番組でのAVCHD利用が一時後退の動き

番組制作がノンリニア編集に移行したのはアビッド テクノロジーのMedia Composerがきっかけだったが、制作費低下が進行するにつれ、ディレクターやアシスタントが使い始めたのはコストパフォーマンスに優れたアップルのFinal Cut Proだった。その後、さまざまなファイルベースカメラレコーダーの登場で、カメラ対応時期が定まらないノンリニア編集環境が導入しにくい状況にもなり、素早いオプション対応で信頼を得たのはトムソン・グラスバレーのEDIUS Pro環境だった。こうした状況ではあるが、撮影現場でディレクターやアシスタントがノートブックで仮編集を行う作業環境と言えば、Final Cut Proがスタンダードだ。

Final Cut Studioは、7月23日に新バージョンとなった。制作用のProResコーデックを3種類拡張して合計5種類にするとともに、パナソニックAVC-Intraコーデックへのネイティブ編集を可能にし、XDCAM HD/XDCAM EX/インタレースHDV/インタレースXDCAM HD422のレンダリング速度についても高速化した。しかし、AVC-Intra同様のH.264系コーデックのAVCHDについては、ネイティブ編集への対応が見送られてしまった。

さて、最近、深夜番組などでタレントが使用するハンディカメラに変化が生じているようだ。昨年後半から目立ってきていたのは、民生品のハードディスク記録型のAVCHDビデオカメラにワイドコンバーターを使用するスタイルだった。タレントが手軽に扱うことができ、ラフに扱ってもそこそこ耐久性があり、たとえ壊れてしまっても本体価格も安いということから、急速に民生AVCHDビデオカメラの活用が広がってきたように感じていた。

しかし、今夏以降の番組を見る限り、AVCHDビデオカメラの利用が縮小し、ソニーHVR-A1Jなどの小型HDVカムコーダーの利用へと回帰しているようだ。別のユニットを使用して、本体にコードを伸ばすこともないので、ハードディスクやメモリーカードでのファイルベース記録もしていない。つまり、タレントに持たせるカメラはテープ収録へと戻ってしまっているようだ。番組におけるHDVカムコーダーへの回帰は、AVCHD編集の取り回しが悪いことに起因しているのかもしれない。

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ソニー製HDVカムコーダーHVR-A1J。タレントが使用する時は、マイク部を外して内蔵マイクを使用することがほとんど。これなら民生AVCHDビデオカメラと大差なく扱える大きさだ。

現場仮編集用のMacBook Pro環境の動作を重視せよ

AVCHDのコストメリットを考えると、地方局やCATV、Web、企業などでは、民生用ビデオカメラも業務用カメラレコーダーも、これまで以上に活用されていくと思われる。タイムラインでカメラコーデックをネイティブに扱えないことは、映像の一部をいくつか切り出してつなげ、テロップだけを載せた映像素材を作りたいというような、スピーディな映像編集が求められる報道取材現場やブライダル収録において、主役の座を明け渡すことにになりかねないのではないだろうか。

もっとも編集前のビデオキャプチャ時にProResコーデックへの変換時間をかけたとしても、以前に比べて作業が速くなったと見る人もいるようだ。AVCHDはフルHDで収録していてもファイルサイズが小さく、カメラからハードディスクに転送する時間は短い。P2 DVCPRO HdやMPEG2系の映像ファイルを、長時間をかけてハードディスクにメディアコピーした経験のある人であれば、AVCHDのコピーなどは短時間で済むと感じられることだろう。モバイルで編集すること無くMac Proの8コアのデスクトップ環境を利用している人ならば、収録時間の半分以下でPro Resコーデックに変換することも可能なようだ。これならば、多少、制作用コーデックに多少の時間を要しても、メディアコピーからコーデック変換完了までのトータルな時間で十分に速いと感じるというわけだ。

新Mac OS X Snow Leopardでは、Finder、Mail、iCal、iChat、Safariなどのシステムアプリケーションが初めて64bit対応を果たし、64bitプロセッサに対応するように、GPUコンピューティングを利用するためのOpen CL環境が整い始めた。大量のメモリ空間を使用でき、GPUでの演算処理も活用できることは、ビデオアプリケーションにとっても朗報だ。さらなるパフォーマンス改善のために、Final Cut Studioは早急に64bitアプリケーションとしてアップデートしてもらいたい。

新バージョンでもビデオキャプチャ時に変換が必要

今年前半に各社がノンリニア編集製品の機能向上に挙げていた部分の1つにAVCHDネイティブ編集があった。民生用ビデオカメラのほとんどがAVCHDコーデックを採用し、民生用スチルカメラのなかには720p収録のAVCHD Liteコーデックを採用したものが登場してきており、AVCHDネイティブ編集への動きは、ある意味当然とも言えた。最後発のFinal Cut Studioで、現場で最も利用されていたソフトウェアでのAVCHDネイティブ編集見送りは、非常に残念だ。

現在のノンリニア編集システムのトレンドと言えば、制作用コーデックに変換することなく、カメラコーデックをダイレクトに扱えるネイティブ編集だ。確かに、制作用コーデックに変換した方が、タイムラインのストリーム数も増やすことができ、最終的な書き出し前のレンダリング時間も少なくて済むメリットがあることは分かる。しかし、リアルタイム再生できないから搭載しないという選択をしたことにより、とにかく切ってつなぐ仮編集作業をしたいという現場にとっては使いにくい編集ソフトウェアになってしまったのではないか。

リアルタイムに編集できるか否かに関わらず、AVCHD素材をタイムラインに配置でき、イン/アウトを設定できるようにするだけでも作業性は改善できる。Final Cut Proは、タイムラインでリアルタイム再生できない場合は、音声も含めて再生をストップしてしまう。これが、ソニークリエイティブのVegas Proのように、タイムライン上の素材を音声優先で再生できるようにすれば、最初は重たい動きでありながらも、繰り返し再生しているとキャッシュが溜まり、映像のコマ落ちが少なくなっていく。イン/アウトを設定するのには、ある程度の時間が必要なので、その時間をキャッシュ構築にも利用することで作業性を改善しているのだ。実際、Vegas Proで編集してみると、音声が途切れないだけで、これほどまでに編集しやすくなるのかと思うくらいだ。

仮編集にはタイムラインでのネイティブ化が不可欠

2009年1月に購入したIntel Core2Duo 2.53GHz/4GB RAM/NVIDIA GeForce 9600M GT(VRAM 512MB)搭載のMacBook Proで、AVCHDからProRes 422各コーデックへの変換をテストしてみた。テストしたAVCHD素材は17秒間。パナソニック民生AVCHDビデオカメラHDC-TM300により、1920×1080のフルHD解像度で約13Mbps(VBR)のビットレートで記録したものだ。[切り出しと転送]ウィンドウで、変換にかかった時間をストップウォッチで手計測してみた。Snow Leopard環境で、ProRes 422(HQ)で31.5秒、ProRes 422で25.8秒、ProRes 422(LT)で23秒、ProRes 422(Proxy)では19.6秒だった。

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Final Cut ProではAVCHD素材は[切り出しと転送]ウィンドウを使用してProResかApple Intermediate Codecの制作用コーデックに変換しないと利用できない。カットのイン/アウトの設定による切り出しは、プレビュー画面で行えるが……。

[切り出しと転送]ウィンドウでは、素材をプレビューしてイン/アウトを設定することもできる。しかし、このプレビューも、MacBook Pro環境ではかなり厳しかった。30分とか1時間といった長時間素材のプレビューでは再生ヘッドを大きくずらすと、動作の反応が返ってくるまでにかなり待たされる。待ち時間が多く作業性が悪いので、結局のところ全体をビデオキャプチャしてしまいたくなってしまうのだ。妥協策として、カメラ側で素材をカットできるのであれば、あらかじめ必要な部分だけをカットしておくといった工夫が必要かもしれない。しかし、これは、編集作業の一部を、仕方なくカメラで行うというもので、ファイルベース本来のワークフローではなくなってしまう。

AppleのFinal Cut Studio担当シニアプロダクトマネージャーであるジャドソン・カプラン(Judson Coplan)氏は、「AVCHDを直接タイムラインに配置した時に、ProResコーデックを使用した時のようなハイパフォーマンスを実現することができなかった。AVCHDを直接扱うのではなく、ProResコーデックに変換することにより、Mac ProだけでなくMacBook Proでもパフォーマンス良く編集できるので、より良いエクスペリエンスが得られると考えた」と話していた。しかし、MacBook Pro環境でAVCHDをパフォーマンス良く扱うために、実時間以上の時間をかけてProResコーデックに変換する必要があり、やはり編集に入るまでのハードルは高い。

Final Cut Studioのバージョンアップ以降、深夜番組でHDVカメラレコーダーの利用が顕著になってきたことは、AVCHDコーデックが新バージョンでも編集開始前に実時間以上の変換を必要とすることに対する、ある種の諦めなのかもしれない。AVCHDコーデックを実時間以上をかけて変換するくらいなら、必要な部分を軽い動作で抜き出して実時間で変換できるHDV素材の方が取り回しがよいというわけだ。テープレス収録/ファイルベース編集への移行が着実に進んできている段階にあって、HDVへの原点回帰とも言える状況に至ってしまったようだ。

WRITER PROFILE

秋山謙一

秋山謙一

映像業界紙記者、CG雑誌デスクを経て、2001年からフリージャーナリストとして活動中。