取材/文:鍋 潤太郎、Photos Courtesy:Colin Torre

はじめに

ハリウッドのVFX制作現場は、多国籍軍である。さまざまな国から優れた人材が集結し、コラボレーションによって映画を仕上げている。その為、異なる文化の国から来た同僚から、なかなか興味深い話を聞ける事も少なくない。そこで、今回はちょっと趣向を変えて、ハリウッドで活躍されるフランス人VFXアーティスト&テクニカル・ディレクター、レミー・トレ氏にお話を伺ってみた。

ハリウッドの現場では、「レミー」とファースト・ネームで呼ばれる事が多いレミー・トレ氏は、幼少期にフランスのテレビで放映されていた日本のアニメを見て育ったという。今回は、そんなレミー・トレ氏の日本のアニメの思い出や、フランス人の視点から見たパリとハリウッドのVFX業界の違いなどを、ざっくばらんに語って頂いた。

※このコラムで述べられている内容は、レミー・トレ氏の個人的な視点によるご意見をご紹介しております

ハリウッドで働くフランス人が語るいろいろ

レミー・トレ氏[Remy Torre]
NABE_vol41_01.jpg フランス出身。1998年からCGIに携わる。ケベック州モントリオール(カナダ)に本部を置くマギル大学、及びローザンヌのスイス工科大学にて、MRI画像から人間の脳をリアルタイム3Dトラッキングする研究に従事。こうして培った研究成果をVFXに活かすべく、ニュージーランドのウェタ・デジタルに参加し「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズを担当。2004年にデジタルドメインに移籍し、Nukeの開発や、社内でのアレンビックを活用したアセット・パイプラインの開発等を担当。「ライラの冒険 黄金の羅針盤」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」「トロン:レガシー」「エンダーのゲーム」等に参加。現在は、メソッド・スタジオにてテクニカル・ディレクターとして活躍中。最新参加作に「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」がある。参加作一覧:IMDb
――幼少の頃、フランスで日本のアニメを見て育ったそうですが。

レミー・トレ氏:その通りです。80年代前半、フランスの主だったテレビ局は3つしかありませんでした。フランスでは、毎週水曜日は学校が休み(本当)なので、3つのテレビ局のうち2つは、水曜午後は、子供向けのアニメ番組を放送していました。当時、私がテレビで良く見たのは、

  • Goldorak」(原題:「グレンダイザー」)
  • Candy」(原題:「キャンディ・キャンディ」)
  • Albator」(原題:「キャプテン・ハーロック」)
  • Cobra」(原題:「コブラ」)
  • Cat’s Eye」(原題:「キャッツ・アイ」)

などのアニメでした。私の妹はCandy(キャンディ・キャンディ)が大のお気に入りでした。

後年にはDragon Ball(ドラゴンボール)、Nicky Larson(シティーハンター)も放映されていました。特にSan Ku Kaï(宇宙からのメッセージ・銀河大戦)、Bioman(超電子バイオマン)はとても人気がありましたし、フランスと日本の合作によるLes Mystérieuses Cités d’or(太陽の子エステバン)やUlysse 31(宇宙伝説ユリシリーズ31)もよく見ました。

アニメが放映された翌朝に学校へ行くと、友人達はその話題で持切りだったものです。また、私は14才の頃には日本語を少しだけかじりましたし、高校最後の統一テストは科目の1つに日本語を選択した程でした。このように、文字通り日本のアニメを見て育ち、大きな影響を受けました。

――なぜ、日本のアニメがそんなに人気だったのでしょうか?

レミー・トレ氏:日本のアニメーションは、フランス人も大好きなディズニーやワーナーのバックス・バニー等のアニメ、そしてセサミ・ストリート等の典型的な子供番組とは一線を画していました。フランスには無い文化が新鮮に映ったのかもしれません。

ただ、うちの親は日本のアニメが大嫌いでした(笑)。なぜなら、Ken le Survivant(北斗の拳)は内容がバイオレントですし、ドラゴンボールに出てくるTortue Géniale(亀仙人)はスケベオヤジです。これらを鑑み「子供には不向きである」と親は判断したのでしょう。

フランスでは、比較的新しい日本の作品、例えばCowboy Bebop(カウボーイビバップ)やNARUTO(ナルト)等は今でも人気があります。私の世代では、これらの作品のManga(漫画本)は書店では販売されていませんでしたが、今やフランスの書店にはMangaが沢山並んでいて、最近の子供達はMangaを読んでいますよ。

――パリにもいくつかVFX会社がありますが、フランスのVFX業界についてお聞かせください。
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レミー・トレ氏:フランスのVFX業界は大変小規模で、しかもパリにしか存在しません。何年か前、投資家グループがマルセイユに新しいスタジオをオープンしようと計画し、世界中から期待が寄せられましたが、2008年にプロジェクトがキャンセルになり、頓挫してしまいました。この時期、複数のVFXハウスが成長期にありましたが、大手の1つであるDubois/Durandが倒産し、国際的な知名度があって現存しているのは、BUF、LaMaisonくらいになりました。

フランスのCGIの歴史を振り返ってみますと、ご存知の方もおられると思いますが、TDIがCGソフト開発&販売の会社として有名でした。TDIは後にエイリアス(現オートデスク)に吸収され、その商品ExploreはMayaに統合されました。また、BUFは1995年の映画「シティ オブ ロスト チルドレン」や、1999年の「ファイトクラブ」のVFXで国際的にも認められる存在となりました。

フランスのVFX業界は、今でも大変規模が小さい。ロンドンよりも小さいと言えるでしょう。また、パリで働くと、国際的な大きな映画プロジェクトに携われる事は、ごく一部の会社を除き、殆どありません。

――フランス人のあなたが、ハリウッドに来られた理由は何でしょうか?

レミー・トレ氏:実際のところ、私は「ニュージーランドからフランス方面に戻る途中、カリフォルニアに漂着して現在に至る」みたいな感じがあります。と言うのも、大学での研究職の後、ニュージーランドのウェタ・デジタルで2年間を過ごした後は、「フランスに近い場所」へ戻りたいと考えていました。ただ、パリでは絶対に仕事をしたくありませんでした。なにしろ、パリは全てが高価で、狭く、そしてギスギスした窮屈な環境がありましたから。

その意味では、フランスにも近いロンドンが良いのでは?と思った事もあります。しかし、2004年当時はロンドンでうまく仕事を見つける事が出来ませんでした。でも、丁度デジタルドメインから「6ケ月間の契約で映画『ステルス』に参加しないか」という大変興味深いオファーをもらいました。ロサンゼルスに来る事自体は、特に憧れを持って来た訳ではありませんでしたが、仕事があるなら、とニュージーランドから引っ越して来た訳です。

それから9年が経過しましたが、そのまま居着いてしまい、私は未だに青空が広がるカリフォルニア州で仕事をしています。フランスからは離れていますが、今は「ニュージーランドとヨーロッパの中間のような場所」で仕事をしていると思っているんです。

――フランス人の視点からご覧になられて、パリとLAはどのような違いがあるでしょうか?文化の違い、業界の違いの両面からご意見をお聞かせください。

レミー・トレ氏:フランスとアメリカは、文化が大きく異なります。アメリカ人はフランス料理やパリの歴史的建造物、そして可愛いフランスの女性が大好きです(笑)。一方、一般的なフランス人の多くは、アメリカのカルチャーはあまり好きではありませんが、その中の良い部分、例えばルート66等のロマンを感じさせる文化、そして国としてのアイデンティティーなどは、おおむね好意的に受け止められています。

私が初めてLAに引っ越してきた時、それまでに見聞きしていた色々なアメリカのイメージと、現実は良くも悪くも異なり、「やはり『百聞は一見にしかず』だなぁ」と思いましたね。

――カリフォルニア州のVFX業界では、州法に則り残業代が支給されますが、フランスでは如何でしょうか?

レミー・トレ氏:答えはNOです。フランスのVFX業界はロンドンと全く同じで、残業しても残業代が支給される事はありません。フランスでは基本的に年俸制で、会社によっては「残業した分を有給休暇に振り替える制度」を実施しています。

――パリよりもLAで働く事を好むのは、どのような理由でしょうか?
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小型機を操縦するレミー・トレ氏(左)

レミー・トレ氏:天候ですね!フランス人なら、みんな同じ事を言うと思いますよ。

私はまた、カナダを含む北米の人々の、仕事に対するひたむきな姿勢が好きです。たしかに仕事による拘束時間は長いですが、職場の雰囲気はリラックスしていて、パリよりも職場のストレスを感じさせません。

また、カリフォルニアの好きな点として、山、砂漠、湖、そして海など大変美しい自然が、互いにそれ程遠くない場所にあり、旅行に適した場所が沢山あるという事もあります。私は趣味で小型飛行機を操縦しますが、アメリカほどフライトがしやすい国は他にありません。大変リーズナブルなコストで、制約を受ける事なく、ほぼ何処でも好きな場所へ飛ぶ事が出来ます。

また現時点では、LAの業界は給与水準も高く、残業代をあてにしなくても、充分に生活出来るだけの収入を得る事が出来ます。

――ライフスタイルの違いはどんな点でしょうか?
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レミー・トレ氏:生活コストは、LAの方がパリよりもだんぜん安いです。例を挙げると、パリでアパートを見つける事は非常に困難です。雇用証明と、家賃1月分の3倍相当の月給がある事を提示出来なければなりませんし、その上に3ケ月分の敷金も必要です。

アメリカはすべてが巨大です。それに慣れてフランスに帰省し、街へ出てみると「こんな狭い道路で、よく運転出来るな~」と思ってしまう程です(笑)。LAで移動する事を考えると車は生活の必需品ですが、私は9年間住んでいるにも関わらず、車を持った事が一度もありません。では、どうしているかと言えば、勤務先から程遠くないエリアに住み、自転車で街を走り回っているのです。これは楽しい反面、乱暴でクレイジーでアメリカンな運転をする車に遭遇する事も多く、危険も伴います。1日に何度も殺されそうになりながらも、常に注意しながら自転車ライフを楽しんでいます。

食べ物に関しては、フランスより価格が高めで、選択肢も限られます。その意味ではフランスのチーズやバケットが恋しいですが、ここカリフォルニア州でも比較的良質なフード・プロダクツを購入する事が可能です。

9年前は、バーへ行くとビールのチョイスはバドワイザー、バドライト、ステラ位しかありませんでしたが、最近では西海岸でも美味しい地ビールを作るブリュワリーが増え、私は非常にハッピーであります(笑)。

――近年、カナダがハリウッド映画に致して大規模なTAXクレジットを実施していますが、フランスの税制優遇の動向は如何でしょうか。

レミー・トレ氏:フランスにおける税制優遇制度は、そもそも、その仕組みが大きく異なるのです。なぜなら、フィルム・プロダクションは、政府の別スキームが既にサポートしているのです。基本的に、国民は各分野のサポート制度度に対して「少しずつ」税金を負担しています。

例えば、フランスでテレビやハード・ディスク、ブランクDVD等を購入する時、0.001%の税金が価格に自動的に付加されます。この税金は、政府によって統括され、フィルム・コミッションを介してテレビやフィルム・プロダクションに配分されているのです。

この制度による恩恵の一例を挙げてみましょう。もしフィルム/劇場/コンサート/VFX等の業種に従事している「special worker status」の労働者であると認められ、1年間に一定時間以上の就労をしていれば、フリーランサーになっても医療保険や失業保険などの福利厚生が付加されます。このプログラムは税金から多大なコストを費やして運営されていますが、業界が自力で運営していくには難しい制度を、政府が援助する事でうまく回していける利点があるのです。

その上、フランスでは給与に対する所得税が高く、雇用主である企業も、政府に対してかなり税率が高い法人税を収めなければなりません。こういう制度が既に存在している為、この上にロンドンやカナダ等が実施しているTAXクレジットに対抗する税制優遇を実施する事を難しくしているのです。

――最後に、日本の皆さんにメッセージはありますか?
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レミー・トレ氏:ここでお話しましたように、フランスとアメリカは様々な意味で大きく異なるのです。現在アメリカ西海岸のVFX業界は大変な時期ではありますが、私は仕事にも恵まれ、なんとか頑張っています。また、ハリウッド(アメリカ)で働くフランス人として、これからも文化の違いや、カリフォルニアでの生活、自転車ライフ、そして仕事をエンジョイしていければと願っています。

では、みなさん、メリークリスマス!


WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。