この世界不況下においても、アジアの映像世界の進歩は凄まじい。それはめまぐるしい勢いで変化を遂げつつあり、次々に新しい作品や新しいコンテンツビジネス手法が誕生している。こうして記事を連載している間にもどんどん状況が変化しているのが面白いところである。そんなアジアの映像業界の中でも、中国の発展はやはり飛び抜けたものがある。まず沿岸部を先進国化し、そして沿岸部から内側と発展を進める流れは、世界不況の中でも全く衰えを見せない。そこで、今回も前回に続き、中国の制作事情について書いてみたい。

国策として制作に力を注ぐ中国

共産主義国という印象からすれば意外かも知れないが、中国では、国策としてアニメ・映画などの映像作品制作に力を注いでいる。中央政府の産業援助だけでなく、アニメや映画を市や省の基幹産業の一つと位置づけて大規模な誘致や支援を行っている地域が非常に多いのである。実はこれにはちょっとした事情がある。中国においては、映像作品と改革開放とは切っても切れない縁にあるのだ。読者諸賢は、1976年の高倉健主演、佐藤純彌監督の日本映画「君よ憤怒の河を渉れ」をご存じだろうか?

西村寿行の同名小説を元にしたこの活劇映画は、当時の中国で大ヒットし、10億人が見た映画、全人民が見た作品とまで言われた。この映画自体の内容はともかく、「君よ憤怒の河を渉れ」の作中に描かれる日本の風景は当時の中国に強い衝撃を与えたといわれている。それまで、中国においては日本は敗戦国であり後進国だと思われていたのだ。しかし、この映画によってまるで未来社会のように発展した日本の様子が中国に広く伝わり「この映画を見た翌日から人民は変わった」と言われるほど、中国が日本に抜き去られた現状と、先進国社会への憧れが強烈に刷り込まれたのである。

実は、この映画こそが中国が改革開放路線を決意した切っ掛けとなったとまでいわれており、このため、今でも中国の成長といえばまずこの「君よ憤怒の河を渉れ」の話題が必ず出てくる。このため、中国において改革開放路線でいかなる産業を発展させるかと考えた場合、映像コンテンツ産業、特に日本を強く意識したアニメ・映画産業を発展させるべきというのはごく自然なことなのである。

さて、世界最大の国家人口を抱える中国では、必然的に日本よりも地方分権が進んでいるため、中央政府による補助金や産業支援もさることながら、省政府権限での支援・補助金がかなり活発に行われている。

驚くべき事に、こうした地方政府による支援や補助金の多くは、日系企業などの外資でも使うことが出来る。さすが大中国の懐の深さと言うところであろうが、この思い切った政策のおかげで、世界各国から多くのコンテンツ企業が中国沿岸部へと集中する契機となっている。これによって中国国内の映像制作産業も大幅に発展し、杭州市や天津市などでは、コンテンツビジネスが基幹産業になりつつある。

補助金によるコンテンツビジネス発展といえば、お隣の国韓国の場合には、補助金で成長したネットゲーム業界が、粗製濫造状態となって結果として衰退を始めてしまっているといわれる現状もあり、従ってただじゃぶじゃぶと補助金を出せばよいと言うものでもない。

しかし、ほとんど政府からの補助を行わずに名前だけアニメ大国・ゲーム大国を名乗る我が国日本が、コンテンツ市場の伸び率で中国韓国を大幅に下回ってから既に久しい。日本では、補助といってはハコモノばかり作る傾向があり、アニメやコンテンツ産業支援でもビルばかりが造られている現状があるように思えるが、これが充分な効果を上げていないのではないかと思われる。近い将来における世界的地位の逆転を恐れるのであれば、作品自体に対しての補助金など、コンテンツへの直接の政府援助の必要性も強く考慮すべきではないだろうか?

沿岸部に進出する日本企業

こうした中国コンテンツ産業の状況の中、前述の通り日本企業も中国への進出を果している。

私は、その中でも、天津市にある新進気鋭の制作会社「索浪数字」を訪問したことがある。索浪数字は、正式名称を「天津索浪数字軟件技術有限公司」といい、日本の一部上場企業であるシステム・ソフトウェア開発企業「ソラン」の直接子会社である。典型的な沿岸部進出の日系映像制作企業の一つであると言える。

 索浪数字は中国天津に根を下ろすため、CGソフトウェアの使用方法を教える学校立ち上げからビジネスを始め、そこで育った人員をスタッフとして制作システムを立ち上げた。文字通り、人からなにから全てをゼロから作り上げるという、思い切った手法で業績を伸ばしているのである。  索浪数字の木下氏によれば、2年前に10人でスタートした天津索浪も現在では30名を超える制作スタッフ数となっており、主に日本のゲーム・パチンコ制作会社からの依頼を中心に業務を回しているという。スタッフは日本のゲーム会社で10年以上働いていた中国人ディレクター数名を中心に回しており、日本の業務手法にも完全に合わせることができるという。

 ライセンスや情報保全の問題が完全にクリアなのも、日系企業を使う大きなメリットと言える。中国では、まだまだ現場レベルでのライセンス管理や情報保全が怪しいところがあるが、索浪数字では、日本の基幹業務用システムソフトウェア開発で培った管理技術がそのまま導入されており、日本国内企業同様に完全に信頼できる環境下での制作が可能となっている。

また、天津市科学技術委員会の公的支援も受けており、中国ビジネスでは気になる中国政府や国内各社との関係も良好とのことだ。

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天津索浪での制作状況。日本では考えられないくらいに明るく広い室内で、若いクリエイターたちが制作に励んでいる。コンピュータもソフトも最新のもので、日本と全く遜色はない(写真:左) 左・天津索浪スーパーバイザーの小野田廉太郎氏、右・天津索浪日本営業担当の木下沙弥香氏(写真:右)

天津索浪 日本窓口:ソラン株式会社 グローバル事業推進本部 木下沙弥香 

天津索浪 日本窓口:ソラン株式会社 グローバル事業推進本部 木下沙弥香 


〒108ー8368 東京都港区三田3-11-24TEL:03-5427-5501 E-mail:kinoshita.sayaka@sorun.co.jp

天津数字はその技術力も、中国の制作企業にしてはかなり高い。索浪数字の親会社であるソランは、先般、日本企業初の独自の人工衛星”かがやき”を打ち上げたことでも著名な会社だが、実は、この”かがやき”の日本国内向けプロモーションアニメを作ったのが、この索浪数字なのである。

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人工衛星”かがやき”を元にしたアニメーション作品。プロデュース以外、デザインから全てを中国国内で制作した、画期的な作品だ。

 この”かがやき”のプロモーションアニメの制作においては、映像のプロデュースと製品チェックだけを日本国内で行い、後は絵コンテから制作まで全てを中国で行っている。今まで中国制作のCGアニメでは、モーションのみ、あるいは単独エフェクトのみの個別受注が主なところであったが、中国でもついにこうしたトータルな作品作りまで可能になったのかと、感慨深いものがある。  また、索浪数字のスーパーバイザーでもある小野田氏によれば、今後は中国でのオリジナル作品作りにも着手し、いずれは日本資本による中国発のコンテンツ発信にも挑みたい、とのことであった。

ディレクター、プロデューサーの不足が最大の問題

天津索浪は、決して幸運な例外というわけではない。中国に進出した日本企業各社は、そのほとんどが多大な成果を上げつつある。中国の映像ビジネスは発展途上だけあり、相当の苦労もあるが、成功の可能性もあるジャンルであると言えるのだ。ただ、問題が無いわけでもない。まず、中国ではどうしても受注中心となり、オリジナルの作品を作りにくい事が挙げられる。

 これは、ディレクターやプロデューサーが不足していることによるもので、現場の技術力は上げられても、肝心の作品作りそのもののノウハウを持っている人間がほとんど育っていないのである。これは、特にゲームの場合、そもそも現代の中国の若者たちが、子供の頃にゲームで遊んだ経験がないために、どうしても先行作品の物まねになってしまう傾向が強い。無数のネットゲームが作られて大ブームとなっているが、そのどれもがいわゆる韓国型量産ネットゲームの亜種であり、正直独自性には乏しいのである。

 アニメではゲームよりも少しはマシな状況ではあるが、それでもオリジナリティの不足は否めない。先進国のキャラクターを模倣したと思われる着ぐるみが大勢歩く中国の遊園地のニュースは記憶に新しいところだが、ああした明らかにオリジナリティに欠ける状況は、通常の作品内でも頻繁に発生している。

 また、日本企業の進出と言うことを考えた場合、こうした進出は日本国内での上場企業であるメーカーや他業種企業などが主であり、日本国内での制作のメインである制作会社自身の中国進出は余り進んでいないのが実情だ。これは、原語の壁もさることながら、中国でのビジネスにおいては政府との交渉が不可欠であり、そのため、資本力や政治力に乏しい中小零細企業では参入しにくいという点が最大の問題点となっているようだ。いずれにしても、中国でのアニメなどのコンテンツ制作は、まだまだ発展途上の段階であり、こうした問題はいずれ解決されてゆくと思われる。

 中国は、当面の間、アジアで最も熱いコンテンツ市場であり、また最も熱い制作現場でもあり続けることだろう。

WRITER PROFILE

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。