要したシークエンスもある。ただ、今回はレンズ・フレアがあまり登場しなかったかな(場内爆笑)。

――最も難しかったショットは?また、一番最後に完成したショットは?

制作期間が限られていた事もあり、基本的に全部大変だった。様々な要素を含んだショットが沢山登場した。最も難しかったショットは、おそらくUSSフランクリンが谷を飛ぶショット。ここは、最もお金が掛かったショットだった。そして一番最後に完成したショットは、たしかプレミアの直前にアトミック・フィクションから上がってきたと記憶している。

――キャラクターデザインは?

今回も様々な異星人キャラクターが沢山が登場するが、50種の異なるエイリアンがデザインされた。ちなみに「ジェイラ」のキャラクターは、アバターをデザインしたアーティストが起用されている。基本的にデジタルのエイリアンが多いが、特殊メイクによるエイリアンと、その特殊メイクをデジタルでタッチアップしたショットも沢山ある。

――撮影中、俳優達はグリーン・スクリーンで演技する際、どうやってシーン毎の状態を把握したのか。

セットの一部や似たアセットをグリーン・スクリーンの中に配置して、演技する際の参考にしてもらった。今回の作品では新シリーズ3作目という事もあり、主要キャスト達もグリーン・スクリーン撮影には手慣れたもの。お互いに気心知れた間柄という事もあり、彼らの演技の「アンサンブル」がうまく効を奏した作品だと思う。

――スウォーム・シップのパーティクル・シュミレーションはすごい数だったが、およそどの位?

スウォーム・シップのシークエンスのパーティクル・エフェクトはダブル・ネガティブが担当している。プレビスからスタートして最終的に60万~100万機ほどの宇宙船が画面に登場している。

パーティクル・シミュレーションは重く、細かいコントロールがなかなか難しい。監督から「ここだけ、ほんのちょっと動きを変更したいんだが…」という要望が出た時は、その場にいた全員が「NO!」と一斉に叫んだのが、楽しい思い出として残っている。

――最後に「スター・トレック」のシリーズにはクリンゴン人、ロミュラン人、バルカン人など、さまざまな異星人が登場する。みなさんがシリーズを通じて、最も好きな異星人は?

「昔だったら、迷わずクリンゴン人と答えていたんだが…最近はバルカン人かな」

「……バルカン」

「私もバルカン」(笑)

と、パネラー全員がバルカン人と揃ったところで、この日の試写会とQ&Aセッションは幕を閉じた。

このように、現場レベルの話がポンポン飛び出す、興味深い試写会+Q&Aセッションであった。今後もこのような機会があれば、鋭意、読者のみなさんにご紹介していきたいと思う今日この頃である。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。