ハリウッドにある「エジプシャン・シアター」
取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

2016年は「スター・トレック」が1966年にTV放送されてから50周年を迎える年だという。それを記念し、今秋のハリウッドではいくつかの関連イベントが開催された。

特撮/SFX/VFXの世界では「スター・ウォーズ」シリーズが圧倒的人気を誇るが、それより10年も前からテレビに登場し、SF特撮番組として根強い人気を誇ってきた「スター・トレック」。ハリウッド特撮史に名を残すフランチャイズ作品として多くのファンに支持され、現在もシリーズが制作されているのはご存知の通りである。

今回は、ハリウッドで行われた50周年関連イベント2つをご紹介させて頂く事にしよう。

「スター・トレック」50周年記念 歴代作品上映イベント エジプシャン・シアター

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「スター・トレック50年」のパネル。エジプシャン・シアターにて

ハリウッドの観光名所として名高い映画館「チャイニーズ・シアター」から徒歩5分ほどのところに「エジプシャン・シアター」がある。ここは現在全米公開されている最新ハリウッド映画のシアターではなく、過去の名作や外国作品などを常時上映するアート系シアターであり、ハリウッドの映画ファンや業界関係者の間では有名な存在でもある。元々はチャイニーズ・シアターと並ぶ映画館として建築された事もあり、観客席616という比較的大きなシアターだ。

このシアターのスケジュールをこまめにチェックしているとなかなか面白い。「○○特集」と銘打った上映会が頻繁に行われており、黒澤明特集だったりジブリ特集だったりと、日本の作品群が取り上げられる事も少なくない。筆者は過去にここで「天空の城ラピュタ」を鑑賞した事もある。

さて、そんなエジプシャン・シアターでは9月中旬、50周年を記念して映画「スター・トレック」シリーズの1作目から6作目までを大スクリーンで一挙に上映するというイベントが開催された。しかもデジタル上映ではなく、70mmプリントによるフィルム上映である。

今回筆者は、9月16日(金)に開催された「スター・トレックIV 故郷への長い道(Star Trek IV:The Voyage Home;1986)」「スター・トレックVI 未知の世界(Star Trek VI:The Undiscovered Country;1991)」の2本立て上映+特別ゲストによるパネル・セッションを鑑賞した。この日はシリーズゆかりの制作スタッフがゲストスピーカーとして登場し、映画の上映前に制作秘話やこぼれ話を披露した。

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トークセッションの模様。マイクを手にしているのが、ニコラス・メイヤー監督

この日のゲストには、ニコラス・メイヤー監督(「カーンの逆襲」「未知の世界」)が含まれていた。ニコラス・メイヤー監督は、ゲストスピーカーたちから「ニック」という愛称で呼ばれ、気心知れた仲間たちによる思い出話のようなほのぼのムードでパネルは行われた。ニコラス・メイヤー監督から披露された当時の思い出話を、意訳&要約すると下記のようになる。

メイヤー監督:今日上映される作品は2本です。まず4作目「故郷への長い道」は、スポックでお馴染みの俳優レナード・ニモイが監督し、シリーズの中でも大ヒットした作品です。そして6作目「未知の世界」は私が監督しました。この6作目が企画された当初、私は制作費として$30million($1=100円で換算だと30億円相当)を見積もっていました。VFX予算は$4million(4億円相当)程度を予定していたのです。

一方、パラマウント側が我々に提示して来たのは$25millionでした。予定額からの$5millionの減額は大きく、その場合はVFXの予算を削らなければならない。しかし作品の要であるVFX予算を削り映画の完成度を落とす事だけはどうしても避けたかった。そこで私は、$30millionの予算を確保するためパラマウントの重役達を説得しなければならなかったのです。

パラマウント映画の会議室で予算について意見を述べると、重役は「ちょっと時間をくれ」と会議の席を立ち、別室で相談を始めました。私はその間、20分ほど会議室で待っていました。戻ってきた彼らは「では、間を取って$27.5millionでどうか」と折半案を持ちかけてました。私は「ちょっと待ってください。私は金額のネゴシエーションをしようとしているのではなく『実際に$30millionないと難しい』という現実を説明しているのです」と申し上げました。

しかし説得は失敗に終わり、パラマウント側は「この映画の企画はキャンセルする」という残念な結論を出しました。私は当時ロンドンに住んでいて、このプロジェクトの為に半年間の予定でビバリーヒルズに家を借りていたのですが、映画そのものがキャンセルになってしまったので、ロンドンへ帰る準備を始めました。ところがその直後、社内情勢が変わって最終的に制作にGOサインが掛かり、この映画は日の目を見る事になりました。ストーリーのデベロップは、この作品でエグゼクティブ・プロデューサーも兼任した俳優レナード・ニモイと一緒に進めました。彼はシリーズの中で監督も務めていますし、大変スマートで良いアイデアを沢山持っていました。

さて、私が監督した2作目「カーンの逆襲」で、映画館の場内から拍手が起こる、有名なシーンがあります。それは、カーク提督が激高して「カ~~~ン!!」と叫ぶシーンです。あのシーンは私の演出意図によるもなのか?それともビル(俳優ウィリアム・シャトナー氏)のアドリブなのか?と尋ねられる事があります。

当時、ビルは既に長年ジム・カークを演じ続けており彼の中では「カーク像」が完成していました。敵対する優性人間カーンも、元はと言えばテレビシリーズの時の敵役で、どちらも俳優リカルド・モンタルバン氏が演じています。そう言った積み重ねの中で出て来た迫真の演技が、あのシーンだったのです。

「スター・トレック」は、今でこそ非常に大きなフランチャイズ作品となりましたが、劇場映画1作目の公開(1979)当時、パラマウント映画の重役達は「グリース(1978)」の大ヒットに全員が気をとられていて、ぶっちゃけた話「誰も気にしちゃいない」ような存在でした(笑)。2作目の成功の時も、まだフランチャイズとは言えなかった。それが今ここまで大きくなったのは、大変素晴らしい事だと思います。

こういう逸話を、監督から直接聞ける場があるのも映画の都ロサンゼルスの魅力であろう。話を聞いた直後に大スクリーンで鑑賞した「スター・トレック」4作目&6作目は特別の感慨があった。また、この日のトーク・セッションで筆者が強く印象に残った事は「スター・トレック」を考案し、世に送り出したジーン・ロッデンベリーが持つ世界観を忠実に守ろうとする、制作クルーや出演者達の姿勢であった。

監督や制作クルーのコメントでは「ジーンのアイデアを大切に」「ジーンの世界観をキープする為に」という言葉が頻繁に聞かれた。全シリーズを通じて、生みの親であるジーン・ロッデンベリーに対する強い尊敬の念が基盤になっている事が感じられた。

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場内ロビーでは、「スター・トレック/宇宙大作戦 50周年記念TV&劇場版Blu-rayコンプリート・コレクション」の即売コーナーも

レナード・ニモイのドキュメンタリー映画「For The Love of Spock」が公開

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映画館ロビーにあったポスターより

同じく「スタートレック」の50周年に併せて公開されたのがこの作品。昨年惜しくも亡くなった俳優レナード・ニモイの半生を追ったドキュメンタリー映画「For The Love of Spock」である。同作品はレナード・ニモイの息子で、映画監督のアダム・ニモイが制作したドキュメンタリー作品である。大きなシネコンでは公開されておらず、アート系シアターなどでの単館上映によって公開された。

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映画「For The Love of Spock」を公開していたビバリーヒルズのアート系シアターAhrya Fine Arts Theater。9月9日撮影

正直、筆者自身もこれまで「スポック」としてしか、ほとんど知らなかったレナード・ニモイ。それゆえ個人的に最も興味深かったのは、息子アダム・ニモイ氏の視線から綴る「素顔のレナード・ニモイ」の姿であった。家族や元共演者達のインタビューを含め、あまり見た事がない貴重な映像も挟みながら映画は淡々と進行していく。非常に見応えのあるドキュメンタリー作品であった。日本での公開はまだ未定のようだが、是非多くの方に鑑賞して頂きたい1本である。

おわりに

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(C)2016 Paramount Pictures.All Rights Reserved.STAR TREK and all related marks and logos are trademarks of CBS Studios,Inc.

さて、スター・トレック公開50周年という事でファンにとって外せないのが、10月21日(金)から日本でも公開される最新作「スター・トレック BEYOND」(配給:東和ピクチャーズ)であろう。同欄11月号では「スター・トレック BEYOND」のVFXクルーによるQ&Aセッションのレポートを予定しており、現在準備中である。こちらもこうご期待!

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WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。