txt:染瀬直人 構成:編集部

VR元年と言われた所以

2016年がVR元年と言われているのには、もちろん理由がある。この年、「Oculus Rift」や「HTC Vive」、「PlayStation VR」などヘッドマウントディスプレイの製品版がこぞって登場し、「GoPro Omni」、「Nokia OZO」などのプロ向けから、ニコン「KeyMission 360」のようなエントリークラスまで、たくさんのVRカメラも発売になった。

また、YouTubeやFacebookなど動画共有のプラットフォームも、前年までに360°VRビデオのインタラクティブな視聴をサポートしている。今や、Vimeoやハコスコストア、PanoPlaza Movieなどでも360°VRビデオの投稿や配信が可能である。誰もがVR撮影を行い、世界中に共有し、VRを体験できる時代の幕開けだ。

NOKIAのハイエンドVRカメラ「NOKIA OZO」。欧米、中国に続き、2016年12月に国内で発売開始。今年4月に開催されたNAB2017では、ソフトウェアの機能も強化されOZO+として紹介された

VRと3Dはこれまで交互にブームが訪れてきたが、VRにとって世界的にここまでのエコシステムが整ったことは初めてである。2010年代になって、UnityやUnreal Engineなど、無償や安価でしかも高機能なゲームエンジンが登場してきたこともVRのコンテンツの開発に貢献したと言えるだろう。

VRはバーチャルリアリティの略語であり、一般的には「仮想現実」と訳されている。この訳には異論もあるが、それはバーチャルとは「仮の」「虚像の」という意味もある一方、「事実上の」「実質上の」という意味合いがあるからだ。具体的には、これまでSFでも度々取り上げられてきたようなコンピューターによって産みだされる空間を体験したり、360°の映像をインタラクティブに視聴することを指している。

VRの歴史

そもそもこのような人間の願望を満たす試みは映画が発明された当初から始まっていて、1900年のパリ万博ではフランスのラウール・グリモワン・サンソンが気球から円周上に配置した10台のカメラで撮影した映像を、パビリオン内の円形の巨大なスクリーンに同数の映写機で投影し、観客は気球を模したゴンドラからそれを鑑賞、パリ上空からの擬似旅行を楽しむ「シネオラマ」というプロジェクトが披露されている。

1962年にはバーチャルリアリティの父とされるアメリカ人モートン・L・ハイリグが「センソラマ」というVRの体験装置のプロトタイプを発表。これは広視野角の3D画像とステレオ音響、振動や風や匂いまでも体験できるという大掛かりな装置であった。また、世界初のヘッドマウントディスプレイを用いたVRのシステム「The Sword of Damocles」は、アメリカのコンピューター科学者のアイバン・エドワード・サザランドによって、1968年に発明されている。

1990年から2000年頃には、アーケード型の「Sega VR」や、家庭用の任天堂の「バーチャルボーイ」、「PlayStation 2」といったVRのゲームが登場した。1994年、Appleから「QuickTime VR」という360°パノラマをインタラクティブに閲覧できる技術が発表され、2007年にはGoogleが「Google Street View」機能をマップに実装した。

2014年、Googleはスマホと組み合わせて使用するレンズのついたボール紙製のVRゴーグル「Google Cardboard」を公開。誰もが手軽に安価にVRを体験できるきっかけを提供した。Googleは2016年にはAndroid用に開発されたVR酔い低減などの対策を施し、進化したモバイル用プラットフォーム「Daydream」をローンチ。次世代簡易型VRゴーグル「Daydream View」もリリースされた。DayDreamは「Daydream-ready」と認定されたソフトウェアとハードウェアのコンビネーションで使用できる。サムスンもVRへの取り組みには熱心で、スマホのGalaxyを軸に、VRカメラGear 360、VRゴーグルのGear VRと撮影から視聴まで一連のソリューションを自社製品でカバーしている。

5月8~9日に東京国際フォーラムで開催された、Unity開発者向けイベントの「Unite 2017 Tokyo」。Google の高品質モバイルVRとAR のプラットフォームDaydreamとTangoについてプレゼンするグーグル合同会社のProducer、Program ManagerのAlex Lee氏

5月26日から7月3日までの期間限定で、東京・原宿にオープンした「Galaxy Studio Tokyo」。Galaxy S8/S8 edge、Gear VRやGear360(2017)を用いた数々のVRアトラクションが大規模に展開され、連日若者たちを集め大変な盛況だった

VRの動向と課題

VRはすでに旅行、不動産、建築、自動車業界、教育、博物館、医療といった幅広いジャンルで活用されている。報道ではニューヨークタイムズの「NYT VR」を筆頭に、「NHK VR NEWS」など、各国のメディアが参入している。エンターテインメントの領域でも、国内外の360°VRビデオのコンテンツがラインナップされた配信サービス「Littlstar」を始め、NTTドコモの「dTV VR」、オンラインゲームのコロプラの関連会社「360Channel」などがコンテンツ提供を開始している。さまざまなイベントも企画され、広告業界、通信業界の参入も目立っている。また全国のネットカフェやゲームセンター、カラオケ店、ショッピングセンター、ホテルなどで、VRの体験ができる店舗常設型の「VR THEATER」が2016年より展開している。

VRを使った大型のアトラクション、アミューズメント施設としては、お台場の「VR ZONE Project i Can」、「ZERO LATENCY VR」、池袋サンシャインの「SKY CIRCUS」、渋谷「VR PARK TOKYO」などが昨年までに、相次いでオープン(期間限定を含む)、今年は5月に秋葉原に「SEGA VR AREA AKIHABARA」が、7月に新宿・歌舞伎町に「VR ZONE Shinjuku」がオープンしている。

ヘッドマウントディスプレイの現在の課題としては、装着の煩わしさや、高画質と簡便な視聴環境の両立などがあるが、そんな中、中国製の「IDEALENS K2」などのようにパソコンやPCの不要な一体型のVRゴーグルも注目されてきている。なお、2眼のVRゴーグルは、目の成長を妨げたり、斜視への影響を鑑みて、13歳(場合によっては12歳)未満の子供の使用は非推奨とされ、メーカーの注意書きやガイドラインに記されていることがある。

実写の360°VRビデオの限界として、ヘッドトラッキングで周囲を見回すことはできても、CGのように自由に映像の中を動くことはできないという指摘もされているが、Facebookの6個のカメラを配備した「x6」や24個のカメラを用いた「x24」、またLytroの「Immerge」などは、360°VR動画において6DoF(6自由度)の撮影を実現するものである。

また実写のVRの場合、画角の一部を鑑賞すること、またプラットフォーム側で再エンコードする性質上、画質の問題は重要である。従来の動画以上の解像度が望ましいが、データのサイズが大きいとそのハンドリングには何かと不都合が生じる場合がある。NTTテクノクロスの「パノラマ超エンジン」のように、視聴している部分だけ高精細に映像を読み込む技術などが期待されている。

その他の“Reality”、AR、MR、SR

AR(Augmented Reality・拡張現実)は、擬似的な現実に没入して体験するVRとは異なり、情報を付加して現実を拡張させるものである。実用的な観点から美術館の展示の解説、ショッピングなど多分野で有望な技術と目されている。シースルーのレンズに情報が表示される「Google Glass」やエプソンの「MOVERIO」の登場、そして、Niantic, Inc.社と株式会社ポケモンのスマホアプリの位置情報ゲーム「Pokémon GO」のヒットなどが記憶に新しい。GoogleのARの技術「Tango」を実装したスマホ端末も登場している。

MR(Mixed Reality・複合現実)とは、現実の空間に仮想の事象を重ねる技術を指す。マイクロソフトの「Hololens」にはWindows 10が搭載され、ホログラム化した3Dモデルの表示、インターネットやアプリの操作も可能となっていて、ジェスチャーや音声、視線で操ることができる。また巨額の投資を集めて話題となった「Magic Leap」や、キヤノンが開発する「MREAL」システムも有名である。

そして、SR(Substitutional Reality・代替現実)は、現実に過去の映像をミックスさせて、錯覚を起こさせるシステムをいう。この技術を利用して「エイリアンヘッド」というデバイスを使った藤井直敬氏(現ハコスコ代表、VRコンソーシアム代表理事)と理化学研究所脳科学センター適応知性チーム、そしてパフォーマンス集団GRINDER-MANによる「MIRAGE」のような実験的なパフォーマンス・アート作品も生まれている。

VRの未来 コミュニケーション、分身、体験の共有

昨年、アーティストのビョークが東京・青梅の日本科学未来館で「Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験」という、VR作品を中心とした展示と360°ライブ配信のパフォーマンスを行った。現在、YouTubeやFacebook、またハコスコCDSやカディンチェ株式会社のPANOPLAZA LIVEでは、360°ライブ配信をサポートし、イベントやコンサートの模様を始め、個人的な実況まで、リアルタイムで配信することが可能だ。対応するVRカメラも増えている。

RICOHの「RICOH TAMAGO 360 VR Live Streaming for Android」は、THETA(全天球型カメラ)と同社のビデオ会議サービスを組み合わせた360°リアルタイムの映像コミュニケーションを実現している。2014年にOculusを買収したFacebookのCEOザッカーバーグは、2016年のOculus Connectのカンファレンスの中で、VRが将来のコミュニケーションのプラットフォームになるであろうことを示唆した。これは2003年にリンデン・ラボが提供を開始したユーザーがWeb上でアバターとして生き、コミュニケーションをしていく仮想世界セカンド・ライフの発展形を思わせる。

VR研究の第一人者でシステム工学者の舘暲氏(東大名誉教授、慶應義塾大学特任教授)による遠隔でのロボットを使った空間共有、テレイグジスタンス(テレプレゼンス)の研究や、笠原俊一氏(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所)と、暦本純一氏(東京大学大学院情報学環 教授、Sony CSL副所長)による他者の視点(スポーツ選手の様々なシーンを体験するなど)を共有する「JackIn Head」など、VRを発展させたプロジェクトの展開もVRの未来を知る上で大変興味深いものがある。

先ごろ、米20世紀FOXのVR部門FoxNextと提携し話題になったVR制作スタジオWithinのCEOクリス・ミルクは、2015年におこなわれたTEDに登壇した際に「VRは従来のメディアとは比較にならないほど、深く人間を結びつける。そしてお互いの見方を変えることができる。だからVRは真の意味で世界を変える力を持っている」と語っている。

txt:染瀬直人 構成:編集部


[THE ROAD TO VR] Vol.02