「CM素材搬入基準」にファイルベースメディアによるCM素材の搬入が追加改定されたのは2011年5月のこと。2011年7月からスタートして、民放連の「民放テレビ各社に搬入可能なCM素材一覧」によると9割以上の放送局でファイルベースメディアに対応し、そのほとんどでXDCAM用プロフェッショナルディスクでの搬入の受け入れ体制が整っていることがわかる。その一方、プロダクション側はファイルベース搬入を活用しているのであろうか?ファイルベースでCM素材を搬入をしているという話をほとんど聞かないというのが現状ではないだろうか。そこで、Premiere ProでCM素材を制作してファイルベースで放送局に搬入をしている札幌の総合広告代理店「株式会社 英広社」に、搬入手順の詳細やファイルベース搬入によるメリットなどを聞いてみた。

XDCAM Professional Disc

ソニーのXDCAM用プロフェッショナルディスク

毎月定額で自由に好きなだけソフトを使うことができるCreative Cloudを選択

話を聞かせていただいたのは英広社のSHOP115事業部 副本部長の嶋村康明氏だ。SHOP115事業部で制作している映像は、主にテレビショッピングが4割、CMが3割、VPなどが2割、インターネット動画が1割とのことだ。嶋村氏は以前、北海道でテレビのカメラマンとして活躍していたこともあり、ニュースやドキュメンタリーなどの撮影から映像制作全般のノウハウまで知識の豊富なメディアクリエイターだ。

嶋村氏はまず、ファイルベース搬入のきっかけとなったCreative Cloudの導入から話をしてくれた。話はアドビのPremiere Pro CS4やAfter Effects CS4を使っていた昨年11月のことだ。年末に放送される30分の番組3本の制作を行っている際にPCが不調になり、ハードウェアの復旧は不可能。明日にもPCを導入して仕事に復帰しないと非常にまずいという状況に追い込まれていたという。しかたなく新しい編集ツールと新しいPCの導入を決めたものの、Premiere Proの最新版に移行するのか?テレビ局在籍時代に使っていた他社製品に移行するのか?どういった仕様を備えたをPCを新調したらいいのか?という問題があった。そこでひとまずアドビのサポートに「Premiere Pro CS6を導入した場合にはどういったハードウェアの仕様が必要か?」という質問をしたところ、グラフィックボードやCPU、メモリの理想スペックなど、予想以上に細かく参考になる情報を得ることができたという。

英広社 SHOP115事業部 副本部長の嶋村康明氏

英広社 SHOP115事業部 副本部長の嶋村康明氏

制作ツールの更新に関しても質問をしてみたところ、Adobe Premiere ProやAdobe After Effectsなど10種類以上の制作ツールがセットになったProduction Premiumは24万9,900円(アドビストア価格・税込)で、社内に導入している既存の設備の減価償却が終わっていない現状を考えると簡単に導入できる金額ではない。手ごろな価格の他社製品に乗り換えようと心が傾きかけたそのときに、アドビからAdobe Creative Cloudの案内を受けたという。

Creative Cloudとは、Premiere ProやAfter Effects、Audition、SpeedGradeなど映像に必要なツールはもちろん、Photoshop、IllustratorといったCS製品全てを自由にダウンロードして使うことができるというサービスのことだ。月々定額(グループ版7,000円、個人版5,000円~)の契約であるため、初期導入コストが大幅に抑えることも可能だった。そんなことがきっかけでツールはCreative Cloudを選び、PCはCreative Cloudを動作させることを前提にCore i7-3970X 3.50GHz、メモリは64GB、64bit版のWindows 7 Professionalにグラフィックスボードはアドビのアドバイスを参考にNVIDIAのGeForce GTX 680を選択した構成でPCを用意した。こうしてオリジナルの編集環境が誕生したという。

特にCreative Cloudを選んだ決め手については、「初期投資の安さ」のほかに「常に最新版を利用できる」というところもポイントになったという。というのも、昔、嶋村氏が在籍していた制作現場では景気が悪いために「5年から7年同じ編集機を使っている状態で、7年経てば2世代以上も古い状態ですよ」と、なかなか更新したくてもできない経験を振り返り語っていた。また、Creative Cloud個人版では従来通りのサポートが用意されており、さらにグループ版の場合は年間30分間までのサポートを2回受けることが可能だ。このサポートも見逃せない良さがあるとこう語った。

嶋村氏:僕はあまりAfter Effectsについて詳しくなくて、どうしてもわからない部分がありました。そのわからない機能について15秒のモーションを作る例をカスタマーサポートの方が全部教えてくれました。一度教わってしまえば簡単に使うことができるので楽しくて仕方がありません。この電話で受けられるサポートは非常に便利だと思います。

ラウドネスはAuditionで対応可能

絵コンテはIllustrator

次にCreative Cloudを使ったショッピング番組、および15秒CMのワークフローの概要を紹介してくれた。嶋村氏のワークフローは、絵コンテのラフの制作から最後の書き出しまでほとんどの工程でCreative Cloudのツールが使われているところが特徴だ。まず絵コンテはIllustratorでテンプレートを制作してあり、毎回それを使用している。Illustratorで作られた絵コンテをPDFで書き出すが、そのままではデータが大きすぎるので、Acrobat XI Proの編集機能を利用してちょうどよい大きさのデータに変換する。編集はPremiere Proを使用し、テロップを入れる作業は北海道日興通信の「Telop Canvas」を使用する。このソフトに関してはテレビ局で使用が指定されているとのことだ。これで映像データは完成となる。

そして、Creative Cloudを使ったワークフローの中でも「これは便利」というふうに紹介していたのが、Auditionを使ったラウドネス調整だ。2012年10月1日よりテレビ放送番組の音量・音質を適正でより聞きやすいものとするように「ラウドネス運用」が開始されて、納品するCMにもラウドネス規準内に収めることが求められるようになった。嶋村氏はAuditionを使う前まではPro Toolsでラウドネスの調整を行っていたが、旧型のノートPC上で動作をさせていたためか「wavデータを書き換えるのにこんなに時間がかかるのか?」という感じだった。一方、Auditionの使ったラウドネスの調整は操作が簡単で処理もほとんど時間がかからないという。

また、Auditionでラウドネスの調整ができるメリットとして「従来までは音効さんに出して、音効さんがそのデータを読んでそこにいい状態の音をシーケンスに貼って戻してもらっていましたが、Creative Cloudがあればラウドネスの作業も一人でできるようになります」と絶賛していた。

静止画からアニメーションを作成する場合はAfter Effectsを使用する。Premiere ProとAfter Effectsの連携はダイナミックリンクを使って直接やり取りをしているという。書き出しについてはPremiere ProからFLVを書き出せることも利点であるという。さらにMXFに書き出しファイルベースでCM素材の搬入まで行っているとのこと。これもなかなか興味深いところだ。

Auditionの画面

Premiere Pro上にSE、BGM、効果音をシーケンスラインに貼り付けてある状態のものをAuditionでラウドネスの調整する場合はPremiere Proの「編集」メニュー→「Adobe Auditionで編集」を選択してシーケンスごとAuditionに読み込み、ファイルメニュー下の波形タブで波形を表示し、ラウドネス調整を行う。Auditionの「クリップ」→「クリップのボリュームを一致」を選択して、「クリップのボリュームの一致先」を「ITU-R BS.1770-2 ラウドネス」を選択して実行するだけだ。wavデータを書き出し、Auditionを終了。任意のフォルダに書き出したwavファイルをPremiere Proのシーケンスに貼り付けて音声の調整は完了だ

Premiere Proの書き出しからXDCAMへの搬入方法

XDCAMを使ったファイルベース搬入のことについてさらに詳しく説明をして頂いた。まず、札幌のプロダクションのファイルベース搬入の現状について聞いてみると、嶋村氏の周りで行っているのは誰もいないという。さらに放送局に問い合わせるも「みんなテープで納品している」という返答だったとのこと。嶋村氏はこの状況をこう分析する。

嶋村氏:今までかけてきた設備の減価償却が上がっていないから、新しいことに踏み出せない状況になっていると思います。特に北海道の場合はびっくりするぐらい新規のローカルCMの制作量が減りました。その割に制作費も少なく、恐らくポスプロもHD VTR導入コストを回収できていない状況だと思います。

そんな状況もあるものの、まずはファイルベース搬入のコストのメリットから説明をして頂いた。嶋村氏がファイルベース搬入で使っているXDCAMのドライブは「PDW-U1」で、ドライブの実勢価格は32万円だ。一方、テープ納品に利用するHDCAMのレコーダーは「HDW-1800」の場合で300万円以上する。さらにHDCAMのデッキは「定期的なメンテナンス料も結構バカにならない」ということもあり、嶋村氏の場合はテープ納品を行う際は外部にダビングを依頼して行っていたという。それはそれでコストがかかり、「5局に納品する場合は5本テープが必要です。ダビング代だけでもしゃれになりません」とのことだ。XDCAMでのファイルベース搬入は設備投資のコストの低さも含めてそのあたりのコストも抑えられるというのは魅力的ではないだろうか。

次に嶋村氏が行っている納品までの具体的な手順を紹介して頂いた。書き出しに関しては難しいことはなく、Premiere Proの「書き出し」からMXFを指定すればOKだ。問題はメタデータの制作で、嶋村氏の場合はWeb上で公開されていた「CM素材交換メタデータ生成フォーム」を使用しているという。こちらで生成されたテキストをカット&ペーストでテキストエディタなどに貼り付け、「ファイル名を変更」を選択して保存をする。もし、書き出されたテキストデータに誤りがある場合は、Creative Cloudで利用できるWeb制作ソフト「Dreamweaver」でXMLファイルを読み込むことでわかりやすく書き換えることが可能とのことだ。ちなみに、「搬入用のメタデータとPremiere ProのXMPのメタデータは違うもの」とのことで、嶋村氏はこう補足する。

嶋村氏:Premiere Proで編集をして、素材を取り込んだ時点で必ずXMPのメタデータが生成されます。それを見ていると、いろんな情報が格納されているので、最初はXMPがXDCAMの納品にも使えるメタデータだと勘違いをしたことがありました。これは同じメタデータでもCMの搬入に使えるメタデータでないことに注意しましょう。

最後はXDCAMディスクへの書き出しについてで、MXFファイルをソニーのContent Browserでプレビューし、確認が終わったらXDCAMディスクのClipフォルダにドラッグ。XMLファイルはディスクのGeneralフォルダに格納し、素材は完成となる。ファイルベースのCM搬入の詳しい情報に関しては民放連のWebページで「ファイルベースメディアCM搬入暫定規準(PDFファイル)」という資料が公開されている。そちらも参考にしてほしいとのことだ。

Premiereの書き出し設定画面

MXFファイルの書き出し方法は、Premiere Proの「書き出し設定」から「形式」は「MXF OP1a」を選び、「プリセット」から、「XDCAMHD 50 NTSC 60i」を選択する。「キュー」を選択すればMedia Encoderが自動的に立ち上がってエンコードを開始し、「書き出し」を選択すればPremiere上でエンコードを開始する

Creative Cloudはお客様のために制作コストを抑えられるツール

英広社では、新規クライアントに対して「できるだけ低コストでテレビでも最大限のメディア露出」という方向を打ち出していて、新規クライアントに対してコストのハードルは低く設定をしているという。そのためには制作のコストというのをできるだけ抑えなければいけない。そんな企業努力を迫られている嶋村氏にとってCreative Cloudはまさにマッチしているツールのようだ。

英広社 SHOP115事業部 副本部長の嶋村康明氏

嶋村氏:Creative Cloudを導入すると、一連の作業を全部一人で行うことが可能です。今まで必要だった整音、放送局に依頼をしていたダビング代、最終のエディタの部分もすべて自分で行うことができるようになります。30~40万円のPC1台とCreative Cloudがあれば一人でクオリティの高いものを作ることが可能です。そしてお客様はその映像で利益をどんどん生むことができるのです。それは結果として、また弊社への制作依頼へとつながってきます。

全国各地から「この商品を売りたい」「会社を宣伝したい」と思われているお客様が数多く当社にお越しになられます。テレビCMを放送するための費用に関しては、ある程度ご納得いただけますが、CM素材制作費に関しては、「なぜ、こんなに高いの」と広告自体を断念されるお客様もおられました。当社が解決しなければならない問題は、「CM制作費のコストダウン」でした。アドビに相談し、新しいフィールドに立つことで、問題を解決することができたと思います。

Creative Cloudで効果的な映像制作のワークフローを実現していることや、いち早くからCMのファイルベース搬入への対応を行うなど、英広社の映像制作は札幌の中でも注目の存在だ。これからの動向にも注目をしていきたい。

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。