txt:ふるいちやすし 構成:編集部

劇場で、いい音で見て欲しいという作り手の思い

前回お話ししたように、映画「千年の糸姫」の世界配信はすでに始まっていて、お陰さまでなかなか好評なようだ。この契約はワールドワイドで劇場、イベント、ホテルや航空機内、DVDを含む今後開発されるかもしれない道のメディアやネット配信、全てのメディアにおいて独占的に結ばれる。つまり日本国内の劇場公開や映画祭ですら彼らがやるというのだ。しかし前回お話ししたように、国内の劇場公開や配信に関してはすでに動き始めている。もしこの契約を結ぶのであれば、国内の動きを止めなければならない。

幸か不幸か、この動きに出資してくれた人も企業もこの時点では皆無で、私とプロデューサーが止めてしまえばそれで終わりだ。プロデューサーと相談した結果、どうなるか全く先の見えない日本の劇場公開よりも世界配信を優先させることで意見は一致したが、アメリカの小さな配給会社が日本でこのマイナーな映画の劇場公開をやり遂げるとは到底思えず、私はダメもとで日本での日本語版劇場公開とネット配信を独占契約から外してもらえるように交渉してみることにした。

もちろん最初の返事はNOだったが、すでに動き始めているということと、日本での劇場公開にはいろんなレギュレーションのための再編集(現在123分のものを100分以下に!)、フォーマット(DCP)変換、整音が必要で、もちろん広告宣伝も事前。いかに手間と経費がかかり、その割に収益が薄いものであるかを根気強く説明して、最後は半ば強引にそれを認めさせた。中でも難しかったのはネット配信で、こればかりは国内に限定するのは難しい。

そこで、字幕のない日本語版のみという範囲で実質ほぼ国内のみになるだろうというところに落ち着いた。このように経緯だけを書けば簡単だが、実際は大変難しい交渉だった。最後には「それほど利益のない劇場公開に、お前はなんでそんなにこだわるんだ?」と言われる始末。それは海外でも同じで、彼らは手間ばかりかかる劇場公開のことなどほとんど考えていないし、事実、真っ先にネット配信を始めてしまった。

一応、あらゆる国での吹き替え版を製作するためのME版(環境音やSEは活かし、セリフを抜いたもの)は要求されるまま提出はしたのだが、これも英語圏以外で権利ごと売れた場合にのみ使用するためのもので、彼ら自身が吹き替え版を作るというつもりは全くないようだ。よっぽどメジャーな作品でもない限り、今やこれが世界標準の考え方らしい。

事実、同時期に話を持ちかけてきた別のディストリビューターも「最初にAmazonで配信を開始して…」と同じことを言っていた。確かに今も映画館にお客さんが押し寄せている町もある。だが映画館すらない町の方が遥かに多く、それは後進国に限ったことではない。アメリカや中国のような大きな国では映画館のある町まで遠く、そういう国ではケーブルテレビテレビやインターネットサービスの方が一般的だ。少し事情は違うが、小さな町の小さな映画館の経営が立ち行かなくなって消えてゆく日本も似たようなものだ。

従来の、劇場公開→DVD→VOD→テレビという順番は過去のものになりつつある。売れない、借りてもらえないDVDなんかは消えてなくなる可能性もある。作り手としてはやはり暗い劇場で、いい音で見て欲しいというのが情というものだが、彼らはあくまで売り手なのだ。その考え方はもはや通用しないのかもしれない。あとはネットでの視聴環境をユーザーがスマホではなく、せめて大画面テレビにしてくれることを願うばかりだ。

それでも劇場で見てほしい理由

だが今回だけは劇場公開というわがままを通させてもらおうと思った。時代が変わりつつあるとことは百も承知だが、それでもまだ劇場で観たいというお客さんはいる。Amazonに書いて頂いたレビューからもそういう声は聞こえるし、作り手としては出演者も含めてお客様の生の反応を見られる大事な機会でもある。そこでそれを実現するためのクラウドファンディングも始めた。

これはPARCO(パルコ)が運営するクラウドファンディングで、リターン特典には台本やポスターはもちろん、劇中で使用した一点物の小道具や、私自ら案内するロケ地下仁田町のお祭り観覧ツアーなど様々なものを用意しているので、ぜひご協力頂きたいと思う。

確かに手間とお金がかかるイベントだ。皆さんによく言われるのは、劇場公開したら製作者は潤うのでは?ということなのだが、それはメジャー映画のお話。それもちゃんとヒットしなければ製作者まではお金が回らないというのが実情だ。少なくともインディペンデント、マイナー映画に関しては大きく考え方を変えなくてはいけない時期に来ているのだろう。

世界配信は嬉しい限りだが、やはり日本人として日本の皆さんに観てもらう方が難しいというのは残念で仕方ない。仮にこのままVODがメインになったとして、単純に考えても映画館では1,000~1,800円の視聴が何人で観ても200円ほど。一体何倍の視聴者が必要なのか分からない。

いろんな意味で経費は省略できるとしても、国内のマーケットだけを対象にしたモデルが成り立つのか?プラットホームはコンテンツとしていくらで買ってくれるのか?それはそもそもの製作費はどうあるべきなのかを考え直したり、長編作品というものの意味から考え直さなくてはならないかもしれない。不安は尽きない。

だが一つ前向きに受け取って欲しい。製作から映画祭への応募、賞の獲得、配給契約交渉、世界配信開始というここまでの流れは、もちろんたくさんの方の協力は戴いたが、手続きそのものは私個人で出来たし、特別なコネとかお金をを使ったわけでもない。つまり、誰でもできるということだ。特に地方都市からでもできるということを覚えておいてほしい。

私はたまたま東京に住んではいるが、いい作品さえ作れば、その先はどこに住んでいても変わりはない。そう考えるとやはり地方都市での映画製作には、少なくとも今までになかったチャンスが訪れている。大リーグの野茂選手を気取るつもりはないが、ここまではできるということは証明できた。さぁ、皆でその先へ行こうじゃないか!!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。