この冬公開される映画『SP 野望篇』でDSLRが活躍した理由とは?

VFXディレクター:山本雅之
カメラマン:佐々木雅史

10月30日公開の映画『SP 野望篇』(監督:波多野貴文、原案・脚本:金城一紀、制作プロダクション:FILM)では、キヤノン5D markⅡが使用されている。この作品の元となっている『SP 警視庁警備部警護課第四係』は、2007年11月から2008年1月にかけて、CX(フジテレビ)系で深夜帯にオンエアされたサスペンスドラマだ。主人公/井上薫役として岡田准一(V6)が主演、脚本は直木賞作家の金城一紀、総合演出に本広克行(踊る大捜査線シリーズ)を配した斬新なストーリー構成と演出、また当時はTV業界ではタブーとされていた30Pでの撮影を行い、今や大河ドラマ『龍馬伝』などでも使用されているシネガンマで画面の色調を工夫した独特の映像感は業界内でも話題になった。

オンエア直後から映画化の話が持ち上がり、以来1年4ヶ月という長期の制作期間/内ロケ撮影期間7ヶ月を経て、この10月に公開される『野望篇』と、来春公開の『革命篇』の二部作として劇場公開作品としてこの秋、いよいよスクリーンに登場する。

今回この撮影の中で、岡田准一演じる井上薫が持つ、事件や身にかかる危険を察知する能力”シンクロ”のシーン撮影で、実はEOS 5D markⅡが活躍しているのだ。撮影/制作を担当したのは、カメラマンの佐々木雅史氏と、VFXディレクターの山本雅之氏だ。佐々木氏はフィルムカメラからHD、HDVとジャンルやサイズを問わずCMや映画で活躍するカメラマン。VFXディレクターの山本氏は、これまで多くのTV番組、CM、PVでVFXを担当、映画では「踊る大捜査線2」「忍者ハットリくん」「交渉人 真下正義」などでその手腕を発揮してきた。

その2人が考え出したユニークな撮影方法とは?

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ポストプロダクションで最終チャックする、カメラマンの佐々木雅史氏(左)とVFXディレクターの山本雅之氏(右)

「”シンクロ”シーンの撮影を、まずは佐々木さんにお願いしたいと思っていて、彼に5D markⅡを薦められました。丁度クランクイン前の時期に5D markⅡの映像作品が世に多く出回り始めていて、Web等でも画像を観ることができ、画的にも非常に面白いと思いました。コスト的にも制作費内で購入できるような金額であったし、半年を超える長期撮影でその間にずっと機材を借りるのもコストがかかりますし、撮影が終われば他にも使えるという事で、5D markⅡを購入しようということになりました」(山本)

「5D markⅡのセットとして購入したレンズは、普通の汎用的なF2.8の24〜70mmと70〜200mmのキヤノン純正のズームレンズなのですが、これはオープニング・ムービーの数カット以外は使っていません。例の”シンクロ”シーンでは僕が持っている、ペンタックスの古いレンズでM42マウントの55mmレンズなどを使用しました。しかも実際の撮影時にはマウントも装着しないで、レンズ自体を手持ちで撮影しています」(佐々木)

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上の写真を見てわかる通り、なんとレンズをマウントせずに、外したままミラーの前にレンズを手持ちで固定して、ピントを手で調節しながらコマ撮りやムービーの撮影が行われた。

「佐々木さんはシフトレンズ的に手持ちで、マウント前でレンズを動かしてピント合わせなどをするわけですが、当然そういう撮り方をしているのでハレーションというか、横から光が入ってきて白くぼやけたりする映像が撮れるのです。そのときにの条件で色々と違った表現ができ、まさにジャムセッション的な撮影で、その時の光の具合によって入ってくる光や効果を選びながら撮っていきました。そこではちょっと素人ではできない、佐々木さんならではのテクニックが発揮されています。僕も実際この撮影を試してみましたが、ミラーに手持ちのレンズがすぐ当たってしまったり、一度ピントグラスが外れて壊してしまいました」(山本)

「(ペンタックス55mm/M42マウント)レンズ自体が小さいのでEOSのマウントの中にすっぽりと入ってしまうサイズなんです。そうすると無限大が来ないのでピントは合うのですが、ピントを合わそうとするとミラーに当ててしまう危険性もあるわけです。また動画の時はライブビューで確認できるのですが、連写のときは確認出来ないので、一回ずつ再生確認しながら撮影していました。持ち方一つで(光の調子が)変わってしまうので確認してみないと結果が判らないわけですが、これもデジタルカメラの恩恵で、すぐプレビューチェックできるので、こういう撮影方法も可能だったのです」(佐々木)

「5D markⅡに至る前には、我々はRED ONEでも試しましたし、その後お手軽に撮れる民生用のビデオカメラなどでも試しましたが、レンズを取り外す事も出来ないし、フィルターを入れる程度で要はアナログ的な”遊び”が出来ないんです。でも5D markⅡならば、バリバリの電子機器にも関わらず光学系はアナログなので色々と工夫ができる。しかもスチルカメラでありながらムービーも撮れるので、場面によってここはコマ撮りでいこうとか、ここはムービーで押さえようとかの切り替えも、フレキシブルにできるところが結果的に良かったですね。ああいう映像を劇場のスクリーンで流してしまっていいのかな?という感じもしますけど、現在流れている予告編にもかなり多くのカットが採用されています。印象的なシーンに仕上がったので予告編を作った方にも気に入って頂けたようですね。そういえば現場では、スタッフさんも僕らのことをなんて呼んでいいか判らなかったみたいで、結局”スチール入りまーす!”って呼ばれていました(笑)」(山本)

随所に使用されたDSLRムービー

この『SP 野望篇』の本編撮影はフィルム(ARRI CAM)で行われ、この後の『革命篇』はソニーF23で撮影されているが、”シンクロ”シーン以外でも5D markⅡが活躍したカットは多かったという。連写とムービーを、現場の演出の雰囲気からその場その場で撮影方法を選択したという。

「全体には連写で使用した部分が多かったのですが、『SP 野望篇』のオープニングのシークエンスは、実は5D markⅡで撮影したムービーカットから入ります。当時(2009年夏)はまだ24pに対応しておらず、30pで撮影してそれを24pに変換しました。佐々木さんが現場でかなり色とかコントラストなど画を調整するので、画質としてはきわどい破綻寸前の映像も多いのですが、それはまた狙いとして面白いなということで多く採用しています。ただ圧縮されていることは善し悪しですね。また編集するにしてもH.264では重いので、ProRes422 HDに変換して処理しました。連写シーンはAfter Effectsで連番ファイルをつないでいます。」(山本)

ハレーション用の特殊効果機材として

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今回5D markⅡの効果として、VFXでは作り出せない特殊効果機材としても活躍した。

「ハレーションの合成というのは、CG合成で作ろうとすると実は非常に難しく、特に今回撮影した画像のようなアナログ的なハレーションは簡単にはできません。CGクリエイターも感覚的に判らないため、最終の結果が想像出来なかったりするので作れないことも多いのです。実はこの”シンクロ”シーン以外でも、CG合成よりもこちらの方が良いということで、佐々木さんの撮影した”生のハレーション”を逆に合成して載せているシーンもあります。それもすべて5D markⅡによる撮影でした」(山本)

またこの作品では『エイリアン2』『ターミネーター2』の二作品でアカデミー賞を受賞したロバート・スコタック氏をVFXスーパーバイザーに迎えて、ポストプロダクション作業をハリウッドに移して作品を仕上げている。その際にでもこの”シンクロ”撮影シーンは向こうのスタッフにも好評だったようだ。

「テクニカラーのカラーグレーディングのアーティストに、5D markⅡで撮影した部分は自由にいじってもらっていいですよと言ったんです。僕は『ハリウッドだったら特殊なテクニックを使って何か面白い技を見せてくれるかな?』と期待していたんですが、結果は、ほとんどいじってくれませんでした。理由を聞くとこのままで充分素晴らしい出来だ、ということでした。ハリウッドスタッフもフィルムに落とした時の5D markⅡの仕上がりに非常に好感触のようですね。」(山本)

RAWデータと圧縮データ

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佐々木氏はこれまでも7Dと5D markⅡ、またRED ONEを使ってきたところで、いまのDSLRの利便性について言及する。

「現在、自分の現場の7割くらいはDSLRを使った現場になってきていますが、5DmarkⅡと7Dは場合によって使い分けています。動きシーンが多い作品には60pで撮っておいて後から変換したほうが、CMOSのローリングシャッター現象を押さえられるので7Dを使用します。でも画素数の問題からか、やはり独特の5D markⅡの、あの独特なルックは得られない。非常に魅力的ですし僕は好きですね。もちろん、設定がそのままでは狙ったルックを得るのは難しいので、現場ではプロファイル等を色々と調整します。そうして撮られた5D markⅡの画というのは、映像関係者もこれまで見た事の無い映像だったんだと思います。映画「ダークナイト」の中で70mmで撮られたシーンがすごく印象的でしたが、ああいう画が欲しいと思うじゃないですか?そういう感覚を5D markⅡは、このサイズでもたらしてくれたのではないでしょうか。

最近RED ONEで撮った作品では、素のままの画をそのままRAW現像して編集室に持ち込みました。後でカラコレで手を加えてもらうつもりでしたが、エディターの方にカラコレしてこういう画にするとカッコいいという話をしても拒絶されるんです。僕にはこういう画にしたいという意図があったのですが、編集室ではカメラマンが意図した画が容易には想像できないんですね。また日本の映像制作現場では時間もないし、たとえRAWで撮ったとしてもRAW現像にカメラマンが携われる時間がない。ということであれば、7Dや5D markⅡのような機材で撮影時にある程度はルックを決めて撮ったほうが効率的ですし、時間も短く安く良いものが出来ると思います。何しろ映像というのは第一印象が肝心だと思います。撮ってきた素材にすでにカメラマンの作ったルックをすぐ作品に反映出来ることは、DSLR機の一番の魅力でしょうね。5D markⅡで長尺の作品を撮るというのも全然問題ないと思います」

『SP THE MOVIE PICTURE』の”シンクロ”シーンはすでに現在、劇場公開されている予告編やサイトでも観る事ができる。

『SP THE MOVIE PICTURE』オフィシャルサイト
http://www.sp-movie.com/yabo/movie.html


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