今年はAppleにとって大きな節目の年

今年の前半からすでに最大の決定権を持っていると考えられるSteve Jobsは現場から姿を消し、そして10月には実質的にも現場から姿を消しました。彼が作ったものはたくさんありますが、最大の成果物であり今後も成長し続けてほしい作品が、Appleそのものです。彼の報酬は年間1ドルだったのは有名な話ですが、一般的な企業の結果を出した経営責任者に比べて、非常に小さな額の対価しか受け取らなかった姿は、まさに作品作りだったいえると私は考えます。私は作品とは自分の身を削って生み出すものだと思っていて、仕事の対価で生まれたものは思い入れは大きかったにせよ、私には作品という言葉で表現するには違和感があります。

7月に登場したLionはそのネーミングからMacの3文字が姿を消し、OS X Lionとなりました。これまでのMac専用のOSから一歩進んで、操作性をはじめその目に見えない部分でも、iOSとの共通部分を拡大していくことが予想できます。これにより、この先のApple製品にはこれと同様の設計思想が盛り込まれると考えるのが妥当だと思います。すべてがiPhoneやiPadなどのモバイルデバイスに収束する。そんな筋道を予感させる年になったと思います。

この他にも、既存ユーザーを大きく揺さぶる製品がリリースされました。FCP Xの登場です。NAB2011にプレビューリリースされて以来、これはFCPではないとの否定的な意見が集中して、その後の他社製品への乗り換えを検討するユーザーの数を増やしました。AppleがFCP Xで目指したのは、映像編集の再構築でした。業務用ではAvidからはじまったノンリニア編集というコンピュータベースのやり方は、ここに来て限界が見えてきて新しく設計思想をゼロから見直すべきだというのがAppleの考え方でしょう。また、編集作業が何人ものスタッフがリレーのバトンを渡すように引き継いでいくワークフローに対して、そうではなくもっとパーソナルなやり方をするべきだと言うのがAppleの主張だと私は受け止めています。まるで昔の巨大なメインフレームのコンピュータから、Appleが目指したパーソナルコンピュータへの移行のように。

ProResコーデックの今後

Final Cut Pro6の登場とともに現れた斬新な映像コーデックProResですが、ProResというコンパクトで高品位を維持できるコーデックを使うためにわざわざApple製品を購入する、そんなユーザー心理も生まれました。まさにAppleの術中にはまったわけですが、このProResの登場によりAppleは自社の製品を自らディスコンへと導きました。非圧縮映像を編集するときには必須だった大容量ストレージXserveRAIDです。この製品はそれまでのストレージ業界の一般的な価格を破壊したという意味では大きな成果を上げましたが、そもそもそんなに大きなストレージが必要かどうかという波には納得できる解答を提示できませんでした。

FCP7ではそれまで課題だったRGB系のProRes4444コーデックもラインナップに加わり、編集でApple環境を使うユーザーたちのニーズに大きく応えました。ProResが登場して3年ほど経過した頃から、非圧縮はかえって制作者の負担を大きくするという考え方が主流になってきたと感じます。それまでの非圧縮神話が崩れていくのが肌で感じられました。

ProResは広くMacを使う制作者の中では外せないコーデックになりましたが、それはMacの世界だけでの話です。Windowsでは今でも読み込めるだけで書き出すことができません。来年にリリースが予定されているDaVinci ResolveのWindows版でもこの点が課題になるでしょう。そろそろProResもAppleのシェア拡大のための戦略的な武器だった時代から、映像業界に根付いたスタンダードなコーデックになるべき時代に来たと感じます。ライバル視されやすいAvid社のDNxHDコーデックはMXFラッパーにすることで、MacでもWindowsでもどちらの環境でも同じようにメディアを取り扱うことが可能です。この点に再度エディターの注目を集めて、FCP Xの登場を追い風にしてDNxHD旋風が遅ればせながら吹いてきた気配です。

AppleがProResをこの先も育てていくのであれば、来年のNABまでにはMacでもWindowsでも制限なく同じ使用感で使えるようにするべきだと私は考えます。すでに映像業界ではメジャーになったコーデックのその先にあるべき姿は、業界でのスタンダード化ではないでしょうか。

パーソナルな時代

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Apple以降のコンピュータにより、メインフレームやワークステーションからパーソナルコンピュータへと、そのコンピュータを占有する人数がほぼ一人に限定できる時代になりました。コンピュータとはまさにパーソナルコンピュータになり得たわけで、Appleの目指した方向は実現できたのではないでしょうか。コンピュータサイエンスの書籍を読むと、コンピュータのことを計算機と表現しているものもまだ存在します。

そもそも人間が自力で計算すると膨大な時間を要することを、正確に迅速に解決しようとしたのがコンピュータでした。この計算が単なる数値の計算だけにとどまらず、情報という曖昧な数値のかたまりも演算の対象にできるようになりました。その後インターネットと結びついてパソコンは急激に進化することになりますが、コンピュータは演算するためのツールに加えて、自分の発想や思考を補助するための道具という特徴を持ったデバイスとの新しい波が出てきました。これがモバイルデバイスです。

Appleはそんなモバイル端末に、今後さらに特化しようとしているように見受けられます。その先進的なツールを体感することで、人間一人ひとりの発想や思考を強力にサポートするためにAppleの製品は生み出されていくのではないかと思います。どんな製品であろうが、最終的にはユーザーが心地よく思考を発展させるための道具であり続けたい、そんな思想があるのではないかと私は何年もApple製品を使い続けて感じています。

こう考えると、FCP7がFCP Xに進化した理由や、アプリケーションがAppStoreからダウンロードできるようになる仕組みなど、いくつかの面において納得できるのです。単に作業を短時間で解決できるための演算装置をスタイリッシュに生み出すのではなく、人間の思考を補助するための製品を作りたいのだ。そんなJobsの声を私は感じます。

2012年に向けて

今回で18回を迎えることができたAppleの向こう側-yamaq blog Extended-ですが、年を締めくくる12月を持ちまして一旦休憩を頂くことになりました。これまで全く制約を設けずに自由に原稿を書かせていただいたPRONEWS編集部の方々に感謝します。またこんな思い入れが強烈に込められた駄文にも関わらず、読んでくださった方々にとても感謝しております。この先NABやInterBEEなどの大きなイベントや出来事などがあった場合には、これまでの趣旨を生かしてyamaq blogの拡張版としてPRONEWSでAppleのことを書かせていただきたいと思います。

WRITER PROFILE

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。