txt:石川幸宏 構成:編集部

デジタルシネマ、4K、そしてハリウッドのこれから

CineGearExpoではそれほど4Kは盛り上がっていなかったものの、ソニーが開催した4Kシアターの上映会には多くの客が訪れ、また会場内で数カ所ある4K画像が見られる場所では、やはり多くの人が話題にしていたことは確かだ。しかしハリウッドはいま未曾有の危機に直面している。大作の興行収入はダウンし、ヒットメーカーといわれる監督ですら、満足な予算を確保できない。そしてここに来て大手VFXプロダクションの倒産騒ぎなど、隆盛を保持してきた映画産業も大きな転換期を迎えているのだ。4Kは果たしてそれをV字回復できるのか?はたまたそれとも…

今年4月に遡るが、NABに先行してロサンゼルスを訪れ、サウスパサディナにあるSTARGATE STUDIOSを訪れた。そこで同スタジオのチェアマンであり、CEOのサム・ニコルソン(Sam Nicholson)氏にインタビューする機会を得た。彼はA.S.C.(全米撮影監督協会)のメンバーでもあり、ソニーPMW-F55やキヤノンEOS C300で最初のデモ映像を制作したり、またARRI ALEXAの開発にも関わった経歴もある、いまのデジタルシネマを熟知するキーマンだ。いま彼が思う、デジタルシネマ、4K、そしてハリウッドが今後示すべき道などについて話を聞いた。

4Kパイプラインの確立とオープンコーデック

CGE13_vol04_Sam_01.JPG

いつも柔和な対応をして頂けるSam Nicholson氏。NAB前の忙しい中でも気さくにインタビューの時間をとってくれた

まず、一番ホットな話題でもある4K。ハリウッドでも4K撮影は行われているものの、本当にいま4Kが必要なのかは疑問視する声もある。PMW-F55やEOS-1D Cで4K撮影を試みているサム氏が語る4Kの魅力を訊いてみた。

これまで多くの監督やプロデューサーに「なぜいま4Kが必要なんだ?」と同じ質問をされてきたよ。そこで僕はいつも「じゃあ、4Kで撮ってことある?」って聞き返すんだ。でもほとんどの答えはノーだよ。それなのに必要ないって言う人もいるけど、いまそんなに急いで決める必要なんてないんじゃないのか?って思うね。

(4Kが必要な理由は)単純により良い解像度が必要だってことさ。4K撮影を経験するとあれは中毒性があるんだ。なぜ4Kなのかを知りたかったら、まずは4Kで撮ってみればいい。きっとHDのときのような感動を得られると思うよ。4KカメラならHDカメラとして使うというオプションもあるけど、HDカメラを4Kカメラとしては使えないんだよ。それなら必要なときは4Kカメラの解像度を使わない手はない。

ただし4K制作にはまだ大きな障壁がある。サム氏曰く、いま問題なのは4Kワークフローとどうやって付きあって行くかということで、自身もユーザーとして感じているのは、商業作品のワークフローの基本はパイプラインで、それがちゃんと成立しているかということが大事であると述べた。そしてALEXAの成功例を評して、他のカメラメーカーにもある啓示をしている。

嬉しいことにARRI ALEXAの開発に参加することが出来たんだけど、ALEXAで最も素晴らしいのは、ProResのワークフローなんだよ。誰も最初はProResだなんて思っていなくて、重いRAWデータか何かだと考えていただろう。でも現実は、95%のALEXAユーザー、つまり95%のマーケットはProRes4444を使っているんだ。ProResならFinal Cut Proにインジェストしてすぐに映像を見られるからワークフローとして使いやすいよね。そしてProRes収録可能なALEXAを発表したら、全てのポストプロダクションの人間が飛びついた。そこで重要なのは、実はそう思っていたのがスタジオの重役たちも同じだったってことなんだよ。

CGE13_vol04_Sam_03.jpg

昨年に引き続き、NABのCanonブースでセミナーを行うサム氏。今年はEOS-1D Cを使った、4K×横3倍=12Kムービーのデモを行った

過去にREDのデータ処理で苦しんだ経験があったからね。だから4Kでも、これからソニーなどのカメラメーカーはまず圧縮とかコーデックとかを意識したワークフローを理解しないといけない。そしてオープンソースコーデックであることが何よりもまず重要なんだ。クローズドなコーデックで良いことなんて一つもないよ。みんなそこで苦労させられるんだし、300万〜400万円もするカメラを買って、その上にまた3万円を払わないと撮った映像が見られないなんてジョークだよ(笑)。

その意味ではARRIは100%正しい判断をしたと思うし、今デジタルシネマの世界でARRI ALEXAは王者になれたんだと思う。コーデックを身近なものにするのは良いことできっとみんな後からついてくるよ。初めて4Kを扱うならまずはワークフローから確認をして、どのカメラを使うか?もポストプロダクションの人と一緒に決めないとダメなんだよ。

さらには、これからは重いデータとのつきあい方を学ばなくてはならない。このSTARGATE STUDIOSでもたくさんのデータを扱っているよ。データを世界中で運用するのでストレージとプロセッサーが至る所にある。これはスタッフ皆に言っているんだけど「気をつけろよ!データの洪水が起きるぞ!」ってね。今日は大きかったものが、明日にはすぐに小さくなってしまうんだ。

世界市場を見据えたユニバーサルプロダクションのすすめ

CGE13_vol04_Sam_02.JPG

CineGearで正式に発表されていたRADIANT IMAGESの「NOVO」。4月頭の時点ですでにサム氏はプロトタイプを入手していた

いまハリウッドでは、大作や名作を手がけてきた大手のVFXプロダクションが危機にあり、相次いで経営改革や分業化などへの方向転換を迫られている。その中でSTARGATE STUDIOSは、世界中の各拠点にスタジオを持ち、これからまた中東のドバイに進出する計画だ。小中規模のVFXプロダクションの成功の裏には、どんなロジックがあるのだろうか?

ビジュアルエフェクトの世界もだいぶ長いことやってきて成熟して、ビジネスモデルは日々変化している。大きなビジネスモデルのデジタルドメインやリズム&ヒューズはいままで本当に素晴らしい仕事をしてきた。しかしそれは非常に高額なんだ。そして残念な事に今はツールがどんどん安くなって誰もが使えるようになった。僕らは世界市場でやってて、それに適応していかなきゃならない。でも彼らはその世界市場に適応できなかったんだと思う。

僕らSTARGATEは小さな会社だけど、15年前にバンクーバーで創業したときからそれを予測してきた。ツールは小さく、速く、そして安くなった。そして誰もがインターネットでつながることが出来る時代になって、誰もがデータをどこにでも送ることができる。そうした変化に対応できなければ仕事は無くなってしまうんだよ。

だから僕らはいつでもビジネスモデルを見直してる。僕らのやり方は、各々現地のスタジオで地元のマーケットで地元価格で競争するんだ。これは非常に大事なことで大会社はそこで苦しんでいる。場所によって価格を変えないから競争しても勝てないんだ。ニューヨークとインドじゃ全然違うし、東京では物価が高いから僕らが東京に行ったら東京の相場で仕事をしなければいけない。

CGE13_vol04_Sam_04.JPG

愛犬”ピューイー”とともに。サム氏の様々なアイディアはすべてこのマスター・ピューイー(スターウォーズのマスター・ヨーダに例えて!)からの指令によって動いているのだとか…(笑)

昨今のマーケットの中で会社を維持するキーポイントは、全ての側面で自分が世界市場にいることをまず自覚することなんだ。そうすることで世界中の優秀な人材と仕事ができるんだからそこから目を背けるのではなく、受け入れることが大事だ。世界的にみんなが理解すべきことは、全員が世界市場にいて、その利点も沢山あるということだよ。

だからその場所に行って理解して学べばいい。そこからベストな方法を選択することが肝心なんだ。そこにアメリカの理論を無理に持ち込んでもダメなんだよ。やり方が違うから通用しないさ。考え方を地元にあわせて変えていかなければならない。そこで競争に生き残れて何かを学ぶことが出来れば、またそれをアメリカで応用することが出来ると思っている。

その上で、サム氏率いるSTARGATE STUDIOSは次のステージへと向かおうとしている。それは撮影の未来が託された“バーチャル・プロダクション”システムだ。

これからのプロダクションを変える”バーチャル・プロダクション”システムとは?

CGE13_vol04_Sam_05.jpg

会議室の壁一面に掲げられた、ドバイ企画関連のイラスト。この7月にもSTARGATE STUDIOS DUBAIが完成、秋から本格始動するという

今夏、ドバイに新しいスタジオをオープンさせる予定で、いま「Dobui 2100」という名前の、100年後の未来のドバイがどうなるのか?という映画を作っているんだ。これは現ドバイ首長のシェイク・モハメッドのために作っているんだけど、彼が僕らの新しいスタジオを気に入ってくれたので、彼を未来のドバイに招待しようと思って面白いプランを考えているんだ。

ドバイはいま地球上で1番近未来的な都市さ。その50年後100年後のドバイをグリーンスクリーンとCGで再現するデモンストレーションだよ。それをすべて4Kカメラを使って作るんだけど、その撮影にはPMW-F55×3台とフジノンのレンズを使う予定だ。これは僕らの仕事にはベストの組み合わせかな。特にフジノンの19-90mmシネマレンズはとてもシャープで最高に気に入っている。

特にF55との組み合わせたパッケージは小さい上に4Kが撮れて、キーイングもクリーンなのでベストマッチな組み合わせだね。だからこのセットを”バーチャル・プロダクション”で使うんだ。それは僕がいま”バーチャル・プロダクション”こそが撮影の未来だと思うからだ。こういうテクノロジーが映像業界を救わないとね。この”バーチャル・プロダクション”こそが、真のコスト削減につながると信じているんだ。これまでVFXにかかったコストは非常に高かった。それを本当の意味でプロダクションツールにまで持って行きたいと考えているんだよ。

今後はプロデューサーの懐を守るためにわざわざ大きなセットを作るなんてことは不要で、すべてバーチャルセットでいいんだ。いずれは1000人のエキストラも俳優もバーチャルでね。でも全てじゃない。リアリティーとバーチャルリアリティーのミキシングだよ。そこをどうやるかなんだ。ドバイにいるんだけど、マイアミビーチにしたいから仮想のヤシの木を置いたり、アルプスの山々をバックにしたりね。すべてがバーチャル背景なんだけど、制作者をどこへでも好きなところに連れて行ってくれる、理想のロケーションに行けるんだ。

だから脚本を書いているときなどにプロデューサーにこのテクノロジーを紹介するときには「大きく行こうぜ!」っていうんだ。少なくとも最初は、費用を考えた完璧な脚本を作ろうとするんじゃくなんて、やりたいことをまず脚本にして、それから本当にテクノロジーでそれを実現できるかを判断すれば良いんだよ。昨日まではあきらめて、脚本家にごめんねって言っていたパリの1シーンを、このテクノロジーを利用すればうまく実現出来るんだよね。いまはテクノロジーを正しく使えばクリエイティブを犠牲にせずに、何だって出来るんだ。

「クリエイティブを犠牲にしないテクノロジー活用」ということを盛んに口にしたサム氏。すでにこの世界では、技術の使い方を制覇した者がビジネスでも成功する、と言えそうだ。


Vol.03 [CineGear 2013] Vol.05