カールツァイス認定サービストレーニング国内初開催

ナックイメージテクノロジーで開催されたツァイス・シネレンズサービストレーニング

カールツァイス(以下ツァイス)とナックイメージテクノロジー(以下ナック)は11月30日、東京・赤坂のナックレンタルにて、ツァイス本社のサービストレーナー:サイモン・ソマー氏による「ツァイス・シネレンズサービストレーニング・レベル2」を開催した。

ドイツのツァイス本社修理部では、レンタル機材会社の技術スタッフやカメラアシスタントを対象としたレンズの整備トレーニングを定期的に開催しており、内容はレベル1~4までの4段階に分かれている(レベル1が基礎編、レベル4は修理技術者向け)。

今回行われたのは、レンタル会社技術スタッフ向けのレベル2コース。これはツァイスが定めるレンズ面のキズの探し方と測り方、そしてツァイスが製造するシネレンズの製品ファミリーごとの機構設計上の特徴、そしてそれらツァイスレンズの目視チェックから分解、調整、再組み立てまでのプロセスを習得することを目的としている。

レベル1や2はこれまでツァイス本社のほかにも世界各地で開催されているが、日本国内ではまだ行われていなかった。今回は、シネマカメラの大判化によるシネレンズの重要性が再びクローズアップされている時節に合わせて、ツァイスとナックの両社で企画したトレーニングであり、ツァイスレンズを保有し運用している大手レンタル会社およびプロダクションのスタッフの技能向上を目指している。以下、盛況のうちに行われたトレーニングの一部の様子を紹介しよう。

世界中でトレーニングを行っているサイモン・ソマー氏(左)と、メインの通訳を担当したツァイスジャパンの小倉新人氏(右)

ナックの制作技術グループ、小清水氏と小林氏の2名もサイモン氏のサポートとして同じ作業を実演、参加者達が見やすい近い位置で作業を進めた。

Ultra Primeの分解実習

今回のレベル2トレーニングは、9時から17時30分の1日コース。シネマ業界の定番レンズであるUltra Primeを使って、点検、分解、調整・修理、再組立て、検査機器を用いての精度チェック、のひととおりを中心にしつつ、最後の約1時間は今年発表されたSupreme Primeの整備概略も説明されるという密度の高い内容。

Ultra Primeは現代のツァイスシネレンズの基本といえる製品であり、このUltra Primeの設計思想をベースにのちのCPシリーズやMaster Primeが開発されたとのこと。つまりはUltra Primeを理解することが現在のツァイスレンズの理解にもつながる、という理由でトレーニングの教材として使われているそうだ。

会場では、サイモン氏とナックのサポート2人が参加者の目の前で分解と組み立てを実演。工程ごとに、使う工具の説明と部品の取り外し方、そして元通りに組み直すときに注意すべき点の解説が行われた。

トレーニング中の重要な工程では、作業中のレンズを参加者の間にたびたび回覧し、各自が実際にレンズを触って構造を学ぶプロセスが用意されていた。また、コース中でのメモ取りや写真撮影は許可されており、日ごろの自分の作業の参考にしようとサイモン氏の分解手順を随時カメラで撮影する参加者も多かった。

サイモン氏は50mmのUltra Primeを使って分解整備を解説

レンズユニットの取り外しの工程より。2本の指でレンズグループを支えて引き抜く

トレーニング会場で最初に目を引いたのが、机にズラリと並べられたレンズのオープナーやサポート冶具などの専用工具。工具にはすべて品番が明記されており、トレーニングの参加者はあとから購入することもできるとのこと。

机に並べられた様々な工具

トレーニングで印象的だったのは、「フォーカスが甘い」「遊びがある」といった不具合への対応方法で、どの不具合はどこに原因があるのか、そしてそれをどう修理するか、どんな時に部品交換が必要か、について詳しい説明が行われた。

ツァイスでは、永年の使用に耐えるようにレンズを設計しているが、機構部の中にはあえて他部品よりも強度を弱くして「負ける」ことによって他の重要部品を保護する機能を有した部品があり、こうした部品の調整方法と摩耗の見極めについて時間が割かれて丁寧に説明されていた。

レンズのフォーカストルクを左右する機構部を、精密なゲージブロックを用いて調整する

レンズ鏡胴から光学系を取り外したところで、機械部品の洗浄方法についての説明が行われた。ツァイス本社修理部では、すべての金属部品は洗剤を入れた超音波洗浄機で洗い、その後に圧搾空気で水滴を飛ばし、さらに55℃から60℃のオーブンに入れて完全に水分を除去してから作業を進めるという。

こうした本社での作業手順を学ぶことにより、参加者たちは作業の目的を理解し、本社同等の道具や機器がない場合でもほかの手段で同じ効果を得るためにはどうすればいいかを学んでゆく。

また興味深かったのが、シネレンズのフランジバック調整に必要なシムの扱いだった。記者はシムは消耗品として頻繁に交換すべきものと考えていたが、サイモン氏によれば古いシムも切れたりねじれたりしていない場合にはきれいに清掃して使い続けるべきとのこと。これは新しいシムは切断面がわずかに起きているためにフランジ寸法に影響する場合があるため、可能なら全体がフラットになって「こなれた」古いシムを綺麗に拭いて使い続けるのが望ましいとのこと。

ツァイスのレンズ整備作業では随所でアセトンを洗浄剤として使っている。レンズのシムは薄くデリケートながらアセトンでは軟化しない素材でできているため、注意深く拭けば再利用できる。この際に注意しなければならないのは、清掃紙を2枚使ってシムを上下から挟んで回しながら清掃してはいけないということだ。シムは柔らかいため引っ張りながら拭くと伸びてしまって元に戻らなくなるため、シムは必ず1面ずつ拭いて裏返すという方法でなければならないという。

シムは洗わず、丁寧に汚れをぬぐって再利用する

いっぽう、鏡胴に使われるグリスは、ツァイスでは粘度の異なる3種類を使う。粘度の低いグリスはフォーカス群のグリスアップのみに使い、鏡胴内部で部品が擦れ合う場所は粘度の高いグリスを使う。グリスは面相筆を使って筆塗りするが、グリスの品番を筆の柄に明記しておくことで、間違いを防ぐことができるという。

グリスは塗布部分と塗布量が重要で、その塩梅が説明された

このように、トレーニングは単なる作業工程の説明ではなく、実際の修理に携わる作業者としてのちょっとした工夫や技術の手の内を次々と披露しつつ、キーとなる部分では参加者に実際に作業を行わせて「塩梅」を体感させるという工夫が感じられた。

レンズの傷の判定や清掃についての手順解説

■ツァイス本社修理部でのレンズの傷の判定方法

レンズを整備する前に大切なのは、修理に入庫してきたレンズのコンディションを正しく把握することにある、とサイモン氏は言う。

コーティングやレンズの傷の検査には、ツァイス独自の「スクラッチプレート」と呼ばれる傷の大きさを測るゲージが使われており、その現物を見ることができた。ツァイスではMaster PrimeやSupreme Primeなど、レンズのファミリー別に傷の深さと数の許容値が規定されており、作業者はレンズとスクラッチプレートとを見比べて傷の程度を判断する。

工場で使われているスクラッチプレート

ホコリや傷を確認するときの目とレンズの距離も大事で、ツァイスでは視点からレンズまでの距離を工場基準で特定の距離に定めており、その距離と見方についても参加者に向けて詳しい説明が行われた。また、レンズは光源の前で回していくうちに見えてくる傷もあるため、チェックの際にはレンズを360°回転させて確認を行うように薦められている。

■レンタル会社のレンズの清掃方法

続いて、ナックのレンタル部でのレンズ清掃方法も紹介された。ナック小清水氏の場合は、はじめにレンズ表面をライトで照らしてレンズ表面のコンディションを確認し、ゴミがあればエアーで吹き飛ばす。付着しているゴミの種類としては柔らかい繊維が多いが、なかには硬い砂状の汚れもある。こうした場合は汚れが付いたままレンズ面を拭いて傷をつけないようにするため、最初にエアーを使っているという。

レンズにライトの光を照らしてゴミを確認して、エアーで飛ばす

ナックで使っている清掃液は大きく分けて2種類。1つはエタノールとエーテルを50:50の混合(※)と、もうひとつは業務用清掃液として販売されている日本レジン製の「EE-3310」。

EE-3310は業務用クリーニング液としては揮発が極端に早いわけではないので、拭きムラにならないような清掃スピードを会得する必要がある。EE-3310は金属缶のほかに、手ごろなエアゾールタイプもラインアップされているため、撮影現場に持ち出すことも容易なのだそうだ。

このほか「前玉はどうやって拭くのか?」「清掃紙はどう折ると使いやすいのか?」といった質問に答えて、レンズクリーニングも実演された。レンズを回しながら、レンズ光軸中心から外に向かって拭くイメージで、ブロアーでは飛ばなかった部分を撫でるイメージで行う。途中で息を吹きかけてわずかな水分を付着させることで、落ちなかった汚れが落ちることもあるとのことだ。

ナックは清掃紙の折り方が独特で、先端をとがらせる。こうすると細かい部分や隅も拭きやすいという

(※)この混合液を使う清掃方法はレンズ技術者の業務上の参考として挙げられたもので、個人ユーザーが自分で混合液を作ることを推奨するものではありません。

レンズの仕上がりのチェック方法を解説

■ツァイスのMTF検査機「K8」を使ったチェック方法

トレーニング後半では、ナックの施設内にあるツァイスのMTF(Modulation Transfer Function)検査機「K8」が設置された部屋に移動し、工場基準でのレンズのチェック方法の説明が行われた。

ナックでは、ツァイス本社で2週間におよぶサービストレーニング研修を修め、ツァイス純正の検査機器を導入し、2009年にツァイス本社以外では世界初となるツァイス公認のシネレンズサービスセンターに認定された。現在ツァイスの認定サービスセンターは、ナックのほかに米国のAbelCine(ロサンゼルス)、中国のARRI China (北京)にそれぞれオープンし、これに加えてツァイス本社修理部の世界4拠点が重度修理に対応できる。

K8はシネレンズの製造現場と修理部門との両方で使われているツァイス自社開発の測定器で、各種レンズのMTF特性を、レンズの軸中心だけでなく外周部も360°回転させて測定できるところが特徴である。これにより画面平坦性も測定でき、効率的にレンズの性能検査を行える。

このK8の導入により、ナック社内でツァイス本社と同等の修理作業が可能になっている

■コリメーターやレンズテストプロジェクターを使ったチェック方法

専用検査機による高度なチェックを経たレンズも、最終的な確認は目視による確認が行われて異常がないかどうか、経験豊かなサービス担当者による点検が行われる。ナックでは修理完了レンズは、コリメーターを覗いてフランジバック寸法の最終確認、K8による性能測定、カメラに取り付けての実映像チェック、そしてプロジェクターによる投影検査、と計4回もの確認を行っているとのこと。

コリメーターを使っての無限遠やフランジ寸の確認作業

投影検査は欧米のレンタル機材会社ではごく一般的に行われているチェック作業で、レンズ後端から壁に向かって解像力検査用のテストチャートを投影する、というものだ。

このチャートにはカメラのセンサーサイズを想定したグリッドが記されており、レンズがそのセンサー領域をカバーしているかだけでなく、中心部と周辺部でどう解像力に違いが出ているか、画面左右で片ボケが発生していないかなどを比較的簡単に目視できる。

テストチャートを投影するレンズテストプロジェクター

部屋を暗くして行われる投影チェック。チャートの中心だけでなく、四隅もどう解像しているかを見る

今回のトレーニングを共催したナックは、「ツァイスは技術を出し惜しみせず、ユーザー(レンタル機材会社)が出来ることはどんどんユーザー自身でやっていただく、というスタンスのメーカー。ユーザーに正しい修理知識を伝え、自分ではどこまでできるか、どこから先はツァイス認定サービスセンターに任せるべきか、という切り分けを学んでいただくことが大切です。普段のメンテナンスと小規模なメンテナンス作業はユーザー自身が行っていければ、最終的には、業界に存在するツァイスのシネレンズ1本1本の品質がよくなり、撮影現場においてお客様に安心してお使いいただけると思っています」と話す。

またツァイス側も「ナックという経験を積んだ信頼できるサービスパートナーの協力があったからこそ、こうした有意義なイベントを実現できた。日程は未定だが、来年以降も定期的にトレーニングを開催して、日本のレンタル会社および映像制作プロダクション、さらにはカメラアシスタント達の知識と技術の向上に寄与していきたい」とコメントした。今後の開催については、決まり次第ナックのSNSなどで情報を公開してゆくという。

セミナー参加者の集合写真

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。