txt:染瀬直人 構成:編集部

360°撮影を支えてきたシステムを振り返る

今年、上半期に筆者はNAB2017をはじめ、「Google Street View Summit 2017」、「Vienna 2017 IVRPA(International Virtual Reality Photography Association)」などのVRカメラに関係する数々のインベントやカンファレンスを視察してきた。2016年のVR元年を経て、今、映像制作に関わるプロフェッショナルのためのVRカメラや周辺事情はどのようになっているのかを考えていきたい。

現在、私は実写のVR動画については、「360°VR動画」という表現をしているが、VRが昨今のように脚光を浴びる以前は、「360°パノラマビデオ」や「モーションVR」という言葉を目にすることが多かった。その頃は、業務用としては、カナダのPoint Grey Research社(現FLIR社)のLadybugというという6台のレンズを搭載した多眼カメラおよびそのシステムが使われることが多く、マップ、不動産、研究、CMの撮影などに用いられていた。価格は2万ドルほどで、ハイエンドな業務用のものであった。

FLIRの360°全方位カメラ「Ladybug」

もう少し廉価なシステムとしては、GoPanoやPanoProに代表される半球面型のミラーを使用し、全周囲が映し出された鏡像をDSLRなどのカメラで撮影し、得られた映像を展開して、360°全天球としてみせるというフローもあった。これはステッチが不要というメリットがある一方、鏡を通して撮影する仕組み上、画質に難点があるケースが見られた。

その後、複数台のGoProを配置して使用するリグのシステム「Freedom360」や、「360Heros」(現360RiIZE社)が登場し、プロはこの辺りの製品を入手するか、リグを自作して撮影をする形が多かった。私は2014年頃はソニーの「α7S」4台とサムヤンの魚眼レンズを用いたリグを自作して、撮影に導入していた。ソフトウェアも仏のパノラマソフトウェアのメーカーKolor社の「Autopano Video」や、同じく仏の現ORAH社の「Video Stitch」などが登場し、360°動画のステッチ処理のフローがひとまずの完成をみた。

複数台のGoPro(HERO4/HERO3+/HERO3)で360°全方位撮影が可能な「360Heros PRO6」

ソニーの「α7S」を4台使ったオリジナルのリグセットを自作

当時、実際にVRカメラを使用していく中で、いくつかの課題と直面することとなった。まず同期(シンクロ)の問題。複数のカメラを使用する原理上、それらを完全に連動させ撮影するか、後でソフトウェア上で同期させる必要がある。それが達成できない場合、ステッチにズレが生じてしまうことになる。次に視差の問題がある。これも複数のカメラを配する性質上、各々のカメラ間で視差が発生するので、それがステッチする場合の難しさに繋がる。その他、ローリングシャッター現象、複数のカメラへの給電、熱対策、メディアの管理など、いくつかのハードルが存在する。それは今も根底にある要素だ。

今もっともホットな360°VRカメラはこれだ!

プロ向けのVRカメラを語る上で、昨年~今年は大きな展開がいくつも見られた。昨年10月、GoProから「OMNI」というVRカメラが発売された。これは「GoPro Hero4」を6台使用してリグで保持するという仕組みこそFreedom360などと同じだが、そのリグによりそれぞれのカメラが完全にピクセル単位で同期されているので、後でソフトウェアでシンクロさせる必要がない。

またプライマリーカメラから、その他のカメラをコントロールしたり、Autopano Videoへの読み込みが容易になったり、外付けのVマウントバッテリーからすべてのカメラに給電できたりと、使い勝手が格段に良くなったのだ。プロがVRコンテンツの撮影に使用する場合の、VRカメラの一つのスタンダートと言えるだろう。

VRカメラの最近のトレンドとして、「空間音声」、「3D」、「ライブ配信」などの機能の実装、そして一体型化という動きがある。今年、ラスベガスで行われたCESやNAB Showでも、中国・深圳のベンチャー企業を中心にこれまでの課題に向き合い、新機能を実装したVRカメラがいくつも出展されていた。

Arashi Visionの「Insta360 Pro」は6個のレンズとセンサーを一体化して搭載、最大8K30fpsの動画撮影、6Kの3D360°撮影と、4Kのリアルタイムステッチを可能としている。またライブストリーミングに対応し、強力なスタビライザー機能を有している。同じく深圳のImagineVision technologyの「Z CAM S1」は、小型の筐体に4つのカメラを内蔵、それらは完全に同期され、6K30fpsと4K60fpsの360°動画が撮影ができる。

球型の本体に6つの魚眼レンズと4つのマイクを搭載したArashi Visionの「Insta360 Pro」

6K30fps~4K60fpsの全天球360度動画の撮影可能な「Z CAM S1」(右)と「Z CAM S1Pro」(左)

4Kのライブストリーミング機能もあり、Facebookなどプラットフォームへの配信も非常にシンプルに実現できる。これらのカメラによるもう一つの大きな特徴は、オプティカルフローという新しいステッチ技術を採用していることである。オプティカルフローはこれまでGoogleのJumpやJAUNTなど限られたクラウドでのステッチ処理システムとしては存在していたが、ローカルの環境で作業することができるようになったのは最近のことだ。

オプティカルフローの任意視点補間技術により、前景と背景の視差によるステッチエラーも改善できる場合がある。またこれらのVRカメラではメディアにSDカードを採用(Insta360 Proは1枚、Z CAM S1は4枚)していることも特徴である。アクションカメラを用いた場合、microSDカードを使用する場合がほとんどだが、プロが使用する場合は管理に難点があることがある。またタブレットやスマホのアプリからで、撮影中にモニタリングできるメリットも大きい。

深圳を中心としたVRカメラの革命はこの2社にとどまらず、64個のマイクを配置して空間音声を実現する「SONICAM」のSONIROCK社や、120fpsのハイフレームレートを実現したObsidan Sと、8K 30fpsのObsidan Rという2タイプの3DVRカメラを手がけたKan Dao社など、いくつものベンチャーが現れている。リリース後も積極的に修正や新機能の実装のアップデートが行われている模様だ。また昨年、日本や中国でも発売が開始されたNOKIAの「OZO」も、ソフトウェアのアップデートにより、「OZO+」としてバージョンアップ。画質が向上し、空間音声にも対応した。こちらも中国勢の動きを牽制するかの如く、健闘している。その他、より大きなサイズのVRコンテンツを撮影したい、大型センサーを有したカメラで撮影したいといった場合は、ARRIやソニーUMC-S3CAなどを保持できる米Radiant Imagesの「SENSE9」のようなリグも用意されている。

SONIROCK社の空間音声や360°の4Kライブストリーミングを実現する「SONICAM」

Canon EOS C300 Mark II、ARRI ALEXA Mini、Phantom Miro、RED WEAPONなどの大型カメラ用に設計されたモジュラー360カメラリグ「SENSE 9」

360°VR動画の世界は撮影・視聴環境ともに発展中であるが、今年の後半から来年以降も、ますますの進化が予想され、当面その動きから目が離せそうにない。

染瀬直人

写真家、映像作家、360°VRコンテンツ・クリエイター。日本大学芸術学部写真学科卒。2014年、ソニーイメージングギャラリー(銀座)で、作品展「TOKYO VIRTUAL REALITY」を開催。360°作品や、シネマグラフ、タイムラプス、ギガピクセルイメージ作品を発表。勉強会「VR未来塾」を主宰し、360°VR動画のセミナー、ワークショップなどを開催。Kolor GoPro社認定エキスパート・Autopano Video Pro公認トレーナー。YouTube Space Tokyo 360°VR動画インストラクター。

txt:染瀬直人 構成:編集部


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