txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部

VRを活用したジャーナリズムやドキュメンタリー作品

VRやAR、スマートフォンやアプリなどのテクノロジーによって、映像(特にドキュメンタリーやジャーナリズム)がどう進化しているのかを考えていくシリーズ。第2回目は、バーチャル・リアリティ(VR)を活用したジャーナリズムやドキュメンタリー作品を中心にお伝えしていこう。

一般消費者の手にも渡るようになってきたVR製品だが、現在はゲームなどのエンターテインメント領域のイメージが強いと思う。しかし、医療や都市計画など様々な分野でVRやARのコンテンツが模索されている領域も見逃せない。1000近い未来を議論する講演が一般応募・投票で選ばれるサウス・バイ・サウスウエスト(以下:SXSW)の数年間の歴史を振り返ると「アメリカを中心とした感度の良い人が議論したいもの、そして2~3年後に日本で流行るものの流れ」が追えるので、まずはここ数年間でVRにまつわる話題を振り返っていきたい。

数年間の流れから見える人々の理想像は「現実世界の私に変化を起こすVR」

iPad Proを手に入れたこともあり(笑)、ここ数年間のSXSWで私が感じているVRの流れを簡単な図にしてみた。概略すると4つに分けることができる。

1:エンタメ360°喜びの時代(2014年~2015年)

ゲームの見本市にVRソフトウェアとデバイスが並び始めた2014年。自分のアバターがゲームの中に登場したり、トレッドミル型のデバイスでゲームを楽しむことに未来を感じる人々が殺到したのが記憶に残っている。同時にスマートフォンを利用した箱型VRグラスのGoogle CardBoardなども話題になり、様々な映像を360°で見ること自体が喜びにあふれていた時代だった。

■Virtuix Omni

2013年にキックスターターを開始したウォーキングマシーン型VRデバイスOmni

2:インタラクション模索の時代(2015年~2016年)

この時代は、VRで「何を見るか」と「そこで何をすべきか?」いう多くのインタラクションの模索がされた時代と言えよう。大手アダルトサイトのVR進出発表があったり、360°映像でアマゾンを体感して環境活動を促すコンテンツや、シリアの難民キャンプの様子を体感させ、寄付を集めるようなコンテンツが作られはじめた。

インタビューに答えるのは、国連顧問の映画監督Gabo Arora氏。ヨルダンの難民キャンプの様子を少女の語りとともに体感できる作品「Clouds Over Sidra」を制作し、「VR for Good(VRによる社会貢献)」というジャンルを切り拓いた。

3:表現から仕組みをつくる時代(2016年~2017年)

この年は表現の議論よりも、ビジネスモデルをどう作れるか?エンタメ以外の産業(都市計画や医療、スポーツや教育など)に「仕組みとしてどう導入できるか」という議論が非常に盛り上がった。特に話題になったのは、NASAが監修した火星のVR「MARS 2030」。最近ではこのVRコンテンツを活用し、地球上では体感しえない火星での生活をバーチャルに体験させることで、ユーザーのニーズを吸い上げる共創の場がスタートした。

MASAが作成した火星体感コンテンツ「MARS 2030」。このコンテンツを活用し、ユーザーとの共創の場をヒューレットパッカード社は作ろうとしている。

4:WOW(驚き)体験の終焉。本当に心に響くコンテンツが精査される時代(2017年~2018年)

そして、今年から来年にかけて大きな流れは「“コンテンツとして面白いもの”は何か?」という本質的な所に立ち戻ると私は考えている。実は、私自身もVRでWOW以上の心が動いた作品はまだ多く出会っていない。

SXSW FILM部門には「バーチャルシネマ」という新しいジャンルもでき、コンテンツとして映画作品に負けない、多くの人の心を動かす作品が集まり、一つのジャンルとなることが期待されているようにも見える。同時に、視聴者の参加性が高いリアルタイムのVRトークショーのような「Social VR」の分野も非常にこれから可能性がある分野なので面白そうだ。

■The Foo Show

SXSWの公募セッションにも応募されていたSocial VRの先駆け作品「The Foo Show」

根本的に「事実の作り方」が変化するVRジャーナリズム

そんな中で、私が長く議論が続いていて注目しているのがVRジャーナリズム(Immersive Journalismとも呼ばれる)である。これは、VRなどのテクノロジーを用いて現場にいるような没入感を与えることで視聴者の心や行動を駆り立てるという、新たなストーリーテリングの技法として注目されている分野。代表的なのが以下のような作品だ。

※Immersiveとは、日本語に訳すと没入型ーすなわち作品の世界に視聴者自身が参加者として入り込むジャーナリズムを指す

■House to House

ISISの拠点都市モスルでの戦闘現場を体感するVRコンテンツ。

■Across the line

中絶する女性の視点から中絶反対派のデモを体験できるVRコンテンツ。

今までは「ジャーナリストの視点・語りで1本のつながったストーリー」を見るのがドキュメンタリーの楽しみ方だったが、これは「現地で起こっている事実や、主人公の視点をVR空間で視聴者が自ら没入感ある追体感をして、自分がどう感じるか」という視聴方法となる。

作品によっては、対立する二つの立場の視点をリアルタイムに切り替えることも可能だ。意見の違いや、異なる価値観の中で揺れ動く正義を体験しながら、視聴者が自ら自分の意見を整理していくことができる可能性を秘めているのがおもしろい。

最新の海外研究が解明する、従来のドキュメンタリーとの違い

ここで、MITメディアラボやAP通信でテクノロジーとジャーナリズムを研究しているフランセスコ・マルコーニ氏のレポートの一部を紹介したい。マルコーニ氏は、このようなVRジャーナリズムでとる映像の手法を「ダイナミックストーリーテリング」と呼び、従来のストーリーテリングとの違いをまとめている。

今までは、視聴者に向けて映像のワンシーンで1つの疑問を与え、それを映像の中で解説する構成をとるタイムライン方式だったが、それがダイナミックストーリーテリングの時代では視聴者は見てるだけでなく作品に参加してもらわなくてはならず、自ら質問と答えを探し出してもらう必要があり、これは今までの映像制作とは手法が全く異なると主張している。

一方で心理学的な研究も始まっている。以下の3つの体験の違いを実験したところ、より没入感の高い作品が心身共への影響も多く出たそうだ。

  • カードボード型の簡易VR
  • ヘッドマウントディスプレイ着用した360°映像
  • 更に部屋の中を自在に動けるようにする

つまり、衝撃的なVRジャーナリズムのコンテンツは、見た人に強いトラウマとなることもあり得るため、通常の映像をつくる以上に心身への影響を考え、何を気をつけるべきか?という倫理的な議論が今後必要だということを裏付けている。

より良いコンテンツを作るために。必要なのは外から学ぶ意識+試行錯誤の場

今はVR映像に手を出している人は、既存の広告映像業界の人やガジェット好き、そしてメディアが多いだろう。しかし、マルコーニ氏が言う「ダイナミックストーリーテリングの能力」のノウハウはその中に少なく、現状では面白い化学反応が起きづらいと筆者は考えている。一本の映像で人を感動させること以外の分野、特にゲームや演劇、配信コンテンツなどの「リアルタイムに変化する面白さ」を作っている人と交わる場がもっとできれば、VRコンテンツをWOW体験以上のものにできる土壌が作られるだろう。

最近では映像やWEB系の表現系のクリエイティブ会社が、テクノロジースタートアップのような動きをすることが多くなった。悪くはない流れとは思うが、もっとコンテンツの表現の本質を探る深いイベントが、そっち側の人から企画されても良いのかな?とも思っている。ということで、現在イベントをいくつか企画中だ。興味のある方は、ぜひ当社のFacebookページをフォローしていただきたい。

最後に一つこの分野の先駆者を紹介して終わりにしたい。VRジャーナリズムコンテンツを作るライオット社だ。ライオット社は「ニュースを見た人をどう次のアクション(社会貢献)につなげられるか」という表現を追い求めたWebメディアだったが、結果VR映像の分野を伸ばして創業5年でハフィントンポスト誌に買収された。このような、表現系クリエイターが自らの強みをもとに大きなチャンスを掴み取る流れが日本にも出てきてほしいと願っている。

筆者がRYOTに初めて出会ったのは2013年のSXSW ECO。スタートアップだけでなく表現系クリエイターも自らのビジョンを強く持たねばならないと思わされ、私自身を起業に奮い立たせてくれたスタートアップの一つだ。次回は、人工知能やWEB技術がどのようにドキュメンタリー作品やジャーナリズムを変えていくのか。そんなことをお話したいと思う。

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10年後の働き方「こんな仕事、聞いたことない! 」からイノベーションの予兆をつかむ(できるビジネス)
未来予株式会社 曽我浩太郎・宮川麻衣子(インプレス)

「現在小学生の子どもたちのうち65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」-キャシー・デビッドソン

本書では、現在動き出している50の新ビジネスから、10年後に新しく誕生する仕事を予報し、世界を変えるイノベーションの予兆を見つけ出す。第4章では、映像・音楽とコミュニケーションということで映像業界の未来についても触れている。


WRITER PROFILE

曽我浩太郎

曽我浩太郎

未来予報株式会社代表取締役。著書『10年後の働き方「こんな仕事、聞いたことない! 」からイノベーションの予兆をつかむ』。