txt:安藤幸央 構成:編集部

宇宙開発とCG映像との深い関係

毎年、示唆に富んだ基調講演が用意されているSIGGRAPH。今年の基調講演は、米国の宇宙開発を率いるNASA JPL(ジェット推進研究所)のZ.Nagin Cox氏による講演であった。SIGGRAPHの基調講演は毎年、コンピュータグラフィックス業界関連の人物ではなく、少し違った業界から招待されており、SIGGRAPH参加者が触発されるような趣旨で選定されている。昨年はMITメディアラボ所長の伊藤譲一氏、過去にはコンセプトアートで知られるデザイナーのシドミード氏、SF作家のブルーススターリング氏、ゲーム作家のウィルライト氏などが講演している。

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宇宙開発への情熱を話すNASA JPLのZ.Nagin Cox氏

火星探査など数々のミッションで、オペレーションエンジニアを担当したCox氏は、宇宙探査のあらゆる場面でコンピュータグラフィックスの技術、VR技術、ロボット技術、インタラクション技術が不可欠であり、それはまさにSIGGRAPHが得意とする分野であることを述べていた。また、彼女自身も幼少の頃から「スター・トレック」や「スター・ウォーズ」の映像、Chesley Bonestell氏の宇宙アート、「COSMOS」という宇宙を題材としたTV番組にとても影響を受けたそうだ。

宇宙探査のミッションは、常に数多くの問題をかかえスムーズに行くことはないが、チームの力によって問題を解決していけることを強くアピールしていた。実際、まだまだ人類が手軽に宇宙空間へ行くことはできないため、火星探査の際も、火星探査機からの映像を立体視でみられるようにしたとのこと。宇宙空間を視覚化し、映像として理解するためのコンピュータグラフィックス、VR技術などはますます重要になってくるとSIGGRAPH参加者に語りかけていた。

Cox氏は最後に「あなたが持つ、人を感動させられる能力を尊重し、伝えるべきストーリーがあることを忘れずにいてください。私たちが力を合わせれば、可能性を世界中の人々に示すことができます。あたたはその舞台の一員なのです!」と締めくくった。

論文発表から、最新の映像技術を紹介

SIGGRAPHの本分は学会であり、その中心となるのはやはり技術論文の発表である。生化学や医療の分野など、研究成果が一般に活用されるまでに時間のかかるものに比べ、SIGGRAPHでの研究分野は、論文発表されたものが翌年から数年のうちには、一般に使える市販ツールの新機能として使えるようになっていたり、現場のニーズに応じて研究がなされたりと、現場と研究の距離が近いことが特徴である。

■SIGGRAPH論文のダイジェスト動画
■SIGGRAPH論文集の要約(最初の1ページ)をまとめたもの
SIGGRAPH論文への研究者、動画、論文、サンプルプログラムのリンク集

それでは、今年採択された119本の論文の中から、とくに映像系の研究で興味深いものをいくつかピックアップして紹介しよう。

論文紹介

■Practical Multispectral Lighting Reproduction

実写撮影時の照明条件や色合いをCGの世界でも再現するため。超小型カラーチャートで色再現性を高める手法。ライトステージと呼ばれる、360度全方向の照明をコントロールするLEDライト装置利用時の照明効果の色再現性を高めている。


■Printed Perforated Lampshades for Continuous Projective Images
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意図した画像を壁に投影することのできる、オリジナルの照明シェードを逆算して作成する方法。


■Body Talk:Crowdshaping Realistic 3D Avatars with Words

人の特徴を言葉で示しただけで体形を導き出し、また体形からその人を示す言葉を導き出す手法。基本となる体形から、ちょっと足を長くとか、でっぷりと腹が出ている、と言葉で特徴を示すとそれに応じた体形の3Dデータが用意される。多数の人体データベースを混合させて再現している。


■Rich360:Optimized Spherical Representation from Structured Panoramic Camera Arrays

360°カメラを効率良く使う方法。パノラマ撮影の際のゆがみを除去したり、場所によって解像度が異なる部分の補正などを行う。


■StyLit: Illumination-Guided Example-Based Stylization of3D Renderings
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機械学習を活用し、ごくごく簡単な球形を描くだけで、CG全体の雰囲気を球形の描画にあわせて絵画風に加工する技術。


■Let there be Color!: Joint End-to-end Learning of Global and Local Image Priors for Automatic Image Colorization with Simultaneous Classification
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古いモノクロ写真のカラー化技術。動画でも利用可能。白黒時代の動画映像が、鮮やかなカラー動画に変換できる。膨大な動画サンプルからの機械学習によって色合いを当てはめる仕組み。従来から似たようなカラー変換はあったが、より正確な色合いで高速な仕組み。


■Reconstruction of Personalized 3D Face Rigs from Monocular Video
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顔のアニメーション用の構造を抽出する手法で、実写画像の顔の差し替えがリアルタイムで可能。発表では一般人の顔の動きを撮影したものを、大統領の顔や、俳優アーノルド・シュワルツェネッガーの顔の動きに差し替えるなど、生々しいデモが行われた。


■Perspective-aware Manipulation of Portrait Photos
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自撮り、いわゆるセルフィーの撮影時、カメラが近すぎて顔が歪んだり、傾いたりするのを自動的に修正する技術。


■Painting Style Transfer for Head Portraits Using Convolutional Neural Networks
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写真を絵画風にするアルゴリズム。サンプルとなる絵画があれば、そこから特徴を抽出、機械学習し、その元となる絵画そっくりに写真を変換する技術。ビデオ動画でも実現可能。ビル風景を撮影した動画が全て葛飾北斎風になったり、Google Mapの地図風に描かれたり驚きの変換が行われる。


■DisCo: Display-Camera Communication Using Rolling Shutter Sensors

ディスプレイ画面との新しいコミュニケーション方法。動画にURLを埋めておく、動画すかしの手法。動画再生時に人間には見えない情報を動画に分散して埋め込んでおき、それを撮影したスマートフォンの専用アプリで情報を抽出、再現するもの。動画だけでなく、絵画を照らした照明のパターンでも再現できるそう。映像がぼけていたり、傾いていたりしても有効。


■Shadow Theatre: Discovering Human Motion from a Sequence of Silhouettes
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影を使ったパフォーマンスアート向けの技術。どういう組み合わせをしたら目的の影が作れるのかを逆算してパターンを編み出すことができる。

さらに今年のSIGGRAPHは、VRビレッジ、E-Techと体験できる作品が数多く展示された。盛りだくさんの話題は、続くレポートで紹介する。

txt:安藤幸央 構成:編集部


Vol.01 [SIGGRAPH 2016] Vol.03