取材・文:鍋 潤太郎、撮影:山下 奈津子

秋と言えば、行楽のシーズンである。せっかくなので、今回はやや趣向を変えて、アメリカでもちょっと珍しい行楽の話題を、映像関連ネタも織り交ぜてお届けしてみる事にしよう。本題のVFXとはやや話が逸れるが、今回のコラムでお伝えしている内容には、あまり日本のメディアでは紹介されていないレアな情報も含まれているので、アメリカのエンターテインメントの楽しさを満喫して頂ければ幸いである。

急に休暇が取れて、鉄道の旅にでる

先日、急に丸々1週間のお休みが取れる事になった。さて、何処へ行こう?考えたあげく、前々からアメリカの雑誌で目にして興味を抱いていた計画を、実行に移してみる事にした。それは、「グランド・キャニオン鉄道」による旅である。この鉄道に乗ると、馬に乗った列車強盗さんが、漏れなく襲って来てくれるらしい…。さっそくロサンゼルス市内にあるHISに出向いて予約をお願いし、急遽、旅に出る事になった。

筆者が興味を抱いた「グランド・キャニオン鉄道」に乗る為には、その発着点であるウィリアムズ駅(アリゾナ州)まで行かねばならない。ロサンゼルスからウィリアムズ駅に行くには、車で6~7時間運転するか、アムトラックという長距離鉄道で行く、という2つの方法がある。車社会のアメリカに住んでいると、鉄道の旅はなかなか体験出来る機会が少ない。そこで今回は、敢えてアムトラックを使ってみる事にした。

今回の旅程はこんな感じである。

  • アムトラックの寝台車で、夕方6時にロサンゼルスを出発
  • 翌朝4時に、アリゾナ州のウィリアムズ・ジャンクション駅に到着(所要時間10時間)
  • 専用シャトルでグランド・キャニオン鉄道のウィリアムズ駅へ移動(所要時間10分)
  • グランド・キャニオン鉄道は朝9時半出発なので、駅ホテルのロビーで仮眠
  • 同鉄道に乗ってグランド・キャニオン駅へ(所要時間2時間弱)

~グランド・キャニオンにて2泊~

  • グランド・キャニオン駅から、午後3時半発のグランド・キャニオン鉄道で出発
  • 午後6時前に、ウィリアムズ駅に到着(所要時間2時間弱)
  • 集合時刻の夜8時45分まで、「駅前商店街」を散策
  • 専用シャトルでアムトラックのウィリアムズ・ジャンクション駅へ移動(所要時間10分)
  • 夜9時発アムトラックの寝台車に乗り、朝8時にロサンゼルス到着(所要時間10時間)

お茶とおにぎりを買い込んで、アムトラックの寝台車へ

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「お~いお茶」と、珍しい「カリフォルニア・ロールのおにぎり」

まず、ロサンゼルスはダウンタウンにあるユニオン・ステーション駅へ。駅構内にある「Famima!!」(日本でお馴染み「ファミリーマート」の米国フランチャイズ)でお茶&おにぎりを買い、アムトラックに乗り込む。アムトラックの旅はなかなか快適だ。各寝台は個室。食堂車ではディナーを取る事も出来るし、2階建て客車の1階にはシャワー室も備わっているので、何日も掛けて旅行をしたい人にも便利である。お客さんは家族連れも多く、飛行機の中とほぼ同じような感覚で、治安の心配は全くなかった。

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アムトラックの寝台車は2階建て車両

さて、朝4時にウィリアムズ・ジャンクション駅に到着。ここは、ホームも何もない無人駅だが、ちゃんとアムトラックの専用シャトルが列車を待っていてくれる。

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ホームも無い無人駅だが、ちゃんとシャトルがお出迎え

列車を降りるとすぐシャトルに乗って、グランド・キャニオン鉄道の始発駅であるウィリアムズ駅まで10分程掛けて移動する。グランド・キャニオン鉄道は朝9時半の出発なので、5時間程の待ち時間が発生するが、駅ホテルのロビーでゆっくりと過ごせる。ロビーの室温はエアコンで調整されており、暖かかった。またホテル係員がいるので、柔らかいソファーで安心して仮眠を取る事が出来た。筆者の正面のソファーでは、上品な黒人のお母さんと高校生位の娘さんが仮眠を取っていた。それ位、治安については全く心配ない場所であった。

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安全で暖かい、駅ホテルのロビーで夜明かし

朝9時になると、乗車前の駅広場ではWild West Shoot Outが楽しめる。これはプロの役者達が演じる西部劇コントで、カウボーイ3人がボケ役、保安官1人がツッコミ役と、まるで日本の漫才のようなノリの爆笑コントであった。 さて、それが終わると、鉄道に乗り込み、いよいよ楽しい旅が始まる。

Wild West Shoot Out

グランド・キャニオン鉄道は、ウィリアムズ駅からグランド・キャニオン駅を2時間弱で結ぶ観光鉄道。電化はされておらず、歴史的ディーゼル機関車2台の重連で客車を牽引する。毎月第1土曜日には蒸気機関車による牽引も行われるそうで、鉄道&SL好きには垂涎モノかもしれない。

片道2時間弱の車中では、ギターを抱えたカントリー・シンガーが歌を披露したり、車掌さんの楽しいガイドを聞いたりと、飽きない。そして窓の外には、国立公園ならではの、広大な大自然の風景が広がっている。

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車中では、カントリー・シンガーが歌を披露

グランド・キャニオン駅に到着すると、徒歩5分で目の前にグランド・キャニオンの絶景が広がる。筆者は現地で2泊し、無料シャトルバスを利用してマーサー・ポイントやヤバパイ・ポイント、デザート・ビュー、ハーミットロード等の人気スポットの景観を楽しんだ。

帰りは列車強盗さんに襲ってもらう?!

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窓の外に、馬に乗った列車強盗の姿が!

こうしてグランド・キャニオン観光を終え、午後3時半発のグランド・キャニオン鉄道に乗り、ウィリアムズ駅へと戻る訳だが、この帰路の後半、あと少しでウィリアムズ駅へ到着という地点で、この鉄道の醍醐味でもあるメイン・イベントが待ち構えている。そう、馬に乗った列車強盗さんが、襲って来てくれるのである。列車強盗が現れると、列車はご丁寧にも一時停止する。車掌さんは「当鉄道は、列車強盗の為にわざわざ停車する、世界で唯一の鉄道です」とアナウンスしていた。列車強盗は先頭車両に乗り込み、後部へと移動する。その後ろを保安官が追ってくるという演出である。事前に、車掌さんの演技指導により、全員で「悲鳴を上げる練習」まで行われた。

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先頭車両から乗り込んで来る、列車強盗

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後から、保安官が追いかけてくる

さて、車内に列車強盗が登場すると、隣の白人夫婦のご主人が一言。

ご主人:うちのカミさんを、連れて帰ってくれ!

強盗A:…奥さん、電子レンジ使える?俺、怖くて使えないんだ。

車内は大爆笑だった。こうしてウィリアムズ駅に到着するのだが、下車時には、列車強盗を演じた俳優達が記念写真に応じてくれる。

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列車強盗さん達と一緒に記念撮影する観光客も

ウィリアムズの「駅前商店街」はルート66ゆかりの街

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まるで映画「カーズ」の世界に迷い込んだような「駅前商店街」

アムトラックへの乗り継ぎまで数時間あるので、ウィリアムズ駅の言わば「駅前商店街」に出てみると、そこはなんと!!かの有名な「ルート66」ゆかりの街だった。映画「カーズ」でもお馴染み、伝説の旧国道である。

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古き良き時代のアメリカの光景が楽しめる

商店街にはコカコーラのアンティーク・ショップや、センスの良いお土産屋、ネオン輝くステーキ&ハンバーガー店など、映画の中でしか見た事がないような「古き良き時代のアメリカ」が、現実のものとして広がっていた。この、予想外の光景にはとても感動した。

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ネオンも映える!

街では、付近で牛の放牧を行う(本物の)カウボーイ達が、カウボーイハットを被って誇らしげに街を闊歩していた。また、夜7時からは、ルート66の一区画を封鎖し、役者4人による西部劇コント「Cataract Creek Gang」が行われ、人垣が出来ていた。役者は、列車出発前のコントとほぼ同じ顔ぶれ(笑)。この街ではお馴染みのイベントで、毎晩行われるらしい。

Cataract Creek Gang

こうして「ルート66」での夜を楽しんだ後、夜8時45分に駅ホテルに集合。そこからシャトルバスでアムトラックのウィリアムズ・ジャンクション駅へ移動。アムトラックが到着するまでの間、満天の星空を見上げていたが、ミルキーウェイまでクッキリ見える星空は素晴らしかった。時折飛ぶ、流れ星も感動的だった。列車に乗り込んで寝台車で爆睡。翌朝にはロサンゼルスへ戻った。

おわりに

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冬季はこの蒸気機関車による牽引で「ポーラー・エクスプレス」体験が楽しめる

筆者はグランド・キャニオンで2泊したので、全4泊5日(うち2泊は寝台車泊)の旅程となったが、グランド・キャニオンを日帰り観光(朝11時着、午後3時半発)にすれば、ロサンゼルスから2泊3日(2泊とも寝台車泊)、1人あたり$450前後(季節や日程によって変動)で行ける旅である。特にウィリアムズ駅に戻った後の待ち時間は、是非「駅前商店街」のルート66に繰り出してみて欲しい。

最後に、とっておきの情報を。グランド・キャニオン鉄道では冬季の11月~1月の期間、映画「ポーラー・エクスプレス」をテーマにした「ザ・ポーラー・エクスプレス」をファミリー向けに開催しているという。このイベントでは蒸気機関車が客車を牽引しウィリアムズ駅を出発、客車内では映画同様にホット・チョコレートが出され、途中に設けられた「北極点駅」でサンタ・クロースが乗り込んでくるという。旅程は全1時間で、列車は再びウィリアムズ駅に戻ってくる。価格も大人37ドル、子供23ドル(日程や出発時間によって変動あり)とお手頃。案内には「お子様はパジャマを着てご乗車ください」とあり、映画と同じ雰囲気が味わえそうだ。冬休みを利用して、お子様とご一緒に体験してみては如何だろうか。きっと良い思い出になるはずである。

クリスマスの「ザ・ポーラー・エキスプレス」イベント紹介映像

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。