txt:伊藤格 構成:編集部

第2世代Mac Proは拡張の低さが憂鬱だった

RED Digital Cinema Camera社に代表される8K RAW映像収録が可能なカメラで撮影された素材を編集、カラーグレイディング、仕上げるにあたって、一世代前のMac Proでは十分なパフォーマンスが得られないためにMacを離れたクリエイターは少なくない。

筆者は音楽、映像、グラフィックス等全てのクリエイションにおいて、初期型以来Macを武器として長年利用していたが、今回の第3世代のMac Proがリリースされるまで約5年程、第2世代のMac Proの非力さ、拡張性のなさが自分の用途には合致せず、Windowsマシンに切り替えていた。

第2世代Mac Proでは拡張するにしても、Thunderbolt 2ベースの拡張シャーシという選択になってしまうし、拡張したとしてもせいぜいPCIeのx2レーン相当という非力さ。そしてREDカメラのRAW素材であるR3D(当時は5Kや6K素材)のカラーグレイディングをDaVinci Resolveで処理したとしても、出力時に処理されてない黒いフレームなどが途中に入ってしまう。

どんなに良質なThunderboltケーブルを選択して、Thunderbolt接続のRAIDを接続し、Thunderbolt 2対応のUltra Studio 4KやSonnet社のThunderbolt 2拡張シャーシ等にRED Rocket X(R3D用アクセラレーター)やDecklink 4K Extremeを搭載させると、システム的に無理があり、レンダリングエラーは避けられなかった。

筆者が現在使用しているPCの様子。Gigabyte X299-WU8、グラフィックスボードはRTX Titanを2枚搭載し、Core i9を搭載した最高峰レベルを実現している

そして5年前フリーランスになってちょうど新システムの導入に迫られ、Adobe Premiere ProやDaVinci ResolveのWindowsバージョンの定着化も進んでいたこともあって、ASUSベースのWindowsマシンに乗り換えたのである。それは旧Mac Proの、拡張性や発展性のなさに飽き飽きした結果であった。そして毎年PC関連のメーカーが提供する進化とNVIDIA社とRED Digital Cinema社による提携で、RTX系のTuring機構で8K RAW映像のリアルタイム処理ができるまで発展してきた。

それで落ち着いたと思ったら

そうしてPCベースでできることは今のところ、おおよそできたかなと思いきや2019年6月4日、第3世代の新型Mac Proの発表。5年以上も噂が出続けていたので信用しなかったが、正式発表には驚愕のスペックが含まれていた。

今回アップルからお借りしたMac Pro(Early 2020)。3.2GHz Xeon W 16C/RAM:192GB/SSD:4TB/2xRadeon Pro Vega II/Afterburner。こちらの組み合わせでアップルストアの価格は税別2,095,800円(Pro Display XDRの価格はこちらに含まれていない)

ハイエンドワークステーションとして、CPU処理が高速なことはもちろんだが、CPUだけでは8K RAWの映像処理はできない。筆者のPCのシステムのように、ブートドライブにはm.2 SSD、グラフィックスボードは映像処理に対応した高速な物を複数枚、映像ファイルを大量に保存できて、書き出しができる。高速大容量のストレージが必要、そしてビデオ出力するためのビデオボード等が必要なため、それらを搭載、接続するために必要な通常以上数のPCIeスロット、メモリの搭載容量などの高い要求性が問われ、そのためにはそれに適応したマザーボードが必要である。

WindowsでもXeon-Wを使って48レーン+PCHアクセス(ストレージ)に16レーンと、合計64レーンになるGigabyte MW51-HP0などもあるが、Thuderbolt 3の対応はなく、10ギガビットイーサネットの端子もないので、SAS系のストレージを使うことになる。そこまでハイエンドになるとWindows関連のメーカーも汎用性がないため、レーン数も、PCIeスロット数も、M.2端子も、Thunderbolt 3対応も揃っているマザーボードはない。

8K RAW映像処理では筆者が組んだ最高峰のCore i9 PCワークステーションでも、フル品質で再生することはできるが、処理の重いノイズリダクションをかけたりすると、GPUの力を借りても現状ではコマ落ちしないで再生することはできない。そのため常に次のステップアップは何か、常日頃検討しているのである。

そこで新しい第3世代のMac Proの発表だった。それは自分のような超ハイエンド映像を制作する上での要求に応えるための機能が詰まっている、まさに次世代のスペックを搭載しているのである。

まずはPCI Expressレーン。通常44レーンが最大という常識から比べて64レーンとは次元が違う。そしてPCI Express拡張スロットは8基(とはいえ、ベースI/OのためにハーフレングスのスロットはApple I/Oカードが装着済み)。また通常映像処理用のグラフィックスボードはPCI Expressを2スロット分費やすので、PCのマザーボードでは使いたいスロットを潰してしまうことがほとんどだが、Mac Proではダブルワイドスロットが4基。グラフィックスボードを4基搭載しても、シングルワイドスロットを物理的に潰してしまうことはない。

計8基のPCI Express拡張スロットを搭載

まあ、16レーンのグラフィックスボードを4枚挿すと最大許容レーン数の64レーンを費やしてしまうのだが、PCI Expressは処理の要求によってスイッチするので、用途に必要なものすべてを搭載できるのは、素晴らしい設計である。

ただし、今回アップルが考えたのは、単に16レーンのグラフィックスボードを4基搭載して、大して効力のないSLI接続をすることではない。映像処理においてGPUが携わる度合いが増している現状に対して、AMDと共同開発しPCI Express規格を超えたMPXモジュールという機構で最大4台分のRadeon Pro Vega II(Radeon Pro Vega II Duoを二枚分)をPCI Expressの5倍の速度で動作させるという。

Radeon Pro Vega II DuoはNVIDIAのTITAN RTXと比べるとグラフィックメモリの処理速度が圧倒的に高速である。GPUとしての処理速度は比較的同等であるが、3D処理の演算と違い、8Kや4K映像の処理は、CPUやメインメモリ、そしてストレージとのやりとりが高速であることが要求される。MPX機構では、メモリのバンド幅はTITAN RTXの約2倍。メモリのバス幅は10倍以上だ。

なのでRadeon Pro Vega II Duoを2基装着し、付属のリンクケーブルで接続した際、映像処理のノイズリダクションにおいてどれだけの差が出るのかが気になるところである。また、ProResやProRes RAWに関してはAfterbunerというアクセラレータを追加し、CPUのデコード処理の代わりを受け持たせることもできる。まさに映像処理をするために至れり尽くせりのスペックだ。

2つのAMD Radeon Pro Vega IIグラフィックスプロセッサを搭載した「Radeon Pro Vega II Duo」MPXモジュール

そのパフォーマンスや、いかに

まずは少しややこしくなるので、現在ではProResやProRes RAWのみ対応しているAfterburnerを除いた映像処理でそのパフォーマンスを探っていこう。

■DaVinci ResolveでRED素材場合

最初にRED Weapon Helium S35 8Kカメラで撮影した8K RAW映像をDaVinci Resolveでカラーグレイディングしてみる。筆者のPCのXeon-WとCore i9の違いも気になるところである。撮影素材は8Kで60P収録したもの。これを8Kタイムラインで、フルディベイヤー設定して再生させる。

まずはMac Proで画面のように8K RAW素材をタイムラインに配置。タイムラインの解像度は収録されたネイティブ8K画角より少し小さい8K UHD画角にしてR3Dのディべイヤー設定をフルにする。再生してみると、再生フレームレートは22フレームと表示されている。ということはカラーグレイディング時にはフルディべイヤーではコマ落ちしているということだ。

次にCore i9のPCワークステーションで同様のことをすると、再生フレームが59.94と56フレームあたりをふらふらしている。少しだけコマ落ちしているということだ。PCワークステーションの方がパフォーマンスはいいということになるが、今回は残念ながら検証用に提供していただいたMac ProがRadeon Pro Vega II Duoではなかったことが原因であろう。

巷ではグラフィックスボードの比較をする際、Titan RTXと比較されるのはRadeon Pro Vega II Duoの方なので、Duoでない通常バージョンの方が半分のパフォーマンスであることを考えると、この再生可能フレーム数の違いはうなづける。

またDaVinci ResolveのRED R3D対応がWindows Cudaの場合は、デコードならびにディべイヤーの両方を対応しているのに比べ、Mac METALはデコードしか対応していないのもこのパフォーマンスの違いに現れている。

https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_13.png Mac Proで8K RAW素材を再生。再生フレームは22フレーム
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https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_14.png PCワークステーションで8K RAW素材を再生。再生フレームレートは59.94フレーム
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■DaVinci ResolveでBlackmagic RAWの場合

ではDaVinci Resolveのネイティブと言ってよいBlackmagic RAW(以下:.braw)ではどうであろうか?前述のように現段階ではRED R3Dにはフル対応できていないMETALではあるが、ユーティリティのRAW Speed Testを使うと、自分の使っているシステムのRAW処理のパフォーマンスを測ることができる。では試してみよう。

例えば筆者のCore i9 PCワークステーションでは、BRAW 3:1圧縮の場合、図のようにCPUでは37フレーム、Cudaの場合は92FPSだ。次にMac Proでは…CPUでは58フレーム、METALでは140フレームという驚愕の数値を打ち出した。RED R3Dに比べて、このパフォーマンスの差は、やはりMETALにおけるRED R3Dの対応がデコードのみということであろう。

Core i9 PCワークステーションのテスト結果

Mac Proのテスト結果

ではリアルライフテストではどうであろうか。現在.brawには8Kで撮影できるカメラはないので、Pocket Cinema Camera 4Kで撮影した4K .braw映像を8Kタイムラインに4つ並べて再生してみた。実際の8K.brawがあったとしたら、この方法だと少しプロセスが介在するが、指針には十分なる。

まずはMac Proだと、おおよそ59.94フレーム。RED R3Dと違って随分良いパフォーマンスだ。次にPCではどうだろう?図のように40フレームから50フレームあたりを推移する。ということで.brawに関してはMac Pro METALに軍配が上がった。

https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_16_Resolve-METAL-8K-59.94.png Mac Proで.braw映像を8Kタイムラインに4つ並べて再生。再生フレームは59.94フレーム
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https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_17_PCcuda8k60p.png PCで.braw映像を8Kタイムラインに4つ並べて再生。再生フレームは40フレーム
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映像提供:NB Club Ginza
■4Kでは?

さらに、一般的な用途として8Kではなく4Kの.brawで作業してみよう。素材のフレームレートは一般的な29.97pだ。Mac Pro上のDaVinci Resolveでは、元素材にノイズリダクションをかけ、次にOpenFXのビューティプラグイン、そしてそれをカーブやカラーホイールで調整しても29.97フレームのままリアルタイム再生できた。

次に筆者のPC。PC上DaVinci Resolveでは、ノイズリダクションをかけて、次にOpenFXビューティプラグインを加えたところで21フレームになってしまい、少々のコマ落ちが見受けられた。Speed Test程の違いではないが、明らかにMac Pro Metalの方がパフォーマンスが良い。なので、Pocket Cinema Camera 6KをRAWネイティブでカラーグレイディングしたい人にもMac Proが良いだろう。

https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_18_ResolveMETAL4K29.97.png Mac Proで4Kの.brawの再生。再生フレームは29.97フレーム
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https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/02/ong69_MacPro_19_pccuda4K30p.png PCで4Kの.brawの再生。再生フレームは21フレームと表示
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映像提供:NB Club Ginza
Final Cut Pro + Afterburner

次にDaVinci Resolveで作業したことを同様にFinal Cut Proを使ってやってみよう。残念ながら現段階ではFinal Cut Proは.brawに対応していないため、ATOMOSが提供しているShogun Infernoで収録したProRes RAW HQ(4K25p)のデモファイルで検証しておこう。その代わり、ProRes RAWに対応したAfterburnerの効果も確認できるはずだ。

Final Cut Proに素材を取り込みProRes RAWファイルを取り込み、UHD25Pのプロジェクト(タイムライン)に配置する。その後Final Cut Proのノイズリダクションを施してみる。ソフトウェアの環境が随分違うので一言では表しにくいが、高品質モードではその時点でコマ落ちしてしまった。パフォーマンスモードでは、スムーズに再生する。Afterburnerの効果を期待したが、現時点では発展途上と感じられた。

.brawをResolveで作業するなら圧倒的にMac Pro

今回短い時間での検証だが、自分が普段から携わっている8K RAW映像処理において、自分が提供できる方法で、新しいMac Proの可能性を見出してみた。RED Digital Cinema Camera社の社長であるJarred Land氏によると、AfterburnerはProResだけのものではない、と発言していることから、約束はできないが、REDのRAW映像フォーマットであるR3Dにも対応できるであろうことを匂わせている。

現時点で一番効率よく、自分が使っているような熟成されたWindowsベースのワークステーションよりパフォーマンスが見出せるのは.braw環境である。今回の比較ではNVIDIA Titan RTX2枚と、廉価版であるRadeon Vega II2枚の比較になったが、Radeon Vega II Duo2枚だったり、レーン幅が64レーン、起動ボリュームのSSDの容量も2TB以上を選べる、PCI Expressのスロットや、Thunderbolt 3の端子が、MPXモジュールにより4基ごと拡張できたりすることは、.brawを中心に作業するには、すでに最高の環境だし、しばらく将来性もあり安心である。RED R3Dを処理するとしたら、現時点では特定のPCに軍配があがる。

しかし、今回の新しいMac Proの内容には、本当にびっくりさせられた。何年もハイエンドコンピューターから離れていたメーカーができることとしては信じられないが、それだけ裕福な会社で、外には出てこなかったが、社内では研究をし続けていたのであろう。

PCでは、体裁がよく、使いやすい実用的なケースもなかなか探すのに苦労するが、これだけの将来性、高機能性、デザイン性の高い製品を出せるのは、さすがアップル社である。あとは、音楽、映像のクリエーターが具体的にどの内容でMac Proを購入すれば良いのかわかりやすくできれば、購入者も助かるだろう。4K以上のRAW映像を扱うならRadeon Vega II DuoをMPXモジュールで二基搭載することをお勧めする。

伊藤 格|プロフィール
テクニカルプロデューサー。撮影、DIT、カラーグレイディング、編集も手掛ける。以前MOTUの輸入代理店をしていたので、音楽制作にも精通。Red Weapon Helium 8K、Epic Dragon 6K、Epic-MX 5K、BMPCC4Kなどを所有している。

WRITER PROFILE

編集部

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。