2008年はRED Digital Cinemaから4KデジタルシネマカメラRED ONEが登場した。これまで、4K映像収録はハリウッド映画で使うようなハイエンドな世界という印象だったが、RED ONEの登場で一気に注目されるようになってきた。3月のサイネージ特集でも触れたが、ディスプレイの枠を離れ、縦横に複数のディスプレイを組み合わせて表示するようなサイネージにおいては、既存の1920×1080を超える解像度を必要とする場合も出てきている。

日本で生まれ、ハリウッドで規格化された4K映像

現在は、「デジタルシネマ」という言葉も違和感がなくなってきた。収録から編集、配信までをデジタルで行うというデジタルシネマが認知されたのは、映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999年)だ。ジョージ・ルーカス監督がソニーのHDCAMを使用して24p撮影をしたほか、D-ILA、DLPの両方式でのデジタル上映も行われた。これを機に、『エピソード2/クローンの逆襲』(2002年)ではソニーのCineAlta HDCAM HDW-F900を全編に使用して24p収録が行われたほか、『エピソード3/シスの復習』(2005年)ではHDCAM-SRでRGB4:4:4収録が行われている。

とはいえ、スクリーン上映コンテンツに対してHD16:9を採用することに対しては異論もある。映画のアメリカン・ビスタのアスペクト比1.85:1(=16.65:9)からすると、フルHDはやや横幅が不足する。現在、このサイズを満たすデジタルシネマ規格としてDCI(Digital Cinema Initiatives=米国ハリウッドの映画スタジオが中心となって運営している合同会社)が標準化している2Kサイズは2048×1080画素(アスペクト比1.90:1(=17.1:9))である。縦1080画素に対し、アメリカン・ビスタのアスペクト比を適用すると横1998画素。それならば、2000画素でいいのではとも思うが、デジタル処理には4、8、16の公倍数のほうが都合がよいというわけだ。

4K映像制作は、映画収録に使用される35mmフィルムの表現を超えるデジタル収録が可能な規格として提案されてから、10年近くが経とうとしている。この4Kの取り組みは、上記のようなハリウッドをはじめとする映画市場から生まれた規格と思っている人も多くなっているのではないだろうか。4K映像への取り組みは、日本発だということを知っておいて欲しい。映画からの視点ではなく、もともとはブロードバンド・ビジネスからの視点で出てきた技術なのだ。

90年代後半、インターネット環境は大きく変化した。ダイヤルアップ接続から、ISDN常時接続へ、そしてより高速なxDSL環境へと移行しつつあった。より高速な次世代ネットワーク環境として提案されていたのが、光ファイバー接続である。この光ファイバーを使用して、高速性・広帯域性をいかしたネットコンテンツの切り札として考えられたのが4K映像ということなのだ。新しい通信産業の創出に関する研究開発を目的に1999年に立ち上がったばかりのNTT未来ねっと研究所などが中心となって技術開発を行ってきた。2000年にはディジタルシネマ・コンソーシアム設立に向けた取り組みとともに、米国SIGGRAPHなどで映像プロトタイプのアピールなどを行いながら、4K映像規格の提案を進めてきた。

その後、DCIで規格策定が行われ、SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)映画テレビ技術者協会による規格承認を経て、4Kデジタルシネマ映像は2K規格の4倍の面積を持つ4096×2160画素の解像度で標準規格認定されている。DCIでは機器・視聴環境に関する仕様策定も進めており、現在DCIスペック・バージョン1.2として公開されている。ハリウッド作品については、今後のデジタルシネマ上映はDCIスペックを満たした機器を使用する必要があり、それ以外での上映を認めないという方向になってきている。上映環境としては事実上の標準となる。

4K相当にするかリアル4Kにするか、その選択は視聴環境で

日本のデジタルシネマ環境だが、2009年1月にTOHOシネマズがデジタルシネマ本格導入を表明している。2009年1月の段階で、経営館60サイト527スクリーン(共同経営4サイト44スクリーン含む)を持つ同社は、秋までに47サイトでデジタルシネマ機器移行を開始する。今後、2012年春までに、一部共同経営館を除いた全スクリーンで、デジタルシネマ機器へと置き換えるという。今回の特集では触れないが、3Dコンテンツについても、デジタルシネマ機器導入とともに対応可能となる。

日本におけるスクリーン数は2008年末現在で、シネマコンプレックスも合わせて682館3359スクリーン(日本映画製作者連盟調べ)。TOHOシネマズに限らず、すでにデジタルシネマ機器の導入をしている館も増えてきており、ここ数年でデジタルシネマ機器への移行は着実に進んでいきそうだ。デジタルシネマのプロジェクター環境ではなく、映像モニターとしてのディスプレイ環境に目を向けると、現在投入されている液晶ディスプレイで4Kをうたうものは、「4K相当」の3840×2160画素のものがほとんどだ。このアスペクト比は16:9であり、ハイビジョン用パネルの4枚分という考え方をしたQFHDサイズだ。DCIのデジタルシネマ規格に沿った横4096ピクセルを表示できる「リアル4K」液晶パネルを開発しているのは、国内ではシャープだけだ。

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シャープのリアル4K液晶パネルを使ったディスプレイ(2009 NAB Show計測技術研究所ブース)

確かに、ディスプレイ向けコンテンツとスクリーン向けコンテンツで、同じアスペクト比である必要はない。すでに家庭にハイビジョンが普及していく段階でデジタルシネマの規格化を行った2Kでは、アスペクト比が異なってしまうのも仕方がない面もあった。それでも、4Kについてはプロジェクタが先行しており、液晶ディスプレイ環境はこれからという段階だったはずだ。本来であれば、4Kコンテンツのアスペクト比は統一できた可能性もあったかもしれない。結局、ディスプレイの基本は、パネルを設計しやすいハイビジョンの4倍という流れになってしまった。デジタルシネマをリアルに表示できる液晶ディスプレイは限られたものになってしまいそうだ。

こうなると、制作者としては、4K制作をどの解像度で行うのかという問題も出てくる。最終的に主な視聴環境をディスプレイにするのかスクリーンにするのかで、4K相当で制作するかリアル4Kで制作するかを選択せざるを得ないようだ。

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さて、現在4Kコンテンツを利用しているのは、科学館や博物館、美術館など、まだまだ限られてはいる。今回の特集では、前半で科学館での4K映像制作の取り組みを紹介する。1つは平面スクリーン上映を行った実写作品であり、もう1つはドームスクリーンを使った全天周上映を行うための3DCG作品だ。2つの作品に共通しているのは、ポストプロを利用せずにフィニッシングを行っていることだ。既存システムで4K映像の制作も可能ということともに、現時点で制作にかかるハードルも知っていただけたらと思う。

特集後半は、デジタルシネマの国際的認証機関として認定された慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構の取り組みと、その研究から生まれた人材創出機関としての大学院メディアデザイン研究科についてレポートする。

今後、ハイビジョンが標準解像度になり、CM制作も16:9で制作することが本格化していく段階で、よりハイクオリティな4K映像素材を使って収録していくようなケースも出てくるだろう。制作システムについても、より対応が進んで一般的になっていくと考えられるが、現状では制作環境の処理スピードが足りないとの指摘もある。4K制作はまだまだ始まったばかり。しかし、ここでの技術の積み重ねが、4K制作本格化の段階のクオリティー向上に着実に生きるはずだ。来るべき4K時代に備えることは、決して無駄なことじゃない。