番組制作の業界では、今でも多くの現場でFinal Cut Pro 7(以下Final Cut Pro)が使われている。しかし、さまざまなフォーマットへの対応や制作時間の短縮のために、”次”への移行を模索している現場も多いと思う。番組制作会社の株式会社タノシナルの場合は、設立当初から使っていたFinal Cut Proのほかに、Adobe Premiere Pro CC(以下Premiere Pro)の導入をスタート。毎週放送の企業内番組をテレビ番組制作と同じ手法で制作している。テロップ枚数の多いバラエティ番組制作をノンリニア編集で完パケまで仕上げるというのは珍しい例ではないだろうか。PhotoshopやAfter Effects、Premiere Proをどのように使って番組編集を実現しているのか、タノシナル代表の福島ツトム氏とエディターの鈴木健太氏に話を聞いてみた。

Adobe Creative Cloudで毎週放送の番組制作を実現

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タノシナル代表の福島ツトム氏

東京・中央区にあるタノシナルは、数々の有名バラエティ番組を作ってきたクリエイターたちが集まって2012年1月に設立した番組制作会社だ。主にキー局のゴールデンタイムの2時間特番や深夜のバラエティテレビ番組などを手がけているほか、Web上などで展開される番組制作も行っている。特にその中で注目なのが、企業内バラエティ番組の「クロカンTV」だ。

クロカンTVは、アパレルの製造、販売を展開している会社「クロスカンパニー」の社内限定で毎週木曜12時に更新されている約8分の番組だ。実際に番組を見せていただくと、一般の人が見られない社内限定公開の番組なのに、「ここまでやるか?」というのが感想だ。福島氏は「テレビのバラエティ番組と同じように注力して制作しています」とコメント。「取締役の似顔絵講座」や「落ちこぼれ社員の復活ドキュメント」のような、感動あり、涙あり、笑いもありの内容で毎週配信している。番組内ナレーションにはテレビのバラエティ番組でもよく耳にする加藤ルイ氏を起用したり、バラエティ色の強いワクワクするようなグラフィック、キラリと光るテロップや効果音が使われてるなどデザイン性も非常に高い。まさにゴールデンタイムのバラエティ番組をそのままネット上で見ている、という印象だ。

このクロカンTVでクロスカンパニーは”第12回全国社内誌企画コンペティション”ゴールド企画賞を獲得

通常、”番組制作会社”というと、プロデューサーやディレクター、ADのいる会社がイメージされ、オフライン以降の編集作業自体を手がけることはないが、タノシナルの場合は、クロカンTVのようにオフラインから完パケまでバラエティ番組の制作をすべて自社内だけで完結することもできるという。タノシナルの社内には、テロップやイラストを描けるデザイナー、ポスプロにいた知識の豊富なエディターが在籍する「編集デザイン部」と呼ばれる部署があるからだ。

編集デザイン部はいわゆるポストプロダクションのようなものと思われがちだが、そうではないという。タノシナルでは、編集デザイン部と制作部が企画の段階から一緒になって自社で担う新しい演出システムを実現しているのが大きな特徴だ。最近のあるテレビの番組制作の事例として、企画がスタートした初期の段階でタノシナル編集デザイン部がテロップのデザイ ンを提案、そのテロップデザインに合わせてCGのセットを作 成することで素早い連携が行えた、という事例を福島氏に紹介していただいた。通常、テロップは最終段階のポスプロ工程で手がけられるので、このような連携はあまり見られないのではないだろうか。

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エディターの鈴木健太氏

鈴木氏:ポストプロダクションというのは一番最後に入りますので、結局編集時間のかかる手の込んだ作業はできません。その点、編集デザイン部は企画の初期の段階から関わるので、密度の高いものを作れたり、ディレクターやプロデューサーの意向とかが結構浸透しやすいものが作れます。

もちろん、編集デザイン部のサービスは自社制作のためだけではなく、外部クライアントからの依頼をメインに展開しているとのことだ。

Final Cut Proの問題をPremiere Proの導入で解決する

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タノシナルの編集デザイン部

タノシナルが設立当初から使っている編集ソフトはFinal Cut Proだ。番組制作での使い勝手を聞いてみると、問題が無いわけではなかったという。例えば、バラエティ番組の制作では、アーティストやタレントが自分の家で撮った映像が使われることが多いが、その多くはAVCHDだという。しかしAVCHDの素材を直接Final Cut Proで扱うのは非常に手間がかかり、どうしてもAVCHDの素材が入ってくると、処理が重たくなったり、レンダリングに時間がかかったりすることが多いという。特に最近ではGoProで撮影された素材も多いが、「GoProのネイティブ素材が入ってくるとFinal Cut Proでは厳しい」と鈴木氏は語る。

また、地図など「最初は広範囲で表示しながら目的地周辺で解像度を保ちつつ拡大する」というような演出をしたい場合、大きな解像度のPhotoshopやIllustratorデータをFinal Cut Proで読み込ませると必要があるが、非常に重く、時にはアプリケーションが終了してしまうことがあるという。それならば…とFinal Cut Pro Xへの移行を考えてみたものの、「実際にソフトを使ってみて、番組制作にはちょっと対応しづらいと思いました」というのが鈴木氏の率直な感想だ。

そんな状況の中で選ばれたのがPremiere Proだ。導入の決め手としては、さまざまなフォーマットのファイルを変換なしで利用できるなど、スピードが求められる番組制作には最適であると判断したからだという。編集ソフトの移行は敷居が高いイメージだが、鈴木氏によるとPremiere ProのGUIがFinal Cut Proと大きく変わらないことや、プリセットでFinal Cut Pro 7のキーボードショートカットをPremiere Proでも使えることで、それほど難しいとは感じなかったという。

鈴木氏:Final Cut Proは、様々なショートカットを多用することで便利に使える編集ソフトなのですが、そのショートカットのほとんどをPremiere Proでも使えるのは嬉しいですね。

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Premiere ProでクロカンTVを編集する鈴木氏

タノシナルのバラエティ番組制作術

CC_vol.2_05.png Photoshopでイラストを描く。アニメーション用に高解像度で制作している。飛行機、しゃちほこ、大仏などはAfter Effectsなどで使いやすいようにレイヤーごとに分けて描いていく
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では、タノシナルではどのようにバラエティ番組を編集しているのか?Final Cut ProとPremiere Proの違いなども含めて聞いてみた。まず、全体の編集の流れだが、オフライン編集とオンライン編集は同じ編集ソフトを使う。そして、オフライン編集はHDの素材を使って、そのプロジェクトをそのままオンライン編集でも継承して無駄がないようにするとのことだ。テロップに関しては、種類によって入れるアプリケーションを分けているという。サイドスーパーやコメントフォローテロップなどはPremiere Proで入れるが、オープニングCGのようなモーション・グラフィックスを使った効果的な演出をしたいものはAfter Effectsで行うという。

CC_vol.2_06.png Photoshopで描かれたイラストに対して、エディターが「ぽんっ」というような感じの動きをAfter Effectsでつけていく
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Premiere ProとAfter Effects間はダイナミックリンクを利用することでスムーズな連携が行える。この連携はPremiere Proならではのもの。テロップの素材はPhotoshopで制作している。また、Final Cut Proでは、HDV(1440×1080)のタイムラインにフルHD(1920×1080)のPSD形式の素材を乗せると伸びてしまい、わざわざ画角を合わせて作らないといけなかったが、Premiere Proではそのような問題は起こらず、作業がだいぶ楽になったとのことだ。テロップの効果については次のようにも補足した。

鈴木氏:ノンリニア編集は、リニア編集に比べて光の効果を使った演出が得意ですが、レンダリングに時間がかかる、というイメージがあります。実はテレビでやっているようなテロップがキラっと光って入ってくるようなことは、プラグインをすっとクリップに乗せるだけで10秒、20秒レンダリングを待てばほとんどやってくれます。これを活用することで、100枚、200枚のテロップの処理もそれほど負担にならないです。

CC_vol.2_7b.png After Effectsで作られたカットをPremiere Proでつなぎ合わせていく
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プレビューについても、Premiere Proが効率的という。Final Cut Proでは、テロップを乗せて、色加工を素材に施して、サイドスーパーを乗せて、レイヤーを重ねていく…となると、再生が困難になる。コマ落ちしてでも再生できれば良いのだがこれが難しく、わざわざレンダリングをしなければ確認ができないという。同一スペックのマシンでも、Premiere Proの場合では、かろうじてプレビューが可能とのことだ。

例えば、バラエティ番組のディレクターがタノシナルに来てチェックをするということがあるが、その際、Final Cut Proの場合は、目の前でいろいろ加工してレンダリングをすると待ち時間ができてしまうことがあり、ディレクターにとっては「今何してんの?」「いつまでかかるの?」という状況に陥ることがあるが、Premiere Proの場合は「再生時の解像度」の設定を「1/2」や「1/4」に設定することで、即座にプレビューが可能だ。

番組制作で使えるAfter Effectsのエフェクトもある

鈴木氏はAfter Effectsの中には番組制作で使えそうなエフェクトがあるという。最後にそのエフェクトをいくつか紹介して頂いた。

鈴木氏:After Effects CS6から新しく搭載された「3Dカメラトラッカー」が面白いです。スタジオの背景がパンしたときにテロップもパンに合わせて動かしてしまうのです。バーチャルスタジオでテロップを乗せているかのようなことを簡単にできます。従来は処理速度の問題でそういうのは敬遠していたのですが、最近は処理速度が大幅に向上しているので、こういったお遊び要素みたいなものを簡単に入れられるのが楽しいですね。

テロップ枚数が多いバラエティ番組の制作は、リニア編集やポスプロのコストが高額になりがちで、なかなか手が出しにくいジャンルと思われているが、タノシナルの事例のようにAdobe Creative Cloudを活用することで実現可能な時代に来ていることをひしひしと感じる。タノシナルではテレビの番組制作だけでなく、テレビ以外のメディアを使った新しい企画を積極的に考えているという。今後のタノシナルの番組制作に注目だ。

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。