本家SIGGRAPHに並ぶASIAからの出展

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SIGGRAPHは世界最大のコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する学会・展示会である。そのSIGGRAPHのアジア版、第六回目となる「SIGGRAPH ASIA 2013」が、2013年11月19日から11月22日の4日間、香港で開催された。SIGGRAPH ASIAの香港での開催は今回で2回目、52ヶ国から約7,000人弱の参加者であった。米国で開催される本家SIGGRAPHと比べて規模は半分ほどであるが、ヨーロッパ周辺を含むアジア各国からの数々の展示や、発表ともども大変充実した内容であった。今年のテーマは “SENSE The Transformation”「変化を感じる」だ。

昨今、SIGGRAPH ASIAが注目される背景としては、スターウォーズを手がけるCGプロダクションILMほか、ダブルネガティブなどがシンガポール他、アジア拠点をもうけていることがある。業界全体で人材の確保と、高騰する人件費を押さえる展開があり、世界的に環境が大きく変化してきている。また、SIGGRAPHのアジア圏での開催は、国によっては米国SIGGRAPH参加の際、ビザ取得、渡航が難しく、秀でた成果があったとしても、米国SIGGRAPHの参加が困難な場合を配慮したものでもあるそうだ。

 

コンピュータアニメーションフェスティバル

Computer Animation Festival 全体予告編

世界各国からのCG作品を集めたCAF(コンピュータアニメーションフェスティバル)では、映画の特殊効果映像や、ヨーロッパやアジアからの新しい短編作品を観ることができる。派手な大手CG/VFXプロダクションからの招待映像に混じって、学生チームのユーモラスな作品など、約二時間のElectronic Theater上映時間は、拍手と笑いの絶えないひとときであった。CAFには51ヶ国から506本の投稿があり、29本の作品がElectronic Theaterで上映された。上映にはクリスティデジタル社提供の18,000ルーメン 3-chip DLPデジタルプロジェクタ「Mirage WU20K-J」が活躍した(日本国内では4K映像が盛り上がりつつあるが、アジア圏ではまだ2Kデジタルシネマでの環境整備が急務となっている。特に解像度によって多くのレンダリング時間がかかるCGの世界では、IMAX上映の必要性が無い場合は、まだまだ2Kでクオリティの高い映像を目指そう…という雰囲気であった)。

■5 Meters 80

Best of Show Award(グランプリ作品)は、フランスのCube Creative ProductionsのNicolas Deveaux監督らによる “5 Meters 80” が受賞した。リアルな映像風景の中で、シュールな出来事が淡々と続く、実際にはあり得ないキリンのプール飛び込みを映像化したものだ。CGだと解っていても、静かな映像に引き込まれる作品であった。

■Sonata

Jury Award(審査員特別賞)はフランスMinuit ProductionsのNadia Micault監督による “Sonata”。男女の流れるようなダンスを線画のアニメーションで表現した作品で、独特のオリジナリティと新しいタイプの映像美は評価されていた。一方、会場の観客の間では、退屈な作品だと評価が低かった。

■Wedding Cake

Best Student Project(学生奨励賞)はドイツのFilmakademieのViola Baier監督らによる “Wedding Cake” ウェディングケーキのマジパンが動き出す可愛らしいフルCGアニメーション。雰囲気は可愛らしくユーモラスで、新婚夫婦のいざこざを描いたコメディ作品。現実の世界とケーキの世界とでストーリーがループ構造になっており、何度でも見たくなる作りになっている作品だ。

■HINODE

太陽企画所属のCGディレクター・デザイナーである新山哲河氏の作品。「海の宝」をテーマに、生き物のように動き、輝く宝石を表現したもの。制作には3dsMax、V-Rayを利用。生き物としてのリアル感も、宝石としてのリアル感も表現された、CGならではの映像美が注目された作品。

■Mr Hublot

Mr Hublotは、ルクセンブルグZEILT ProductionsのLaurent Witz氏とAlexandre Espigares氏によるスチームパンク作品。キャラクタデザイン、背景設定などはStephane Halleux氏によるもの。いつの時代なのか、地球上かどうかもわからない機械に支配された不思議な世界を描いたフルCG作品。無骨な機械群が微笑ましいペットとして描いており、ストーリーも見終わると誰もがニヤリとする素敵なものだ。公式サイトには、緻密で情景豊かな制作時のアートワーク、スケッチ画も見ることができる。SIGGRAPH以外にも、世界各国、数多くの映像関連の賞を受賞している。また、この作品の制作費はクラウドファウンディングで集められたもので、一般のファンからで少額寄付を多数集めて実現したものだ。

■Stress

StressはノルウェーのBabusjka As社 Magnus Engsfors氏による作品。美しい映像はCGの得意とする分野であるが、本作品はタイトル通り「ストレス」をテーマに作られた作品。映像の中で、違和感や、焦燥感、いらだちと言った単なる美しさの反対にあるCG映像だ。実写とは違い、全て創り出すことのできるCG映像だけに、映像だけで色々な感情を喚起させることを再認識させられた作品だ。

■Shave It

Shave Itはアルゼンチンの3dar社、Jorge Tereso氏、Fernando Maldonado氏らによるキャラクター作品。実写ではなかなか表現が難しいビビッドな色使いによるコメディ作品。メイキング映像も公開されている (http://vimeo.com/63561914)。色使いや形状表現を意図的にあえてシンプルなものにし、CGレンダリング時間(つまりはコスト)をかけずにアニメーションとストーリーによる表現に力を入れているところが素晴らしい点だ。

■Kia ‘Space Babies’ | Jake Scott / Method Studios

“Space Babies” はアメリカMethod StudiosのJake Scott氏らによるTVCM作品。韓国の車メーカーKia用に作られた何本かのTVCM作品のうちの一つだ。「赤ちゃんはどこからやってくるの?」という子供の素朴な質問の答えを、実写を交えたCG映像で描いたもの。

■Chicken or the Egg

アメリカのCG学校Ringling College of Art and DesignのChristine Kim氏、Elaine Wu氏らによる作品。卵好きのブタと、ニワトリの恋愛を描いた作品。スピード感のあるカット割りや超定番のストーリー展開などは、王道のCGテクニックを学んで来たアーティストたちが作ったことが感じられた。短いながらも、笑いのポイント、ストーリーの起承転結、盛り上がりなどが綿密に設計されたフルCG作品。音楽やサウンドデザインは、音楽を学んでいる同期の仲間にお願いしているらしいところが好印象だ。

そのほか映画作品からは近年公開された、エリジウム、スター・トレック イントゥ・ダークネス、ホビット 思いがけない冒険、アイアンマン3、パシフィック・リム、クルードさんちのはじめての冒険や、テレビゲームのオープニング映像などのメイキング映像が紹介された。

論文発表

SIGGRAPH ASIA 2013 論文プレビュービデオ

■A No-Reference Metric for Evaluating the Quality of Motion Deblurring
SIGRAPHASIA2013_teaser.jpg http://www.cs.princeton.edu/~yimingl/proj/deblur_metric/

手ぶれ除去の新しい手法の提案。従来手法に比べて、角や淵が的確に修正できる。

■Mind the Gap: Tele-Registration for Structure-Driven Image Completion Paper Abstract Author Preprint
SIGRAPHASIA2013_MindtheGap.png http://web.siat.ac.cn/~huihuang/Tele2D/Tele2D_page.html

画像を切り貼りし、存在しなかった画像オブジェクトを適切に合成する手法。自然で無理の無い画像合成・修正が可能となる。

■Content-Adaptive Image Downscaling
SIGRAPHASIA2013_Downscaling.png http://research.microsoft.com/en-us/um/people/kopf/downscaling/

高解像度すぎる写真データを、少ないピクセルでも適切に表現する方法。デジタルデバイスの液晶ディスプレイや、デジタルサイネージで有効な手法。

■Structure Preserving Image Smoothing via Region Covariances
SIGRAPHASIA2013_nemrut2_teaser.png http://web.cs.hacettepe.edu.tr/~karacan/projects/regcovsmoothing/

ざらついている実写映像を滑らかにする手法。

■PatchNet: A Patch-based Image Representation for Interactive Library-driven Image Editing
SIGRAPHASIA2013_PatchNet.jpg http://cg.cs.tsinghua.edu.cn/people/~fanglue/Papers/PatchNet/index.html

画像の中で矩形を描くと、窓や扉など適切な素材を切り貼りして合成編集できる技術。余計なものが移り込んだ映像や、演出のために修正が必要な素材を素早く本物らしく修正できる。

■WYSIWYG Computational Photography via Viewfinder Editing
SIGRAPHASIA2013_WYSIWYG.jpg http://graphics.stanford.edu/papers/wysiwyg/

ビューファインダーで見ながら写真編集できる技術。細かな修正や、明るさやピントの修正を場所ごとにできる。現在はタブレット端末のカメラとタッチパネルによるサンプル実装だが、今後デジカメに搭載されて欲しい機能。

■A Sparse Control Model for Image and Video Editing
SIGRAPHASIA2013_sparsecontrol.png http://www.cse.cuhk.edu.hk/leojia/projects/sparsecontrol/

動画の中のオブジェクトをタッチパネルで指定するだけでオブジェクトのまとまりを自動認識した上で、適切に色変更できる技術。動画全体の色修正ではなく、動画内に映っている個別の物体に対して色修正が可能。

■Data-driven Hallucination for Different Times of Day from a Single Outdoor Photo
SIGRAPHASIA2013_time_lapse.jpg http://people.csail.mit.edu/yichangshih/time_lapse/

時刻によって空の色が変化していく対象の素材を、様々な空に差し替える技術。昼間撮影したビルの様子を、夜景風や夕焼けのタイミングなどの空に差し替えることができる。タイムラプス映像に応用可能とのこと。

プロダクションセッション

コンピュータアニメーションフェスティバルに付属して、プロダクションセッションと呼ばれる映画のメイキングセッションも昨年に引き続き大変充実していた。残念ながら映像の版権の関係で、映像に関しては会場のみでの上映であり、全面撮影不可であったので、公開済みのメイキング映像とともに概要をお伝えする。

■パシフィック・リム(ILM/シンガポール)

映画パシフィック・リムでは、始めに多数のコンセプトアートを準備し、テスト映像を制作。初期の段階から、音楽、効果音の編集は世界最高峰のスカイウォーカースタジオで完成版に近い音響を用意。制作には日本のゴジラから、スケール感やカット割り、ストーリー展開など様々な面から参考にした。撮影はカナダバンクーバーのスタジオで実施、操縦席は照明も含め丸ごと実物大のものを設置し、スパークや火花、煙なども実写で俳優の演技と同時に撮影できるものを用意。とてもヘビーな撮影だったとのこと。全編でCG/VFXは1566ショットあり、4社で分担。日々生成されるデータと、ストレージ(ハードディスク)容量との戦いであったらしい。登場する怪獣を作る際には、サメの歯や象の皮膚、爬虫類、ワニ、恐竜の骨の化石、蛇や爬虫類の目(瞳)を参考にし、それぞれクレイモデル(粘土モデル)を作成した。事前に撮影を把握するためのプリビズ作成、模型による撮影などが活用された。

■エリジウム(Image Engine/カナダ)

映画エリジウムでは、SONY F65, RED Epic, Canon 7D, ARRI Alexaでライブ感を活かしながら撮影したものを編集後、最終的にはD-Cinema XYZ、Rec.709、Dolby PRM HDR、Web用のsRGBなど様々なプラットフォーム用に変換して利用した。伝統的なフィルムの質感や色合いを再現することが「リアル」なことだと考え、CGシーンでも実際にカメラマンが構えるバーチャルカメラでカメラアングルやパン・チルトなどの動きを担当し、デジタル技術を用いつつも、あらゆる手法でフィルムルックを追求した。映画の中のインテリアは実社会のMalibu, Hollywood Hillsなどのセレブが居住する地域、一方地上の工業地帯などはNASAが公開している工場の現場写真などを参考に映像を構築していった。劇中に出てくるビークル(空中を浮遊するヘリのような乗り物)は、実際にヘリコプターを飛ばしたり着陸させた実写映像に、CGで作成した未来の乗り物に差し替えて合成したことによって、着陸の際の粉塵や風の様子がリアルに描くことができたとのこと。

■スター・トレック イントゥ・ダークネス(ILM/シンガポール)

2009年のStarTrek Rebootで、レンズフレア、派手な輝き、爆発などのビジュアルスタイルが確立し、今回の映画でもそのスタイルが踏襲された。制作には数多くのプレビズ映像(事前に大雑把なCG映像を制作してカメラの動きや撮影範囲などをチェックする手法)や、テストシュート(実際の俳優が演技する前に、代役でテスト撮影すること)が何度も実施されている。宇宙船USS Vengeanceのデザインには、現実世界の様々なメカ(光学式プラネタリウム、スーパーカー、レーサーレプリカのバイク)を参考にしているそう。宇宙船の様々な部位にその名残が解るかもしれないとのこと。宇宙船が街に落下するシーンは、HDRI写真撮影したサンフランシスコの街並みを参考に。衛星写真の上にビルのモデルを並べて作成。実際の街並から、未来都市をアートディレクションして、建物の表面を派手にしたり、窓のデザインを未来的にしたり、エアコンの室外機をより巨大なものにしたりしている。

■World War Z(MPC/インド)

MPCはロンドンが本社。現在MPCインドの巨大都市バンガロールにオフィスを構築中とのこと。MPC自体、CG/VFXの世界で名前を聞くようになったのは最近のことだが、実は25年以上続く、世界的な映画スタジオ。最近ではLife of Piでアカデミー賞を受賞した。通常はファー(毛や毛皮)専用、群衆表現、物理特性表現など各種インハウスツールを活用している。今回の制作にはMari, Maya, Katana, Nuke, RenderManといったグローバルスタンダードなツールを使うパイプライン(作業の流れ)が前提であったのが、いろいろ大変だった部分だそう。これからも数多くの世界規模の映画を手がけていきたいそうだ。

総括

来年夏のSIGGRAPH 2014はカナダ(バンクーバー)が予定されている。SIGGRAPHは基軸はCG(コンピュータグラフィックス)とインタラクティブ技術の学会であるが、近年ではCG技術のみならず、実写との効果的な合成や、画像、映像、素材、音像に関する研究も充実している。特にデジタルカメラ機器研究、デジタルカメラ写真の加工技術など、業界のニーズに応えた実用的な研究も増えてきた。今後もしばらくはこの傾向が続くと考えられる。今回もまた、コンピュータグラフィックスのアジア圏での広がりと技術の進化を実感できたSIGGRAPH ASIA 2013であった。

WRITER PROFILE

安藤幸央

安藤幸央

無類のデジタルガジェット好きである筆者が、SIGGRAPHをはじめ、 国内外の映像系イベントを独自の視点で紹介します。