txt:ふるいちやすし 構成:編集部

モンゴルに生息する巨大魚、タイメンを釣る旅へ

モンゴルへ行ってきた。首都ウランバートルまでは直行便もあって、わずか5時間半。ヨーロッパやアメリカと比べればなんとも簡単な旅だ。だが今回はそこから更にプロペラの飛行機で2時間半飛んで、そこから絶対に強靭な四輪駆動車でなくては行けないような悪路を8時間走って、もうロシアとの国境が見えてきそうなところまで行った。

実際に行くまでのモンゴルの印象としては、広大なゴビ砂漠と乾いた草原地帯に遊牧民達が馬を走らせているといった物だったが、そこまで北へ上がるとタイガと呼ばれる針葉樹林地帯。氷河が作り出したダイナミックな地形に緑が溢れて、美しい山河に圧倒された。14mmの超広角レンズを持って行ってたのだが、それでも収まりきらないスケールに、今まで使いたいと思った事すらないスマホのパノラマ機能を初めて使ってみたほどだ。

残念ながら今回の撮影の目的は、モンゴル奥地に生息する巨大魚、タイメンを釣るというものだったので、スケジュールのほとんどが釣りに当てられていて、この圧倒的な風景にもじっくり腰を据えて向き合う事ができず、移動中の合間を縫って撮るくらいの自由しか許されなかった。

例えばアメリカなどでは空いた時間に車を借りて一人で風景を撮ってまわる事もできたのだが、そこの道はとてもよそ者が走れるようなものではない。忸怩たる思いでそのスケジュールに従うしかなかった。それも含めて予想を遥かに上回った自然の中にいた10日間だったが、困り果てたインフォメーションの誤りが幾つかあった。

予想外の寒さ。未知の土地には十分な備えを

それは日本人のコーディネーターによってもたらされた事前の情報だったのだが、まずは気候。北海道の夏だと考えてくれればいいという事だったので、暑さ対策はしていったものの、寒さ対策はそれほどして行かなかった。

自分でネットで調べられるのはせいぜいウランバートルの天気や気温くらいだったので、それは確かに北海道の気候と変わりはなかった。だが実際は遥かに北へ入っていったので、テントで過ごした夜には寒くて寝られず、いや、そのまま寝たら凍えてしまうと感じ、一晩中起きて歩き回っていたほどだった。

かと言ってすぐに着る物を買えるような店もなく、現地ガイドの人に無理を言って服を借り、なんとか乗り切ったという恥ずかしい事をしてしまった。準備を甘く見てはいけないと肝に銘じた。もう一つ、ガセネタに苦しめられたのは、移動は車と船がほとんどで、トレッキングはほとんどないと聞いていたので、撮影は僕一人だったが、大型の三脚を持って行った。

だが、蓋を開けてみると歩く歩く!撮影の後半には爆弾を抱えている私の膝はもうボロボロだった。堪りかねてコーディネーターに詰め寄ると“だって俺も初めての場所なんだ!知らねえよ!”と逆ギレされる始末。未知の土地にはあくまで自己責任で徹底的に調べて用意を怠ってはいけないと反省した。映画祭や撮影で海外に度々行っているという油断があったのだろう。それとインターネットで何でも簡単に調べられるという考えも改めなければならないと痛感した。

日本語と英語が堪能なベースキャンプのオーナーに救われる

そんな中で私たちを大いに助けてくれたのがベースキャンプであるShishged Camp(シシドキャンプ)のオーナー、バートルさん。彼は日本に住んでいた事もあり、日本語と英語も堪能で、他の人はガイドも含めて日本語はおろか、英語も全く通じないという中、本当に助かった。というか、彼がいなければ日本人だけでこの地へ来る事はとても無理だっただろう。

逆に言えば彼がそこにいてくれるので、皆さんにも是非行ってほしい!誤解のないように言っておくが、基本的にはガイドも村の人々も言葉が通じなくてもとてもフレンドリーで、身振り手振りでなんとかこちらの気持ちを解ろうと笑顔で接してくれる。実際、同じモンゴロイドとして、韓国や中国よりも親近感を感じ、嫌な思いは一度もしなかった。

モンゴルの文化に触れ、映画制作の可能性を感じる

バートルさんとガイドの村人は我々を村の祭にも招いてくれた。裸馬をも楽々乗りこなす子供達が20kmを走る競馬をやっていたり、勿論モンゴル相撲もやっていた。最近ルールが変わって長くても1試合30分で終わるようになったが、昔は2時間以上も組み合う事もあったそうだ。とにかく物凄いパワーで自然の中で生きている。

そういう生活、文化、そして大自然を日本の人にも一人でも多く見てほしいとバートルさんは言う。私にここで映画を撮ってくれと言ってくれる。それはできない事ではないと感じた。

確かに20人を超えるロケ隊が来るには無理がある。だが、プチ・シネなら可能だ。いつか実現すれば素晴らしい!だがそこで私はこのコラムで日本の地方都市に向けて度々言い続けている事を彼に投げかけてみた。この地域の人が自分達の映画を作るべきだと。最初のリアクションは日本の地方都市と同じだった。とても無理だと。

だが私は丁寧に説明した。お金の規模、必要な設備、教育、そして世界中の映画祭への可能性。その全てが彼の予想より遥かに現実的で、彼の目も真剣に変わった。そしてそれがもし可能なら、スポンサーを見つける事ができるかもしれないとまで言った。馬に乗った少年がジンバルを片手に疾走する風景が私の脳裏に浮かんでドキドキした。

そしてもし実現するなら協力を惜しまないと約束して帰ってきた。これで日本の地方都市より先に彼らが本当に始めたら、嬉しいやら恥ずかしいやら!何れにしても、私たちが素晴らしいロケーションを求めて短期間“そこ”へ行くのと、元々“そこ”に根付いている人々が映画を作る力を身につけるのとでは訳が違う。そしてそれが可能な時代になっているのだ。私は真剣にそんな事を考えている。

本来の目的が変わるほどに魅力あるモンゴルの文化。映画作りの意欲に火が付く

実は今回の主人公(=プロデューサー)も同じように巨大魚釣りよりもモンゴルの大自然や生活、文化に完全に魅了されて、帰る間際には「今回のテーマを釣りではなくモンゴルそのものに変えよう!」と言い出した。いやいや、ちょっと待って下さい。大自然も文化も大して撮ってませんよ。と返すと、「じゃあ冬が来る前にもう一度来ましょう!」などと本気で言い出している。ひょっとするとひょっとしますよ。

何れにしても旅は素晴らしい。せめて日本国内でも日常的に美を求めてもっと旅をするべきだと強く思っている。そして美しい、もっと美しい映画を作るんです。地方の皆さん!“そこ”へ行きます。映画を作りましょう!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。