ワークフロー構築のむずかしさ

yamaq20110801.jpg

twitter上で最近のワークフローについてディスカッションしている中で、一度みんなで顔を合わせて生身の話をしてみようということになりました。突然の思いつきにも関わらず、20人近くの映像系関係者が渋谷に集まり、あっという間の2時間半を過ごしました。今回は初めてなのでまだどんな方が集まるのかも未知数で、まずは各自が持っている課題を共通のテーブルに載せることから始めたい、という気持ちがありました。そのため、急いで結論を出すことはせずに、参加者それぞれの事情も同時に持ち寄って、さまざまな事情を出し合いました。

出席された方は、ディレクター、制作と技術、ディーラー、システムエンジニア、ポストプロ、など現在のデジタルワークフローの最前線で課題に向き合っている方たちでした。たとえば、アーカイブメディアの候補の話題になっても、HDD、LTO、Blu-ray、クラウドなど、活動の場によって考え方に違いが見えてきたことが興味深かったです。単純にLTOで、みたいな結論にならなかったことこそ意味があり、ファイルベースのワークフローの難しさが浮き彫りになった一面でした。

ファイルベースワークフローは、誤解を恐れずにひとことで片づけてしまえば、ビデオテープを使わない「制約のない」ワークフローと表現できます。言ってみれば勝手気ままに構築することも可能なわけです。それ故に受け取れる側によっては、拡大解釈が生まれることもあります。同じ専門用語を使っても、受け止める側の知識レベルの違いにより、現場で異なる行動になることもあり得ます。

歴史のある定着していたテープベースのワークフローを採用しない方法に進むということは、言い換えればこのようなスタンダードを設定しにくい制作スタイルへの移行を意味します。そんなつかみ所が探しにくくなる要因は、人間がそれぞれの中心で活動し始めるからです。これまでは、システムが中心で、それに対して人間が機械に合わせてきたことが大半でした。

FCP Xが与えた別の意味

yamaq20110802.jpg

当コラムでも何度も取り上げたように、FCP XはこれまでのFCP 7から一気にコンセプトをジャンプさせて、まったく別の次元に進もうとしています。機能面での違いについては、ネット上や雑誌の誌面でも多くの議論が繰り広げられて、総合するとAppleに対する抗議が大半を占めているように感じます。FCP Xをどのように使っていくかは、各ユーザーによってその数だけ方法論が異なります。新しいツールをどう活かしていけるのかは、まさにユーザーの技量によります。

今回はFCP Xの機能面ではなく、その配布形態やアプリケーションとしての存在について見てみましょう。AppleがMac版のApp Storeを立ち上げたときに、当コラムではこの先アプリケーションはもっとコンパクトになるべきではないかと提案しました。重厚長大なソフトウエアはユーザーに負担になるだけで、柔軟なクリエイティブには不向きではないかと考えたからです。映像に限らず、創る行為の中心にはひとがいます。ひとが何を考えてなにを生み出すかがスタートにあり、その次に目標に向かってどんな方法を選択するかになります。決してこの順番は入れ替わることはあり得ません。

映像制作では、これまで高価なシステムがなければ映像を作ることが不可能でした。コンピュータが進化して安価になって、ソフトウエアが発達したことで、映像制作のすべてがソフトウエアベースに移行しました。それを支えているのはハードウエアではありますが、すでにシステム化することは必須ではなくなっています。この流れが具体的に変化したことが、テープベースからファイルベースへの移行という形になって、私たちの制作スタイルに影響を与えています。特に撮影するカメラがビデオテープを必須としなくなったことがこれに拍車をかけて、テープレスのワークフローへと一気にシフトしようとしています。

FCP Xがパッケージではなく、ダウンロードできるコンパクトなソフトウエアになったことは、制作ツールが今後小さな道具へ変わっていくことの変化なのだと感じました。先日あるUstreamに参加したときに高野光太郎さんがおっしゃっていたことで、とても印象的な言葉がありました。AfterEffectsやFinal Cut Proなどアプリケーションは自分にとってはすべてプラグインのようなもので、制作内容によって使い分けるだけ、そうおっしゃっていました。

常に何をどのように創るかは自分次第なのだ。私は高野さんのその言葉の先にあるものをこのように受け止めました。自分自身が最も重要なアプリケーションであって、自分が使うソフトウエアはすべてその自分アプリが利用するプラグインのような位置づけなのです。私の場合ならいわば、Yamaq.appなのです。Yamaq.appは場合によって、FCP XやMotionでコンテンツを創ることもありますし、時にはKeynoteやPagesでプレゼンテーションのスライドを作ることもあります。

このようなクリエイティブシーンをイメージするときに足かせになるのは、柔軟性のない仕組みです。その場所に行かなければ使えないシステム、高額過ぎるソフトウエア、これらは柔軟なクリエイティブを妨害することになるでしょう。またこんなことを書くと各所からお叱りを受けるのですが、コンパクトなツールだけですべてが制作できるわけでないのはどなたでもご存知なことです。創ることの初期の段階、企画からプランニングくらいまではいろんな試行錯誤や検証が必要です。その最も産みの苦しみを感じるところでは、このようなコンパクトなツールが必要なのだと思うわけです。

実際に制作が軌道に乗れば、規模によっては生産性の高い強力なツールが欠かせなくなることもあります。そんな場合はためらわずポストプロなどのパワフルなシステムを使えばいいのです。言いたいのは、どんなケースでも重厚なシステムでなければダメ、みたいな思考停止はやめましょうという提案です。

無形のサービスからの価値

Appleとは、ユーザーのクリエイティブを開放することを目指している企業です。Macを入手したひとには、それを使うことでそれまでにはなかった経験を与えてくれるでしょう。目を引くテンプレートを使うことで、見る人を引きつけるプレゼンテーションをアピールできるかもしれません。自分で撮影した映像は、思い入れと共にその瞬間の感動と共に風化させずに、貴重な想い出としてデジタル化できるかもしれません。これらを支えているのは、Appleが提供するハードウエアとソフトウエアが連携した製品です。

Apple製品を手にした人たちは、きっとこれを使うことでこれまでにできなかったなにかが可能になるのではないか?そんな良い意味での錯覚を感じることが多いのではないかと思います。その錯覚が、新しいクリエイティブに結びついていくのだと私は思います。

日本はモノづくりの国だと言われてきましたが、その実直で勤勉だと評価される国民性も背中を押して、高い品質の工業製品を生み出してきました。今後はこの流れに加えて形にできない製品、言い換えれば良質なサービスを多く生み出していくことが課題だと思います。ちょうど私たちのいる映像業界はそんな産業ではないですか。映像コンテンツは花火のようで、一瞬のイメージがそのあと長く観る側の記憶に残るものです。

システムインテグレーターからサービスプロバイダーへ

Final Cut Proがバージョン2から3の頃、私は業務用ノンリニア編集システムの構築に多く関わっていました。当時はまだFCPを業務用途で使うことはポピュラーではなく、高価な1,000万円を超えるシステムが幅をきかせていたころです。Mac OS Xなど業務用途で使えるのか?と真顔で言われていた頃です。私はそんな逆風の中で細々とではありますが、でも着実に手応えを感じていました。そして、今やMacベースの編集システムはしっかりと地に足ついたシステムとして定着しています。

そんなMacでノンリニア編集システムを構築していた同業者さんから漏れる声として、FCP Xが出て以来Macの編集システムでは商売になりにくくなる、という意見があります。確かにFinal Cut Proを使ったシステムの出荷数はこれまでに比べて右肩上がりになることはないでしょう。しかし、FCPを使っていきたいと考えている層は決して少なくないですし、微増していくはずだと私は考えています。なぜならば、映像を使ってメッセージを伝えたいと考えている人たちが、業務用以外のところからも現れるからです。

映像のプロの人口は、映像を必要とする人口の中のほんの一握りです。映像を使いたがっている人たちは、プロが知らないところにたくさんいるのです。そう考えれば、これまでの高い技術知識を持っていれば、映像を欲している人たちに向けたビジネスが生まれるのではないでしょうか。ですから、システムインテグレーターだった人たちは、そのノウハウを持って新しいサービスの提供ができるはずです。

そんな途方もないことをイメージさせるきっかけがFCP Xにはありました。単なるひとつの映像編集のアプリケーションなのですが、ユーザーにそんな刺激を与えるAppleは、やはりこれまでにはなかった集団なのです。

WRITER PROFILE

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。