3月に引き続いて、再びソウルを訪れた。3月の時の話は本稿Vol.06に書いたとおりであるが、今回は更に新しい事例を見ることが出来たのでご紹介したい。

ナム・ジュン・パイクの存在

最新事例を紹介する前に、韓国がデジタルサイネージや映像表現に積極的である理由の一つに、韓国系アメリカ人であるナム・ジュン・パイク氏の存在があると思う。筆者はパイク氏とは仕事をした経験もあるが、ビデオアートの開拓者としての彼の存在は圧倒的である。

ds2014_11_06995.jpg 仏塔のような形状の1003台のディスプレイ
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中でも圧巻なのは、ソウルオリンピックの年である1988年の作品「Dadaikseon」(英語で「The More ,The Better」日本語で「多いほどよい」)である。通称「TVタワー」とも呼ばれ、1003台ものテレビをタワー状に22.8メートルの高さまで積み上げた作品だ。映像表現は計算されたマルチ画面によるものである。これを見ると、今のマルチディスプレイのデジタルサイネージの原点がここにあるのがわかる。

韓国の国立現代美術館に現在も展示されているのだが、写真やビデオでわかるとおり、ディスプレイは全てブラウン管であるために、特に上部のディスプレイは映らなくなってしまっている。映像世界遺産と言ってもいい作品であり、なんとか維持できないものだろうかと思う。


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先端付近のディスプレイはかなり消えてしまっている

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作品に関するプレート。サムスンがスポンサード

サイネージとスマートフォンの連携のあり方とは

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入場するとスマートフォンを1人1台渡される

映像展示の最先端としては、SKテレコムのショールーム「T.um」とデジタル水族館「iQUARIUM」が面白い。どちらもデジタルサイネージとスマートフォンの連動の実際例だ。スマートフォンが館内の案内に加えて、展示コーナーごとにインタラクティブなコミュニケーションツールとして機能する。それぞれのディスプレイの役割とユーザーインターフェイス、通信方法など、演出面でも技術面でも極めて示唆に富んでいる。サイネージとスマートフォンはBluetoothを介して行っていた。

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壁面いっぱいの映像をジェスチャーコントロールで制御

「T.um」の家の壁画は全部ディスプレイになっていて、様々な情報を選択して表示させたりする展示は、数年前に流行ったタイプではあるが、ジェスチャーコントロールでの操作が洗練されてきた。また洋服店を想定したコーナーでは、最初に全身を3Dスキャナーでスキャンして、自分が選んだ様々な服をバーチャルに着替えることができる。ファッションショーのように歩いてくれるので、後ろ姿も含めて実際に着ている状況を確認することができる。3Dレンダリングの制度がまだまだ甘いが、リアルタイムでここまで出来るのは興味深い。近未来にはこういうショップが数多く出現するのだろう。

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体型を3Dスキャナーでスキャンする

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選んだ服を着た状態で自分自身が画面に登場する

「iQUARIUM」は魚が一匹もいない、デジタルの水族館だ。こちらもスマホの役割はT.umと同様である。360度ぐるっと取り囲んだディスプレイに表示されるCGは、海中を進む潜水艇という設定で、解像度は不明だがかなり高画質なので非常にリアルである。特に面白かったのが、床に81面のディスプレイが敷き詰められ、そこには海中の様子が表示されている。

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360度スクリーン

すると各自のスマホにそれぞれ魚が表示されるので、それと同じものを床面で見つけて捕まえるというゲームだ。捕まえるためには魚に近づいてスマホの画面をタッチする。魚は素早く泳ぎまわるのでなかなか思うようには捕まえられない。広いスペースをかなり走り回って結構楽しかった。

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床の81面ディスプレイを魚が泳ぎまわる

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Bluetoothレシーバーが付いたスマートフォンには自分が捕まえた魚がいる

3Dホログラムは音楽の楽しみ方を変えていく

常設の3Dホログラムシアターである「Klive」では、K-POPアーティストのホログラムライブを体験できる。これはイギリスのMUSION社の技術を利用したもの。会場はライブハウスくらいの大きさで収容人員は300人。ステージに3Dホログラムのシステムが設置されており、両サイドにはプロジェクターによる3Dプロジェクションマッピングが投影される。

3Dホログラムの原理上、観客はやや下の位置からステージ上にある見えないスクリーンを若干見上げる形になるのがやや気になるのと、そのスクリーンなどの設置位置の関係で映像はステージの奥側にしか表示されないので、アーティストがステージ袖までは出てこられないとか前後移動をあまりしない、といった課題があることはある。しかしリアルさは本物のアーティストがステージ上にいるように十分感じられる。

映像技術もさることながら、実際にKliveを体験して感じたことは、音楽の楽しみ方としてこういうものが今後かなり増えていくように感じた。音楽配信などによって音楽の消費傾向が変化している中で、ライブの価値が高まっているのは間違いない。しかしライブは回数的に、人数的に限界がある。そこでこうした3Dホログラムであれば、かつてのフィルムコンサートのように何箇所でも同時に実施できる。

また結局はビデオを再生しているわけなので、実際のライブでは不可能な映像演出がCG画像処理で可能になる。アーティストが突然消えたり変身させるのは簡単で、これが非常に効果的である。100人以下のキャパの飲食店やライブハウス等でこういう利用形態が今後増えていくような気がする。リアルな体験に回帰しながらも、デジタル技術を駆使した新しい音楽体験の姿がKliveである。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。