(C) 2011 TWENTIETH CENTURY FOX

「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」に参加した慎ともこ氏が語るNUKEテクニック

本日、10月7日よりTOHOシネマズ日劇他にて絶賛上映中の話題の映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」。今回は、この作品にNUKEコンポジターとして参加した慎ともこさんに独占取材。その制作秘話とNUKEによる作業の実際を熱く語って頂いた。

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NUKEコンポジター慎ともこ女史

–どうもお久しぶりです。しばらくニュージーランドへ行っておられたそうですね。

そうなんです。「ロード・オブ・ザ・リング」以来、しばらくご無沙汰していたWETA DIGITALに、今年の5月から7月までの2ヶ月間、The Rise of the Planet of the Apes (邦題:「猿の惑星:創世記」) の最終段階でのコンポジットの仕事に出稼ぎ(笑)に行って来ました。WETAで働くのは実に8年ぶりだったのですが、コンポジット部門には昔からのベテラン・メンバー達が相変わらず同じ席に座っていたりして、すぐに古巣に戻って来たような気持ちで仕事を始めることが出来ました。

コンポジット・チームのメンバーは、コンポジット部門のヘッドであるチャーリー・タイトとマネージャーのジェニファー・ローガンを筆頭に、その下には最終段階という事もあって55人のコンポジターが参加。夜遅くまで作業にとりかかっていました。「猿の惑星:創世記」は、WETAにとって久々にコンプ・ヘビー(合成作業が大変な事)な作品だったいう事もあり、やり甲斐もあって作業的には満足していたコンポジターが多かったようです。その上、立体作品では無かった事も、彼らにとっては幸いだったようです。

–最後の仕上げ段階に参加されたという事ですが、かなり忙しかったのではないですか?

私は2ヶ月の間に約12ショットを受け持ちました。主だったのは、プライムシェルター (シーザーが閉じ込められた動物園のような所)と、金門橋のシークンスでした。

プライムシェルターは、実写プレートやセット・エクステンション(背景をVFXで継足す事の総称)の上にCGの猿をコンポジットする作業、金門橋のシークンスはグリーン・スクリーンにCGビルやCGキャラクターをコンポジットする作業が中心。この2つのシークエンスで、それぞれ少し異なった作業内容を経験する事が出来ました。特にWETAが「アバター」以降、活発に使用しているNUKE v6.3のディープ・コンポジティング(SIGGRAPH2010で発表されたコンポジット手法)は、今回のプロジェクトのコンポジット・パイプラインでも定着していたので、ディープ・コンポジティングが初めてだった私にとって、大変勉強になりました。

–今回は是非、コンプの現場レベルのお話をお聞かせください。

色々とご紹介話したい事があるのですが、避けて通れないブルー/グリーン・スクリーン(以後B/Gスクリーン)での合成についてお話ししましょう。金門橋でのシーンで苦労したのが、グリーン・スクリーンです。このプロジェクトに限らず、過去に携わって来たプロジェクトで、グリーン・スクリーンのショットをアサインされると、どんなに簡単そうに見えるショットでも “必ず” 多少なりとも問題があって、「1つのキーノードだけで完璧なキーが取れる」という事はまず無かったです。このセットアップの方法は、個人によって異なりますが、私がよく採用する手法を挙げてみましょう。

(1) プレートを観察する
まず、プレートをじっくり観察し、リタイムやカメラの情報、トラッキング・マーカー、カメラのデフォーカス具合、そして含まれているアニメーションをチェックします。

(2) プレートのグレイン・レベルを観察する
実写プレートのグレイン・レベルをチェックした上で、必要に応じてDegrain加工を施します。

(3) B/Gスクリーンの調整
B/Gスクリーンの状態を確認します。ハリウッド映画のプレートにも、背景がB/Gスクリーンできちんとカバーされていない等の不具合は意外とあるのです。そんな時はパッチをして、極力綺麗なB/Gスクリーンを作ります。


(4) コア・マットを作る
「コア・マット」を作って、その中にオリジナルのグレイン付きのプレートを乗せます。B/Gスクリーンの部分と、エッジに近い部分はDegrain加工されたイメージを使用します。

…と、このようなプロセスを経て、コンポジットへと移っていくのです。

–NUKEの機能の中で、「これは重宝する」と思ったノードはありますか? B/Gスクリーン処理はコンポジターにとって永遠の課題ですが、NUKEの強みは?

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(C) 2011 TWENTIETH CENTURY FOX

先程の(2)で少し触れましたが、NUKE v6.3のDenoiseノードは超おすすめです!NUKEに標準で入ってDenoiseノードは、必要ディテールを極力セーブしながらグレインを取り除いてくれるので、便利です。NUKEを使ったB/Gスクリーンの修正には、IBKノードが大変強い味方になってくれます。例えば、ライティングでよからぬところに発生してしまった陰や、スクリーンが平坦になっていないエリアは、IBKノードがClean Plateを生み出してくれるので、それをロトなどでパッチしておきます。IBKノードに加え、私個人が気に入っているキーイングはKeylightノードによる方法です。

どのB/Gスクリーンも1つのkeyノードだけで成功する事はまず無いですが、髪の毛、リフレクションなどのキーイングはkeylightがかなり成功率が高いようです。NUKEの最新のRotopaintノードは、以前のRotoノードに比べてかなり進歩したものになりました。キーフレームが大変わかりやすく表示され、ペイントストロークが後で簡単に修正出来る点は便利です。

–コンポジットが復雑なショットでは、NUKE内のツリーが巨大でレンダリングに時間が掛かる事がありますが、何かTIPはありますか?

キーイングのツリーが巨大になってくると、必然的にレンダリング時間も増えてきます。でも「なぜこんなにレンダリング時間が掛かるんだろう?」と思った際、まずチェックしてみると良いのが、Bounding Boxのサイズです。Bounding Boxはコンポジットの際に大変フレンドリーなオプションですので、是非フルに使用してみてください。また、ロトなどをアニメートした際に、ロトをフレーム外に移動する場合がありますが、この時、ノードのオプションで、[CLIP TO FORMAT]あるいは[BBOX]に設定しておくと、イメージサイズが不必要に大きくなったり、ムダなレンダリング時間やメモリを節約する事ができます。

またTransformノード等で、あるレイヤーを動かすと、その分全体の画像サイズが大きくなるので、CROP やREFORMATノードをそのすぐ下につけると、イメージサイズが大きくなるのを防ぐ事が出来ます。

–映画におけるコンポジットの最終段階で、重用なポイントはありますか?

GrainとBlack Level(黒味のレベル)ですね。前景と背景のグレイン・レベルが微妙に違っていたり、イメージのある個所で1フレームを使用してコンポジットをして、グレインを掛け直さなかった事で粒子が止っているのが見えてしまう「Static Grain」の現象が出たり、Edge BlurノードやDefocusノードでイメージをボカした個所にGrainを掛け忘れたりする事もあるので注意が必要です。Black Levelが前景、背景、あるいはCGレイヤーで違っていたりすると、仕上がったイメージをDPXファイル等で確認した際、スーパーバイザーから白い目で見られるのでくれぐれも注意しましょう(笑)

仕上がったコンポジットの最終チェックの際、よくスーパーバイザーが「Gauntlet Check」と呼ばれるチェックを行ないます。これは、NUKEのビューワーのGammaセッティングを3~4位の高い値にセットした上で、Fstop値を下げて確認するチェック方法なのですが、これによってBlack Levelやショットで一番明るい個所、暗い個所のチェック、あるいロトの不具合によるアーティファクトなどを発見する事が出来ます。ある時、この「Gauntlet Check」をやってみると、白く飛んだ個所に実はなんとカメラマン氏が立っているのが見えて、みんなで大笑い事もありました。

NUKEはどんどん進化していますが、最終的には私たちアーティストの手腕が仕上がりを左右するのです。良いツールは優れたコンポジットには不可欠ですが、将来あまりにツールが良くなりすぎて、私たちの仕事が減ってしまったら困りますね (笑)。

「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」
公開:10月7日(金)、TOHOシネマズ日劇他全国ロードショー!
配給:20世紀フォックス映画 配給
公式サイト:http://www.foxmovies.jp/saruwaku/
著作表記:(C) 2011 TWENTIETH CENTURY FOX

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。