取材&写真:鍋 潤太郎
取材協力:Fran Zandonella/The Mill,LA ACM SIGGRAPH

はじめに

ここ明るく楽しいロサンゼルス地方には、ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」というものが存在する。日本にもお馴染み「シーグラフ東京」があるが、そのLA版と言えばご理解頂ける事と思う。

LA SIGGRAPHでは毎月テーマを設定し、月例会を開催している。この月例会には誰でも参加でき、会員になって年会費$40.00を納めれば、毎月の月例会の参加費は無料となる。会員でなくても、会場入り口で参加費$20を支払えば入場する事が可能だ。この月例会だが実は、筆者はしばらくご無沙汰であった。なぜなら、最近は「ハリウッドネタ」の月例会が少なかったためである。今回その理由を主催者に尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

以前は会員数も1,300人規模と多く、新作映画のお披露目やVFXメーキング講演など、ハリウッドらしい華やかな内容が中心でした。しかし、2013年頃からカナダの補助金制度の影響で、ロサンゼルスの大手VFXスタジオの倒産や縮小、そして多くのCG/VFX従事者がバンクーバーに移住する等で近年は会員数が大幅に減少しました。

最近は、大学生や大学の研究者、NASAや航空宇宙産業等のエンジニア、そしてLAに残ったVFX関係者で構成されています。その関係で、月例会のテーマも学生さんや研修者が興味を持ちそうな内容を中心に、バランスを考えながら構成しています。

そんな中、12月の月例会は、久しぶりにVFX関連のテーマであった。LAでは少し元気を取り戻しつつある映画分野に加え、テレビコマーシャル分野のVFXは非常に活気があり、多くのCM作品のVFXがLAで制作されている。今回は、ロンドンに本社を構えるVFXスタジオThe Millのロサンゼルス・スタジオによる、テレビCM分野の最新テクノロジーの紹介であった。その模様をご紹介させて頂くことにしよう。

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大学のキャンパス内に建てられた案内。会場はコチラ♪

今回の会場はロサンゼルス国際空港にほど近い、美大Otis College of Art and Designであった。同大学は、LA SIGGRAPH月例会の会場としてよく使用される場所の1つだ。

LA SIGGRAPH 12月月例会

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■An Evening with The Mill BLACKBIRD

日時:12月8日(木)

会場:Otis College of Art and Design

概要:
今月はThe Millのチームが、フォトリアルなCGカーを作る為に開発した、世界発のカー・リグ「The Mill BLACKBIRD」の最新テクノロジーについて、その詳細をご紹介する。このBLACKBIRDは、最近カンヌ・ライオンズ・ゴールド・イノベーション賞を受賞しているという。

6:30-7:30 親睦会
6:30-7:00 LA SIGGRAPH会員優先入場
7:00-7:30 一般参加者入場
7:30-7:45 ごあいさつ
7:45-9:30 プレゼンテーション

nabejun_76_4 プレゼンターの顔ぶれ
写真左/ロバート・セシィ氏:The Mill/Creative Director,Head of 3D
中央/ピート・キング氏:The Mill/Executive Producer
右/タウフィーク・マーティン氏:The Mill/Technical Innovations Manager

冒頭では、まずLA SIGGRAPH代表のレオナルド・ダリー氏が挨拶。本日の運営メンバーおよび会場を提供してくれたOtisの紹介、そして今後予定している月例会のプランなどを説明した。

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冒頭で挨拶する、LA SIGGRAPH代表のレオナルド・ダリー氏

引き続き、LA SIGGRAPHの運営メンバーであり、The MillにてR&Dテクニカルディレクターを務めるフラン・ザンドネラ女史がパネリストを紹介し、質問を問いかけてパネラーがそれに答える形でのパネル・ディスカッションが行われた。以下は、その要約である。

――「The Mill BLACKBIRD」とは、どのようなものなのでしょうか?

BLACKBIRDは、車のコマーシャルを撮影する為の、実物大のカー・リグです。我々The Millと、米企業のJemFX、Performance Filmworksで共同開発しました。車長や車高を自由自在に変更可能で、どのような車種にも対応可能なように設計されています。もちろん、タイヤ&ホイールも自由に交換出来ます。撮影現場では、まずこのBLACKBIRDを撮影し、「ポスプロで丸ごとフルCGの車に差し替えてしまう」というのがコンセプトです。BLACKBIRDの上にはカメラが搭載されています。これで、HDRIやリフレクション用の360°映像が撮影出来ます。このカメラはKeslow Cameraとの共同開発です。

――BLACKBIRDは、どのような時に力を発揮しますか?

車の撮影には、様々な制約があります。しかし、BLACKBIRDを使って撮影し、後からフルCGの車に差し替える事で、さまざまな応用が効きます。車はポスプロで後から「足す」事になりますから、様々な面でフレキシブルなのです。

――開発時には、どのようなチャレンジが要求されましたか?

大変だったのは、全くのゼロからスタートした事でしょう。発想から実現まで足掛け2年を費やしました。その結果生まれたのは「車のパフォーマンス・キャプチャーが出来る」カー・リグです。これを「The Mill BLACKBIRD」と名づけました。

――どのようなプロセスを経て映像が出来るのでしょう?

まず、ヒーローカメラ(コマーシャルで使用する映像を撮影するカメラ)でBLACKBIRDを撮影します。この時、BLACKBIRDは上についている車載カメラで、360°の映像が撮影されます。これはフルCGの車を制作する際のリフレクション素材、ライティング用のHDRIとして使用します。この映像には車の揺れが入っていますので、後処理でスタビライズを掛けてスムーズにします。撮影機材やスタッフさんが映り込んでいる場合は、手作業でペイントアウトします。同時にBLACKBIRDは、撮影時にサスペンションの動きなどを数値として拾い出す事が出来ます。これが、車のパフォーマンス・キャプチャーが出来る利点で、このデータをCGで車を作る際に活用出来るのです。

――撮影に入る前に、BLACKBIRDのセットアップに要する時間は?

実際に映像化する車を実測し、その数値どおりにリグをセットアップします。この作業には大体2週間を要します。サイズは、フィアット500などの小型車から、4WDまで対応可能です。

――素人目には、撮影時に本物の車を撮影してしまった方が早いように思いますが(笑)、どんな時に効力がありますか?

いろいろ利点がありますが、特に「車の実物がまだ存在していない場合」に力を発揮します。例えばニューモデルのコマーシャルで、まだ該当車種が実在していない場合などが挙げられます。最終的にフルCGの車に置き換える事がコンセプトなので、後から部分的にパーツを変更したいとか、ディテールを足したいとか、多くの面で応用が効きます。

――ヒーローカメラから撮影した映像は、どのようにしてCGの車に置き換えるのでしょうか?

まずクリーン・プレートを起こします。これは、前後のフレームを使うなどの伝統的な手法でBLACKBIRDを画面から消し去ります。また、車載カメラから撮影した360°の映像を使ってマット・ペインティングする事も出来ます。CGカメラやCGカーは、伝統的なカメラ・トラッキングのツールを用いて、カメラのアニメーション、車のポジションやローテーションなどをトラッキングします。

――何本位のコマーシャル作品で使用されたのですか?

これまで、5~6本の作品で実際に使用されました。詳細はホームページに掲載されています。

――先ほど流れたサンプル映像に入っている土煙は、パーティクル等で足したのですか?

多くの場合、撮影時の土煙をそのまま使用出来ます。必要に応じて、後からCGで足す事も出来ます。

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パネル・ディスカッションの様子。左端が司会&進行のフラン・ザンドネラ女史

――BLACKBIRDは、その名のとおり、塗装が黒ですが、何か理由があるのでしょうか?

撮影時に周りへの影響が出ないという事が最大の理由です。例えば、赤だと、地面や周囲に赤い色が反射してしまいます。BLACKBIRDのコンセプトには、「ポスプロ作業を可能な限りミニマイズする」という事がありますので、色についても同様と言えるでしょう。

――BLACKBIRDはガソリン車?それとも電気自動車ですか?

電気自動車です。運転手は車の中央付近に搭乗します。最高速度は66.75マイル(時速106km)です。殆どの車のコマーシャルは、時速40~50マイルで撮影されますので、充分な速度と言えます。バッテリーの充電には6時間ほど掛かります。

――車載カメラは何台設置されているのでしょうか?カメラの解像度は?

カメラは4台搭載されています。これで360°をカバーします。カメラ1台の解像度は6Kです。撮影速度も24fps、48fps、96fpsに対応可能です。これでHDRIの動画を撮る事が出来るので、CGのライティングで活用できます。また、360°の撮影が可能なので、VRへの応用も可能と言えるでしょう。

――BLACKBIRDの今後の展望は?

撮影現場でのフィードバックをベースに、カメラやリグの開発を進め、時期バージョンに反映したいと考えています。また、車以外への応用や、VRなどのニーズにもフレキシブルに対応したいと思います。

――それではお時間です。今日はどうもありがとうございました。

…というプレゼンテーションであった。

おわりに

筆者の知る限り、ここまで気合の入ったカー・リグの開発は、大手VFXスタジオや映画プロジェクトでもあまり見たことがなく、大変興味深いプレゼンテーションであった。また、その着目点にも脱帽である。車のコマーシャルは予算が高いため、時間をかけてこのような開発を行っても、数本を裁けば採算が取れてしまうという証なのだろう。

フラン・ザンドネラ女史によれば、現在The Millのロサンゼルス・スタジオには、現在150人のクルーが勤務しているという。150人は中規模のVFXスタジオだが、昨今のロサンゼルスの現状で150人は大所帯と言えるだろう。それだけコマーシャル分野のVFXニーズが西海岸に残っている事は、嬉しい動向である。

参考:The Mill BLACKBIRDについて、更に詳しく知りたい方はコチラ

■プレゼンテーション映像

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。