RED ONEがデジタル一眼市場に火を点けた

2007年に登場したRED ONEは、4K解像度での収録の敷居を大きく下げた。それまでの35mmフィルム収録機材の導入コストはもちろん、フィルム現像コストや制作時間も削減し、高解像度映画製作ワークフローを変革するものとなった。しかし、ハイエンド市場に与えた影響よりも、はるかに大きな衝撃を与えてしまったのが、デジタル一眼レフ市場だった。

4520×2540のプログレッシブ映像を並べることで実現したRAWファイル映像制作は、デジタル一眼レフを使用してRAW現像をして静止画を作りこんでいく作業に酷似していた。しかも、RED ONEのセンサーサイズは35mm ARRIフィルムのフレームサイズに近く、デジタル一眼レフで言えばAPS-Cサイズに近い大きさだ。デジタル一眼レフには、RED ONEのセンサーサイズを越える35mmフィルムサイズのセンサーを持つカメラも存在し、豊富なレンズ群がある。デジタル一眼レフムービーの可能性を、RED ONEは実証してしまったのだ。

こうして、2008年秋、ニコンがD90に720p収録機能を搭載して時代を拓き、続いてキヤノンがEOS 5D Mark IIに1080pフルHD収録を採用。さらに、2009年春には、ミラー機構を持たないマイクロフォーサーズ機や各種コンパクトデジタルカメラにもHD収録機能が搭載されることになった。こうして2009年はデジタル一眼ムービーの映像制作時代に突入したわけだ。

ノンドロップフレームがノンリニア編集の課題を暴いた

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フルHDデジタル一眼ムービーの可能性を示したCanon EOS 5D Mark IIだったが、編集段階で別撮り素材と組み合わせる時はノンドロップフレーム素材であるがゆえの課題も。ファームウェアアップデートで24p/25pのドロップフレームに対応する予定だ。

さて、これまでのビデオ規格は、ディスプレイに映すことを前提に決められ、ドロップフレームのある映像を扱ってきた。そもそも、ドロップフレームはテレビがモノクロからカラーに変わる段階で、モノクロテレビとの互換性をとるために白の基準信号を挿入する必要性から生まれてきた。50年近く前に生まれた(カラーテレビ放送は1954年に本放送開始)規格を、デジタル放送時代になっても脈々と従来放送との互換性に引きずられているわけだ。2009年はこれに苦しめられた人も多いのではないだろうか。

2009年に急速に注目度を増したデジタル一眼ムービーだが、映像制作分野でデジタル一眼を活用しようとして映像編集段階でクロースアップしてきた問題は、このノンドロップフレーム映像に起因する。デジタル一眼は音声の収録も可能だが、オーディオ出力(ヘッドホン)端子ないために収録中に音質をモニターする手段がない。音声が適正に録れているかが分からないので、デジタルレコーディング機器を使用して音声を別撮りする。さて、編集段階に入ったところで、デジタル一眼ムービーと別撮りの音声をタイムラインに載せてみると、音ズレが発生してしまうというわけだ。

NTSCのフレームレートは29.97。10分ごとの例外を除き、毎分2フレームをドロップさせている。たかが2フレームと言うなかれ。1時間では6回の例外を除いた54分で各2フレーム、計108フレームがドロップするから、秒30のノンドロップフレーム映像とは1時間で3.6秒分もずれてしまうことになる。

これまでのノンリニア編集ソフトウェアは、ドロップフレームのビデオ素材に、ノンドロップフレーム映像の素材を混在させることなんて考えていなかったわけで、これを回避するには、デジタル一眼ムービーをドロップフレーム処理をしてから配置するといった工夫が必要になってしまった。せっかくのデジタル一眼の機動性を損なってしまったのである。

今年はドロップフレーム処理が標準搭載へ

Inter BEE 2009に合わせて、トムソン・カノープスが発売したEDIUS Neo 2 Boosterは、そんなデジタル一眼のノンドロップフレーム素材の混在利用にも対応したことをブースで大きく紹介していた。だが、ソニー・クリエイティブのVegas Pro 9は、特にアピールもすることなく、この機能を搭載していた。もともとがさまざまなビットレートを扱うオーディオ制作ソフトだっただけに、どんな素材もプロジェクトの設定に合わせる機能を、以前のバージョンから持っていたのだ。つまりVegas Proにとっては、素材がドロップフレームだろうがノンドロップフレームだろうが、プログレッシブだろうがインタレースであろうが、そんなことは一切関係なく、読み込める素材ならプロジェクトに合わせて自動変換するわけだ。

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Inter BEE 2009のトムソン・カノープスブース。EDIUS Neo 2 Boosterでのデジタル一眼ムービー対応を大きくアピールした。

さて、EDIUS Neo 2 BoosterもVegas Pro 9もプロ映像制作向けのソフトウェアではないことが、ポイントだ。プロが活用し始めたデジタル一眼ムービーをあっけなく編集できてしまうのが、コンシューマ向け製品だったというわけだ。放送ビデオ規格に縛られなかったことで、デジタル一眼ムービーの対応を先に進めてしまったのである。この機能に限れば、プロ映像向け製品を越えてしまったことになるが、コンシューマ製品はプロ用業務カメラレコーダーをサポートしていないことも多い。使用しているカメラレコーダーをサポートしているかどうかには注意したい。

いずれにしても、今年のプロ向けノンリニア編集ソフトウェアの機能向上は、別の記事で紹介するステレオスコピック3Dへの対応とともに、このデジタル一眼ムービーへの対応が図られていくことになるはずだ。

避けて通れないタイムライン処理の高速化

タイムラインに、さまざまなフレームレートのドロップフレーム/ノンドロップフレーム素材、プログレッシブ/インタレース素材を混在させるとなれば、それだけCPUへの負担が増すことになる。これまでは、Avid DNxHDやProRes、Canopus HQといった制作用コーデックにトランスコードすることで、タイムライン処理を軽減させてきた。しかし、さまざまな素材に対して制作用コーデック素材に変える作業は、イン点/アウト点の設定が可能であったにしても、編集作業の前の一手間にしかならない。単純に素材をビンに並べ、そこからそのままタイムラインにドラッグ&ドロップしたいと誰もが思っているはずだ。

ビンに並べた素材をプレビューしてイン点/アウト点の設定したときに制作用コーデック素材にトランスコードされる、あるいはタイムラインに配置した時にトランスコードされるといった工夫はできないものか。それには、タイムライン処理をより高速化する必要が出てくる。現在、最新スペックのPC環境で4K素材を再生できるという状況になったが、これではHD素材を3本とタイトルを乗せれば精一杯ということになる。これにコーデック処理を加えるとなれば、CPU処理だけではやはり厳しい。

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GPUコンピューティングを活用して、タイムライン処理の高速化が図られる。(写真はSIGGRAPH ASIA 2009のNVIDIAブースで行われた次世代Premiere Proのテクノロジープレビュー)

近年、コンポジットの表示部分で活用が進んできたのは、GPUのOpen GL機能を用いた処理だ。エフェクトやトランジションなどのレンダリング処理に活用することで、リアルタイム処理を実現してきた。このOpen GL処理と同様に、タイムライン処理で活用が進みそうなのはGPUコンピューティングだ。SIGGRAPH ASIA 2009でアドビ システムズ次世代Premiere Proに搭載予定のMercury Engineがプレビューされたが、フルHD素材9本を同時にリアルタイム再生していた。ここまでパフォーマンスが上がってくると、さまざまなコーデック素材を混在させた場合でも、そこそこのパフォーマンスが出てくるのではないかと思われる。おそらく、今年はアドビ製品だけでなく、他社のノンリニア編集ソフトウェアも同様にGPUコンピューティングの活用が進んでいくに違いない。

RED ONEの4K素材、デジタル一眼ムービーのノンドロップフレーム素材の登場は、ファイルベース時代の成熟に向けた第一歩だ。ノンリニア編集ソフトウェア環境は、ファイルベースであるがゆえの課題に取り組む、新たな技術革新の時代に入った。

秋山 謙一