取材・文:山本加奈 構成:編集部

今回から始まるこのコラムは、映像作品におけるモノつくりの解像度を追いかけていく。まずは、是枝裕和監督作「万引き家族」を取り上げてみたい。同作品は、第71回カンヌ国際映画祭で、最高作品賞となるパルムドールを受賞した。日本映画がパルムドールを受賞したのは1997年の今村昌平監督の「うなぎ」以来、21年ぶりだ。是枝裕和監督が「この10年間考え続けてきたことを全部込めた」と語る本作を、みごとに映像に落とし込んだ撮影監督の近藤龍人氏にインタビューを行った。果たして近藤氏のそのモノつくりの解像度はどのようなものだろうか?

近藤龍人
撮影監督。1976年生まれ、愛知県出身。大阪芸術大学映像学科在学中、熊切和嘉監督の卒業制作「鬼畜大宴会」(1997)に参加。以降多くの熊切作品の撮影を手がける。また、大学同期の山下敦弘監督作品は「天然コケッコー」(2007)、「マイ・バック・ページ」(2011)、「オーバー・フェンス」(2016)に至るまで、多くの撮影を担当する。他、「パーマネント野ばら」(2010/第54回日本映画撮影監督協会新人賞受賞)、「桐島、部活やめるってよ」(2012/第34回ヨコハマ映画祭撮影賞受賞)などがある。

瞬発力で捉え、フィクショナルに描く

「万引き家族」監督・脚本・編集:是枝裕和

あらすじ:高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。足りない生活費を万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、口は悪いが仲よく暮らしていた。ある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。

――受賞おめでとうございます。「万引き家族」という日本映画が、カンヌで評価された感想は?

感動しました。嬉しいです。賞を頂きまして、より多くの国で公開が決定しました。こんな素敵なことはないと思っています。自分が幼少期に、アメリカ映画に触れたように、例えばメキシコの子供達が、日本映画を見て、それがきっかけで将来映画制作に携わる子が増えたらちょっと嬉しくないですか?邦画がもっと世界進出できればいいなと思います。

――言葉以上に画が語りかけてくるシーンの数々が印象的で、是枝裕和監督と初めてのお仕事とは思えないほどでした。近藤さんとしてはどういう目標をもって挑まれましたか?

当初、是枝監督映画は、ドキュメンタリー的な方法で制作されていると思っていました。実際に現場に入ってみると、全くそうではないんですね。これまで組まれていたカメラマンの方の色がより濃く出ていたのかもしれませんが、僕が参加するのであれば、何か違うテイストを加えたい、そして、生々しい家族の話というとこともあり、寓話的そしてフィクショナルな画作りをしたいと思いました。

――フィクショナルな画にする理由は?

観客側がいい距離感で鑑賞できるのではないかなと思ったからです。その分、緩急もつけられます。後半部分の取り調べのシーンはシナリオがかなり具体的に書かれていたので、ガラリと雰囲気を変えて、話を活かそうと考えました。そのためにも、前半はフィクショナルなトーンで制作することによって際立つと思ったんです。

――これまでの是枝カラーを踏襲しよう、というよりも、純粋にシナリオから着想していったと。

是枝監督は、役者との距離感、現場の進め方など現場の雰囲気を大事にされる方なんですね。そこを押さえておけば、監督の色からはズレないと思いました。

監督や役者が撮影現場に揃った時に、動きの確認をしたりお芝居を固める「段取り」という作業があるのですが、僕はその時の瞬発力に賭けていたような気がします。こう撮るべきだという考えに固まらないように心がけました。例えば、最初に撮ろうとしているカットに加え、その後アップで撮る予定だったカットも背中だけの画で通せるのではないかと思ったら、コンテと異なっていても、「ここはこういうアングルで一連でどうでしょうか?」と提案をしました。そういう提案をすることが今回の僕の仕事なのではないかと思っていました。

演出とズレない範囲の中で、もしくは少しズレても、作品が広がっていく撮影があり、それも面白いのではないかと思います。今回は余裕のあるスケジュールだったので、探りつつ、膨らませていきました。コンテ通りに進める撮り方だけではなく、目の前のものを見て撮りたい、と思っています。膨らませていった感じです。やっぱり目の前のものを見て撮りたいと思います。

近藤さんはコンテと台本は全て頭の中にいれて現場にくるんです。そして現場ではお芝居だけをみる。そういう撮影監督さんです。制作スタッフ談

――そういう現場において化学反応が起こった、上手くいったエピソードがあれば教えて下さい。

祥太(城桧吏)と治(リリー・フランキー)が戯れる「駐車場のシーン」は、「瞬発力」が発揮された箇所だと思います。段取りをみて「ココで俯瞰にはいろう」とひらめき、監督に提案させていただきました。

「海の底」になぞられた世界観とルック

――フィクショナルな画を作るための約束事はありましたか?

カメラテストで、大きな世界観を決めました。それで「色」、特に「青」を強めに出していきたいという話は監督としていました。これまでの是枝監督作品は、すっきりとした画の印象だったのですが、本作はこってりさせたいと思ったからです。カメラテストの結果、「それでいきましょう」と言っていただきました。

――社会の底辺で生きる家族を描く部分を、海底になぞられて捉えていらっしゃるそうですが、その設定も最初に決められたのですか?

最初のシナリオには、海を想起させるようなことが書かれていました。監督はシナリオを頻繁に直されていて、一時期は「海」が前面に出た稿もありました。監督の中には海というイメージがあったのは明らかなんですね。

「スイミー」(著:レオ・レオニ)のエピソードが劇中に登場しますが、監督が本作の脚本執筆の取材中に、児童養護施設で出会った女の子が、教科書の中の「スイミー」を音読してくれたことから着想しているそうです。一度はこの絵本の冒頭がタイトルになるくらい、海の中で生活する小さな魚たちと、この家族が重なり合うイメージだったようです。治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)が、ゆり(佐々木みゆ)を親に返しに行こうとするシーンでは、海の底を歩いているようなイメージで撮っています。ロケ場所に、印象的な青い色があると、それを活かせるように監督と話し合って作っていきました。

――印象的なシーンとしてよく語られる「花火のシーン」も、どこか水を思わせる質感がありますが、海の底という設定だったんですね。

「花火のシーン」については皆さんによく聞かれるシーンですが、もともと「都会のビルの狭間にポツンと残された家」「社会においていかれた、その家の俯瞰を撮りたい」というイメージが監督の中にありました。ロケ地もそういった事を想定してマンションに囲まれた場所を探していました。

35mmフィルムで撮影するということ

ロケ撮影の台所

セット撮影の台所

セットでの撮影は約15日間に渡った。この家で生活している「家族」の形が少しずつ作られていったセット撮影中は、本作品が面白くなるということが見えた瞬間だったという。

――ほぼ35mmフィルムで撮影されたそうですね。

一部デジタルであるARRI ALEXA Miniを使用しました。波の荒い海にでる場面があり、限られた時間の中でのロールチェンジが難しいなどの様々な理由から、そのシーンのみデジタル撮影を選択しました。

35mmは監督のこだわりが大きいです。これまでの作品もほとんどフィルム撮影されていますよね。僕もこの作品にはフィルムの質感が合うと思ったので、フィルムを使いたいと思っていました。デジタル撮影でも仕上げでフィルムの質感に近づける作業は行えますが、今回のようにフィルムを選択できる環境があるならば、フィルム撮影がいいなと思います。フィルムが常に良いという訳ではなく、作品によって選択肢があることが良いと思っています。

――寓話性の対にあるリアリティもこの作品の魅力だと思います。どういうところにこだわりましたか?

個人的に考えていたのは、人物の寄りをどういう角度で、どう撮るといいかということです。その辺りのことをとても考えて撮影していました。

全編を通しては、「子どもの目線」の高さで撮ろうと思っていました。祥太くんの目線から見た父親の顔、煽って見上げる大人を捉えたいと思いました。それをなんとか最後まで貫くことができたんじゃないかなと思っています。

近藤龍人からみる是枝スタイルとは?

――6名の主要キャラクターが登場する本作ですが、使うカメラは1台のみ。その意図するところは何でしょうか?

監督に複数台必要なシーンはありますか?と提案はしたのですが、「一つひとつワンカットごとに演出をきちんとつけてやっていく」という話でした。そういうやり方に強い意志をお持ちの方だと察しました。子どもも多いですし、芝居を数台のカメラで撮影して一度でおさえるという選択肢もあるのですが、1台で撮影するというのは是枝監督のこだわりからです。

――その際に大変なことはありましたか?

どのサイズの、どのカットから撮影すればよいのか?は、監督に相談しましたね。何度も(演技を)やってもらうことにもなりますし、最初に子どもたちのキラキラした部分をおさえてしまいたいのか、それとも状況を理解したころに子どもたちを撮ったほうがいいのか、撮影をする順番には気を使いました。

普段は、マスターショットという広い全体的な動きを押さえてから、そこから何が必要かという流れになることが多いのですが、今回はまず表情から撮りましょうという判断が多かったです。 それぞれのキャラクターにおける是枝さんの演出が明確にあり、また役者の方のお芝居によってそれぞれのキャラクター性が出ていたいので、僕の方では、子ども目線にするのか、それとも客観的な視線にするのか、それぞれのシーンでのウェイトの置き方を考えることに集中しました。

――是枝さんと初めて映画作りをした感想をお願いします。

最初にも話しましたが、ドキュメンタリーのように作ることも大切にしていると思いますが、基本的には演出ありきの作り方だと感じました。世の中的に「是枝監督は子役に台本を渡さない」と聞こえていますが、その真意は家で練習をするなということなんですよね。表情が大切なときは、テストなしで狙っていくこともあるし、何度もテイクを重ねるシーンもあり、巧みに使い分けをされているんです。脚本はすごく練られています。

監督は日々撮影した素材を持って帰って編集と確認をして、次の日に臨みます。それによって、翌日新たにシーンが加えられたりと、常に脚本を推敲されています。そうやって監督の作品は作られてきたんだなということを改めて実感しました。

――最後に、近藤さん自身の可能性も広がったと思うのですけれども、今後挑戦してみたいことはありますか?

もうちょっと日本でがんばります(笑)。

「万引き家族」

http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/

  • 監督:是枝裕和
  • 撮影:近藤龍人(J.S.C)
  • 色彩計測:小林拓
  • セカンド:大和太
  • サード:和田笑美加
  • フォース:熊﨑杏奈
  • 照明:藤井勇
  • 制作:AOI Pro.
  • 配給:ギャガ
  • 製作:「万引き家族」製作委員会

WRITER PROFILE

山本加奈

編集/ライター Editor RESFESTやwhite-screen.jpを通して、才能の発掘や国内外の映像文化の架け橋となるべく活動。「NEWREEL.JP」編集長。