txt:林永子 構成:編集部

日本のミュージック・ビデオ(以下:MV)シーンを超近視的に目撃してきた映像ライターの林永子が、その歴史を振り返る連載もいよいよ2010年代へ突入。

前4回(vol.06~09)は、筆者自身がMVと最も密接であった2000年代について、実体験をもとに記した。今回からは2回に渡り、2010年代前半・後半をまとめる予定で準備を進めていたのだが、ひとまずは多様な変革を遂げた2000年代と地続きとなる2010年、2011年までについて記してみようと思うに至る。

というのも、2011年には東日本大震災が起こり、社会全体はもちろん、映像制作現場にも変化が生じた。多くの映像制作者が、それ以前のワークスタイルや方法論が通用しない現実と向き合い、今自分ができること、するべきことを模索した。その結果が2012年以降に反映されているため、本稿では契機となった2011年までのMVシーンについてまとめていく。

2010年の音楽市場

MVは、AudioとVisualによる視聴覚表現を駆使した映像作品である。同時に、楽曲およびミュージシャンのプロモーションに活用される販売促進ツールである。その制作費は、原則的にレコード会社の宣伝費によって捻出されるため、MVは音楽産業に不随する作品および広告という立ち位置となり、年次のCD等の売上額の影響も当前ながら反映されることとなる。

よって、本コラムでは以前より年次の売上チャートを紹介しているのだが、2010年はいつになくシンプル。なんとCDシングル売上のトップ10をAKB48と嵐が独占している。

2010年トップ10(MV Dir)

1位:AKB48「Beginner」(Dir:中島哲也)
2位:AKB48「ヘビーローテーション」(Dir:蜷川実花)
3位:嵐「Troublemaker」
4位:嵐「Monster」(Dir:須永秀明)
5位:AKB48「ポニーテールとシュシュ」(Dir:高橋栄樹)
6位:嵐「果てない空」(Dir:YOUKI WATANABE)
7位:嵐「Love Rainbow」(Dir:須永秀明)
8位:AKB48「チャンスの順番」(Dir:丸山健志)
9位:嵐「Dear Snow」(Dir:直)
10位:嵐「to be free」(Dir:岡川太郎)

嵐以外のジャニーズ事務所所属グループやEXILE、東方神起等、男性グループの活躍が目立つ中、AKB48が奮闘。2010年には、2008年結成の姉妹グループSKE48等に続き、NMB48も結成され、女性アイドルシーンを一手に牽引した。

また、2008年より前段となる活動をそれぞれ開始していたでんぱ組.incとももいろクローバー(2011年にももいろクローバーZへ改名)のメジャーデビューも2010年。2009年には、現在のアンジュルムの前身であるスマイレージがデビューしている背景より、2010年は以降の邦楽シーンを華やかに賑わせる女性アイドルムーブメントの発生地点と解釈できる。

SNSで拡散されるMV

こうしたヒットチャートに登場するMVを試聴する場所といえば、かつてはテレビの音楽チャート番組や音楽専門チャンネル、ミュージシャンのMV集、レコード店の店頭等、テレビモニターが主流だった。が、2008年にユニバーサルミュージックが日本で初めてYouTube公式チャンネルを開設して以降、各レコード会社が追随し、2010年頃にはインターネットでの視聴が普及した。

もっとも、インターネット上の取り扱いを行わなかったジャニーズ事務所や、各社に遅れ、2011年11月にYouTube公式チャンネルを開設したソニーミュージック等、会社の方針によって対応には違いが生じた。現在のように「インターネットでMVを試聴するのは当たり前」と言える状況ではなかったが、SNSで拡散されている話題作を手軽に試聴したり、自分の好きなMVを都合の良いタイミングで検索できる環境は、人々とMVの出会いの機会を確実に増大させた。

SNSでの情報拡散によって、YouTubeの再生回数があがり、人気に火がついたMVも登場。その代表例のひとつとして、サカナクションの一連の作品が挙げられる。2010年リリースの「アルクアラウンド」(Dir:関和亮)は、山口一郎(vo)の歩く導線と歌詞のオブジェ、カメラワーク等を駆使した驚きのワンカット映像が話題となった。メディア芸術祭エンタテイメント部門優秀賞受賞のニュースもSNSを賑わせた。

同年は「アイデンティティ」と、配信限定の「目が明く藍色」もリリース。パチンコ台をテーマに展開される「アイデンティティ」MVを演出したのは、スタイリストであり、サカナクションについてはクリエイティブディレクターも務めた北澤“mono”寿志。7分にも及ぶ超大作コマ撮りアニメーション作品「目が明く藍色」は、創意工夫を凝らした音感演出が人気の島田大介が手掛けている。

島田氏が2008年に設立したQotori filmは、結成10年を迎えた2018年末に惜しまれつつも解散となったが、その間、島田氏のもとで経験を重ねた若手クリエイターが続々と台頭。筆頭である鎌谷聡次郎は、2010年に手描きアニメーションによるOORUTAICHI「Futurelina」、演奏シーンの写真を用いたストップモーション作品のPrague「遮光」MVを手掛け、いずれも熱量の高い描写が注目を集めた。

また、若手のアニメーション作品としては、同年開催された七尾旅人「検索少年」MVコンテンストにて優勝した、最後の手段による同曲MVが印象深い。応募作品は、UstreamのP-Vineチャンネルにて生中継で審査され、豪華審査員(七尾旅人、宇川直宏、ドラびでお、100%ORANGE、rei harakami、大根仁、川村真司、小太郎、coodoo、の子(神聖かまってちゃん))の参加や特別賞等も話題となった。

上記審査員にも名を連ねた宇川直宏といえば、2010年3月1日に日本初となるUSTREAMライブストリーミングスタジオ兼チャンネル「DOMMUNE」を開局。現在も連日に渡って国内外のコアなゲスト によるトークやパフォーマンスを配信し続けている。10周年となる今年2020年には「SUPER DOMMUNE」として、リニューアルされた渋谷PARCO 9階のクリエイティブスタジオに移転している。

インターネットを介した活発な動きが喜ばしい反面、各社のYouTube公式チャンネルの開設については、苦い思い出もある。当方は、株式会社ライトニングの代表佐藤武司(現在はMIWA)とともに日本発監督別MVストリーミングサイト「TOKYO VIDEO MAGAZINE VIS」を2007年に立ち上げ、20数名の素晴らしい映像クリエイターの作品を世界に発信していた。

インターネットでMVが試聴できないうえに、映像クリエイター自らが手がけた作品を自身のホームページにアップロードできなかった時代。そんな不毛な事態を解消するために立ち上げたサイトが「VIS」だったのだが、各社YouTube公式チャンネルが開設されたことにより、幕引きを行ったのが2010年の出来事だった。

SNS参加型のインタラクティブMV

また、SNSと連携したビューアー参加型MVの登場も、時代の大きな特長のひとつだ。

2009年に公開されたSOUR「日々の音色」の次作「映し鏡」(Dir:川村真司、清水幹太、Saqoosha、大野大樹)は、特設サイトでTwitterやFacebookのIDを入力し、Webカメラに接続すると、SNS上の個人データやWebカメラ画像が再生中のMVに反映されるというインタラクティブな仕掛けで多くのビューアーを驚かせた。

同年川村氏は、人気若手映像作家の細金卓也とともにテレビアニメ「四畳半神話大系」のエンディング映像およびエンディングテーマのいしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ「神様のいうとおり」MVを共同演出し、話題を呼んだ。

先にも記したメディア芸術祭エンターテインメント部門では、auのスマートフォン「IS」のプロモーションサイトにて、TwitterのIDを登録するとフォロワーが行進する「IS Parade」が大賞受賞(林智彦、千房けん輔、小山智彦)。メディア上で一方的に提供される「完成形」を閲覧するばかりではなく、ビューアーの参加によって個々に異なる景色が生まれる多様性が、娯楽として歓迎される時代の幕が開いた。

2010年代のテクノロジーを駆使した音楽映像表現の立役者である真鍋大度も、2010年には3Dカメラで撮影したやくしまるえつこ「ヴィーナスとジーザス」MVを演出。特設サイトにて公開された撮影素材を、ユーザーが自由に動かせる「YAKUSHIMARU 3D SCAN TIME-OF-FLIGHT CAMERA」(通称:やくしまる3Dスキャン)を展開している。

3Dといえば、日本初フルCG3DMVとして注目された作品が、ソニーの好奇心活性化プロジェクト「make.believe」より誕生した元気ロケッツ「make.believe」(Dir:東弘明)。作品は六本木ヒルズに設置された280インチのLEDにて上映。PCや携帯電話の近視的なディスプレイを通じてMVを視聴する傾向に対し、3Dの迫力を大画面で満喫するアトラクティブなダイナミズムを提供した。

2010年代は、プロジェクションマッピングや体験型メディアアート、観客が自身の携帯端末よりリアルタイムで参加するコンサート映像等を通じ、映像を体感・体験として楽しむ機会が増加。折しも2010年、筆者は通りすがりの天才こと川田十夢率いるAR三兄弟の恒例企画「AR忘年会」に遊びに行き、チームラボやテクノ手芸部以下錚々たるメンバーによるAR宴会芸を目撃。新しいエンタテインメントの在り方に感嘆した記憶が今も鮮明に残っている。

コラボレーション企画と「Nike Music Shoe」の発明

他方、2000年代より引き続き、音楽とブランドのコラボ映像ムーブメントも健在。2010年の代表例としては、RIP SLYMEとadidasによる「Good Day adidas original remix by DJ FUMIYA」MV(Dir:田中裕介)、NATURAL BEAUTY BASICのCMと連動したPerfume「ナチュラルに恋して」MV(Dir:児玉裕一)等が挙げられる。

Perfume「ナチュラルに恋して」は、「不自然なガール」と両A面となる10枚目のシングル。24名のダンサーが背景図像を構成する「不自然なガール」のMVは、Perfumeのインディーズ時代よりCDジャケットのデザインやMVを手掛け続けている関和亮の演出による。

同年関氏は、決めポーズの等身大の型抜きセットを移動しながら通過するPerfume「VOICE」MVも演出。サカナクション「アルクアラウンド」同様に、CGを使わないチャレンジングなアナログ表現によってビューアーを魅了した。

また、テレビCMとは別建てのWeb CM、Web MOVIEも増加。テレビのように15秒、30秒といった枠が設けられていないため、尺にはバラつきがあり、演出上の自由度も高いケースが散見された。代表例は、高橋酒造の本格米焼酎「白岳しろ」のSHIRO「Cheers System」(Dir:児玉裕一)。Twitterと連動し、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンを彷彿とさせる仕掛けを通じて、乾杯する人と人の繋がりを表現した。

同年、ELECROTNIKと長添雅嗣がタッグを組んだユニット「N・E・W」は、Sony製品で撮影した様々な素材をタグに分け、ユーザーの選択によって自動的に曲とMVを作成する特設サイト「SONY DAY CLIPPER」の企画・演出・デザインを手掛けている。音楽はJim O’Rourle(ジム・オルーク)が担当した。

かくして刷新される技術と画作りの演出を巧みにかけ合わせた映像表現が各メディアに登場する中、2010年を代表する画期的な映像コンテンツが現れた。YouTubeから配信されたその作品は、NIKE FREE RUN+のプロモーションとしてW+Kが制作した「Nike Music Shoe」(Dir:関根光才)だ。

RHIZOMATIKS社との共同開発により、ランニング用に開発された自在に折れ曲がるソールを電子楽器として改良。その革新的な発明品を、人気ブレイクビーツユニットHIFANAが実演する姿を収めた映像は、YouTubeにアップロードされると同時に世界に拡散され、国内外を問わず高評価を得た。

拡張されるMV

「Nike Music Shoe」のプレイヤーを務めたHIFANAは、同年CD+DVDアルバム「24H」をリリース。1日24時間をテーマとした本作には人気映像クリエイターによる12作品のMVが収録され、それぞれ異なる作風も含めて話題となった。

■収録MV例

「WAKE UP Feat.鎮座DOPENESS」(Dir:池田一真&大原大次郎)
「WORK IT!!! FEAT. SPINNA B-ILL」(Dir:牧鉄兵&大月壮)
「DAMN WHAT RINGTONE(Dir:大橋史)
「甘いメロディー Feat.TWIGY」(Dir:ELECROTNIK)
「HANABEAM」(Dir:FANTASISTA UTAMARO & SHANE LESTER)等

インターネットでのMV視聴が一般化される一方で、複数のMVを収録したDVDを頭から最後まで、その順序やタイトル間のブリッジ表現も含めて、通しで鑑賞する楽しみ方にもニーズがある。HIFANAを筆頭に、映像表現を重視するミュージシャンも多く、DVD作品が注目されるケースも度々ある。

その事例のひとつが、ROVOのヴァイオリン奏者の勝井祐二と、SYSTEM7の映像も担当するROVOの映像作家 迫田悠による、音と映像のコラボレーションDVD「dream in midair」(Uplink)。視聴覚のシンクロニシティが心地よく、プリミティブな陶酔感を味わえる。

1980年代から音楽映像シーンを牽引している中野裕之も、活動30周年を記念するDVD・Blu-ray作品「virtual trip 美しい惑星」を発売(ポニーキャニオン)。なんと10年もかけて撮り溜めたという南太平洋の島々の美しい風景に音楽を加え、「映像詩」を作り上げた。

楽曲やミュージシャンのプロモーション・ツールとしてではなく、視聴覚表現としての映像作品が数多く誕生する中、音楽×ブランド×テクノロジーの革新的な融合を試みた「Nike Music Shoe」のように、これまで出会ったことがない「音楽映像」も台頭。その在り方は正しくMVであり、時代との呼吸によって拡張されたMVの最先端の姿と言える。革新的なテクノロジーと比較して、人力アナログ手法にも注目が集まる2010年は、MVの概念が拡張された時代だった。

東日本大震災の覚書

翌2011年には東日本大震災が起こり、日本社会全体が大きな被害と悲しみに包まれた。テレビには、津波や福島第一原発事故のニュースが繰り返し映し出され、企業CMのほとんどが公共広告に差し替えられた。その差し替えは多くの場合、各スポンサーからの自粛要請であり、当面の間は娯楽の要素もテレビやラジオから姿を消した。

この非常事態に際し、CMやMVを手がける映像制作者の中から、自らの仕事を懐疑する声があがった。東京電力の原子力発電所が爆発している報道に衝撃を受ける一方で、自らは照明が煌々と焚かれた東京の撮影スタジオにいて、多額の制作費と大量の電力を用いてCMを制作している。完成した後、放映されるかどうかは分からない。ならば、つくる必要はあるのだろうか。

そもそも甚大な数の犠牲者を出した大地震以降、危険を伴う余震も続いている。が、自宅待機の判断が下されないのはなぜか。人命が危険に晒され、ライフラインの確保や衣食住の救援が急がれる中、人命に直接関わらない広告クリエイエイティブや映像表現を生業とする自分たちにできることはなにか。ともすればこれまで、人々や社会に貢献することを念頭に置かずに制作してきた節がある。貢献するためにはどうすればいいか。

様々な思いと気づきを得た映像制作者は、働き方を変えたり、作品を通じて復興支援を行ったりと、様々な活動に赴いた。その詳細は後述するとして、まずは2011年の邦楽シーンを振り返る。

2011年の邦楽情勢

震災の影響により、CDの発売やコンサートの延期、MV制作の中止等が発表される中、結果的には、歴史に残るミリオンヒットが記録されることとなる。なんと、CDシングル売上1位から5位までをAKB48が独占。さらにはすべてミリオンヒットの快挙を成し遂げた。

2011年のCDシングル売上チャート(MV Dir)

1位:AKB48「フライングゲット」(Dir:堤幸彦)
2位:AKB48「Everyday、カチューシャ」(Dir:本広克行)
3位:AKB48「風は吹いている」(Dir:黒田秀樹)
4位:AKB48「上からマリコ」(Dir:高橋栄樹)
5位:AKB48「桜の木になろう」(Dir:是枝裕和)

ミリオン自体は、2007年以来。1位「フライングゲット」は150万枚を超え、2003年SMAP「世界に一つだけの花」以来8年ぶりの快挙とあり、しばらく低迷していた邦楽産業を一気に活性化させた。なによりこの非常事態に、多くの人々が彼女たちを求め、また彼女たちもその期待に応えた結果が、数字に現れているということなのだろう。

MVには、名映画監督や広告映像の達人が集結。同年1月にはドキュメンタリー映画「DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?」(Dir:寒竹ゆり)が公開。翌年には、被災地訪問ライブを含めた2011年の活動を収めた「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」(Dir:高橋栄樹)が公開されている。

また、姉妹グループのSKE48「パレオはエメラルド」「オキドキ」(Dir:丸山健志)や、NMB48「オーマイガー!」(Dir:平川雄一朗)「絶滅黒髪少女」(Dir:行定勲)等もトップ20にランクイン。前年同様、AKB48とチャートを二分した嵐に続き、Kis-My-Ft2「Everybody Go」(Dir:NINO)、Hey! Say! JUMP「OVER」(Dir:ムラカミタツヤ)、関ジャニ∞「T.W.Lえんた/イエローパンジーストリート」(Dir:木綿達史)等、ジャニーズ事務所のグループもトップ20を賑わせた。

東日本大震災後には、チャリティーソングも発売された。代表例は、サザンオールスターズの桑田佳祐を筆頭に、大手芸能事務所アミューズに所属する37組54人ものミュージシャン、タレント、俳優が結成した「チーム・アミューズ!!」。メドレー式のスペシャルソング「Let’s try again」(MV Dir:川村ケンスケ)を配信限定でリリースし、売り上げ収益金を被災地に全額寄付した。また、復興支援のメッセージが込められたEXILEの10周年記念曲「Rising Sun」(MV Dir:久保茂昭)も、EXILEと所属事務所LDH(現LED JAPAN)の印税を日本赤十字社へ全額寄付している。

時代を象徴するMV

2011年は震災の影響からか、MVの総制作本数が少なく、内容についても精査する必要があったが、それでも革新的な表現にチャレンジする作品が誕生。以下、時代を象徴するMVをいくつかご紹介してみよう。

まずは、同年7月にデビューした、きゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」(MV Dir:田向潤)。3D/2Dアニメーションと実写素材を自由闊達に合成したMVは、きゃりーぱみゅぱみゅのポップアイコンとしてのイメージを決定づけ、YouTubeでの公開を通じて世界的に高評価を得た。美術は増田セバスチャン、衣装は飯島久美子、振付は振付稼業air:manが担当している。

サカナクションの新譜「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」(MV Dir:田中裕介)も7月発売。不穏な雰囲気の真夜中の部屋で、山口一郎(vo)とその形態より増殖した人形4体が、バーに貫かれた状態で奇妙なダンスを踊る。が、笑うに笑えない空恐ろしさが癖になり、何度も見返すリピーターも増殖した怪作。同年、田中氏は中村剛とともに、ロボットが登場するTOWA TEI with Yukihiro Takahashi & Kiko Mizuhara「The Burning Plain」MVも手掛けている。

6月に発売された東京事変のアルバム「大発見」からは、リード曲「新しい文明開化」のMV(Dir:児玉裕一)が公開。演奏シーン、様々な衣装に身を包んだメンバーのスタイリングやシチュエーション、総勢30名を超えるチアダンサーの突き抜けたパフォーマンスを通じ、日本に元気とエールを送った、王道エンタテインメントMV。

8月には、アルバム発売に伴うオフィシャルサイトのオープニングムービーとして公開された岡村靖幸「Bu-Shaka Loop」MV(Dir:中村勇吾)が話題に。ループする楽曲に合わせて、歌詞をノートやTwitterのコメント欄に書き連ねていくというシンプルな表現ながら、シャウトの表記や音と画のシンクロニシティが心地よいMVとして、SNSを通じて人気を博した。

同時期に公開された画家「つちのこ」のMV(Dir:らくださん)は、スローモーション、タイムスライス、ワイヤーアクションといった特徴的な映像技法を、カメラは固定のまま、すべて人力パフォーマンスによって表現しきった驚異の力作。ビューアーがカメラの動きと錯覚するようなアングルの変化も人の動きのフォーメーションで対応。パフォーマーは、シアターパントマイム企画maimuima。

人気映像クリエイターによるMVが常に話題となるRADWIMPSは、1月に「DADA」(MV Dir:清水康彦・永戸鉄也)をリリース。特長的なドラミングに合わせたエディットとともに、メッセージ性の強い歌詞がフィーチャーされている。続いて2月に発売された「狭心症」のMV(Dir:柿本ケンサク)は、ジャケット写真の「目を塞がれた子供」に準えて、目と耳を奪われた少女が目をそむけたくなる現実世界に紛れ込む衝撃作。

RADWINPSは3.11に際し、人気映像クリエイター島田大介引きいるQotori filmとともに、電気を使わずに撮影した映像作品「糸色-I toshiki-」を制作・公開。特設サイトには義援金やメッセージを受付けるコーナーも併設された。このプロジェクトは現在も進行中で、毎年3月には新たな作品が公開されている。

また、音楽家の菅野よう子が震災を受けて書き下ろした「きみでいて ぶじでいて」の映像を、関根光才やトーチカが担当し、話題となった。CMディレクターの市村幸卯子は、3.11以降の日々を綴った絵日記が、ドイツのCarlsen Verlag Gmbh社より翌年発売されている。その中でも、当時頻繁に使われていた「不謹慎」という言葉の意味が、欧米諸国の人々にはなかなか通じなかったといったエピソードが忘れ難い。

新しいテクノロジーとMVの邂逅

新しいテクノロジーや発明ともいうべきシステム開発を通じ、これまでにはなかったMVの可能性を拡張するチャレンジングな作品が、2011年も登場。その事例のひとつが、250台のスチールカメラを配置し、プログラミング制御されたストロボ光によってアニメーションを制作したAndrop「Bright Siren」MV(Dir:川村真司、清水幹太、長添雅嗣)。

光の演出がドラマティックで見応えがあるうえに、特設サイトでは個別に入力したメッセージが反映されたユーザーオリジナルMVも楽しめる。インタラクティブな参加型映像のトレンドをリードする一方で、ロックバンドのMVとしてしっかりと演奏シーンを見せる正攻法をも貫く、バランス采配の絶妙さも本作の魅力のひとつである。

同年2月には、文字と言葉をテーマに作成された口ロロのアルバム「CD」より、「ヒップホップの経年変化」MV(Dir:伊藤ガビン、牧鉄兵、宮本拓馬等)と「あたらしいたましい feat.金田朋子」MV(Dir:伊藤ガビン、林洋介、宮本拓馬等)が公開された。両作に深く関わる伊藤氏は、2009年のアルバム発売記念公演「everyday is a symphony 御披露目会」にて、SNSとUSTREAMを駆使したインタラクティブかつ演劇的なパフォーマンスを演出している。

本アルバムについては、ジャケットデザイン、歌詞カード、アーティスト写真、MV、特設WEBサイト等、すべての関連アートワークを文字と言葉で表現。「あたらしいたましい feat.金田朋子」MVは、文字をグラフィックへと置換するプログラミングを介してモーショングラフィックスを作成。音とシンクロする躍動感が楽しいうえに美しい作品として多くの人々を魅了した。

2月には、Googleの動画ミックスコンテンツ「Chrome Music Mixer 」(4本のYouTube動画を4分割画面にそれぞれ配置し、同時に再生できるサービス。すでに終了)を活用したMVとして、小山田圭吾プロデュースのSalyu×Salyu「ただのともだち」(Dir:辻川幸一郎)が公開。

本楽曲は、Salyuの歌声をパート毎に収録し、何層にも重ねてエディットするこだわりの構造となっている。その構造そのものを「Chrome Music Mixer」が視覚化。まずは、歌のパートを4つに分け、それぞれの歌唱シーンを収めた動画をYouTubeにアップロード。4分割画面にそれぞれの動画を配置し、同時に再生すると、完成された楽曲として視聴できる。

MVは4分割画面の通常バージョンの公開に加え、他にも用意された素材の中からユーザーが好きな動画を選び、作成できるオリジナルバージョンも楽しめる。また、同年はSalyu×Salyu「Salling Days」のMV(Dir:辻川幸一郎)も公開。歌声を重ねる楽曲の構造を、今度は複数のSalyuが登場する合成演出によってヴィジュアライズしている。

同年はSalyu×Salyu「muse’ic」MVのためのiPhoneアプリ「muse’ic visualiser」(大野 真吾 a.k.a. Merce Death、伊東玄己、徳井直生、齋藤精一、千葉秀憲、高橋志津夫)も誕生。iPhoneのカメラがとらえたリアルタイムな風景が、楽曲とシンクロする様々なエフェクトによって変化し、その都度異なるビジュアルを楽しめる仕様となっている。

また、音楽専門チャンネル「スペースシャワーTV」が2011年4月よりスタートしたキャンペーンの一環として制作された、辻川幸一郎×corneliusによるSTATION ID「MUSIC SAVES TOMORROW」も公開。ビデオアート界の巨匠、ズビグニュー・リプチンスキーへのオマージュ作品として注目された。

世界が感嘆した「森の木琴」と、それぞれのオリジナルスタイル

2011年を象徴する代表作として、また映像のダイナミズムに圧倒される表現として、国際的にも多くの人々を感嘆させた作品が、NTTドコモ「TOUCHWOOD SH-08C」のプロモーション映像「森の木琴」(原野守弘、西田淳、菱川 勢一、松尾謙二郎、津田三朗、大磯俊文)である。

間伐材を利用した44mにおよぶ巨大な木琴を、九州の山奥の傾斜地に設置。上位より落とされた球体が、バッハのカンタータ第147番を奏でる。この大掛かりな作品の公開日は3月11日。日本国内では、あらゆるテレビCMが放映を自粛する中、海外のメディアが本作の情報を大きく拡散し、国際的な話題を獲得。カンヌライオンズでは観客総立ちのスタンディングオベーションによって絶賛された。

また、オリジナリティ溢れるインディペンデントな作品についても触れたい。映像作家の大月壮は、アホな走り方をする人をスローモーション撮影した「アホな走り」シリーズを制作しているが、同年は「アホな走り(カンボジア編)」を公開。また、新年の挨拶をスカイプのウィンドウ越しに行う演出のKLOOZ&AKLO「2011(A Happy New Year)」MVも手がけている。

2010年に開催された「Cut & Paste」のモーションデザイン部門ウィナーとして注目を集めたショウダユキヒロは、東日本大震災を受けていち早くオリジナルショートフィルム「blind」を制作。「現実に目を閉ざすものは、未来に盲目である」というメッセージとともに、目をそむけてはならない都合の悪い真実を映し出した。

最後に、成蹊大学の第50回欅祭にて、P.I.C.S.が制作・上映した「SEIKEI 3D PROJECTION MAPPING」(2011年)について。吉祥寺にある大学校舎に高精度のプロジェクションを照射し、普段見る景色とは異なる世界を演出。以降もP.I.C.S.は、東京駅「TOKYO STATION VISION」(2012年)や「鶴ヶ城プロジェクションマッピング はるか 2015 ~あかべこものがたり~」(2015年)等を続々と手がけ、2010年代のプロジェクションマッピングムーブメントを牽引した。

次回は番外編!?

本連載も残すところ、あと2回。普通に考えると、次回は2012年~2015年、次次回は2016年~2019年といった運びになるのだが、未だにどう書こうか、考えあぐねている。というのも、東日本大震災を通じ、筆者自身も仕事や生き方を見つめ直すタームに入り、2010年代半ばには一度MVから離れている。

当時は、女性の生き方やジェンダーについて、 自分なりの人生観を記すコラムニストとして活動していたのだが、その間、要所要所で映像作品や作家にまつわる仕事も継続するものの、2011年以前のようにはMVシーンにベタ付きしていない。

つまり「ナガコが見ていない」。看板に偽りありだ。さて、どう書くか。自分が見たことのみご紹介するか。視野を広げて淡々とまとめるか。どうするつもりなのかも含 めて、次回も引き続き温かい目で見守っていただければ幸いである。

WRITER PROFILE

林永子

林永子

映像ライター、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。「スナック永子」やMV監督のストリーミングサイト等にて映像カルチャーを支援。