取材:鍋 潤太郎

ハリウッドCMにおけるVFX制作事情とは?

インターネットで海外CMの数々をご覧になり、その制作事情に興味を抱いておられる方も多い事だろう。日本のCMとはひと味もふた味も違う、海外CM。特にVFXを駆使した海外CMの完成度には目を見張るものがある。そこで今回は、長年ハリウッドのCM分野でご活躍されている長江大介氏に、ハリウッドCMにおけるVFX制作事情について伺ってみた。

長江大介 CG Lead / Digital Domain 3.0
京都教育大学にて絵画、デザインを学ぶ。1999年にイマジカ・ウェストにてCGアーティストとしてのキャリアをスタート。以降、太陽企画、ルーデンスにてCGディレクター、プロデューサーとして多くのCM、映画作品に参加した後、2009年に渡米。現在Digital Domain 3.0にて主にCM作品のCG Leadとして全アセット作業の統括、さらにライティング作業全般のワークフローの構築、クオリティ管理を担当している。第12回VESアワードでは、担当作品「LADY GAGA “FAME”」がCM部門でノミネートされた。

■代表作:

●ハリウッド映画作品
「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
「トロン:レガシー」
「エンダーのゲーム」
「ゴーン・ガール」

●CM作品
Kia K900 Morpheus Super Bowl Commercial「The Truth」(2014)
Nissan New Qashqai「Fly by night」(2014)
LADY GAGA「FAME(FILM BY STEVEN KLEIN)」(2012)
Mercedes-Benz「Escape the map(Interactive short film)」(2011)
SONY「2WORLDS」(2011)

●ゲーム予告編
Destiny Live Action Trailer「Become Legend」(2014)
Rise of the tomb Raider Trailer「E3」(2014)
Gears of War 3「Dust to Dust」(2011)

Digital Domain 3.0 長江大介氏に訊く!

――自己紹介をお願いします。

長江氏:長江大介です。Digital Domain 3.0(以下:DD)で、主にCM作品のコンピューターグラフィックス・リード(CG Lead)を担当しています。具体的には、全アセット作業の統括、ライティング作業全般のワークフローの構築、クオリティ管理が主な仕事です。アセット作業にはモデリング、テクスチャー、ルックデブという流れがあり、それぞれのセクションに担当アーティストがいますので、彼らをリードしながら、キャラクターや背景、プロップの見え方、デザインを決めていきます。更にそれらのアセットが実際のライティングできちんと見えるように、ライティングの調整までを任されています。

――経歴を拝見すると、長江さんは「トロン:レガシー」のジョセフ・コシンスキー監督や「47RONIN」のカール・リンシュ監督など、ハリウッドの著名監督が手掛けたCM仕事に続けて参加されています。これらの作品を通して何か新しい発見はありましたか?

長江氏:ハリウッドの大作映画を経験された監督というのは、CGを追い込むとどこまでクオリティが引き出せるのかということを経験上分かっています。それは、映画ならではの充分なスケジュールがあっての事、という事情は監督さんにも理解して頂けていますが、一度高いクオリティを経験してしまうと、それ以下では耐えられなくなってしまう。

「CMだから」という甘えは許されないという前提で仕事が進んで行きます。それにCM自体の規模も大きいことが多いので、クライアントやエージェンシーの方々のチェックも、より厳しくなっていく傾向にあります。

CGに関してはもちろん、撮影されたプレートに対しても、徹底的に色や馴染みを調整し、時間の限り追い込んでいきます。例えば、最近発売されたDestinyというゲーム予告編をコシンスキー監督が実写で撮りましたが、私はその作品にCG Leadとして参加しました。ゲームの仕事の場合、フルCGで仕上げることが殆どなので、実写で撮影されたプレートの上にゲームのキャラクターを合成するという、非常に珍しい経験をしました。

ゲームのキャラクターは、それ自体十分に魅力的なのですが、それを実写の背景の上に置いてみると、うまく馴染ませるためにはディテールが足りない。そこで、ディテールが足りない部分は、モデリング、テクスチャー、質感を追い込むことで完成度を上げていきます。

この作品を通して確信出来たことは、ここまでディテールを追及出来たという蓄積は、もし次回の作品がフルCGの作品になった場合、今回以上のクオリティを実現する事が可能になる、という事でしょう。

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アーティストにディレクションを与える長江氏

――日本の制作スタイルとの違いはどのような部分でしょう?

長江氏:最も大きく違うと思った点は、ライティングとコンポジットの技術的な部分です。私が入社した2009年の段階で、実写にCGを馴染ませるという部分に関して、既にしっかりとした方法論が確立されていたことに、まず驚きました。

制作予算にも違いはあります。私は日本時代、CMのVFX作業に関してはプロデューサーも兼ねていました。その視点で言える事は、作品にもよりますが、CM1本の予算が10倍近く違う場合もあります。ただ、誤解しないで頂きたいのですが、これは、「私が日本で担当していたようなCMをデジタルドメインでやると、単純に予算が10倍掛かる」という意味ではありません。

例を挙げますと、DDでは、日本で言う「完パケ」作業まで全責任を持ちます。CM1本の尺も日本とは異なり、90秒から120秒という事もあります。また、最初から最後までものすごい作業が必要なカットばかりですので、尺単価というか、作業量に対する予算という意味で、本当に10倍の作業を行っているとも言えます。

――DDのCM部門では、主要ツールはMayaだとお聞きましたが。

長江氏:実際のところ、DDではここ数年、CM部門、映画部門という区分けは無くなったと思います。私も映画を担当しますし、最近ではデヴィッド・フィンチャー監督の新作映画「ゴーン・ガール」(12月日本公開)にリード・ルックデブ、ライティング・アーティストとして参加しました。逆に、かつて映画部門だった人たちも、現在では必要に応じてCMを手伝っています。

その関係で、映画部門とCM部門のパイプラインを統合して、より緊密に作業が出来る環境に変化しようとしています。その上で、アニメーション、リギング、ライティング、レンダリングに関してはMayaを、モデリングに関しては各々の得意なソフトを、エフェクトに関してはHoudiniとMayaを必要に応じて併用しています。

Mayaが好まれる理由は、パイプラインを構築するTD(テクニカル・ディレクター)がPythonやMelを駆使してツールを開発したり、管理するという部分で、Mayaが優れているという事だと思います。

また、ライティングで使用されるアプリケーションは、その他の様々なアプリケーションで作成されたアセットをシームレスに統合して管理する必要があるので、必然的にそういったツールが必要になり、それがより容易に出来るものがMayaなのでは、と思います。

個人的には、エフェクトやリグを組むのに、エクスプレションやスクリプトが重要になるMayaよりも、豊富なツールからのバックアップが期待できる3ds Maxの方が好きですね。アメリカに来て以降、もう6年3ds Maxは使っていませんが(笑)。

――DDでは、現在V-Rayが主力レンダラーとして使用されているそうですが、その理由や、V-Rayの強み、CMの表現上で優れた部分などを教えてください。

長江氏:7年前に映画「トロン:レガシー」のディベロップが始まった時、VFXスーパーバイザーのエリック・バルバをはじめ、多くのリード・アーティストが、トロンの制作のためCM部門から映画部門に移りました。

本編に先立って、そのコンセプトを映像にしてディズニーに見せたのですが、この時の作業をCM部門で制作しました。その際に使い慣れた3ds MaxとV-Rayでテストしたのですが、これが好評だったことで、トロンの本制作にゴーサインが出ました。

この時、V-Rayがデジタルドメインの映画部門で初めて使われることになりました。それまでDDではレンダーマンが主流でしたから。とは言え、デジタルドメインの映画部門でV-Rayを使用したのはそれが初めての経験だったので、パイプラインの再構築等、多少の混乱はあったようです。

そしてそれ以降、映画部門ではV-RayをMaya上で走らせています。そしてそれを逆輸入する形で、CM部門でも同じようにMayaを使うことになりました。パイプラインを共有する方がそれを維持する上で都合がよかったからです。V-Rayの特徴として、レンダリングが早い、レンダリングの設定をプリセット化して共有することが比較的容易だということが挙げられます。

当時、なるべくアーティストのスキルに依存せずに、1000ショットを超える作品のクオリティを安定させる方法を模索していたことも、V-Rayを選んだ理由かもしれません。

また、CMの表現上という理由ではないですが、デジタルドメインが受注するCMは、伝統的に車やロボットを作ることが多かったので、そういった表現を得意としているV-Rayは、レンダリングの早さも手伝って、もともとCM部門で重宝されていました。

――制作現場では、Nukeの中でHDRを活用したライティング・テクニックが蓄積されているそうですが。

長江氏:渡米当初、私はNukeを単にコンポジットツールとして捉えていて、ライティングに使うといった発想がありませんでした。と言うよりも、HDR、EXRといったフローティング・ポイント画像に対する理解自体が、当時はあまり無かったと言えます。

HDRを編集して、それをライティングに使用すると言った単純なものから、ディスプレイスメント・マップにネガティブな値を持たせてそれを編集したり、夜のシーンで1以上の輝度を持たせたテクスチャーを窓のモデルに張って、窓から漏れる光を表現することもあります。この表現方法は、「フローティング・ポイント画像には0から1の外側の値を持たせられる」という、今となっては当たり前の知識が前提になっています。

例えば実写のプレートにCGを合成する際に、まず必要なことは「撮影環境の再現」になるかと思いますが、その時にフローティング・ポイント画像に対する知識、それを自由に編集できる技術がどうしても必要になってきます。それを扱うためにNukeは非常に有効なツールと言えます。

――長江さんが最近担当された作品を教えてください。

長江氏:最近手掛けた作品は、下記があります。

■Destiny Live Action Trailer : Become Legend

長江氏:これは先ほどお話した作品ですが、この仕事が非常にユニークだった点は、ゲームのトレーラーであったにも関わらず、主要キャラクターと背景の大半を実際に撮影した点です。アセットチームとして担当したのは、主に敵キャラクターと3人のヒーローキャラクターのデジタル・ダブルです。デジタルダブルといっても、今回は撮影の関係でクロースアップのショットが多く、実写レベルのクオリティが求められることが前もって分かっていました。

そこで3人の主要人物の方々にスタジオに入って頂いて、全体のシェイプを3Dスキャニングし、同時にライティングの調整で、ハイライトを写し込まないように多方向から写真も撮影し、それをMARIに取り込んでテクスチャ用の素材として使いました。こうして撮影時にモデルとテクスチャのなるべくリアルな情報を記録しておくことが出来ると、その後の制作がとても楽になります。

敵キャラクターに関して問題になったのは、ゲームのアセットをそのまま実写のプレートに乗せて合成した場合、実写に対して情報、ディティールが足りない点はもちろん、情報の種類が実写的でないという点でした。彼らはゲームの世界で良いルックに見えるよう、モデルやテクスチャーが調整されています。

しかし、実写に合成する際には、実写の世界に馴染むよう再調整する必要があるのです。そのため、今回は多くのキャラクタ-を一からモデルに起こし、実写を意識してテクスチャー、シェーダーを作り直しました。

ライティングに関しては、実写プレートの撮影時にIntegrationチームがきちんとHDRを撮影してくれていたので、それをNukeでキャリブレーションした上で、V-Ray Dome Lightに張り付けて使用しました。この時、HDR画像上に移りこんでいる太陽をNukeで消し込んだ上でV-Ray Dome Lightに使用し、元画像の太陽が写っている部分をクロップして、テクスチャーとしてV-Ray Rectangle Lightに貼り直し、太陽の位置を想定した場所に置き直してキーライトとして使いました。

こうすることで、V-Rayはより美しいスペキュラーを返してくれるようです。V-Ray Dome Lightは、反射情報を得るには都合が良いのですが、そのライティング情報がきちんとスペキュラーに反映されないことがあると感じているので、V-Ray Rectangle Lightで太陽光を表現することで、その問題を回避しています。

■Kia K900 Morpheus Super Bowl Commercial

長江氏:この作品は2014年のスーパーボウル中に流れたテレビCMで、マトリックスでモーフィアスを演じたローレンス・フィッシュバーンが出演しています。このスポットでは車の走りカットをリアルにCGで作ることはもちろん、作成して撮影されたサングラスがモーフィアスの印象と違うということで、サングラスをCGで起こしたり、CMのVFX特有の様々な工夫が盛り込まれています。

■Nissan New Qashqai “Fly by night”

長江氏:この作品でチャレンジだったのは、CGと実写を1ショット内でシームレスに繋げて、その変化を気付かせないようにすることでした。実写の車がショットの途中でCGになったり、背景がいつの間にか実写からCGに乗り変わっていたり、主人公の男性がカットによってCGだったりと、様々な技術が随所に使われています。もしCMをご覧になって、そういった変化に気付かなければ、我々の仕事としては大成功ということでしょうね。

■LADY GAGA ”FAME” – A FILM BY STEVEN KLEIN

長江氏:この作品は第12回VESアワードのCM部門でノミネートされたものです。背景をかなりの部分CGで作っています。最も大変だったのは、多くの男たちが巨大なLADY GAGAの体の上をよじ登っていくシーンでしょうか。CGや編集、ありとあらゆる技術を使って、男たちがLADY GAGAの体の上を這いまわっているように見せています。

■Rise of the tomb Raider Trailer

長江氏:この作品については、守秘義務が厳しく、残念ながら詳細をお話する事が出来ませんが、最近の参加作という事で挙げておきたいと思います。

――最後に、今後の抱負をお願いします。

長江氏:目下の目標はCGスーパーバイザーになることです。デジタルドメインに入社して6年近くになり、リード・アーティストとしては、仕事の規模や内容にかかわらず、ある程度満足いく仕事が出来るようになってきました。次に進むために、英語におけるもう一段階上のコミュニケーションスキルが必要になると痛感しています。昨年から、CGスーパーバイザーとして働く機会を何度か与えて頂いているので、それを恒久的なものにしていきたい、と日々精進しています。

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金曜日はビーチでランチ



(2014年9月、Digital Domain 3.0にてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。