カメラ界のユーロファイタータイフーン「Canon EOS-1D C」

EOS-1D Cは、世界唯一のレンズ交換式Logガンマ収録4Kカメラだ。その性能を手軽に持ち運べる上、ベース機である1D X由来のDSMCとして卓越したスチル機能も持っている

同機はCanonの本業、スチルカメラの現行最上位機種EOS-1D Xのバリエーション機種で、最小最軽量のレンズ交換式4Kカメラでもある。センサーサイズはライカ判フルサイズ。2013年1月現在、世界唯一の本格スチル撮影可能な正当派4K DSMC機だ。スチルカメラからシネカメラへと接近しようというアプローチは5D2で誕生した新しいシネマワークフローの正当後継者とも言え、シネカメラからスチルに歩み寄ろうとしているREDのDSMCとは逆のアプローチであるといえる。

EOS-1D Cのベース機の1D Xは、それまでのCanonプロフェッショナル向けスチルカメラが、スポーツ向けの連写速度重視の1D系とスタジオ向けの高画素重視の1Ds系に分かれてしまっていたのを統合する目的で作られたカメラで、高画素と連写機能を高次元で両立している世界最高峰のハイエンドカメラの内の一台だ。

元々Canon EOS-1シリーズは、同社のプロフェッショナル向けフィルムカメラF-1の電子機能搭載後継機種で、EOS-1Dシリーズはそのデジタル版に当たる。同社製の他のカメラが全てEOSの文字と数字の間になにも無いのに対し、EOS-1シリーズだけがハイフン付きで命名されるのは、このEOS-1シリーズこそがCanon EOSそのものだというメッセージが込められているといわれており、文字通りのCanon看板機種である。

EOS-1D Cは、この1D Xをベースとしているが、上位機種という扱いでは無く、あくまでも1D Xの特殊用途向けバリエーションの一つとしてのシネマ機という位置づけとなっている。そのため、量販店などでの販売はなく、業務用映像ショップのみでの限定販売となっている。その性能は、1D Xのスチル機能に加え、Cinema EOS系のシネマ機能を併せ持つもので、特に、Canon Logでの内蔵CFカードへの4K収録は、この機種にしか出来ない離れ業だ。

4Kと言えばゴリゴリに劣化した超高圧縮形式の内蔵収録映像か、あるいは外付けメディアへの収録しか出来ない現状を考えると、Motion Jpegとはいえ小さなカメラ内にLogガンマ収録が可能なEOS-1D Cは、DSMC機としてずば抜けた性能をもっていると言える。価格も、当初の120万円から大幅に下げ、税込み105万円程度の実売だ。これは、フルサイズスチルカメラとしては高額ではあるが、4Kシネカメラとしてはダントツの最安値である。オタク的な言い方をすれば、EOS-1D Cは、カメラ界のユーロファイター タイフーン的な美味しいところ取りのコストパフォーマンスに優れたカメラなのだ。

EOS-1D Cの動画撮影方法は極めて簡単。1度menuボタンから動画形式を設定してしまえば、後は液晶モニタ表示切り替えボタンを押すだけで自動的にフルマニュアルの動画モードに切り替わる。スチルに戻したければ液晶表示モードからファインダーモードに戻せばいい。スチル写真は全て光学ファインダーを覗いて撮影、動画は全て液晶モニタを見て撮影、というわかりやすい直感的操作方法になっているのだ。確かに、写真を液晶を見ながら撮る事はよほど変なスタイルで撮影でもしない限りまず無いし、動画をクロップされてサイズの合わない光学ファインダーで覗いて撮影することはあり得ない。実際に触ってみればわかるが、この切り分けは非常にわかりやすい。

また、なによりもこの小型さが素晴らしい。ベース機になったEOS-1D Xはライカ判フルサイズスチルカメラ機としてはかなり大きい方だが、それでも、中判など他のプロ向けスチルカメラに比べれば遥かに携帯性を意識した設計だ。そしてもちろん、そのボディを使った1D Cは他のシネカメラに比べれば格段に小さい。4Kシネカメラというジャンルで見ると、もはやミニチュアサイズとすら言える。

以前のBlackmagic Cinema CameraのSSD込みで約2kgの軽さにも感動したが、何しろEOS-1D Cはバッテリー、CFカード込みでたったの1.5kgだ。しかもバッテリーもそれなりに持ち、そして何より撮れる絵は4K Logガンマだ。首から提げて街を歩いても違和感が無いシネカメラというのは本当に素晴らしい。

早速撮影を開始!

試しにこのカメラで、弊社のスタッフと近所のファーストフード店で撮影をしてみた。半分がCanon Logのまま、もう半分がAfterEffects CS6でDelogしたものだ。こういう撮影がいとも簡単に出来る4Kシネカメラは他にはあり得ないだろう。ちゃんとローパスフィルターを装備しているので、モアレや偽色は一眼レフスタイルにしてはかなり少なめだ。ちゃんと液晶モニタを見ながら撮影すれば、安価なシネカメラのようなモアレや偽色で使い物になら無いようなとんでもない映像が撮れることだけは無いだろう。

各種の警告やサポート機能も熟れている。液晶表示上でエラーが出やすい設定は点滅するなどして教えてくれるのだ。例えば、周辺光量補正はCanon Logガンマと相性が悪く、周辺部にノイズが乗ることがあるのだが、それも「Canon Log」マークが点滅して教えてくれる。4Kモードではオートフォーカスが動かないが、これも灰色表示で一目でわかるようになっている。こうしたサポート機能は、Canonもだいぶシネカメラメーカーとして成長しつつあるのがわかって、嬉しい。

ただ、今までCanon Log普及の妨げになっていたLUTファイルの不整備だが、相変わらずCanonのメーカー公式的には、ビューイングLUTがCVS形式でホームページに放置されている悲惨な状況のままとなっている。しかし、ユーザー側の努力でだいぶ様々な種類のものが出来上がってきているのが救いだ(例えばここからダウンロードできる)。本来LUTは色の標準となるものだから各種ソフトに対応したカメラメーカー公式LUTが欲しいところなのだが、プロジェクトごとにこうした一般的に配布されているLUTを特定して指定し、共有化して使えばワークフロー上の問題は起きにくいだろう。とはいえ、例えばシリーズものをパート毎に別の外注に振る場合や、あるいはプロジェクト途中でLUT制作者の気が変わって公開基準の変更があった場合などには大きな問題になる危険性がある。Canonには、各種ソフト向け公式LUTの早急な整備をお願いしたい。

シネマ撮影を含めた全ての動画撮影は液晶画面に切り替えて行う。表示は非常に熟れていてわかりやすい。ただしゼブラもピーキングも無い

ソフトウェア整備状況の進歩の反面、シネマ撮影に必須の機能がいくつか無いのが気になる。まず、ゼブラ警告が無い。また、フォーカスピーキングも無いし、Log収録に必須の波形機能も簡易なものしか無い。その代わりにHDMIにフルHDサイズのセンサースルーデータが乗るようになっているので、そこに、そうした機能を豊富に持つCineroidのRetina EVFあたりをくっつけて運用するのがシネ撮影現場での定番スタイルになるのだろう。ピーキング機能付きのモニタや波形モニタあたりはプロなら誰でも持っている装備ではあるのだが、こうした外部アシストを前提とした仕様はせっかくの身軽なEOS-1D Cの特性を潰してしまうので、何とももったいない。また、未整備と言えばCanon Log系では例によってだが、ダウンロードソフトウェアの一部がカメラのシリアルナンバーを要求するのも問題だ。映画の世界では撮影者と編集者は違うのが当たり前なのに、両者が同じカメラを持っている事を前提にするのは無理がありすぎる。

実はこのEOS-1D C、収録時の設定には若干の注意が必要だ。このカメラは非常に変わった仕様で、4K収録時のみ8bit 4:2:2であり、フルHD撮影時やスーパー35mmクロップモード時には8bit 4:2:0収録となってしまう。より小さいサイズの方が4Kよりも画質が低いという実に変わった仕様なのだ。さすがに今の大衆視聴環境において8bit 4:2:0収録ではあまりに心許ない。そのため、最終出力が何になるにせよ、できるだけ4Kで収録したい。

スチル撮影時フルサイズ、4K撮影時APS-Hという仕様のため、レンズはフルサイズ対応のものにならざるを得ない。写真は私愛用のコシナ カールツアイス Distagon* T3.5/18mm装着

同社製シネマズームレンズの大半が35mmクロップモードでしか使えないことを考えると、この仕様には若干戸惑いがある。つまり、EOS-1D Cには事実上フルサイズセンサー用のレンズしか使えず、大半のシネレンズがより小さなスーパー35mmサイズフィルムに適合している以上、多くの場合にはスチルレンズしか使えない、ということになるからだ。Canonのシネレンズですらも一部の単玉のものしかフルサイズセンサーには対応してないのだ。実際、今回1D Cを購入するにあたり、Canonの営業さんから「同時にCanonシネレンズもどうですか!?」というメールでのお話があったのだが「あれ?1D Cに御社のシネレンズって使えましたっけ?」と返答したら返事が来なかった。まあこれは笑い話のようなものだが、実際、もし本当にフルサイズ対応のシネズームレンズがそこそこの値段で出れば購入を検討したいので、ここは是非ともチャレンジして欲しい。それなりの低価格な4K対応フルサイズセンサー向けシネレンズというのは、全世界に強力な販売網とサポートネットを持つCanonにしか出来ないことだろう。

クロップに関して更に言えば、ドットバイドット撮影のために、スチル時にフルサイズなのに、4KだとAPS-Hにクロップされて1.3倍の画角となるのにもちょっと違和感がある。せっかくファインダーでいい絵を見つけて動画モードに切り替えても、画角が大きく違ってしまうのだ。特に広角域ではスチルと動画の違いにがっかりすることが多く、動画モード時にもバックモニタでスチルが撮れるようにするなどの工夫が欲しかった。もしもこのあたりが先の4K以外での4:2:0収録と合わせてファームウェアで何とかなるのであれば、なるべく早急に対応して欲しいものだ。

EOS-1D Cの重量はCIPAガイドライン(CFカード、バッテリー装備時)で1545gと、ベース機のEOS-1D Xの1530gに比べて15グラム増えている。外観上の違いはシンクロX端子がなくなってその代わりにヘッドホン端子が付いた程度だが、機構としてはヘッドホン端子の方が軽く作れるため、それだけで15グラムもの重量差があるとは考えにくい。当初の憶測や、一部関係者の話では1D Cは1D Xと全く同じ機械で、単にファームウェアだけの違いだということだったが、実際にはそうでは無く、やはり、1D Xには4K回路が存在せず、1D Cには4K回路そのものが追加されていると考えた方が良さそうだ。

蘇るCFカード

CFカードは2枚差し。自動連続収録も可能だ。ただしUDMA7であっても現在動くものは少ない。2013年初頭時点で、事実上、SanDiskとLexarの128GBの最高ランクCFカードの2種類しか存在しない

CFカードは2枚を挿すことが出来る。ただし、ミラー録画は現状対応していない様子だ。なお、使えるCFカードは極めて限られる。UDMA7対応のものであっても、4Kの膨大なデータ量を受け止めるためには安定して100MB/sの速度が出なければ使えないのである。1D Cは4K撮影時には3.76GB/分という膨大なデータ収録量となる。そのため128GBでも、34分しか収録できない。このため、SanDisk社製であれば、100MB/s対応なのは128GBの 「SDCFXP-128G-J92」のみ。これに対してLexar社のCFカードは一見UDMA7のものが多く、どれも使えそうだが、実際には1000xの表示があるものだけしか安定して100MB/sを出せず、800xのものは1D Cでは使えない。先の容量のことと合わせて考えると、Lexarでは事実上「LCF128CTBJP1000」のみの選択となるだろう。2013年1月現在日本で購入することの出来る1D C対応カードは、なんと上記の2種類しかない。

ハイエンドカードが品薄になることは考えにくいが、先の東日本大震災のような流通麻痺、原発事故やタイ洪水のような生産麻痺も考えなければいけない時代なので、筆者は奮発して6枚のカードを用意した。一枚の価格が8万円前後であることを考えると映像会社らしく大変貧乏な弊社には恐ろしい出費である(なにしろ、CFカード代金だけで1D Cの兄弟機C100が買えてしまう!)。しかも、この6枚合わせても3時間、フィルムにして18マガジン分の収録時間しか無い。一日の撮影が終わったらデイリー処理としてRAIDディスクなどにデータ避難をさせなければならないだろう。いずれにしても、現状はRED等で低画質撮影をしたときとほぼ同じくらいのランニングコストと言える。ただし、CFカードは民生品だけ合って日々値段が下がり、高性能化する。そう考えると、2013年の中盤にはCFカードのデータをプロジェクト中くらいの間はCFカードのまま保存しても大丈夫な程度の枚数が買えるような、現実的な運用コストになっていることだろう。というか、そうでなくては私が困る。

なお、これはまだ確定情報では無いのだが、以前イベントで聞いたCanonスタッフの話では放熱は1D Xからはあまり進歩しておらず、おそらく熱に弱いであろうことが予想されている、ということだ。その代わりにとりあえずの対策としてセンサーの過熱警報は装備されているとのことなので、警報が鳴ったら撮影を止めるようにした方がいいだろう。実際にこのあたりも検証もしたいのだが、12月末から1月の現状の極寒の中ではいかなEOS-1D Cの4K撮影とは言っても当然全く問題は無いので、このあたりは夏を待たないと本当のところはわからない。とはいえ、もともと映画用のカメラは一本11分弱のフィルムマガジンに合わせてワークフローを構築されていて、ドキュメンタリー映画でも無い限りそんなに連続撮影をするワークフローにはなっていない(…デジタル化後の厳しい休憩無し連続撮影の現実はともかく、理屈の上ではそのはずだ)。過熱したらロールチェンジと思って休憩を入れる予定を立てておけば実用上の問題は無いだろう。また、実際CFカードも128GBで30分程度しか収録できず、休憩を入れながらの収録が現実的だ。

熱問題の他に、このカメラの欠点を書いておくと、まず、先にも書いたとおり、カメラ標準機能の中に波形モニタが付いてないのもシネカメラとしては地味に辛い。Log収録時にはちゃんと波形を見ることは必須なので、以前紹介したCineroidのRetina EVFのような波形が見られるHDMI EVFか波形モニタは必携だろう。そして、そうなるとRIG構築を考えなければならない。しかし、1D Cには残念ながら三脚座に一つしかねじ穴があいておらず、RIG装備の際にカメラが回転してしまう危険性が否めない。マニュアルを読むと三脚座から大きく外れたハンドベルト取り付け部分付近の針先ほどの穴を指して「リグ位置決め穴」としているようだが、これで一体何ができるのだろうかと悩んでしまう穴だ。今回はファーストインプレッションなのでRIG周りの解説は省くが、この辺は近々ちゃんとしたRIGを組んでこのコーナーでご紹介するつもりだ。

残念ながらEOS-1D Cにの三脚座にはねじ穴が一つしか無く、ローテートピン穴も無い。動画カメラとしてこれは痛い。

逆に言えば、LUT周りの環境の不備、放熱への不安、波形モニタ類の不整備、三脚座のねじ穴の不足の4点以外にはこのEOS-1D Cに欠点は見あたらない。DSMCという全く新しいジャンルに乗り込んできた初号機にしては大変上出来なカメラと言えるのでは無いだろうか。

賞賛すべきスチル機能

OTAKU_vol8_08.jpg

試しにスチル写真を行きつけのバーで撮ってみた。バー特有の徹底的な暗所、なおかつ特段の照明無しでもこれだけ撮れるのは、やはり凄い

DSMCのもう片翼を担うスチル機能にも触れておこう、実はスチル機能には、Canon EOS-1D Cの1D Xとの明確な違いがある。1D CはXに比べて若干スチル撮影時の連写速度が遅くなっていて、例えばRAW撮影時の連写枚数は1D Xが最大38枚なのに対し1D Cは最大29枚で、はっきりと減っているのである。ここからわかるように、1D CはあくまでもDSMCであって、スチル専用カメラ機では無いのだ。中判的な使用方法でのスタジオスチル撮影には欠かせない外付けストロボシンクロ端子も撤去してあり、以前のEOS-1Dsのようなつもりで単純に価格が高いからとEOS-1D Cが1D Xの上位機種だと誤解して買った人は後悔をすることになるだろう。そういう点でも、アマチュアが勢いで買いやすい量販店での販売をせず、専門知識のある映像プロショップのみでの販売とした点は正しい判断だと言える。

カメラ発売後、映像業務店がにわかに混雑し、多くのアマチュアスチルカメラマンがどんどん購入しているという話も聞いている。その点に関して、私は4K映像やLogガンマ映像がアマチュアスチルカメラマンへ広がり、斜陽となった日本の映画業界が再び活気づくことに大きく期待する反面、ちょっとした不安も持っている。

と、いうのも、なにしろ現状では4KでなおかつLogの映像を編集するには、業務専用の映像ソフトウェア環境でも正直力不足なのである。前述のCanon Log LUTの不整備の問題だけではなく、例えば弊社の設備を見回しても、Adobe CS6はPremiere単体ではDeLog出来ず、AfterEffectsの応援を受けてはじめて処理が出来る有様だ。他のソフトを見ても、PC編集ソフトではハイエンドのAutodesk Smoke2013ですらこのあたりの環境は怪しい。もちろんハイエンドだけあってモニタ用のビューイングLUTでのDeLog利用や出力時のDeLogエフェクトの適用は出来るのだが、これはエフェクトの形はしていても、実際には非リアルタイムでしかも適用時点で再レンダリングがかかるものであり、もしこのエフェクトを適用すると、そこから先の作業ではせっかく対数で拡張した内部色空間を潰してしまう。

そのため、ただの一時的な確認や、最後の最後での出力時のチェックにしか使えないものだ。無論、完全分業で次の作業者にLogガンマ映像のまま渡す必要がある旧来のCineon映画ワークフローではビューイングLUTさえ装備されていれば大丈夫だし、むしろLUTでDeLogしたデータ(=色空間が劣化した可能性があるデータ)を次の作業者に渡してはならないから、ビューイングLUTしかまともに装備しないこのやり方は旧来手法の中では正しい。しかし、大判センサーカメラの登場によって誕生した今の新しいLog/RAW収録映像においては、むしろワンマンオペレーションや、あるいはその正反対にまったく連携の取れない作業者への引き継ぎをする機会も多く、後で誰が触ってもわかるように一つの編集ファイル内に最後のオンライン処理のLUTまで含めたワンパッケージ制作スタイルでやりとりをすることが多いはずだ。そうすると、このSmokeの旧来ワークフローへのこだわりはマイナスと言える。

もちろんプロ用業務ソフトがその有様なのだから、一般的な映像編集ソフトを見回しても状況はもっとお寒い。Apple Final Cut Pro Xにいたっては、そもそもLUT機能が一切無く、Logガンマを解凍するDeLogそのものが出来ない状況だ。

このCanon LogのDeLog作業は、専用のカラーグレーディングソフトであるDaVinci Resolveを使えば非常にスムーズだ。しかし4KとなるとDaVinci Resolveのフリー版では対応しておらず、有料版を購入しないと扱えない。しかも、DaVinci Resolveは実は縮小出力に弱いという弱点を持っているため、HD出力のためには、これも結局は最後に編集ソフトに引き継ぐ際に色空間を通常RGBに戻さざるを得ない。HD視聴環境がメインの今のワークフローを考えると4K収録にならざるを得ないEOS-1D Cにおいては、これもなかなか使いにくい(逆に言えばHD収録で縮小処理が入らないC100/300でのCanon Log撮影にはこの選択はありだろう)。

我々、映像を仕事にしている人間であれば、こうしたちょっとした問題は新技術導入時にはよくある話なので、DeLogくらい手元のソフトを使って(あるいは簡単なスクリプトでもでっち上げて)、最後にはマスモニを眺めながら結果合わせで何とかしてしまうだろう。しかし、こうした、まだ決定的な処理方法が無い状況だと、趣味の制作者やこれからこの世界に乗り込んでくる経験の浅い制作者には相当に厳しい。様々試行錯誤した挙げ句に個人の持てる範囲のソフトでは(特に資金面で)足りなくなって放り出したり、あるいは十分なクオリティに達せないままになってしまって、せっかく訪れた4K Logガンマの世界を閉ざしてしまうことになるのでは無いかと心配だ。

単に業務用カメラだからとプロショップ専売にしておくだけでは無く、メーカーや我々業務制作者側からの積極的な情報公開があっても良いだろう。このあたりのソフトウェアワークフローに関しては、また、別の機会を頂いて書き進めようと思う。

DSMC機への期待

さて、DSMC機はまだまだ未発展のジャンルだけに、こうしたちょっとした環境的な使いにくさもあるにはあるのだが、しかし、そうした欠点を補ってあまりある魅力を持っているのがこのCanon EOS-1D Cだ。

なにしろ、4Kシネカメラを首から下げて、こんなに気楽に毎日のように持ち歩いているのは未だに信じられない。もちろん、1D Cはフルサイズ一眼レフとしては最大級のカメラではあるのだが、今まで最小の4KシネカメラだったRED Scarlet Xを持ち歩くのに比べれば、比較にならないほど軽い。DSMCマルチロール機だけあって写真も撮れるので、普段持ち歩いていても便利に使える。

前述の通り、スチルカメラ側からのシネカメラへのDSMC的アプローチというのは世界でも初めての試みだ。それでこの完成度の高さというのは賞賛して良いのでは無いだろうか?弊社では、正直実用にならない事を覚悟して、それでも近々来るであろうDSMC世界への先行投資と国産DSMCカメラへの応援のつもりでこのCanon EOS-1D Cを購入したが、実用にならないどころか、映像撮影に取材にとマルチに活躍する私のメインカメラになりそうである。


前編 [本格化する DSMC の世界]

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。