評判の良くないFCP X

これほど評判が良くなかったApple製品は久しぶりではないだろうかというほど、このFinal Cut Pro Xの機能が既存ユーザーにとっては気に入られていないようです。iMovieのインターフェースを受け継いだGUI、マルチクリップ編集ができない、EDLをサポートしていない、このあたりが評判を悪くしているベスト3でしょうか。確かに機能のリストをFCP7とFCP Xで比較したとすれば、FCP Xの方が少なくなっているのは歴然です。

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私がFCP7に感じていた物足りなさの最大の理由は、バージョン1.0から長く続き過ぎた変化のなさでした。現時点でもまだ、旧来のソフトウエアのしきたりであるCarbonを採用している点や、64bit化していないアーキテクチャなど、レガシーな部分を引きずり過ぎていると不満を感じていました。しかし、日々ルーチンワークの業務で使っているユーザーには、そんな改革よりも安定を望む声が大きかった。その声が大きかっただけに、いかにFCP7が現在の映像制作に大きな役割で食い込んでいたかを証明したことになります。

今や映像業界でApple製品を使うことは、ニッチからメジャーになっていると感じます。これは特にフリーランスのディレクターでは高い比率で浸透しているでしょう。他の職種では若干比率は下がると思いますが、今後Apple製品を使ってみたいという予備軍は少なくないでしょう。FCP7のユーザーをクリエイティビティ(創造性)とプロダクティビティ(生産性)の面から見ると、後者の目的で使っているユーザーから、今回の低い評価が多く出ているように私には見受けられました。FCP Xに移行しようとして、毎日使っている機能がそこにはないのであれば、クレームが出て当然。みんなが新しいFCPを使いたいと思っていただけに、そこでの落胆は大きかったと想像できます。これまでのFCP7には、少なからず物足りないと感じていたからこそ、余計にその反動は大きかったのではないかと思います。

FCP X肯定派の私から見ても、FCP7に比べて足りない部分は明らかです。しかし、秘められたコンセプトには、期待を膨らませてしまう新しい未来を感じるのです。もしも機能面で足りないと感じるのであれば、すぐにはFCP Xにスイッチするのは見送り、当面様子見をすることも選択できます。OS X Lionでも、FCP7は動くことがAppleからアナウンスされています。ただし、同じシステムディスク内にFCP7とFCP Xの共存はお勧めできないともアナウンスされていますので、パーティションを分けて併用するか、FCP7だけにするかの選択になります。

決して悪くない編集機能

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マグネティックタイムラインと、AppleはこのFCP Xの新機能をマーケティング的に表現しました。しかし、オーナーとなったユーザー視点から見れば、クリップを押しのけるように磁石が反発し合うようなギミックよりも、一新されたタイムライン全体に私は興奮を感じました。新しい定義のPrimary Storyline(基本シナリオ)、Storyline(シナリオ)、Connected Clip(関連づけされたクリップ)の3タイプのトラックが、これまでのV1、A1のVTRから受け継がれて来た、リニア編集から延長した概念をリセットしました。Primary Storylineではなんと、映像と音声を同じStoryline内に混在することまでできてしまいます。今や映像と音声はタイムライン内では独立したトラックではなく、分類上のクラスでしかありません。

FCP7では独立したトリムウインドウがありましたが、FCP Xではすべてタイムライン上でトリムをはじめとするエディティングを行います。トリム機能の補足として、From/To側のフレームを二分割する機能はPreferenceメニューから有効にはできます。しかし、基本はすべての編集行為はタイムラインで済ませてしまおう、というのがFCP Xのコンセプトです。

タイムラインに配置されたクリップのIN側かOUT側の不要な部分を削除するには、みなさんこれまでどうされていましたか?私の場合は、不要な部分の境界にControl+Vで編集点を追加して、その不要になった新しいクリップをShift+Deleteで削除していました。FCP Xでは不要な部分に再生ヘッドかスキマーを持って行き、Option+[を実行するだけです。これは特別なことではなく、他のいくつかの編集機能でも同様に、これまで複数アクションが必要だった編集を、少ないキーボードショートカットやトラックパッドアクションから実行できるようになっています。これとタイムラインセントリックな編集コンセプトにより、私はFCP7に比べて編集機能の面ではFCP Xのエレガントさを強く感じています。純粋に編集に集中したいエディターにとっては、FCP Xの方が気持ちよく編集できると考える理由がそこにあります。

オーバーライトに関してもFCP Xでは、考え方を改めた方が賢くタイムラインを利用できると思います。V1/A1的なトラックの概念では、VTR編集のようなインサート編集を使っていたと思います。これがノンリニア編集ではオーバーライトモードに相当します。ビデオテープのように上書きはしていますが、実際にはなくなってしまった元の映像もハードディスクの中には残っています。FCP Xではこのオーバーライトが一歩進んだ考え方になり、Connected Clipになりました。メインの編集はPrimary Storylineという「車線」に並べて行きます。それに対して、これまでのようなインサートカットを加えたい場合には、車線を変えてConnected Clipという隣の車線に配置するのです。レイヤー的に見ると上側にあるConnected Clipの方が優先度が高いので、こちらがPrimary Storylineを隠すことになります。

変則的なConnected ClipとしてPrimary Storyline下側にも配置できるので、この場合には配置しただけで表示されることはありません。使い道はいろいろ想定できますが、この新しいタイムラインにはこのようなこれまでにない性格を持っているのです。Connected Clipにより、これまでのような何が何でもオーバーライトのような編集ではなく、いつでもPrimary Storylineから分離可能なクリップとして「浮かせておく」ことで、編集のダイナミック性を維持して行くのがFCP X的な活用したい編集テクニックです。

これまでにも生まれ変わるタイミングはあった

これまでにも新しいFCPをリリースする時期は何度かあったと思います。少なくとも2度はあったと思います。それはver5の時とver7でした。ver5の頃はMac OS Xの認知度も高まり、Cocoaへの移行が予想できた時期です。サードパーティではなくAppleが自らリリースするソフトウエアですから、他社に遅れを取ることは無いはずだろう。そう感じていたのと、アプリケーションが迎えるver5という成熟した時期という背景もあったと記憶しています。

ver7の段階では、もはや背水の陣の感で、この時期に生まれ変わらないのであれば、この先のFCPに未来は無いとすら考えていました。ではどうしてこれら二度の好機を見送って、今年の6月までずれ込んだのでしょうか。AppleはFCPに対して「いつまでもプロ専用のツールでいいのか?」と考えていたのではないか。FCP Xをしばらく使ってみて私はそう感じました。

iPhoneやiPod Touch、iPadには、高品位な映像が記録できるカメラが搭載されています。すでに高品質な映像が簡単に誰にでも撮影できる時代になっています。しかし、iMovieという一般消費者には溶け込みやすそうなアプリケーションがあるにもかかわらず、なかなか映像を撮影後に加工するというステップには進みにくい現状があります。これはMacの中だけではなく、他の環境でも同様です。PowerPointを使ってスライドでプレゼンテーションしたり、Wordを使って書類を整形したりするのは一般にも定着しています。しかし、映像をこれらと同じような感覚で気軽に料理するのは、まだ敷居が高いのです。

撮ることは一般的になりつつある映像を、もっと身近な存在に解放できないか?そんなAppleの期待と戦略があり、FCP Xはそれに弾みをつけるための仕掛けなのではないかと思うわけです。そのため、エディティングツールとしての立ち位置を、これまでのプロフェッショナル向けではなく、映像を制作するすべてのユーザーに広めたのです。映像という表現手法は、活字や写真よりも強烈にインパクトを伝えることができる場合があります。そんな強烈なポテンシャルを秘めたツールを積極的に活用することを、Appleはユーザーに示したいのではないかと思います。

FCP Xは映像を解放する

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これまではこの図のように、映像を作るプロは映像に触れることのできるひとたちの一部のグループでした。しかし、映像制作予備軍はこんなにたくさんいるはずで、そんなひとたちにももっと身近に映像を作ることに触れてほしい、そう願ってFCP Xを一般的なユーザーにも使いやすいような仕組みに変更したのではないかと思うのです。今や映像を加工することは特別なものではないのです。

過去にAppleは、FCPはプロフェッショナルが選択する業務用としてのツール、とマーケティング展開した時期がありました。プロだからこそ安定したMac OS Xを使い、その中で動く先進的な編集ツールがFCPであると。FCP Xの登場でそのターゲットがプロだけではなく、映像を使うことができるすべてのユーザーに広げたい意思を感じます。

映像は効果的にメッセージ伝達できるツールにも関わらず、扱いにくいという先入観が高い映像と言うコミュニケーション手法をもっと一般に開放しよう。その中でAppleは人々の創造性を高めるためのツールを提供できる強烈な自信があるのです。その新しいマーケットでAppleは成長できるし、結果的にApple製品を購入した顧客たちに高い満足度を提供できる自信があると考えているのではないでしょうか。

WRITER PROFILE

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。