4K映像のマネタイズのカタチ

今年のNABでは、本格的な4K映像の普及に向けた技術革新が色々と登場して来たが、一方で、いまだ4K映像制作に向けて具体的な利用価値、メリットというものが見えて来ない。そもそも4K映像自体をどのように利用するのが有効なのか?現時点では4Kコンテンツの使い道というのが、特にプロ映像制作におけるマネタイズ(収益事業化)という部分では、今ひとつ定まらなかった。もちろん見た目にもキレイな高解像度という画質的に優れた映像というのは、例えば大自然の雄大な映像やマクロの世界の小宇宙を映し出すような映像を4Kで撮ることはすばらしく、これらは幾度となく試されて来た。

がしかし、それらのコンテンツがこれまで以上に映像資産として、これまで以上の金銭価値を生み出すという意味ではいかがなものか?4Kにした事で更なるマネタイズができるのか?というのは甚だ疑問だ。正直、筆者も3月の特集「TRUE 4K」を執筆 / 構成しているときでさえも、4K映像なんて本当に必要か?高解像度だけで、一体誰ハッピーになれるのか?という疑問の念は絶えなかった。さらには東京オリンピックを睨んだ景気と言わんばかりに誰もが4K!4K!と口にする中で、出て来た4K画像は、正直、ダイナミックレンジや色域の点では本当の4Kを活かしたクオリティとは言いがたいものも数多く、4Kにしたことの恩恵があまり感じられない現実には、些か落胆せざるを得ない状況もあった。

そこに登場した今回紹介するこの企画は、これぞ!次世代の4Kソリューションとも言うべきものだ。

多人数アイドルグループならではの映像コンテンツ

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アリーナ先奥に設置された撮影台座には、メインの1カメとなるソニーPMW-F55と、FIX画像を撮影するためにサブ機としてPXW-Z100も設置

2014年5月6日に東京・九段下の日本武道館で行われた、女性アイドルグループ“でんぱ組.inc”の「ワールドワイド☆でんぱツアー2014 in 武道館~夢で終わらんよっ!~」のライブコンサート。DVD販売を目的とした従来型の映像収録ももちろん行われ、通常のHDカメラ数台が入ったライブビデオ収録も行われたが、今回、新たに特別企画として行われたのが、ソニーの4Kカメラ「PMW-F55」2台を利用した4K収録による、ネット経由のコンテンツ配信サービス「テイクアウトライブ / Take Out Live」によるメンバー別のオリジナル動画配信サービスだ。

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5月6日当日は、日本武道館の2階席まで超満員となった

でんぱ組.incは、2008年から秋葉原のライブバー「秋葉原ディアステージ」を拠点に活動している女性6人組によるアイドルグループ。2010年メジャーデビュー以後、徐々に人気と活躍の場を拡大し、過去にライブDVDも7枚出している。これはどれも通常のライブビデオだが、今回の収録にあたっては、これまでとは違う新しい試みでTake Out Liveとのジョイント企画として、メンバー個々の映像を1つの4K画像から切り出して個別に制作・配信するという新しい試みだ。

現在、AKB48に代表されるような、複数もしくは大人数による女性アイドルグループには、ファンからそれぞれ“推しメン”と呼ばれる一推しのメンバーがいて、各メンバーに固定ファンがついている。この固定の推しメンのファン層に向けてのサービスとして、今回の4K収録の映像からHDサイズで各メンバーに特化した映像を個別編集して、それをスマホやタブレットで見られるというのが今回の企画概要だ。まさに多人数アイドルグループ全盛のこの時代にうってつけのコンテンツ・ソリューションといえる。

これは、株式会社フォネックス・コミュニケーションズ(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:井上智之氏)が運営販売しているデジタルコンテンツダウンロード配信サービスTake Out Liveを通じて行われるもの。今回は制作物としてでんぱ組.incの4Kライブ収録映像から全メンバーが映っているディレクターズカットと呼ばれるグループ全体のライブ映像(2種)と、6人の各メンバーにフォーカスして、広めに撮った4K映像からHDサイズで各メンバーにフォーカスしながらメンバーごとにクロップ(切り出し)映像を編集。各メンバー個別の推しメン映像を、会場にてオリジナルフォトに印刷したプリペイドカードで販売し、数日後にはライブの臨場感をスマホ等で視聴できるというものだ。

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「Take Out Live」のカードは1枚1,000円で会場のグッズ売り場で販売された。各メンバーの写真入りで裏にはユニークIDの入ったQRコードが印字してある

このTake Out Liveというサービスは、2012年10月から始まったアーティストとファンをつなぐ新たなサービスとして注目されている。ライブ会場のみで販売される、ユニークID(個別ID)が記録されたQRコード付きの専用カード。このカードを購入したユーザーは、視聴したいスマホもしくはタブレット端末で専用アプリをダウンロードした後、購入したカードのQRコードを読み込めば、そのアーティストの映像が視聴できるというサービスだ。このサービスはスマホもしくはタブレット端末のみに限定されており、PCでの視聴は出来ない。また各カードのQRコードは各端末に紐づけられており、一度読み込めばその端末以外では2度と使用できなくなる。

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1階席の正面には引きのワイド画を撮影する2カメが設置されていた。こちらには85mmレンズ等を採用

これまでは当然ながらHD収録されていた映像だが、今回は4Kからの切り出し映像が使用されるという点が新しい。実は、筆者はこのTake Out Live企画の前身となるプリペイドカードによる新しい音楽・映像提供サービスの草案に少しだけ関わった経緯があり、某有名人がこのサービスを発案、特許出願中なのだが、その件についてはまた別の機会に改めて詳しく紹介することにしよう。

4K映像の付加価値とマネタイズの仕組み

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F55には135mmなどのレンズが使用され、メンバーへの寄り画を中心に撮影

今回のでんぱ組.incのライブでは、ソニービジネスソリューション株式会社の協力で、ソニーCineAlta 4K カメラ「PMW-F55」を2台体制で収録。4Kで撮影した映像から、グループ全体の映像とメンバーひとりずつにクロップした編集映像を生成した。現場での撮影と制作はほぼスタッフ2名体制というコンパクトな仕様だ。

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今回の4Kコンテンツの撮影と編集を手がけるメインカメラマンの齋藤槙治氏(写真左)と、Bカメの呉敬訓氏(写真右:オウ・キョンフン/TBSテックス所属)

現場では、今回の撮影を担当し、編集までも行ったカメラマンの齋藤槙治氏とBカメ担当の呉(オウ)氏にお話を伺うことができた。今回の武道館における本番撮影にあたり、4K収録からテイクアウトライブ用のコンテンツを作成するという流れをテストする意味で、事前に川崎のクラブチッタでテストシューティングを行っており、そこで大体の感覚をつかんだという。

齋藤氏:当初テスト撮影の時点では、4KからのHDサイズの切り出し画は画質的に問題があるかもしれないと思ったのですが、このコンテンツではコーデックも元はXAVCですし、視聴者側は全てスマホもしくはタブレットによる視聴に限られるので、ダウンロード専用にかなりデータレートと画角サイズを落としても実際に見てみると画質的には全く問題なかったです。このコンテンツではメンバーの表情を撮ることが最も重要になるので、撮影の際はなるべくタイトに撮っています。各メンバーの表情を押さえるために、通常ならばステージで動くメンバーをカメラで追いますが、あまり追いすぎると後でブラーが出るため、ある程度FIXで撮っておいて、編集で各メンバーにフォーカスして切り出すという手法で作っています。

映像は全てXAVCで収録、各コンテンツの編集にはMacBook Pro+Adobe Premiere Pro CCで行っている。またデータサイズもスマホやタブレット前提のため、かなりデータサイズは落としているものの、元が4K高画質のため違和感はない。

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武道館でのリハーサルは当日のみという厳しい条件の中で、バックヤードでは画角などの入念なチェックが行われていた

今回の企画では、Take Out Live用の収録曲は約2時間のステージのうち3曲のみではあるが、撮影終了後、ライブ当日から約3日間でグループ用のコンテンツ2種と、6名の各コンテンツの全8種を編集しなければならないのは納期的にかなり厳しい。しかし、ファンへの配信を考えるとその程度のタイムシフトで無ければビジネスとして成立しない。そこでXAVCというコーデックもMacBookでの編集作業を円滑に行うためにも活きてくる。

ただし今回は6人のメンバーだからこれで可能かもしれないが、仮に48名もメンバーがいてそれぞれにコンテンツ制作をするとなると、とてつもなく手間な作業となってくることは容易に想像できるので、ノートPCでの4K編集作業というのも、機動性、汎用性を考えた上では重要で、今後はこの編集の手間をどの程度軽減できるのか、この企画成功のカギとなりそうだ。

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「Take Out Live」の運営販売を行う、株式会社フォネックス・コミュニケーションズの長久保正洋 事業部長

とはいえ、Take Out Liveを運営するフォネット・コミュニケーションズ長久保氏によれば、すでに何社かに前回のテスト映像を見せており、その反応もとても1台のカメラから切り出した映像で作成されているとは思えず、4K映像からのクロップした映像の仕上がりには非常に興味を示しているという。構成メンバーが多いアイドルグループでは、多ければ多いほどカメラの台数も増えてしまうことが、ライブ収録の現場では問題になってきており、その点でも今回の4Kクロップのソリューションは有効だ。またライブ会場のみの販売という限定的な希少性+限定カード(QRコード付き)というアナログ媒体の特殊性やコレクション性などを助長できるなど、付加価値としてマネタイズの可能性は大きい。

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日本武道館の前には開場前からグッズを買い求めるファンで溢れ返っていた。コンサートの見慣れた光景だが、ここに4K映像のマネタイズマーケットが存在した!

今後ネットやスマホでの映像コンテンツが増大する中で、こうしたソリューションが増えてくることは明らかで、当面4K映像のマネタイズという意味でも非常に興味深いイベントだと言える。TVや映画よりも、実はこういった新たなデバイスと市場に向けた新たな映像制作のスキームこそが、4Kの市場を最も活性化させるであろうと考えるのだが、いかがだろうか?

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。