App Storeスタート

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1月6日からスタートしたAppleのMacintosh向けアプリケーション販売サービスApp Store。Macユーザーの方々はすでに試されているのではないでしょうか。Mac OS X10.6.6へのアップデートをすることで、専用サイトへのアクセスが可能になります。今回はリリースを迎えて触れてみた印象から、もう少し考えてみたいと思います。さらに去年末に購入したApple TVについても少しだけ触れます。

そもそもパーソナルコンピュータが登場してからずっと、単なる機械の固まりであるPC本体に加えて、必要だったのがソフトウエアでした。機械と人間をインターフェースするオペレーティングシステムも、ソフトウエアの一種と言えます。それらは古くはフロッピーディスクやCD-ROM、DVD-ROMなどのメディアに収めてパッケージとして形にして販売していました。あえてこのような物理的なメディアに入れて販売していた経緯は、ソフトウエアの受け渡しの方法がそれしかなかったということもありますが、インターネット普及以降はその手段が大きく変化してもおかしくはなかったのです。

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本来はデジタルなバイトデータの集まりがソフトウエアですから、物理的な形にして販売することは必須ではなかったはずです。しかし、流通システムが物理的な物販として定着しているため、関係社が多く簡単にはその仕組みを切り替えることは困難だったはずです。Appleは自社が独占的に開発と販売をしているMacintoshでは、それに関する仕組みを変革するためにはそれほど大きなブレーキ要因が少なかったのが幸いしました。何か素晴らしいアイディアを思いついても、いわゆるしがらみに縛られるということが少ないですし、そもそもそんなレガシーな発想を持っていない企業です。

膨大な数を店頭に並べるネット販売

MacだけではなくWindowsのソフトウエアでも、いったい世の中にはどれくらいの種類のソフトウエアが存在しているのでしょうか。それらを知るためには、インターネット上の紹介やブログなどでの情報、または雑誌での特集などいろんな方法はあるものの、それらを総合的に網羅することは現実的には困難です。物理的な制限があるためです。この制約をブレークスルーしたのがAmazonでした。恐竜の背の高い首から、長くて背の低いしっぽまでの形から、ロングテール現象と呼ばれています。世の中にあるたくさんのものをまずはネット上の「店頭」に並べてみる。それらはたくさん売れるヒット商品だけではありません。年間にひとつかふたつしか売れないマイナーなモノもあります。しかし、ネット上ではその店頭に製品が並んでいることが重要で、その結果検索サイトから経由した来店が可能になるのです。 App Storeも今後はMac版ソフトウエアのAmazonのようになるのだろうと、実際に使いはじめて感じています。ここの店頭にさえ並んでいれば、App Storeの検索ボックス経由でその存在に気がついてくれる人がいるかもしれません。このように目に見える形になった製品からネットだけで流通できる製品にシフトすることで、レンタルビデオ業界も同じような可能性を秘めています。私は年末に遅ればせながらApple TVを購入しました。小さな黒い筐体にネット接続を加えることで、膨大なライブラリへのアクセスが開かれるという製品です。

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まだまだレンタルできるコンテンツは数少ないものの、この数が増えていくのは時間の問題でしょう。一度借りてみるとその高い利便性に、どうしてもっと早くこんなのが出てくれなかったのだろう、と感じました。物理的なパッケージを借りるレンタルDVDとは違い、見終わってから返却することは不要です。これはレンタル店への距離が遠い方にはとてもうれしい特徴でしょう。また事情があって外出できない場合にも有効です。

少し話は横道にそれますが、Apple TVはパーソナルコンピュータとリビングにあるテレビとを仲良くしてくれる効果もあります。私は以前、テレビはコンピュータに早い時期に置き換えられるだろうと考えていましたが、しばらくは共存しながらそれらの役目をシェアしていくのではないかと考えるようになりました。そうは簡単にテレビはなくならないでしょう。しかし、テレビ放送はどうなるかはわかりませんが。ここで言うテレビとは、リビングに置いてあるフラットパネル型で、テレビチューナー内蔵、外部入力端子付きのディスプレイのことです。映画を観る時にはPCの小さな画面ではものたりませんし、家族そろって一緒に見る時には大きな画面の方がいいわけです。今やリビングのディスプレイに映すコンテンツはテレビ放送だけではないのです。

前回の当コラムで私は、アプリケーションは重厚長大から軽薄短小に変化するべきだと書きました。「大きいことはいいことだ」は、昔のCMのキャッチコピーでしたが、巨大化したものの中に潜む無駄な部分に対して、ユーザー側が変化を求めはじめていると考えています。アプリケーションはもっとそれぞれがコンパクトになって、それぞれが独立性を持ち、そしてそれぞれが協調し合える関係が望ましいと思うのです。重厚長大なアプリケーションを開発するのは簡単なことではありません。そんな意味では、ひとりだけの個人でその開発を担うことは不可能です。ある意味巨大なアプリケーションを開発できるのは特権だったとも言えます。

無形のビジネスが次の業界を変える

2000年の最初の10年を経験して私たちの映像業界が学びはじめたのは、特殊技能を持った個人から、ある程度のレベルをクリアした複数人数への移行だと思います。昔ならばこのシーンやショットを撮るためには、この人でなければ無理だ。のような専門性の高さを求められましたが、今やデジタル技術が進化したため、すべてを撮影で完結させることは非合理的になる場合が増えています。高い能力を持ったひとりよりも、ある程度のレベルに達した複数のスタッフで協調して制作する方が、結果的には良い方向に進むことがあるのではないかと思うのです。

大きいものを単純に否定するわけではありませんが、その中に無駄なものや変革を邪魔する要素を秘めているのなら、早い段階でご遠慮願いたいと思うわけです。このように無駄を改善しながら、製品の受け手の満足度を高めることを進めてきたのがAppleです。そして、そんなコンセプトが具現化したのがApp Storeであり、Apple TVだったのです。

ソフトウエアは物理的な形がない製品ですが、Appleの製品やサービスはMacやiPhoneのような有形の製品と、MobileMeのようなインターネットサービス、今回スタートしたApp StoreやiTunes Storeのソフトウエア販売のような無形のサービスに二分化していくでしょう。両者の棲み分けはユーザーではあまり明確に分化する必要はありませんが、無形のサービスを意識することはこれまでになかったサービスが誕生する可能性を秘めています。よくよく考えれば、映像コンテンツもVTRやデータストレージのような器に入れれば物理的な形になりますが、そもそも無形のサービスだったのです。今後は無形のサービスが世の中を変えていく可能性を私は強く感じています。

WRITER PROFILE

山本久之

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。