txt:安藤幸央 構成:編集部

SIGGRAPH 2015を振り返る

日々進化を遂げるCG/VFXの世界の情報が集まるSIGGRAPH、今年は下記のような傾向であった。

  • CGを売りにしていない映画やドラマも、CG/VFX技術無しには成り立たなくなっている
  • 研究のテーマがCGのみならず、映像系、画像系の応用技術など多岐にわたっている
  • 3Dプリンターやスキャン関連の産業応用、アート利用が盛り上がり、3Dプリンター自体は当たり前の存在に
  • VR、AR、HMDなど、安価な機材の浸透とコンテンツ制作に小さなゲーム規模の予算がつきつつある
  • 機械学習とクラウドソーシング(安価に世界中の人々に外注する仕組み)による研究促進
  • 実際には完成していないベイパーウェアを避けるためか、研究試作ツールの公開が多い
  • Adobe、Intel、Disney、Googleを中心とした大学と企業との協同研究の勢いが強い。製品化への期待も

Real-Time Live!

映画やテレビCM制作などの主流である、プリレンダリング(オフラインレンダリング)と呼ばれる、時間をかけて1フレーム1フレーム画像を計算するタイプのCG/VFX制作方式がある一方で、ゲームエンジンなどを活用した「リアルタイムグラフィックス」と呼ばれる、実時間で映像を生成する方法も広がってきている。数年前からSIGGRAPHでは、リアルタイムグラフィックスを別カテゴリにして、作品や技術を評価するようになってきており、それらを紹介したReal-Time Live!から何件か紹介する。


■The Inheritance

The Inheritanceのパフォーマンス映像とメイキング

まず、Real-Time Live!の最初に、スクリーンと前方舞台を最大限に活かした、Hsin-Chien Huang氏による「The Inheritance」という題目のパフォーマンスが行われた。擬人化されたお城や建物が襲ってきたり、人の動きが誇張されるような映像表現がなされており、スクリーンに投影される映像と、その前で演技する人のパフォーマンスをうまく一致させた表現だ。仕組みそのものは単純で、理解できるものであったが、演出の工夫により独特の気味悪さに引き込まれるステージであった。


■Fast Teeth Scanning for Advanced Digital Dentistry
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デバイスを口の中にいれて、歯の詳細スキャンを取得している様子

傾きセンサーとカメラが内蔵された小型デバイスを口の中に入れて、歯や歯茎など、口の中を全部スキャンしてしまう仕組み。今までの治療方法では、シリコン型を噛んで歯の型を取っていたが、より平易で正確な方法として期待されている。ミクロン級の精度で25fpsで計測するという。歯のような半透明の反射物を扱えるスキャナが用いられている。デモの際には何度か失敗していたが、粘り強くやり直して最後には拍手喝采を浴びていた。


■ShaderToy
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シェーダープログラムだけで表現されたマリオブラザーズ

CGでの質感表現に用いられる小規模のプログラムがシェーダーであり、そのシェーダーをオンラインで試したり、保存して蓄えたり共有できるサービスがShaderToyである。そのShaderToyがSIGGRAPHに合わせてコンテストを開催していた。会場の拍手の大きさで優秀賞を決めることになり、最終的にはシェーダーだけでファミコンゲームのマリオを実装したものが選ばれた。シェーダートイのメンバーは、もっとシェーダーならではの王道の作品に受賞して欲しかったらしく、少々不満そうな顔であった。


■Disney Infinity 3.0
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Disney Infinity 3.0の中で描かれている自由に動かせるAT-AT

Studio Goboと、カーネギーメロン大学、ディズニーの協同研究で、スター・ウォーズの世界感をそのままVR空間に再現するというゲームプロジェクト。キャラクターや登場する乗り物などは、あらかじめ決められた動きをするのではなく、その場その場で動きを計算して算出する物理ベースアニメーションのため、どこでも自由自在に動け、どんな状況でもアニメーションできるという環境が作られている。

デモではスター・ウォーズに出てくるAT-ATという四本足走行の乗り物が、外界からの影響を受けて倒れる様子(実際のスター・ウォーズでもあったようなシーン)を再現していた。

エマージングテクノロジー

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216台で投影されている様子

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30台のカメラで撮影した映像の様子

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LED照明下、30台のカメラに取り囲まれて撮影している様子

まだ製品にはなっていない、先進的な技術研究を紹介するエマージングテクノロジーのコーナーで最注目だったのは、特殊な眼鏡不要で立体視可能な特殊ディスプレイ展示「An Auto-Multiscopic Projector Array for Interactive Digital Humans」であった。

これは216台のプロジェクターで構成されている巨大システムで、強いLED光源のもと、各方向30台のカメラを用いて撮影した人物を216台のプロジェクタに分割して投影している。表情やしわ、視線や衣服のしわの様子などもリアルに再現されている。撮影の対象物が人物に限られ、暗いところでないと見られないといったディスプレイ設置環境に依存するが、裸眼でも顔を動かしても大変視野が広く正確に立体感が伝わる映像には、常に人だかりがある状態であった。素材の撮影にも大規模な機材が必要なため、ビデオ通信用ではなく人物像のアーカイブ用での利用を考えているそう。

An Auto-Multiscopic Projector Array for Interactive Digital Humans紹介ビデオ


■VibroSkate
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VibroSkateは、スケードボードとランニングマシン風のベルトコンベアの組み合わせで道を滑り抜ける様子が体験できる

VibroSkateは東京工業大学の展示で、身体を使ったスケードボードのVR体験が得られるシステムだ。石畳や、砂利道など、振動によって道の感触を得ることができる。乗り方には少しコツが必要だが、重心をコントロールすることで本物のスケードボードと同様に進行方向を調整することもできるのだ。にわかスケードボーダーが体験している様子は巨大スクリーンに投影され、周りの観客と体験が共有できる様子も好評の展示であった。

VRビレッジ

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VRビレッジの展示のひとつImmersive RealitiesというVR/AR複合コンテンツの体験の様子

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車の運転席に座って、ヘッドマウントディスプレイで仮想の車中を体験する様子

今年新たに開設されたVRビレッジには、Oculusを中心とする各種VRデバイスの体験コーナーが設置され、様々な商業VRコンテンツ、実験的なコンテンツを体験することができた。なかでも注目を集めていたのは、車の運転席に座ってVRゴーグルを装着する「VR Crash Test」というシステム。車の衝突実験の際に、運転席に載せている人形に搭載されたカメラの映像をヘッドマウントディスプレイOculusで追体験するもので、車の座席やハンドルは何も動いていないのに、車の衝突というとてつもない恐怖を体験することができた。

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NISSAN JUKEの世界観を描いたVRコンテンツ

同じく車系コンテンツとしては、NISSAN JUKEのプロモーションのために作られたVRコンテンツ「Chase The Thrill」が好評であった。自分が高速で移動できるアンドロイドになった気分でカーチェイスを楽しむものだ。

上記の二つの例ばかりでなく、VRコンテンツも企業による取り組みが増えてきている。予算のかけかたも、制作チームの構成も、個人がちょっと楽しみながら作ってみたVRコンテンツとは一線を画すようになってきた。ちょっとしたインディーズゲームや、ミュージックビデオ、TVCM撮影と同程度の予算をかけて、先進的なブランドイメージを表現するための一手段としてVRが活用し始められているのだ。

アートギャラリー展示

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The Other Way Aroundプロジェクトで作られたギター風の新しい構造を持った楽器

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もともとあった自転車部品を3Dプリントした部品で置き換えた、ある意味ハイブリッド自転車

今年のアートギャラリーのテーマは「Hybrid Craft」というもので、何かと何かを組み合わせた工芸品、手作り的なものが勢揃いしていた。特に3Dプリンターを活用した作品が多く、「The Other Way Around: From Virtual to Physical」というギター風の新しい構造を持った楽器や、「Bicycle Frame Domestic Fabrication」という、自転車の部品を3Dプリンターで作成した部品に置き換え、新しい価値を生み出そうとするプロジェクトが存在感を示していた。

パノラマ映像のメイキングセッション

「From Immersive Video to Virtual Humans, The Challenge & Opportunities of VR Experiences」というセッションではパノラマ映像を専門に手がけるIM360(Immersive Media)と、ハリウッド映画の特殊効果で知られるDigital Domainによるパノラマ映像制作の舞台裏を明らかにするセッションが行われた。

■Nike’s Neymar Jr Effect VR Ecperience

サッカースタジオ全体をCGデータとして準備し、そのCG映像に実写撮影したサッカープレイヤーの映像を合成したパノラマコンテンツ。撮影には120fps撮影が可能なALEXA XTデジタルカメラが活用された。

さらに、サッカー選手の頭にもGoProカメラを装着し、臨場感のある映像撮影に工夫を凝らしたそうだ。パノラマ映像のあちこちには隠されたメッセージやギミックが埋め込まれ、視聴者は映像だけではない楽しみ方ができる。また、スター選手のネイマールの視点でサッカー場を見ることができ、テレビ中継や現実のスタジアムでは体験できないファンにはたまらないコンテンツであろう。


■Taylor Swift’s First Immersive 360 Degree Music Video

Amex UNSTAGEDメイキング風景

IM360からは、人気のミュージシャンTaylor Swiftのミュージックビデオを360度パノラマ映像で撮影し、スマートフォンアプリで提供するという試みが紹介された。アプリ名は「Amex UNSTAGED – Taylor Swift」で、映像を手がけたのは、レディー・ガガや、AKBのミュージックビデオを手がけるジョセフ・カーン監督。

通常のミュージックビデオ映像の映像も作られているが、その世界観をさらに拡張したパノラマ映像となっている。没入感があり、単なるミュージックビデオではないインタラクティブ性のあるコンテンツが会場の賞賛を浴びていた。

SIGGRAPHを通しての雑感

例年に比べ、若干参加者数が少なかった今年のSIGGRAPHであるが、逆に遊びで参加する人は皆無で、浮き足立った感じは無く、地に足がついたビジネスが展開されている印象であった。

その背景の一つにあるのは、CG/VFXプロダクションの経営の難しさだ。大ヒットするハリウッド映画にはCG/VFXが不可欠なのにも関わらず、CGプロダクションの資金繰りや経営は大変難しく、アカデミー賞を多数受賞したCGプロダクションでさえ経営不振で潰れてしまう事例もある。そういった経営や運営が難しい産業構造になりつつあるCG/VFX業界で、業界全体が今後の方向性を模索中の状況が一昨年頃から続いているのだ。

最近では、一日に十数スクリーンの勢いで新規映画館の開設が続いている中国がこれからの大きな市場であると言われている。ただし1年間の欧米映画の上映本数に制限のある中国では、香港ロケをしたり、アジア出身の俳優を登用する映画の中に登場する商品の広告契約を結んでおくなどといった施策でいかに中国公開を進めるかが一つの課題になっているそうだ。

今年2015年の冬、11月2日から5日の4日間、神戸にて「SIGGRAPH ASIA 2015」が開催される。SIGGRAPH ASIAは、全体的なセッション数、参加者数などは米国SIGGRAPHと比べると規模こそ半分ほどだが、内容は大変充実しており日本に居るだけではなかなか知り得ない最新情報とアジアから参加される各国の作品を楽しむことができる(ただしほとんどのセッションは英語で行われる)。

来年2016年のSIGGRAPHは、2016年8月10日から14日の間、米国アナハイムでの開催が予定されている。映像作りには欠かせないCG/VFX技術の最先端と、業界事情を知るための次回SIGGRAPHにも期待したい。

txt:安藤幸央 構成:編集部


Vol.04 [SIGGRAPH 2015] Vol.01