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[オタク社長の世界映像紀行]Vol.36 ネット配信映像の昨日と明日

2013-08-13 掲載

映像世界で近年飛躍した花形の一つが、ネット配信映像だ。PRONEWSでもネット配信を活かした番組を時折配信しているのは周知の通りだろう。イベントともなれば各社共にネット配信生放送を組むから、読者諸賢でネット配信を知らない人は居ないだろう。最近は、一時のブームは去ったが、配信映像の仕事が無くなったかといえば、決してそんな事は無い。確実に配信系の映像は根付いている。

無線化するネット配信の世界

実は、ネット配信の歴史は一般に考えられているよりも若干古い。世間一般では、ここ数年間で生まれた最新技術のように言われて居るが実はそうでも無いのだ。映像配信も、今の大手配信サーバー企業による大ブレイク前から各社より提案されては何度となく出ては消えてきたし、音声配信の規格だけで言ったらそれこそ「The NET」と呼ばれていたインターネット初期時代、あるいは実働こそしなかったものの、その前の米国防総省主導による「ARPANET」時代からある(何しろ、ネットワーク通信はそもそもがデジタル信号を音声波形に変換して行っているから相性は良い)。何となく最新の様に思えるネット配信は、実際には、ネットと共に生まれたネットの主要目的の一つなのだ。

実際、筆者自身も、映像制作業務の傍ら、半ば趣味的に2000年頃からネット配信には関わっている。2000年当時のネット配信と言えばRealPlayerを使った配信が主流であったが、それでも、同時1000配信くらいの接続数は私自身も頻繁に手伝っており、さすがに当時はまだ安定した商業ベースにこそ乗っていないものの、ターゲット層に対して着実に情報を届けるその在り方は、その後の発達を想像させるだけの雰囲気を感じさせるものであったと言える。

この当時、近い将来必要になるであろうと考えていた日中友好の一つの手段として中国茶に注目していた筆者は、ネット配信ならその情報が必要なコア層に伝わるのでは無いかと、友人のネット配信番組に中国茶の入れ方講座をやらせて貰いに押し掛けたことも、いい思い出だ。

OTAKU_vol36_01.jpg 2007年4月Ustream立ち上げ直前時期のNAB。新しいものに聡いGoogleブースですらネット配信のネの字も見られない

とはいえ、ネット配信映像が商業ベースにも乗るメディアとしてブレイクしたのは、やはり、2007年のUstreamの立ち上げ以降だろう。イラク戦争へ行った戦地の友人と家族とを繋ぐためにジョン・ハム、ブラッド・ハンスタブル、ジュラ・フェヘルら、米国陸軍の元新米士官たちによって開発されたUstreamは、翌2008年の大統領選挙で活用され、一躍ネットの中心に躍り出た。

いや、ネットの中心というのは控えめすぎる言い方だろう。時間無制限にユーザーの質問全てに回答することですら可能なUstreamは、それまでの時間枠に囚われた地上波テレビ放送やケーブルテレビネットワークではフォローしきれない部分にスポットライトを当てた、全く新しい、ユーザーが能動的に情報を取りに行けるリアルタイム映像メディアとして一気に普及したのだ。この2008年大統領選でのバラク・オバマ現大統領の勝利は、UstreamとTwitterの2つのネットメディアが無ければ有り得なかった、とまで言われているのは読者諸賢もよくご存じのことだろう。

反面、米国では、元々コンテンツ豊かなケーブルテレビネットワークを持っていることも有り、Ustreamはあくまでも映像エンターテインメントでは無く、政治や生活問題などの目的あるコンテンツを流通させるためのものであった。言い換えれば、電波やケーブルネットなどメインストリームメディアの補完的な役割としてしか普及しなかった、とも言える。

これに対し、日本では、2008年当初はUstreamの存在は全く知られてすらいなかったが、感の良い一部ユーザーによって2009年頃からTwitterとセットで紹介され始め(我らがPRONEWSのネット配信も始まり)、2010年の終わりには、孫正義氏による投資の結果Ustream Asiaが誕生したこともあって、Ustreamは、そのインタフェイスに組み込まれたTwitterとともに、ネットを使っている人間なら誰もが知っているメディアとなっていた。

OTAKU_vol36_02.jpg Ustreamによるネット生配信は、我が国では東日本大震災被災者に対するサポートとして広がった。筆者の会社でもキャンピングカーにスイッチャーを積んだネット中継車を作成して全国を飛び回った

そして、その直後に我が国は2011年3月のあの東日本大震災とその後の東京電力原発事故を向かえることとなった。地上波テレビや大新聞が、全国ネット中心主義による小回りの無さと、公的な送り込みメディアでむごたらしい映像を流す事への遠慮、そして数多ある原発関連スポンサーへの配慮などのため、各地の被災者に必要な生命に関わる情報を報じられずに居る中、ネット配信がテレビの代替となる地域メディアとして一気に普及したのは記憶に新しい。壊れたようにひたすら「ぽぽぽぽ~~ん」という脳天気な公共広告機構のアニメCMばかり繰り返して肝心の生命に関わる情報をほとんど出せない地上波テレビに、恐怖を覚えた人も多かったと聞く。

それに対し、ネット情報においては、被災者自身やボランティアが被災地からスマートフォンで生中継した情報はTwitterなどでまとめられ、各地の被災地にあるスマートフォンを経由して、テレビよりも先にネット配信情報が入って行った。このネット情報があったからこそ二次避難に成功した、生きるのに必要な物資を手に入れられた、という話は枚挙に暇が無い。実際、筆者自身、息子が生まれてからわずか1週間での震災となったため、東京都内と言えどもミルクも水もオムツも確保できず(当時は原発事故の影響で、東京都内の水の乳幼児、授乳婦への飲用が禁じられていた。政府はそうした家庭に非常用のペットボトル水を配布すると発表したが、実際には輸送過程でどこかへ消えてしまって、我が家を含む乳幼児のいる家庭には配られなかった)、最後にはネットで情報を集め、皆さんの力に助けられて息子の生活を繋ぐことができた。

これを考えると、震災の前年末にUstreamのブームがあって各所に機材が揃い、気の効いたユーザーのスマートフォンやパッド型コンピュータに配信アプリが入っていたのは、不幸中の幸いであったと筆者は考えている。もし、それらが無ければ、死者数はもっと多く、原発事故も真実がわからないままに避難が遅れて居た人が多かったのでは無いかと考えている。

こうして震災と原発事故を機に一般化したネット配信は、その後もコンテンツを広げ続け、ちょっと気が効いた人なら誰でも気軽にネットで映像を見る時代になった。東日本大震災とその後の東電原発事故を機に、日本のネット配信は、本家米国を上回る発展を一時期見せつけていたのだ。2011年末のInterBEEでスイッチャーメーカーの方と話した際に「いやあ、こんな風にスイッチャーで本格的にネット配信してるのは日本だけなんですけどね」と言う言葉を聞いて、凄い時代になったな、と思ったのを鮮明に覚えている。その後、日本の映像配信はネットの重要なコンテンツという位置づけのまま、一時的なブームこそ去ったものの、消える事無く、しっかりと地に足を付けて流され続けてきた。

OTAKU_vol36_03.jpg 2013年には、ようやくNABでも数多くのネット配信映像を見ることが出来た。インテルブースは本格的なネット放送スタジオとなっていた

後れをとっていた米国では、2012年中盤以降、急速にネット配信の再ブームが発生した。新型iPadが4G回線に対応し、米国内では旧式のiPhone 4Sなどでも4G回線によるLTE接続が可能となって、公衆無線環境での映像配信に壁が無くなったのだ(日本では、法律の都合上iPhone 5以降でのLTE対応)。

元々米国でのネット配信は、選挙でのケーブルネットテレビの補完的存在として広まった経緯も有り、コストを重視するケーブルネットテレビの影響が色濃いものだ。つまり、スイッチャーなどを使わない、ワンカメラの「軽い」ものが主流だったために、こうした公衆無線環境での配信の普及は、爆発的なネット配信の一般化へと繋がった。

2013年4月にラスベガスで行われたNAB2013では、前年まであまり会場内で見ることの無かったネット配信を無数に見かけ、我々外国からの参加者は非常に面食らったが、その背景には4G回線によるこうした再普及があったのだ。公衆無線通信利用でのネット放送が送受信できるということは、もはや電波による無線放送と区別が付きにくい。

こうしたネット配信の再普及の結果、面白いことに、NAB2013では日本式のスイッチャーを使ったネット配信映像の展示発表も複数見ることが出来て、卵が先か鶏が先かはともかくとして、いずれ、世界のネット放送が電波放送から置き換わってゆく、その方向性を明確に見ることが出来た。

Facebookライブ映像配信系イベント「LED」

OTAKU_vol36_04.jpg 各部部長&パンダスタジオ西村社長。オフ会、という言葉の印象とは正反対の真面目な展示発表とワークショップが展開された

そうした中「LED」と題してライブ配信系の人々を集めるイベントが、2013年7月30日に秋葉原パンダスタジオで開催された。

LEDとは、Livestreaming Extreme Developerの略で、その内容は、Facebookで盛り上がっているネット配信部(川井拓也氏主宰)、ネット音響部(須藤高宏氏主宰)、ネット照明部(田村公宝氏主宰)、ネット配信自作部(永山純一氏主宰)、そして、ATEM Tech Labo(井上晃氏主宰)の各「部」と、場所提供のパンダスタジオ(西村正宏氏)の共同開催というものだ。PRONEWSでも事前告知があったイベントなので、ご存じの読者諸賢も多いだろう。

LEDはいわばFacebookでのライブ配信系グループの合同オフ会のようなものなのだが、映像のプロたちが企画するものだけあって、その内容は極めて実用的。いわゆるぬるいオトモダチオフ会とは全く異なる、プロでも満足できる濃い内容のイベントであった。

OTAKU_vol36_05.jpg メーカーブースも多数出展し、大いに盛り上がった。写真はローランドブース。最新版のVR-50HDのアルファテスト機に触ることが出来た

LEDは7月30日のお昼から深夜まで、ほぼ丸1日開催されていたが、その全ての時間帯で広いジャイアントパンダスタジオの2フロアがほぼ満席。一般ユーザーの参加だけでは無く、20を越えるメーカーと配信事業企業のブースも建ち並び、素晴らしい盛り上がりを見せた。場所提供者のパンダスタジオ西村社長の「これだけの人数、配信に業務レベルで関わっている方々が居るのが凄いよね」との言葉通り、ネット配信が単なる震災後の一時的ブームで終わる事無く、着実に一つの映像産業ジャンルとして日本に根付いたことがよくわかるイベントであった。

LEDのもう一つの特徴が、ワークショップや各配信事業者のテクニック公開のレベルの高さだ。各社、各参加者共に、あっと驚くような工夫を公開し、あるいは発表していて、この日1日で配信の手法が大きく変わった参加者も多かったのでは無いだろうか?

OTAKU_vol36_06.jpg 井上晃氏によるATEM 1M/Eを利用したポータブルHD配信装置。こうした工夫に溢れた展示が数多くあった

日本の古い映像の世界(といってもたかだか戦後数十年なのだが)では、どうしても小さなチップス(ちょっとした工夫や使い方の手法)を手元に隠すことで競争を過当に押さえて利益を出そうとする向きが存在し、それが結局、視聴者につまらないものや粗のある映像を届けることになり、最終的にはぽっと出てきた海外勢のダイナミックなやり方に一瞬で吹き消されて痛い目を見る、ということを近年繰り返してきたように思える。その点、ネット配信映像の世界においては、まずは市場拡大が優先課題である為に、各社ともチップスの公開に抵抗が無い。これが結局新しいやり方をどんどん生み続け、市場を広げ続けているように思える。

OTAKU_vol36_07.jpg そのわからなさがバカ受けだった、永山純一氏によるデシベル計算のワークショップ。ワークショップは3分間の持ち時間で発表するスタイル

東日本大震災直後は、先般述べた理由によって地上波テレビを初めとする既存のメディアの信頼が地に墜ちていたために、多少出来の悪い映像であってもそれがネットライブ配信でさえあれば許容されてきた部分も有り、それに助けられて多くの配信事業者が誕生した。

しかしこれからは、既存メディアも信頼を取り戻すべく手を打ってくるだろうし、何よりも、緊急事態が収まれば、どうしても課金する価値や広告収益という、コンテンツそのものの価値に視聴者側も注目せざるを得ない。そうなれば低レベルなネット配信は拒絶され、それどころか、そうした低レベルな配信を見てしまった一般視聴者が、ネット配信映像そのものに拒否感を持ってしまう危険性すらある。一時期の邦画が売れ線のアイドル映画ばかりと化して観客の信用を失い、長らく斜陽であった事を考えれば、これは決して杞憂とは言えないだろう。思えば、今回地上波テレビ放送が信頼を失ったのは、本来は「マスターカット」と呼ばれるほどに最重要な放送とされてきた災害放送が充分に成されなかったところから起きたのだ。テレビの信頼の低下は、本来求められていた質の低下が原因であるとも言えるのだ。

もちろん、前回の日本海溝地震である貞観地震の例を見るに、東日本大震災の発生によって日本列島は地震と噴火の活性期に突入し、否応なしに災害は増えてくることが予想される。そんな中、今後も災害時にはこうしたネット配信映像が非常に頼りにされることになるのは間違いが無い。

ネット配信映像は信頼できない、というレッテルが貼られないように、こうしたLEDのような技術交流まで内包したイベントがもっともっと発展し、日本のネット配信映像のレベルの底上げをし続けることが重要なのでは無いだろうか。


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手塚一佳 CGムービー制作、ネットワークゲーム制作を得意とするデジタルデザイン会社アイラ・ラボラトリの代表取締役。


[ Writer : 手塚一佳 ]
[ DATE : 2013-08-13 ]
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