またやってきたステレオスコピック3D

2009年春、映像業界関係者は「またステレオかよ」と思ったに違いない。10年に1度くらい、何度も繰り返されてきた3D立体視ブーム。「またかよ」と思わせつつ、そのブームは長続きすることなく波が引いていった。今回もきっとそうなるだろうと見ていた関係者も少なくないだろう。しかし、今回のステレオスコピック3D(S3D)の波は、これまでとはちょっと異なり、着実に稔りの時期を迎えそうだ。というのも、今回はかつてない追い風が吹いているからだ。その追い風とは、

  1. ファイルベース制作移行段階であること
  2. デジタル上映移行期であること
  3. ホーム3Dシアター環境の登場

──というものだ。

RED ONEの登場は、これまで限られた映画製作者が使うことしかできなかった35mm ARRIフィルム撮影に迫る画質を、インディペンデントフィルム関係者が4K解像度を手にする機会を提供した。ローバジェット製作で、16mmフィルムやHDカメラレコーダーで撮るしかなかった分野に、4K解像度が選択肢として加わったことを意味した。とはいえ、そんなにすぐに4K解像度のタイトルが増えるわけではないかった。4K制作に使用可能なマシン環境は、誰もが気軽に行えるほど敷居は低くない。RED ONEを使用するメリットは、35mmシネレンズを活用して、RED ONEのもう1つの特徴であるバリアブルフレームレート収録と2K収録を活用したHDタイトルの画質向上の方が大きかったとも言える。

RED ONEの登場とともに評価が見直されたものに、プログレッシブ収録がある。インタレ-スのテレビ番組の制作に、プログレッシブの生々しさやパラパラ感は必要ないと思われてきたが、液晶ディスプレイやWeb動画にマッチしやすいプログレッシブ映像ということもあり、マスター素材としてプログレッシブを利用するケースも増えてきた。2K解像度の4:4:4映像を取り扱うために必要な伝送規格として登場したのが3Gbps SDI環境だ。3Gbps SDI環境であれば、1080/60pも問題なく扱える。これがS3D制作にとっても追い風となった。1080/60iを使用して収録するならば、左右両目の映像を取り扱えることになるからだ。ファイルベース制作移行のための既存制作環境が、S3D制作にもマッチすることになったのである。

S3Dの普及は、タイトルホルダーやシアターにとってもメリットがあった。タイトルホルダーにとっては、試写会直後に再撮による海賊版が流通してしまうということが回避できるということだ。シアターにとっても、HDプロジェクターを2台スタックに変更することで低導入予算・低運用コストでS3D上映に対応でき、通常上映よりも付加価値を付けた料金設定ができるというわけだ。もちろん、ソニーのSXRDプロジェクター+デジタルシネマアダプターの組み合わせのように、1台で4K上映とS3Dに対応するという方法もある。デジタル上映環境構築に弾みがつき始めている。

S3D制作への関心は、シアターだけが高まっているわけではない。Inter BEE 2009ではソニーがS3Dライブスイッチングソリューションもデモを行ったほか、SIGGRAPH ASIA 2009でナックイメージングテクノロジーがS3Dバーチャルセットをデモするなど、映画、ライブ、番組のS3D収録環境が整った。まさにS3Dフルデジタル制作によるS3Dが本格普及の黎明期を迎えたというのが、2009年であったといえるだろう。

ホーム3Dシアター環境がついに登場

さて、2010年はどうか──。いよいよS3D制作元年を迎えることになるのではないか。Blu-ray Disc Assciation(BDA、米カリフォルニア州)が2009年も終わりに近づいた12月17日(現地時間)に、Blu-ray 3Dの仕様を最終決定した。H.264 AVCコーデックを拡大したMVC(Multiview Video Codec)を策定。左右の映像に1080pを使用しつつ、2Dコンテンツの50%にオーバーヘッドで圧縮する方法を採用している。既存のBlu-ray Discプレーヤーでも再生できるような後方互換性をもたせているため、1枚のディスクでS3Dにも従来の2Dにも両方対応できることがポイントだ。家電各社はCEATEC JAPAN 2009で各社が家庭向け3D視聴環境を提案していたが、この最終決定をもって、今春から製品化への道を進み出す。

1月7~10日に行われた米ラスベガスで開催された2010 International CESでは、数々のS3D対応製品が発表されていたようだ。どうやらS3Dは、制作環境が充実する前に、コンシューマ製品の第1世代が出揃ってしまう事態になりそうだ。S3D対応のBlu-ray録再機やハイビジョンテレビが登場したとしても、S3Dコンテンツが提供されないのでは絵に描いた餅になってしまう。S3D制作環境の充実、制作ワークフローの確立も急務となってきた。

S3Dコンテンツ充実に向けワークフロー構築が急務

S3D制作は劇場用映画が先行していた分、フィニッシング部分においては、クォンテル、オートデスク、アビッド テクノロジーともにフィニッシング環境が揃っている。とはいえ、収録や制作に不可欠なプレビュー環境や、オフライン編集段階での視差確認や調整環境となるとまだまだ充分とは言えない状況だ。視差により奥行き感を生み出すS3Dコンテンツにおいて、字幕を表示すべき位置についても、試行錯誤を繰り返す必要がある。スムースにS3D制作を行えるワークフローの構築は、今年の課題になるはずだ。

制作ワークフロー改善の口火を切ったのは、パナソニックだ。CES会場で、一体型二眼式フルHD 3Dカメラレコーダーを今秋から210万円(税別)で受注生産すると発表した。S3D収録は、カメラ2台を使用して視差を生み出し、さらに光軸コントロールをする3Dリグが必要になり、撮影の準備段階から手間がかかる状況だった。今回発売が決定したカメラレコーダーは、「一体型」とわざわざ謳うように、カメラレコーダー2台を1台にまとめてレンズの画角やズーム、タイムコードの同期をとったものと思えばいい。収録ファイルについても、左右それぞれ別のSDHCカードに書き出されるようだ。いずれにしても、3Dリグを使わずにS3D収録が可能なカメラレコーダーが手に入ることになるわけだ。

あとは編集環境面とメディアオーサリング環境面だ。3月には家電製品が出始めるということから判断すれば、4月の2010 NAB Showの頃には、S3Dに対応したノンリニア編集ソフトウェアやBlu-ray Discオーサリングソフトウェアの発表がありそうだ。残るのは制作時のプレビュー環境だが、今春にはS3D対応ハイビジョンテレビが出始めることから、今後しばらくの間はそれを簡易的なプレビューに利用し、厳密な確認はフィニッシング作業段階でのプロジェクター環境でという形になるのかもしれない。

ここまで制作環境が整えば、あとはコンテンツを増やすという段階に入っていく。裸眼立体ディスプレイも活用されるようになれば、デジタルサイネージでの活用も広がっていきそうだ。家庭にS3D環境が入り始めるということは、ゲーム分野にも影響を及ぼす可能性がある。劇場でアニメーション作品がいち早くS3Dを採り入れたように、3DCG制作はS3D制作に取り組みやすい。S3D対応ハイビジョンテレビの普及とともに、S3D 3Dゲーム市場も活性化していきそうだ。S3Dについて「鶏(制作環境)が先か、卵(S3Dタイトル)が先か、突然変異(3Dゲーム、デジタルサイネージ)が先か──」、そんな議論をする時期は過ぎ去った。もう卵を産むか、突然変異させるかしかない。2010年はS3Dを映像表現の1つとして育て始める時期になる。

秋山 謙一