txt:鈴木佑介 構成:編集部

シグマのシネレンズは「勝負パンツ」ならぬ「勝負レンズ」

シグマのシネレンズ18-35mm T2と50-100mm T2は、まさに「勝負パンツ」ならぬ「勝負レンズ」。実際に仕事で使用した感想として、自信を持って言える。私はこのレンズが大好きだ、と。昨年の秋にシネレンズを発表し、映像機器のマーケットに参入したシグマ。18-35mm T2と50-100mm T2のハイスピードシネズームレンズを皮切りにフルフレーム対応のズームレンズ、プライムレンズと、ラインアップを拡張している。

シグマのレンズと言えばシャープな画質と高い解像感。最近では「Art」シリーズのレンズ描写に魅せられ、写真業界のみならず動画制作者の間でもシグマのレンズを使う人は多い。筆者も昔5D Mark IIIやGH4を使っていた頃、シグマの単焦点レンズやズームレンズを愛用していた。やはり、シグマのレンズが描くシャープな画というものが独特で魅力的だからだ。

筆者は、機材のシステムをソニーのEマウントにした都合と、マウントアダプターは極力使いたくないという事情から、ここ数年シグマのレンズから離れていたのだが、今回発表されたシネレンズは評判のいいArtレンズの光学系が移植されるということに加え、マウントが「PLマウント」「EFマウント」のみならず「Eマウント」も発表された。

αをはじめとしたソニーのカメラにすっかり染まってしまった私の思考はいつも単純で「Eマウントが出る→ボディ内手ぶれ補正で手持ちで使える???」ということが真っ先に浮かぶ(笑)。そうなると、是非使ってみたい!となる。そんなわけで、とある機会にシグマさんに直談判して18-35mm T2と50-100mm T2をお借りして試用させて頂いた。

FS7などのシネマカメラで使用するだけでなく、α7S IIやα6500などの一眼でさらに手持ちで使えたらどんな世界が見えるだろう?両極端な使い方を実際の仕事で検証してみたのでレンズの特長を紹介するとともに、実際の使用感をお伝えする。

1.フルメタルボディのシネレンズ

フルメタルボディのレンズを触っみて思ったのは「でかい」「重い」でも「上質でカッコイイ」「頑丈そう」これが率直な感想だ。高級感がありプロダクト自体が美しい。
※お借りした際、専用のペリカンケースに入っていたのだが、これが所有欲をくすぐる。

機能面では、シグマのシネレンズはラインナップでギアの位置が統一されているので、レンズを交換してもフォローフォーカスなどの位置調整をしなくても済むようになっている。またレンズ両側に目盛りが表記されているので、カメラのどちら側からでもフォーカシングが可能。絞りリングのデクリック感が気持ちよく、撮影中もスムーズに絞りを変えることができる。フォーカスリングの回転角は180°。トルク感はちょうどよく、合わせるフォーカスの範囲にもよるがフォローフォーカスなしでも扱える。

ズームリングは回転角200°と大きく、一度では回しきれないのでクイックズーム的なことは出来ない。また、ズーム用のレバーなどはないのが少し残念だったが明らかにスチルレンズよりも動画撮影の運用はしやすい。

2.ズームレンズでなく、バリアブルプライムレンズ

FS7+18-35mm T2&50-100mm T2
※XQD 内部収録
10bit 4:2:2 S-log3グレーディング有

焦点距離はそれぞれ18-35mm(35mm換算で約27~53mm)と50-100mm(35mm換算で約75~150mm)。全域でT2(F値でおよそ1.8)という明るさの大口径レンズ。さらっと書いてあるが、通しズームでF2.8以上というのは本当にすごい。フィルター径は82mmでマットボックスを使用しなくても直接レンズにフィルターが装着できるので一眼でも使いやすい。

気になる画質面は、私的に「異次元」とも言えるぐらいの高解像感と立体感を描き出してくれた。実際FS7とα6500で撮影した4K動画(フィニッシュはフルHD)から切り出した画をご覧いただきたい。

α6500+18-35mm T2&50-100mm T2
※外部収録8bit 4:2:2 PP6&PP7(S-log2)ノーグレーディング

光を捉え、シャープでありながらも柔らかくボケも息を飲むほど美しい。全域で単焦点のような描写をしてくれるのだ。そう。シグマのシネズームレンズは従来の「便利なズームレンズ」ではなく、レンズ交換を必要としない1mm単位で画角を調整できる「バリアブルプライムレンズ」なのである。4K~8Kの解像度をカバーするという謳い文句は伊達じゃないと実感した。

3.「創る」現場で使うべきレンズ

筆者が定義していることで、撮影には「テイク」と「メイク」がある。Weddingやイベント、ドキュメンタリーなど元々ある進行に沿って写していくことを基本とする撮影が「テイク」。PVや映画など、ゼロベースで創っていく撮影が「メイク」である。シグマのシネレンズはこのレンズの特性や重量から「メイク」の現場。つまりは「創る」現場の撮影に向いていると感じた。

今回、レンズを借りている期間中に化粧品のWeb用PVとウェディングの前撮り撮影という「メイク」の撮影があったので両方の現場での使用レポートと完成動画をご紹介したい。

4.FS7で化粧品のPV撮影

化粧品のPVは都内のハウススタジオでモデル(大橋夏菜さん)がクレイパックの使用感をインタビューで話した後、クレイパックの使い方を紹介するというトータル3分の映像。ここではメインのパートをFS7で、インタビューパートをα7S II2台で撮影した。

α7S IIの4K撮影はSuper35mmモードで撮影できないので、フルフレームの設定のまま超解像ズームで1.5倍にしてケラレをカバーして使った。

本作は1カットずつきっちり演出してライティングして撮る要素と状況を与えて、メイキングっぽく撮る要素を交じえて撮影した。きっちり撮るパートは本当にライティングした画を忠実に映し出し、商品であるクレイパックのシズル感、立体感をきっちり描いてくれた。またシャープな印象の強いシグマのレンズだったが、ある程度絞ればシャープに解放側は輪郭を残しつつ、やわらかに描いてくれて、女性の肌感、質感の描写もよく肌色が綺麗に出てくれた印象がある。

メイキングっぽく撮るパートは主に手持ち撮影で行ったが、レンズの重さが良い方向に働き、手ぶれを抑え、臨場感のある揺れに変えてくれる。今回フォローフォーカスを使ったがフォーカスのトルクがちょうどよく、一人でも操作し易かった印象だった。「この重さがちょうどいい」そういう印象だ。やはり動画軸で考えるとシネレンズは動画撮影に最適であると再認識した。

5.一眼での手持ち運用方法を考える

この重くて巨大なシネレンズを、小型のAPS-C一眼であるα6500につけて主に手持ちで使う。普通にカメラに付けただけでは、どうやっても撮りづらい。18-35mmならどうにかなっても50-100mmは無理。レンズを手で抑えていないとマウントが根本からもげてしまいそうになる(苦笑)。でもケージやらサポートロッドやらをつけて仰々しくはしたくない。そこで低価格で品質も良いとネット上で評判のいいSmallRigのケージを購入。トップハンドルを付けて、その先にNINJA BLADEを装着するスタイルを取った。

手持ちで使っていてNINJA BLADEが外れてしまわぬよう、マンフロットのマジックアームを使い理論上外れにくい方法を考えて装着してみた。これならば液晶位置が大画面で見やすいうえ、角度の調整が可能。さらに外部収録することで8bit 4:2:2と少しカラーサンプリングレートが上がる。

6.α6500でのウェディング前撮り撮影

ウェディングの前撮りと聞くと“衣装を着て、写真の前撮りを動画で一緒に撮る”ようなイメージがあると思うが、筆者に前撮り依頼をされる方は、いい意味で変わった方というよりこだわりのある方が多い。今回は「お互いに手紙を読むとか生音の要素はなしで、特に衣装とか着ないでミュージックビデオみたいなものを!」というような要望を頂いた。

スケジュールの都合で、筆者の助手にトータルの進行と撮影と編集は任せて、本来は監修の立場で、本番は撮影ヘルプする案件だったのだが、ちょうど撮影前にこのレンズをお借りできたので、ついついはしゃいで助手くんを押しのけてグイグイ撮影して編集もしてしまった作品である(笑)。

今回の映像は結婚披露宴のオープニング映像として、どかーんとインパクトある2分前後の映像を流したい!ということで、本当に映像と音楽のみの構成。二人のバックボーンとお互いが惹かれた理由などからストーリーを構築、イメージの世界を構成した。

ロケーションは大きく2シチュエーション。暗い場所(劇場内と夜道)と明るい場所(緑のある山)となっていて、その9割を手持ちで撮影した(1割は夜道のシーンで三脚を使用した)。まず暗い場所での使用感だが「T2(約F1.8)はすげぇ」ということ。ノイズ感がないうえ、美しい。LEDスポット3灯でライティングしているとはいえ、きっちり雰囲気を出してくれている。

暗部撮影はフルサイズでα7S IIが最強!と都市伝説(実際筆者も思ってた)があるが、Super 35mmセンサーでも全然問題ないうえ、解放でもフォーカスコントロールがし易い!フルサイズだとF1.8なんて薄ピンすぎてコントロールがとても難しいし、上半身全体にフォーカスが合うことも難しい。ここでも「Super35mmセンサーが動画撮影にちょうどいい」という先達たちのお言葉を実感した。

そして劇場内に新婦がやってくるシーンでは真っ暗な劇場にLEDスポットを2灯足元に並べられたローソクの明かりのみ。ここでもきっちり画を映し出してくれて、ノイズも少ない基本解放(T2~2.4くらい)でISOは1600~2000あたりを使用。

前述だが、本作の9割は手持ちで撮影している。シグマのシネレンズのEマウントは電子接点が付いているためボディ内手ぶれ補正の調整が不要。レンズの焦点距離をオートで認識するので、ほかの電子接点のないEマウントに比較して、手ぶれ補正がとても使いやすく効きが良い。操作はあくまでレンズ側だが、現在の絞りが液晶に表示されるので把握がしやすい(画面上ではF値で表記)。

屋外などの明るい場所ではNDフィルターが必須となる。内蔵NDがないα6500での使用は、82mm径の可変NDフィルターを装着して使用。正直画質が劣化してしまうのでそこは残念なところだ。

本作の屋外での撮影はノーライティング。レフすらも使っていない。その場の状況で光を見て構図を作り、撮影を行った。見てキレイだなと思った光をシグマのシネレンズはしっかりと捉えてくれる。筆者は逆光表現が好きで同レンズはかなりの耐性があり、逆光の撮影でもかなりコントラストの高い描写をしてくれた。そしてハレーションやゴーストも敢えて出そうとしないと出づらい、設計段階からかなり計算されて作っていると感じた。

全体的に満足しているのだが、1点だけ不満というか残念なことがある。50-100mmの方はシネマレンズなのにブリージング(フォーカス時の画角変動)が起きてしまう点だ。がっちりフォーカスを決めて撮る分には問題ないが、フォーカス送りをしたい場合は18-35mmを使って対処した。ちなみに18-35mmは結構寄れる(ワイド側で約12cm)。

7.「何かを創りたくなり、Super35mmセンサーの価値を高めてくれる」レンズ

実際に使用し、この2本の作品制作を通して感じたことは2つ。まず一つは、このレンズを手にすると「何かを創りたくなる」。ただ写すのではなく、何かを創りたくなるのだ。所有感というか、持つとドキドキする。この重いレンズを通してみた世界が違ってみえる。はじめて一眼で動画を撮った時のような感動と衝動が生まれる。テンションが上がるのだ(これはシネレンズの類をあまり触ったことのなかった筆者だから、かもしれないが、同意してくれる方も多いと思う)。

もう一つはSuper 35mmセンサーのカメラの価値を高めてくれるということ。実際問題、フォーカシングやボケなどSuper35mmセンサーが動画的にちょうどいいというのは頭で認識していたが正直、センサーの種類や映像エンジンなどが同じ条件ならフルサイズの方がキレイじゃん?と思っていた。でもこのレンズで撮影してみて考えが変わった。フルサイズでなくても問題ない。いろいろなカメラを所持し、実際使っているが、今の時代においてボディは「画を電子信号に変換する箱」のようなものかもしれない。だとすると、大事にすべきなのはレンズだ。正直、描写はレンズ次第だと今回再認識した。

18-35mmと50-100mmこの二本があれば大抵の撮影はこなせる。しいて言うなら広角側と望遠側があと一息というところなのだが、先日14mm(35mm換算で約20mm)と135mm(35mm換算で約200mm)のシネレンズが正式に発表された(しかもフルフレーム対応)。この4本のレンズがあれば、もう現場ごとにあれを持っていこう、これを持っていこうとレンズに悩むことはなくなるのではないか?発売される新しいスチルレンズに対して一喜一憂することもなく、本来大事にすべき映像の制作に打ち込めるのではないか?と思う。

このレンズは6K~8Kまで解像度をカバーできる設計になっているという。新しい機材を買えば、人と違う映像が撮れる時代はもう終わった今、買うべきものは5年~10年先も使えるこのレンズではないだろうか。お借りしていたレンズを返却したあと、完全にシグマのシネレンズロスになっている筆者はここ数日、ずっと短編映画の企画などを考えたりしている。ああ、映画が撮りたい。シグマのシネレンズはそう思えるレンズだ。最後に補足すると、このレンズで撮った映像の依頼主は「美しい」を連呼して大喜びしてくれた(嬉)。

WRITER PROFILE

鈴木佑介

鈴木佑介

日本大学芸術学部 映画学科"演技"コース卒のおしゃべり得意な映像作家。専門分野は「人を描く」事。広告の仕事がメイン。セミナー講師・映像コンサルタントとしても活動中。