求められるロケ現場での高精度なオンセットカラーグレーディング

4K制作で難しいのは、色のコントロールだ。映画やCM撮影の現場ではすでにRAWやLogでの収録も通例になりつつあるが、4Kテレビ制作でHDと同じ状況を作り出すのはまだまだ高いハードルがある。2010年に登場したハンガリーのColorfront社のOn-set Dailiesは、色の正確さではアカデミー賞を受賞する保証付きの高精度なオンセット(ロケ現場)でのカラーグレーディングが可能なシステム。

Colorfrontは、ハンガリーの首都ブダペストでポストプロダクションを経営するMark&Aron Jaszberenyi(ヤズベレニー)兄弟によって、2000年に設立。当初からカラーグレーディングシステムを開発し、それは一時期“5D”というメーカーから発売になったものの、販売は凍結、後にそのライセンスをAutodesk社が買取り、2005年にAutodesk Lustre(ラスター)として世の中に出た。ヤズベレニー兄弟も一時期はAutodesk社に籍を置き開発を進めていたが、2007年に再びColorfront社に復帰しポストプロダクション事業を再開。

その後2008年ごろから現在の“On-Set Dailies”のソフトウェア開発を始め、2010年の秋から自社製品として販売を開始した。現場でのプライマリー・グレーディングに重点を置き、同時にHDファイル(ProRes422HQ等)への書き出しを高速に行える画期的なシステムセットとして登場した。Autodesk Lustreの2人の功績は、その後2010年にアカデミー科学工学賞を受賞している。

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「NEPアンフィニ」における処理ワークフロー図。基本的には作業工程をデータベース化することで非破壊処理を実現している
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ところで通常、カラーグレーディングシステムのエンジンにはカメラメーカーのSDKが使用されることが多い。Colorfront社は自社エンジンで驚異的な高速処理を実現したことから、世界中で注目されるようになった。しかしこのOn-set Dailiesはデイリー(=撮影日ごとの現像処理)作業のために作られた製品であり、テレビのワークフローやポスプロをサポートする機能を網羅しているわけではない。

NHKエンタープライズ(NEP)では昨年末に、このColorfrontのOn-set Dailiesの持つ高速変換能力を利用し、ポストプロダクションやTVのワークフローで使いやすいようにデータ管理ソフトウェアを開発した。このデータ管理ソフトウェアとOn-set Dailiesの組み合わせで処理するシステムを「NEPアンフィニ」と名付けた。このプログラム開発設計を行った中心人物、NEPの事業本部 企画開発センター エグゼクティブ・プロデューサーの伊達吉克氏にお話を伺った。


「NEPアンフィニ」 開発者に訊く

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「NEPアンフィニ」開発のキーマン、NHKエンタープライズの伊達吉克氏

伊達氏:元々のきっかけは、NHKの番組制作を4Kで制作できないか?制作を現行のテレビのスケジュールの中で出来ないか?というところがスタートでした。当時のTV制作では4K制作をシームレスに統合することは難しく、1つの番組をHD版で制作した後に、4K版を作る際には改めて1から制作しなければなりません。

4K制作時に再度同じ工程を繰り返すのは非常に非効率です。僕らの発想はHD版を制作~完成させるまでに、その作業履歴をずっとデータベースとして記録しておけば、4K版を制作する時には同じカラースペースであれば、ほぼ同じ工程を辿れば良いですし、HD版からスタートしてさらに色数を多くする等、もう一段上の作業を同じスケジュールと制作の仕組みの中でできないか?と考えたのです。

ただ、私たちが4Kの制作を本格的に始めた頃、私たちに適したシステムはありませんでした。それでは、自分たちで作ってしまおうということで、この「NEPアンフィニ」を開発しました。

同じテレビ番組でもドラマとドキュメンタリーではワークフローは大きく違ってくる。このワークフローの違いに対応できる、動的なシステムを目指したという。ドキュメンタリーでは数十時間から数百時間の素材量になる。

伊達氏:プライマリー・グレーディングの段階で必要だったのは、色の正確さと処理スピードでした。Colorfrontの製品は色の正確さは世界中で採用されていることからわかるように折り紙付きでしたが、それにも増して驚いたのは非常に変換スピードが速いということでした。

TVの場合、従来のワークフローを大きく変更せずに4K対応する為にはスピードが重要という世界でもあります。4Kを制作するにあたって4Kの良い所=解像度が高い、色数が多い、グレーディングしやすい等々の部分を維持した状態で、かつTV制作のスピードに合わせられるのか?という部分が大命題だったのです。そんな中でColorfront社の製品は、そのスピードが非常に速いという点に強烈な魅力を感じたのです。

On-set Dailiesは主にプライマリーのグレーディングに対応しているものでセカンダリグレーディングの機能は標準では付いていない。しかしTV制作ではよりスピードを求められる部分で、HD制作とほとんど変わらない時間でプライマリー(=画面全体にかけるグレーディング)処理を高速にやってのけるColorfrontの技術が大きな魅力だったという。

伊達氏:あくまでデイリーシステムに特化された製品なので、ポストプロダクションに必要な機能が十分とは言えませんでした。そこで色の正確さとスピードというエンジン特性を活かして、ポスト作業、もしくはTVのワークフローに合わせる部分をこちらでオリジナルに開発したのが「NEPアンフィニ」です。

50%の処理時間の実現

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Colorfrontの高速エンジンを使って、実時間の50%でDPXやProRes422HQへの書き出しが可能。これはテレビだけでなく今後、映画制作の世界でも大きな武器になってくる

NEPアンフィニは、Colorfront社のOn-set Dailiesと、NEPのデータマネージメントシステムから構成されている。例えばソニーのF55の4K RAWで収録したデータであれば、プライマリー・グレーディング後、実時間の約50%でDPXやProRes 422(HQ)に変換することが可能だ。当時の多くのグレーディングシステムでは、実時間の数倍から十数倍の処理時間を要していた。

HD制作の後、編集データとカラーデータから4K映像を再構築させる。また、NEPアンフィニは、4K→HDに変換された素材からFinal Cut ProやPremiere Proで編集された編集データを解析し、4K RAWデータにグレーディングデータを反映させたものをOn-set Dailies上に再構築する。30pだと4Kをリアルタイム処理するので、60分番組は60分でDPXやQuickTimeムービーに変換できる。

RAWデータの優位性と今後の可能性

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ポスプロでのクオリティや素材の再利用など、RAW素材の優位性は高い。その上で4Kが本来持つ画質の良さを活かすには、現状のデジタルRAW撮影の面倒さとポスト処理の複雑さがどう改善されるか、つまりポストでのワークフローの改善・改良が大きなポイントになる。撮影した素材のグレーディング後の4K素材を保持し続けるのはストレージ容量からも現実的ではない。4K素材はオリジナルだけを保持し、処理手続きを管理し続けることができればストレージも最小限に押さえることができる。

伊達氏:RAWは現像にも時間がかかるため、急ぐ現場では選択されないケースもあります。プロキシデータも同時収録して、パラレル処理するということも考えられます。しかしNEPアンフィニであれば、RAWで撮っても実時間の半分で処理できますのでその必要もありません。例えばフル4K撮影のドラマ番組では、毎日のロケをRAWで撮ってきて夕方に届いたRAWデータを翌朝には編集室にHDに変換して入れています。

毎日4K RAWで撮影していますが、なんらワークフローを変えずに4Kの処理が出来ていることになっています。編集データから4Kタイムラインへの変換も自動処理しますので、4Kで制作するポスプロでの負荷の多くを改善することができます。

さらに面白いのは、NEPアンフィニはあくまで作業工程管理に重点をおいているシステムであることだ。ワークフローにおけるメタデータのログ管理が完全であることで、元来4K制作が目指す所の品質が保たれるという。

伊達氏:従来のテレビの制作スタイルでは、ハードウェア面や処理時間を考えると完全に4Kの品質を維持して行くのは難しいです。カラーを適用させて変換する行程をできるだけまとめ、4Kの中間素材を大量に持たないことが、品質をキープするポイントなのです。僕らがNEPアンフィニで作業工程だけをデータベースに登録しているという最も大きな理由はそこです。

カラーマトリックスが掛かって変換されたものが次に渡ったときにどう変換されたのか?というのが、変換後の時点ではもうわかりません。NEPアンフィニは、作業の工程内で非破壊処理を維持するためのシステムであり、常にRAWからどう作業工程を踏んだのかを記録し再現することができます。もし変換がオカシイところがあれば、RAW素材から戻ってそこだけを入れ替えることができ、4K品質を維持することができるのです。これもColorfront社のエンジンが高速であることで実現出来たことです。

興味深いのは、NHKが目指しているのはあくまで8Kだ。4K制作はその過程に過ぎない。8Kを目指すにあたっていま4K制作でノウハウを蓄積することが8Kに繋がる撮影技術として重要な工程だと認識しているということだ。そしてワークフローでも8Kには更なるハードルが待っている。

伊達氏:あくまで個人的な感想ですが、8K処理には今の4K処理の4倍のパワーが必要で、8K処理を実現するハードルは高いです。「NEPアンフィニ」はまだ単体のPC処理ですが、今後は8Kを目指すにあたっては分散処理が必要となると想定して開発を進めています。

総括

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5月22~23日開催に開催されたAfter NAB Show TOKYO 2014にて、展示公開された「NEPアンフィニ」(当時は“MASAMUNE”という仮称で展示)

ColorfrontのSDKは、アメリカではTechnicolor、EFILM、Light iron、Company 3、ヨーロッパではBBC、ARRI社等で採用されており、その処理スピードに大きな注目が集まっている。NEPアンフィニはこれまではNEP内の専用システムだったが、先日行われたAfter NAB Showにも販売製品として初公開され、RAID社から一般への販売も今後予定されている。

txt:石川幸宏 構成:編集部


Vol.05 [Digital Cinema Bülow 2] Vol.07