txt:石川幸宏 構成:編集部

さらに進化する映像技術とは?

ムービーの世界と市場規模が違うとはいえ、プロのスチルグラフィック(写真)の市場現況は想像以上に厳しいようだ。この傾向は世界的にも顕著で、ここ数年で欧米でも多くの新聞社や出版社がカメラマンを解雇するなど、廃業に追い込まれているカメラマンは少なくない。そんな中でDSMC(スチルとムービーの同時撮影)というスタイルに活路を求めて、市場的にもこのニーズが次第に増えて来ているのも確かだ。さらに最近では、その中でも何か特異な専門分野を持つことがプロ市場での生き残りを左右する辛辣な状況もある。

2月のCP+2013特集でも少し触れたが、そうした特異性を持つコンテンツの一つとしていま、360°パノラマ映像がにわかに注目を集めている。これまでにも不動産業やGoogleマップなどの位置情報サービスを中心に、新たな画像ビジネス/サービスとして普及し始めており、すでに大手広告制作会社などもオリジナルコンテンツの制作サービスを開始した。そしてここにきてさらに技術を一歩進めて、360度ムービーといった動画のコンテンツも制作が可能になって来た。ここにご紹介するのは、日本で360度のパノラマコンテンツの第一人者である、谷口とものり氏(T-Photoworks)の事例だ。

GoPro 3の最新リグを調整する谷口とものり氏

360°画像、つまり「パノラマVR」と呼ばれる画像の歴史は、1991年にアップルから誕生している。このときアップルはQuickTimeVRというソフトウェアを発表、2000年10月にはQuickTime 5でこれを初めてリリースしている。これは特殊なカメラを使用して複数の画像をつなぎ合わせて360度全方位を見渡せるパノラマ画像を生成するという、現在の一般的なスタイルを作った。その後2006年頃から制作環境も整備され、Flashでの制作が可能になり、フルスクリーンでの観賞やWindows PCでも見られるようになって一般普及が進んできた。そして最も一般的になったのは、2007年から開始されたGoogleマップのWebサービス「Googleストリートビュー」である。

この制作にあたってはまず静止画の場合、6方向の画像を連結することから始まる。各パララックスポイント(視差点)を結合できる専用リグを用いて、東西南北の4方向と上下2方向を撮影して、専用ソフトで結合するというものだ。(2月の『CP+2013:新映像創世記』 Vol.07参照)

これに対して、360°全天ムービーは、GoPro HD HEROなどの小型カメラを6台各方向に向けた専用リグを利用して撮影するもの。まだ一般的に市販されているものは少なく、海外メーカーの販売で主に一部の愛好家に販路が示されているだけだが、これからの普及度合いによっては様々な展開を見せそうな様相もある。静止画はもちろんムービーを撮影するにしても、6枚の画を連結する際には、レンズの構造とある程度の写真技術が必要になって来る。特にノーダルポイント(結節点/結像点)の誤差を無くして6枚の画像をシームレスに結像させるためには、専用の結合&オーサリングソフトウェアとともに、カメラ画像のノーパララックスポイント(無視差点)への理解と必要になってくる。これは実際に360°映像を制作する際のレンズ選びや被写体の選び方、そして仕上がりの画像設計に大きく関係するため、スチルカメラマンの写真術のノウハウが大いに役立つ部分だ。

デバイスの進化による新たな需要

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カメラは天井から垂直に吊るされて、その周辺で行われるダンスパフォーマンスを360°全天撮影によるムービーとして捕える

今回は実際に360°ムービーの撮影現場を取材させて頂いた。某TV番組でも有名なJAZZダンサー/パフォーマーのYASU-CHINさんの協力を得て、カメラを中心に踊るパフォーマンスを360°で捕える撮影に立ち会った。機材はGoPro HERO 3を6台使用した新しい360°リグが使用された。この特殊リグは谷口氏がテストとして製造元より取り寄せたものだ。とはいってもまだプロトタイプで、以前のGoPro HERO 2を6台使用したモデルとは少し形状が異なる。

GoPro 2の内部を分解して1系統にまとめた360°専用カメラ
GoPro 3が6台各方向に向けて撮影できるように配置してある

以前は中身を分解して6つのカメラを1系統に繋ぎ直し、リモコン操作の1アクションで6台全てを同時にON/OFFできたのに対して、今回のGoPro HERO 3ではまだプロトタイプということもあるかもしれないが、単純に6台を各方向にはめ込んであるだけのシンプルなモノ。各カメラも独立して撮影するので6台のGoPro HERO 3を各々ON/OFFしなければならず、映像も同期させるin点/out点が別々なので、6つの画像を同期させるには最初と最後に音声でカチンコを入れなければならないのも少々厄介な状況だ。

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それでも画質は以前のものに比べて解像度も上がっているためキレイだ。各カメラでは、1920×1440という変則な画角で48pで撮影している。問題はこの特異な画角とフレーム数を読み込めるNLEが限られていること。また解像度が上がっているためにかなりデータ量も増しているため、ソフトウェアへの負担も大きい。谷口氏はGoProサイトから無償ダウンロードできるProTuneソフトウエアを使っており、これにより高画質をキープしつつ、処理スピードを30Mbpsから45Mbpsへ上げている。ただし長時間の撮影ではやはり熱暴走やコマ落ちなどもあり、経験値に加えて諸注意と工夫が必要になる。

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撮影中は撮影者もエリア内には映り込みの関係上は入れない。そのためスタジオの隅にEOS 6Dを設置してその様子をモニタリングする

まだ360°パノラマ動画に関するノウハウの提供などは行われていないが、詳細な撮影方法を知りたい方は、その前にパララックス(視差)ポイントの勉強等、光軸やレンズの関係を勉強する必要があるので、まずは谷口氏が定期的に行っている360°パノラマ制作セミナーを受講されることをお勧めする。

▶谷口氏の360°パノラマ制作セミナーは、スタジオエビスで定期開催中。

特異性を持つコンテンツは、これから産まれてくる

ダンスパフォーマーのYASU-CHINさん(左)と、谷口とものり氏(右)

YouTubeやVimeo、USTREAMやニコニコ動画といったWeb上の動画コンテンツの拡大は、いまやスマートフォンとタブレット端末などのデバイスの誕生を促しているといっても過言ではないが、またその逆もある。いまの映像普及における、これまでと違う状況として一番に上げられるのはこれらデバイスの進化だ。特にスチル画像の世界におけるiPadを始めとするタブレットデバイスの浸透・普及率は非常に高い。従来はFlashに頼っていたデバイス上の演出面での技術も、近年HTML5上でもオーサリングが可能になり、一般への映像/画像の視聴普及にもこのデバイス達の性能向上とその浸透率の高さが一役買っていることは間違いない。

タブレットの進化、そしてデジタルサイネージへの転化も視野に入れれば、コンテンツはますますリッチ化してインタラクティブ性能も上がるので、利用価値は大きく上がって行くと考えられる。こうしたデバイスの浸透によって、これまで観賞する(見る)画像から、体験する(扱う)画像へのコンテンツの変化/進化が行われていることは、今後ムービーの世界でも注目しておきたい事象だ。

▶この日撮影された映像は、こちら



Vol.02 [DSMC/DSLR #3] Vol.04