昨年の「3D」に続き、今年のキーワードはどうやら「4K」?3Dはピンと来なかったけど、4Kは否応なく進むべき道のような気がする。とはいえ、撮影機材、視聴環境ともに民生/業務レベルに降りてくるのは、まだしばらく先の話では?いやでも、そもそもそんな解像度ってホントに必要なのかしら?っていうか実際に動き始めたら、データの共有とかどうするの?…などなど、妄想混じりにイロイロ考えていたら、ハリウッドの先駆者が最新事例を紹介してくれていました。

32歳のベテラン、マイケル・チオーニ(Michael Cioni)氏

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マイケル・チオーニ氏。現在、ハリウッドで一番ホットなファイルベース・ポスプロファームのCEOである氏は、弱冠32歳の若さでありながら、RED社の公式教育プログラム「REDuction」の創設メンバー兼インストラクターの一人であり、また”Digital Intermediate Supervisor”、”Digital Cinema Consultant”の肩書きで、今までに100本を越えるハリウッド映画の制作に関わってきた強者(つわもの)です。

Light Iron Digital,LLC

2012年1月、ロスで開催されたFinal Cut Proユーザーグループの定例ミーティングに招かれたチオーニ氏は、全篇REDで撮影され、Final Cut Pro 7で編集されたデビッド・フィンチャー監督最新作「ドラゴン・タトゥーの女」を事例に、「4Kワークフローに備える(Preparing for a World of 4K)」というタイトルのプレゼンテーションを行いました。

その時の模様をノーカットで収めた映像がさる2月14日に公開されたのですが、その内容があまりにも素晴らしい!ので、今回はそのチオーニ氏のプレゼン内容をかいつまんでご紹介したいと思います。もちろん英語がわかる方はボクの拙い解説など読む必要はありません。こちらに埋め込ませて頂きましたので、ご自身の耳でオリジナルをお楽しみください。

「ドラゴン・タトゥーの女」の制作スペック

『映像業界では、3/4インチが出た大昔から何か新しいフォーマットが出るたびに「あぁこれでフィルムの時代が終わった!」と言われたものですが、ようやく僕らは今…今度こそ本当にフィルムの終焉に立ち会っているのかも知れません』という言葉でプレゼンを始めたチオーニ氏。

以下が「ドラゴン・タトゥーの女」の制作時のスペックです。

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撮影はT1.3通しのMaster Primeレンズを付けたRED ONE MX(REDCODE 42)及びRED EPIC(REDCODE 5:1)。編集はすべてFCP7上で超軽量なProRes LTデータを使って行い、のちにXMLベースでPremiere Pro CS5.5に送信して5K@DPX 10bitにコンフォーム。After Effect上でおよそ1,200シーンに及ぶ効果を加えてから4Kデータを書き出し、Quantel Pabloでグレーディング。仕上げはDeluxeで4Kフィルム出力。

従来のハリウッド映画の制作ワークフロー的に言うと、上記のすべての処理、作業は細分化/分業化され、それぞれが別の会社やチームに任されていました。ところが、フィンチャー監督は「ドラゴン・タトゥーの女」の制作に際し、非常に小さな…せいぜい数十人規模のコアチームを作り、全制作作業の90%はその小さなチーム内で内製化してしまったそうです。なので、チオーニ氏曰く、エンド・ロールに登場する膨大な人数のクレジットを見ると、「この人たち誰だよ?」と思うそうです(笑)。

さて、内製化によって制作全体がダウンサイジングされたのとは対照的に、爆発的に大きくなったのが、自分たちで対処しなくてはならなくなったデータ容量です。非圧縮のRED RAWデータから書き出された5K 10bitのLogファイルは、1フレームが45MB。ということは、1秒が1.1GB。ということは、1時間分のフッテージが4TB。グレーディングに回した映画全体のソースデータが12TB。こうして最終的に書き出されたリリース・データのトータルは、実に55TBという大容量。

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『でも、こうした容量も、数年後には中学生とかが扱うようになるんだよね(笑)』とチオーニ氏。

たとえばSD画質がHD画質になる、DVDがBlu-rayになる、2Kスキャンが4Kスキャンになる…こうした”技術の進歩とともに品質が上がる”リニアな動きを、チオーニ氏は「変遷(transition)」と呼びます。それに対して、今、業界に起こりつつある高精細5K RAWデータによる映像制作は、その昔ビデオが発明されてフィルムと併存を始めた時と同じ、まったく別の軸の誕生という意味で、単なる変遷を越えた「変容(transformation)」であることを理解せよ!と訴えています。

その変容の具体例として、この日のプレゼンテーションで氏が語ったトピックは、次の三つです。

  1. 素材の忠実度の向上
  2. ツールの性能の向上
  3. 上映時の忠実度の向上
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素材の忠実度の向上:5K for 4K

『ご存知だとは思いますが、フィルムで撮影された映画は必ず”切り抜いて”使われてきました。撮影時には必要な画角より一回り大きく…10%、20%、30%大きく撮影しておき、編集時にリフレ−ミングしたり、あるいは映写機やTVスクリーンのアスペクト比に合わせて上下左右を”トリミングするのが普通だった”のです。(中略)

そして今、我々はようやくデジタルでも、この”昔ながらのやり方”で映画を制作できるカメラを手に入れたのです。最終の供給データに必要なサイズよりも大きな画角で撮影できるカメラを。…これが「ドラゴン・タトゥーの女」の撮影画角です』

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RED EPICで撮影された「ドラゴン・タトゥーの女」のオリジナルRAWデータは、アスペクト比2:1の5120x2560ピクセル。その画素の中からシネスコ画角の2.40:1、4122x1718ピクセルが抜き出されました。そして、周囲に確保された”600万画素相当の膨大な余白”は、リフレ−ミングやスタビライズ、あるいはビジュアルエフェクト用のマージンとして使われたということです。

さらに、この「ビジュアルエフェクト用のマージン」の具体例としてチオーニ氏が挙げている具体例でブッ飛んでしまうのですが、なんと同一シーンとして撮られたそれぞれの役者のベストな演技を抜き出し、カメラの位置や動きが微妙に違う別のテイク同士をつなぎ合わせるのが、フィンチャー監督がしばしば好んでやる“お家芸的アクロバット編集”なんだそうで…(!)。そうしたデジタルならではのワザも、この大いなる余白のおかげで実現できるのだとか。

ツールの性能の向上:4K footprints

Light iron社がハリウッド映画のポスプロに使っているのは、以下のツール群です。REDCINE-X、FCP7、Premiere Pro CS5.5、After Effects CS5.5、Quantel Pablo 4K、DVS CLIPSTER。

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…最後のDVS CLIPSTERという製品だけ聞いたことがなかったのですが、これは独・DVS社が開発したWindows7ベースの映像処理ワークステーションなのですね。チオーニ氏はプレゼンテーションの中でCLIPSTERを、”映画の最終ファイルをリアルタイム以上のスピードで出力するスパコン”といった風に説明しています。

DVS Digital Video Systems GmbH:CLIPSTER

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このCLIPSTER、その一つ前のPabloはちょっと値が張りそうですが(汗)、逆に言えばそれ以外は誰でも使っているごく普通の映像編集ソフトです。チオーニ氏も言っていますが、最後の二つはCompressorやHarmonyで代用すれば、『時間は余計にかかるけど、品質はそう変わるものでもない』そうで、この辺りがデジタル革命の真骨頂とも言えそうですね(笑)。以下の画像が「ドラゴン・タトゥーの女」で実際に行われたワークフローだそうです。

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「ドラゴン・タトゥーの女」は全篇、冬のスェーデンでロケ撮影されたそうですが、撮影が終わったデータは、その場で即時、二種類のデータにエンコードされました。一つはオフライン編集用で、1920x1080のProRes LT。そして、もう一つはデイリー(確認)用で、こちらは720pのH.264ファイルにエンコードされました。

そしてそして!今回のチオーニ氏のプレゼンテーションでボクが個人的に一番驚いたのが、このパート。さぁ、お立ち会い(笑)。

この関係者確認用にH.264形式に変換された軽量データは、エンコードが終わった順にiTunesに登録され、現場の関係者、そしてロスのLight iron社の編集担当者に”Podcast配信された”のだそうです。こうすることで、フィンチャー監督以下、遠く離れたロスにいるスタッフに至るまで、撮影データはその日のうちに関係者全員で共有されました。

『そう。720p H.264のデイリーなら普通にPodcast配信できるんだよ。MacでもPCでも見られるから便利だよね。サーバースペースは幾らでもあるからAppleは気にしないよ。iTunesをガンガン使って欲しいんだから。たまにはビートルズの曲とか買ってもらえるかも知れないしさ(笑)』

なんとまぁ!そんな手があったのかっ!…ていうか、天下のハリウッド大作がそんな手を使うんだ!?(笑)。

なにはともあれ、こうして編集に回されたデータは、それから9ヶ月半かけてFCP7上で編集されました(この長い長い編集期間もちょっと驚きですが…)。無事、編集が終わったデータはファイル変換ユーティリティであるAutomatic Duck経由でPremiere Pro CS5.5に送られ、ここでDPX Logデータに再リンクされました。そして、After Effects上で数々の効果を加えられたあと、Quantel Pabloに送られ、RED Log Film形式のまま、つまりREC709を遙かに凌駕するP3カラースペース上でグレーディングされました。

以下の写真は、Light iron社のサーバーラックに収まっているハードディスクやPablo、CLIPSTER、UPSほかの機器たちです。

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グレーディングまで終わったデータは、上述したDVS CLIPSTERでガンマ情報を付加されたDPXファイルとして出力されたあとDSDMメディアに焼かれ、これがリリース・マスター(DCP)としてDeluxe社でフィルムに焼き付けられ、納品されました。

上映時の忠実度の向上

チオーニ氏がFinal Cut Proユーザーグループの定例ミーティングに登壇した1月初頭にラスベガスで開催されたConsumer Electronic Show(CES)では、以下の10社が4K越えの解像度を誇るディスプレイ機器を発表しました。

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予定の講演時間を過ぎてしまったらしく、最後はちょっと尻切れトンボ気味にそそくさとまとめられてしまいましたが、要はハリウッドの制作の現場で4K革命が着々と進行しているだけでなく、こうして視聴環境も整いつつあるんだぜ!じゃぁね!みんな頑張ってねっ!ということでしょうか(笑)

RED EPICで記録できる5K(幅5,000ピクセル越え)のRAW動画を使って4Kの、いわゆる”シネスコ”サイズの映画を書き出す話に大納得。また、デイリーをPodcastで共有する話では目からウロコがばらばらと剥がれました。でも、4Kデータが業務/民生レベルにまで降りてくるまでには、やっぱりまだしばらく時間がかかるのでは〜?という気がしないでもありません。

反面、確かにそう遠くない将来、中学生が4Kデータをスイスイ編集しててもおかしくないですよね。

チオーニ氏曰く、『皆さんは今、ハリウッドですでに映画制作の現場にいるボクと、それから将来の中学生の間のどこかにいます。自分の立ち位置を見極めて、そしてしっかり明日の備えをしてください!』

ははぁ〜、恐れ入りました…。

WRITER PROFILE

raitank

raitank

raitank blogが業界で話題になったのも今は昔。現在は横浜・札幌・名古屋を往来する宇宙開発系技術研究所所長。