幅広いユーザーにアプローチするアドビの次の一手はハリウッド

ハリウッドにアドビがスタジオを構えたという話を聞きつけPRONEWS編集部は、一路カリフォルニア・サンタモニカへ向かった。個人的にもアドビユーザー歴も実に四半世紀になる。映像編集を始めた頃に出会ったソフトウェアが、いよいよハリウッドにも進出しているのは感慨深い。

空が青いサンタモニカベニスビーチ。ほど近いところにスタジオは存在する

春の日差しがすでに暑く感じられる陽気の4月末のサンタモニカ。そんなサンタモニカの目抜き通りであるプロムナードからワンブロック横にハリウッドオフィスが存在する。サンノゼに本社を置くアドビ社がなぜハリウッドに向けて編集スタジオをハリウッドに構えたのか?漠然と興味が湧いてしまう。

今回このスタジオを指揮しているアドビ社でフィルム・エンジニアリング・チーム・リードを務めるTodd Reeder氏を訪ねた。

Todd氏は、大学で映像編集を学び、編集者かアニメーターを志すもビジネスにも興味があり開発側の方に興味が移り、ビデオ編集ソフトの開発者として映像業界に飛び込んだ。いくつかのソフトウェアに携わり2005年からアドビに参加したバックグランドがある。Premiere Proフィルム開発チームを取りまとめて未来を描くスタジオの中心人物だ。

まずは、なぜハリウッドを選択したのか?そしてハリウッドにスタジオは必要なのか?気になる部分を直撃した。

すでにハリウッドと友好なPremiere Proの存在。ハイエンド映像編集をサポート

Hollywood Cutting Rooms全景

Todd氏:アドビ本社は、サンノゼにあります。ハリウッドに居を構える一番の狙いは、ハリウッドのユーザーに対して、Premiere Proを満足して使ってもらうためです。PremiereProによる編集ワークフロー改善するためには、多くの現場やお客様にと協業するためにもハリウッドという場所を選択しました。

その設えは、一見通常のスタジオ然としているが、実際にハリウッドの映像制作者との関係はどうなのだろうか。

アドビ フィルム・エンジニアリング・チーム・リードTodd Reeder氏

Premiere Proは多くのハリウッド映像制作者の制作業務に関わっています。大変良い反響をいただいております。現在、ハリウッド映像制作者たちと非常に良い関係が築けており、いわば共生関係といえます。

「マインドハンター」「さらば愛しきアウトロー」(ロバートレッドフォード俳優引退作品、2019年7月日本公開予定)「オンリー・ザ・ブレイブ」「デッドプール」などすでに多くのハリウッド作品にも関わっています。おかげさまで、そこから評判が広がり、現在も一度ワークフローに採用いただくとリピートされる方が大半です。

ハリウッドスタイルの映像制作はやはり違いはあるようだ。テレビ制作やCM制作など一般的な映像制作とは異なってくるのだろうか?

ハリウッドでの制作に関して、特徴的なことをあげるとすれば、その一つとしてカメラ解像度の違いが挙げられます。制限のある一般ユーザーに比べ、潤沢な予算がかけられるハリウッドでの映像制作は、高解像度フッテージが大量に撮影されるます。そのために大量のストレージと高いマシンパワー、処理速度の速いソフトウェアが必要とされます。結果ハリウッドスタイルの映画制作では大量のフッテージが生まれます。

あるハリウッド作品では、複数カメラによる500時間ほどのフッテージ素材が持ち込まれ、Premiere Proを使用し、2時間の作品に仕上げました。まさにこれがハリウッドスタイルの映像制作と言えます。

このスタジオ利用者にとって、制作現場で求められる機能や操作方法を直接Adobe側にリクエストし、その機能が実装されることがその証と言えるだろう。

そこで気になるのが、Premiere Proで実際にハリウッド向けに実装された機能はあるのだろうか?ハリウッドの現場から生まれたアップデート機能を教えてもらった。

ハリウッドの編集者たちが熱望した「フリーフォームビュー」は今回のアップデートで実装された

このスタジオから生まれた機能は「フリーフォームビュー」を始め、多くの機能実装を行いましたよ。

「フリーフォームビュー」は、ハリウッドの製作者たち待望の機能で、グリッド固定から解放されます。例えば必要ないクリップをグルーピングして移動可能です。またレイアウト内容を編集者ごとにカスタマイズして保存可能で複数の編集者で同一のプロジェクトで作業する場合などにも機能します。未来のバージョンではさらにスタジオで生まれた機能実装が行われる予定です。

複数の編集者で同一のプロジェクトを共有し仕事を進めていくスタイルもハリウッドの映像制作の特徴と言えるのだろう。Premiere Proが一個人ユーザーからハイエンド映像制作までの幅広いレンジで対応していることも注目すべき部分である。ハリウッドの制作スタイルは具体的にはどのようなものなのかを聞いてみた。

複数の編集者が関わるハリウッドスタイルのプロジェクトは、「シェアプロジェクト」機能で対応しています。これもまさに、大量の動画素材を複数の編集者が関わって最高の結果を出していくというハリウッドの編集スタイル、ワークフローから生まれた機能です。

彼らの仕事はファイルを整理したりすることではなく、ストーリーを紡ぎ出していくことですから、Premire Proはそんな彼らのワークフローを最大限支えていくことが使命だと考えています。

今そこにあるハリウッドの映像制作のトレンドとPremiere Pro

実際にハリウッドのハイエンド映像編集トレンドはどうなのだろうか?

ハリウッドでは、ほとんどが大規模な映画制作ですが、やはりNetflixやAmazon Prime VideoなどのVOD(ビデオオンデマンド)プラットフォームでの映像制作も増えています。すでにAdobe Premiere ProとAdobe After Effectsは、「Netflixポストテクノロジーアライアンス(Netflix Post Technology Alliance)」による製品指定を受けています。

予算的に見ても、映画制作は非常に大きな予算を扱っていますし、Netflixもエピソディック(複数エピソードのシリーズ物)ですが、1本の制作予算がこれまでのテレビドラマなどに比べても映画並みの予算です。大きなプロジェクトですが、編集制作サイドから見ると、編集機材にはiMac ProやハイエンドPCを使って速度重視でいるため、ほとんど違いはないと思います。

アドビ社では、Adobe Premiere ProとAdobe After EffectsがNetflixポストテクノロジーアライアンスに認定されている。ソフトウェアで認定数は少ない

Netflix内の作品は機材やソフトウェアまでこのアライアンスで細かく指定されて作品が制作される。では、日本において推進されている8Kや4Kだが、ハリウッドでの状況はどうだろうか?すでにハリウッドでもPremiere ProやAfter Effectsなど、同社のプロ向け映像編集製品は使用されていることは前記した。

同じくNetflixが作り上げる番組に、コーエン兄弟の「バスターのバラード」を始め映画の世界にもPremiere Proは受け入れられている。日本では4K8Kとキーワードが先行しているが、Premiere Proではすでに対応可能で、後は実際の映像を制作側のワークフロー移行と業界の進度だけだという。

Premiere Proでの4K編集可能ですので、4K8Kを扱うことは、近日中に業界でも当たり前のワークフローとなるでしょうね。Netflixは、アライアンスルールで納品形態として4K、HDRと細かくレギュレーションが定められています。長編映画は常に最高解像度撮影がほとんどです。今後は8Kへ移行することは予想されます。

現状は8Kネイティブ編集や出力せず、リポジションしたりフレーミング用に使用するのが現状です。

現状のワークフローでは、大量のフッテージを扱うハリウッドの編集者にとって4Kや8Kで撮影される映像素材はデイリーズハウスにアップロードして、そこから2Kプロキシ素材を各編集者が持ち込むことがほとんどです。

ハリウッドではいくつかの会社がRAWデータとプロキシ素材の管理を提供しており、Premiere ProもまたXMLやEDLを使って編集データを総括します。

それ以降はPremiere Proで進行することが効率化や最適化されたワークフローを実現可能にします。

それほどマシンスペックの高くないPCで4K編集をするユーザの場合はPremiere Proを使用し、プロキシファイルを生成して編集することが多いと思います。

スタジオの機材について、そしてスタジオ機材選定理由は何なのか?聞いてみた。

ハリウッドで使用されているプロ機材と同等で最新の物を揃えています。プラットフォームはMacとWindowsの両方です。ハリウッドで多く使用されているiMac Proがメインマシンです。Windows機はDellのワークステーションです。Dell社製のCanvas(タッチスクリーン)上で様々な作業が可能です。

マシン機材類はアイソレーションボックスの中に格納しており非常に静かです。各社の4K IOカード等をもこちらに格納しています。

音響も5.1フルサラウンドの音場を構築しています。ハリウッド定番のGrace Designのサウンドコントローラー、Genelicスピーカーも実装しています。これらもお客様のスタジオ環境と合わせて、プリアンプ、AJAなどのIOボックスなどアウトプット方法は変更します。

全ての機材は光ファイバーでITクローゼットに接続され、ネットワークシェアードストレージはAvid、OpenDrives、Dellのソリューションを準備しています。

大容量ストレージは、大量フッテージを扱うハリウッドの編集環境に合わせています。ハリウッドではプロジェクトを複数人で行うワークフローが一般的です。そのため一箇所に集められた大容量データストレージが必要なのです。

機材選定にあたってもオープンな姿勢を貫いており、どこのメーカーでも使用環境に合わせて、Premiere Proが動作するように調整しています。トレンドが変わればすぐアップグレードしていくポリシーです。

Dell社製のCanvas(タッチスクリーン)上で様々な作業が可能になることはハリウッドの編集者にもかなり目を引くという

最後にこのスタジオのゴールを教えてもらった。

ハリウッドに拠点を構築し、我々Adobeが本気であるということを示し続けることだと思います。サンノゼのアドビ本社から、ハリウッドの映像制作者に向かって「我々は映像制作のお手伝いをしますよ。必要ならサンノゼまで来てね」と問いかけるのでは意味がありません。

ハリウッドにエンジニアなどの人材も配置した拠点を置くことで、いつでもハリウッドの映像制作者用の機能実装していき、トレーニングセッションを提供するなどが可能となります。また、ここに拠点があることで、トレーニングセッションを編集者ギルドや様々な団体にも提供可能で、多くの編集者たちがPremiere Proの使い方などを学んでいます。

スタジオだけどラボ的な存在、ユーザに寄り添っているというこの存在自体がPremiere Proの一部のような印象を受けた。ポストプロが現在、直面する課題を解決するため連携し、クリエイティビティが自由に発揮されるテクノロジーの限界を押し広げるアドビの力が垣間みれた。

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