はじめに

ハリウッド映画のVFXに欠かせない技法の1つに、マットペイントがある。古くは、巨大なキャンバスやガラス板にマット画を描き、撮影の際に背景や俳優と一緒に撮影していたのが、その始まりである。90年代以降はデジタルへの移行が進み、近年はワークフローに3Dツールとの併用が組み込まれるなど、マットペイントを取り巻く環境も大きく変わりつつある。

そこで、今回は、ハリウッドで長年ご活躍されているマット・ぺインターの方にインタビューを行い、現場レベルでの興味深いお話を引き出してみた。

PTC59_02

ダビード・シュワルツ(Daveed Shwartz)
フリーランス・マットぺインター

プロフィール:
イスラエル出身。1980年にアメリカへ移住後、15年間ミニチュアのモデルメイカーとして「2010年宇宙の旅」「ゴーストバスターズ」「ブレードランナー」「トータル・リコール」「ポルターガイスト2」「エスケープ・フロム・L.A.」「フィフス・エレメント」等に数々のハリウッド映画に参加。その後、デジタル・マットぺインターへと転向し、現在に至る。マットぺインターとしての主な参加作には、「デイ・アフター・トゥモロー」「スパイダーマン2」「アイ・アム・レジェンド」「ワイルド・スピード ICE BREAK」「モアナと伝説の海」等がある。

――読者の中には「マットぺインター」という職種にお馴染みでない方もおられると思いますので、まず最初に「マットぺインター」がどのような作業分野を担当されているのか、お聞かせください。

シュワルツ氏:マットぺインターの仕事は、主にVFXショットの背景を担当します。それは背景にある空であったり、山であったり、街並みであったりします。

マットペイントの例。黒い部分はマスクで、実写や3D素材が合成される(シュワルツ氏提供)

シュワルツ氏:それ以外の主な仕事には、セット・エクステンションと呼ばれる作業があります。スタジオ内でのセット撮影には様々な制約が伴いますから、多くの場合、撮影されたプレートに写っているのは、俳優の演技に必要最低限なセットの一部分だけです。

それを、マットぺインターが手を加えて道路や建物を描き足す事によって、あたかも古代・近代的・未来的な大都市が背景に広がっているように見せる作業です。

スタジオ撮影の例。このように、撮影時に組まれたセットは極めて限定的な場合が多い

―どのような経緯で、マットぺインターになられたのですか?

シュワルツ氏:私は元々、ミニチュア・モデルのモデル・メイカー&アセット・ビルダーとして映画業界でのキャリアをスタートさせ、その後は約15年間に渡り、様々な映画作品に参加しました。90年代の前半、これらの伝統的なミニチュア・モデルの作業が、徐々にデジタルに移行していくのを、肌で感じていました。

モデル・メイカー時代に撮影した、チーム集合写真。前列右がシュワルツ氏(シュワルツ氏提供)

シュワルツ氏:私は伝統的なペインティング等のアートのトレーニングを積んできていましたから、Adobe Photoshopの習得も苦にはなりませんでしたし、その意味では、比較的スムーズにモデル・メイカーからデジタル・マットペイントの仕事に移行する事が出来ました。

―これまで沢山の作品に携わっておられた中で、印象に残るエピソードはありますか?

シュワルツ氏:マットぺインターには、テクニカルとクリエイティビティという両方のスキルが求められます。この仕事の面白い点は、要求される内容が、プロジェクトや作品によって、まったく異なるという点でしょう。あるプロジェクトでは、未来的な都市のパノラマ・ビューを作るよう求められ、また別の作品では、歩道の亀裂に取り組んだりするのです。

フリーランサーとして仕事をしていると、映画作品によっては、とてもエキサイティングな作業に出会う事もあります。私のお気に入りの1つに、荒廃したニューヨークにおけるタイムズ・スクエアのエンバイロメントを担当した、映画「アイ・アム・レジェンド」がありました。

その反面、忍耐を要求される作業もあります。映画「ワイルド・スピード ICE BREAK」の時は、道路についた膨大なタイヤ痕を描かなければなりませんでした。タイヤ痕そのものは、それ程クリエイティブな作業ではありませんが、絵で描いたようなタイヤ痕ではなく、リアルに見えるように描くというのは、意外と難しい作業でした。

ディズニーの長編アニメーション作品「モアナと伝説の海」に参加していた時は、美しい夕焼け空や、不気味な暗い嵐のシーンの雲を描く機会に恵まれ、素晴らしい時間を過ごす事が出来ました。しかし、ショットによっては、星空、これはもう何百万もの小さな白い点を1つ1つ、黒い背景の上に描く必要があり、こういう時は大変な忍耐力が要求されます(笑)。

―マットペイントの世界も、ツールやワークフローがどんどん変化してきていると思いますが。

シュワルツ氏:私がデジタル・マットぺインターとして仕事を始めた頃、唯一存在していたツールと言えば、Adobe Photoshopでした。この頃、マット・ぺインターという仕事は、巨大なキャンバスやガラス板に絵の具でマット画を描くという伝統的な手法から、コンピューターの中で描くデジタル・マットペイントへと、大きな変革期を迎えていました。

VFXスタジオによっては、もはや「マット・ペイティング部門」を持たない会社も出始めていました。それに置き換わるような形で、「エンバイロメント部門」が好まれるようになってきたのです。その結果、エンバイロメント部門のアーティスト達は、[テクスチャー・アーティスト+マット・ぺインター+3Dジェネラリスト]のコンビネーション・スキルが求められるようになりました。

MayaやStudio Maxによってモデリングを行い、Zbrushによってスカラプト(彫刻)を施し、Mariを使って3Dペイントし、それプラス、Adobe Photoshopの優れた知識と技術が要求される等、より多様化されてきているのです。

ソニーピクチャーズ・イメージワークス、ディズニーやドリームワークス等の大手のように、Nukeを使ってカメラ・プロジェクションとコンポジットを組み合わせる手法で、マット・ペンティングの作業を行うスタイルを採っているスタジオもあります。

―今日は、大変興味深いお話をありがとうございました。最後に、将来マット・ぺインターを目指したいという方に、ぜひアドバイスをお願いします。

シュワルツ氏:近年はフォトグラメトリーや地形生成ソフトなどの便利なツールが登場したお蔭で、3Dエンバイロメントの作成がより安価に、より短い制作時間で実現するようになりました。

伝統的なマット・ペインティング部門が存在しなくなったスタジオの、新しいエンバイロメント部門で仕事をしていく為には、絵を描くスキルに加えて、3Dツールの習得と、コンポジットのスキルを学ぶ事が非常に重要になっています。

このように、マット・ぺインターを取り巻く環境は変化してきているので、前述のようにマットペインティング&エンバイロメントに関連した2D/3Dソフトウェアを出来るだけ多く習得した方が良いでしょう。そして、「その中で、自分が得意とする1つを、専門にする」と良いと思います。まず最初に1つのソフトウェアに特化し、それから少しずつ他のソフトウェアに拡張していくと良いでしょう。

みなさんが、もし将来、マット・ぺインターを目指したいのであれば、まず伝統的なペインティングや写真の基本知識および技術、そしてカラー・セオリーやパースペクティブ、これらを集中して学んでいくのが良いと思いますよ。

―今日は、どうもありがとうございました。

参考リンク:
ダビード・シュワルツ氏のIMDBリンク。ここでは膨大な参加作品のうち、ごく一部しか掲載されていないが、過去に参加された作品にどのようなものがあるか、ご覧頂けるだろう。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。