txt:岡英史 構成:編集部

「No matter what,I SING」(何があっても私は歌う)

コロナの感染が拡大する中で行われたオンラインライブの収録でしたので、とにかく私は元気に歌っている姿をファンの皆さんに見せたい一心でした。当たり前のことが当たり前でなくなった今、ファンの皆さんやスタッフへの感謝の気持ちをあらためて感じた1日でした。素敵な1日をありがとうございました。

――八神純子

筆者と同世代なら八神純子というアーティストはどストライクな歌手だろう。今回はそのアーティストの「歌いたい、伝えたい」という思いに賛同したチームが集まりオンラインライブが発動した話の裏側を書いてみたい。オンラインライブのタイトルは「No matter what,I SING」(何があっても私は歌う)だ。

無観客等はアーティストには関係ない。歌で伝えられれば箱はなんでもOK

1人の講師と3人の生徒

(左)TD 山本可文氏/ブレーンズ「MCX-500(カメコンRM-30BP)」、(右)チーフカメラ 中山裕太氏/フリーランス「PXW-Z280

(左)カメラ 澤田浩太郎氏/ADC.inc「PXW-Z280」、(右)カメラ 池尾琳太郎氏/バイリン「FX9」

同コラムで大阪の放送芸術学院専門学校を紹介したのを覚えているだろうか?今年もKBEE(関西放送機器展)の取材とともに、この学校に取材に行く予定だった。昨年高校を出たばかりだった1年生が2年生になりどう変化したのか?俺はビッグになる!と言ってた生徒も非常に気になり楽しみにしていたのだが、新型コロナウイルスの影響で都内に住んでいる筆者にはお手上げ状態だった。

そんな時に山本氏(株式会社ブレーンズ テクニカルプロデューサー)から連絡があり「ちょっと面白い事があるんだけど取材に来ない?」というお誘いあり、喜んで二つ返事。そして聞いたのは無観客でのオンラインライブをやること。そしてそのアーティストは八神純子ということだ。

八神純子といえばビッグアーティストで誰もが知ってるレジェンド級アーティスト。その方のライブといえば無観客といえ規模が大きく予算も人もかなり大がかりとなることは自明のことだ。新型コロナウイルスの影響でソーシャルディスタンスが話題になっている時になかなかの決断だと思っていたのだが、それは大きく裏切られた。

まさにライブハウス

オンラインライブを行う場所は小規模なライブハウスで、舞台にはピアノ演奏者とご本人の二人のみ(のちにギターリストが一人参加)。えっ、レジェンドな方がそんな小さなライブを?!と驚いたが、会場の大きさは全く問題ではなく歌を通じてメッセージをとにかく伝えたい、ずーっと我慢してきたがやはりどうしても歌いたいという本人の意向を汲み急遽プロジェクトが発足したという。

山本氏は映像部門のすべてを任されている。普段の八神純子のライブなら中継車を横付けして7~8台のシステムカメラを配備できる規模と予算と時間が必要だが、今回はその全てが縮小されている。普通だったらお手上げのシーンでも大きな放送業務からミドルレンジ的な仕事まで行う山本氏の中では放送(ハイレンジ)にこだわることなく業務(ミドルレンジ)でコンパクトに纏める構想ができていた。筆者もその話を聞き機材提案をしたところ、山本氏と八神氏にOKをいただけた。

そしてカメラマンには山本氏の元生徒2名と偶然同学校の卒業生でありライブシーンで活躍しているチーフカメラマンが現場に入る。そのうち2人は筆者の娘と同じくらいの年齢だがその技術は山本氏仕込みですばらしい。まずは技術陣が揃った。次は機材だ!

コンパクトパッケージ

今回の機材選定で一番重要なことは予算感。その中で八神純子というアーティストのライブをしっかり伝える機材というと中々難しい。Blackmagic Designで揃えれば?という声も聞こえてくるが筆者の中でそれはない。JVC CONNECTED CAM+Streamstarという構成も考えたが若干予算感に収まらない。

(左)1・2カメ/PXW-Z280、(右)3カメ/FX9

(左)4カメ/PXW-Z90、(右)スイッチャー/MCX-500(カメコンRM-30BP)

となるとカメラからスイッチャーまでスパッと揃えられるのはSonyしかない。しかもMCX-500はRM-30BPを接続すれば1台で3台までのカメラをコントロールできる。アイリスだけでもTDが握っていればカメラマンは画への集中が増す。スイッチャーが決まったら対応するカメラは何か?これはハンドヘルドではNo.1画質のPXW-Z280で決まりだ。これならもちろんMCX-500からRとGのタリーも返ってくる。

ピアノやスタビライザー(今回は3軸)は小型のPXW-Z90とPXW-X70でカバー。これで4カメだ。当初はこれだけでもOKだったが予算が許すなら上手を遊軍的に印象深い映像を挿すように新製品のFX9を提案。山本氏の同意も得たので下手PXW-Z280・センターPXW-Z280・上手FX9の3台をメインにスタビライザーと鍵盤用の合計5カメ。

PXW-Z280のLCDにもMCX-500の特徴でもあるタリーが表示される

今回のポイントは限られた予算と時間で最大限のクオリティを出すこと。相手がビッグネームのアーティストというのは関係なく、無人カメラやアクションカメラ系で誤魔化す気は山本氏も筆者ももちろんない。ピアノ固定のでさえコントロールが効くPXW-X70を採用している。

ライブはカメラワークができて当たり前、無人カメラで数を増やしてもそれは手数が増えた事にはならない。この辺をはき違えているTDや撮監が最近は多くみられる気がする。生きた映像は無人カメラを増やしても意味がない。ライブなら無人カメラ10台よりもカメラマンが扱う2台のカメラの方が視聴側にも意味が伝わる。

決めたのは八神純子というアーティスト

小さいと書いてしまうとこのライブハウスが誤解されてしまうが、八神純子というアーティストがいつもコンサートを行っている場所と比較いう意味だ。

しかし話を聞いてみると、無観客でやるのに大きな箱はいらないとアーティスト自身がここに決めたとのこと。その話の真意はビッグネームだろうがインディーズだろうが歌って伝える事は同じはず。レジェンドだから予算があるからと言われるなら本質を見失わない程度に徹底的に削って新人歌手でもできる土台を作りたいと八神氏が提案したと聞いた。

もちろんもっとコンパクトに自宅で一人で配信というのも考えたがそれでは品質が保てない。そこが今回のチームの誰もが心打たれた部分だ。ビッグネーム・インディーズ問わずこの環境を作るにはどのようにコストを下げるか?その部分も各々のセクションで新しい試みをしたはず。撮影部は前記した通り会場の大きさに合わせて機材をダウンサイジングさせる事で人件費はそのまま担保している。つまりこのチームなら今回の予算感で出動できるという意味だ。

Sonyが作った配信システム

そして今回の配信に関してはもう一つの大きなシステムが動いたのもポイントだ。ソニー・ミュージックソリューションズが始めたライブストリーミングを中心とした映像配信サービス「Stagecrowd(ステージクラウド)」の存在を忘れてはいけない。このStagecrowdのサービスはただ単に配信だけではなく、オンラインライブをやるためのすべてがパッケージ化されている。

オンラインライブの場合、集客(宣伝)に関しては色々な方法があるのであえて書かないが、集客後のチケット販売はどうするのか?試聴方法(ID等)は?アーティストによってはグッズ販売も視野に入れているはず。その部分を代行で行う企業はあるが、販売方法によって詰め直していくとコスト的にも意外と高い場合があり、細かい部分を含めるとなかなか二の足が出にくいのも確かだろう。この部分をソニー・ミュージックという企業が声を上げたことは、今後のオンラインライブの展開にも大きく変化を及ぼすだろう。

話を聞いてみると今回のソリューションに関しては利益云々よりも所属アーティストへの救済が一番のポイントだという。それはエンタメ全ての根底にもあるはずで、チケット販売以降の全ての業務を代行してくれる。もちろん各々のセクションだけピックアップということも可能だ。またオンラインライブとはいえ、リアルタイムで発信しないレコード配信というのも当然アリ。それは発信側の出力をリアルに送るかレコードで送るかの違いだ。

しかし無観客でのオンラインライブにリアル性は必要なのか?といえばそれはNOと言えるだろう。配信の時間帯が同じなら共有している時間も同じという事は全員が同じ空気を感じているという意味のはず。それならばレコード配信をアーティストと共に一緒に見て、チャットでコメントを出したり、ご本人がコメンタリー的に出るということも考えられる。ある意味ライブの新しい方向性をStagecrowdが出したのかもしれない。

放送機材だけが映像じゃないのを証明できた現場だった

本番当日を迎えて

今回の撮影部はTD山本氏を含めても全員で5名。その人数で短いセットアップ時間の中で5カメマルチカムシステムを組上げ(しかも現場は階段のみの2F)本番に望まなければならない。通常なら前日仕込みや当日の早朝から組上げる感じだろうが、全てをダウンサイジングしたコンパクトなシステムのため、2時間程度で調整も含め完全に仕上がってしまった。

ケーブルを数10mも取り回さなくても良いことも大きいが、やはりカメラが小さいと全てを小さくでき、その結果一人でできる事が多くなる。もちろん今回のメンバーが普段からライブを撮り慣れているのも大きいが特に打ち合わせもなく個人が淡々と自分のやるべき事をし、それが上手く全体として噛合っているのは学年こそ違うが同じ学校で学んだ成果だろう。山本氏の相手の画を見て一手先の画を想像して作れ!これを見事に実践している。

今回上手とセンターをメインで使うため、レンズ周りの操作性に長けたPXW-Z280を採用。この判断に間違いはなくセンターカメラマンは常に上手下手のリターンを見てサイズ調整をしてくる。そしてセンターカメラが際どいワークをしている時は必ず上手がそのフォローにまわっている。これだけでもスイッチャーは楽に叩けるはず。今回、技打ちも台本もない中スイッチミスは皆無だったのはTDの技量もあるが、各々のカメラマンの進んで拾いに行く姿勢が良い方向になっている。昨年放送芸術学院専門学校の取材に行った時に山本氏が教えているそのものだった。卒業してもなおその技術が活かされるのは素晴らしいことだ。

話を戻そう。もう一台下手のFX9だが、これは当初スイッチャーに入れず4K収録で後でインサート的に使う予定だった。セットに付属しているFE PZ 28-135mm F4は使わず持ち込んだEF70-200 F2.8を使う予定だったが、本番前に試しで28-135を付けてみると非常にしっくりきた。スーパー35サイズではワイド側が足りなかったレンズがFX9のフルサイズだと28mmで撮れる。F4という開放値もボケ過ぎずの深度で、しかもAFを使えばピントはずれない。

さらにプロファイルを統一することにより、大判センサー特有の味を良い意味でENGっぽい味に代える事で、必要以上の違和感が出なかったのも特徴だ。FX9+FE PZ 28-135mm F4はかなりお勧めのセットと言える。MCX-500の事も報告しよう。このスイッチャーはあまり現場で見る事が少ないが、AVCHDとXAVCSの二つのフォーマットで本体PGM記録ができるのはやはり便利だ。PCを接続すると細かいメニューにも入ることができる。なによりも長時間運用でも本体が熱くなったり、オーバーヒートすることはなく、もちろんフレーム落ちは全くない。さすが小さいながらもSony製品というだけはある(意外と他社製品で60分や90分で1~2fps落ちる製品はある)。

2種類のスタビライザー

今回筆者はプレスメディア枠での参加予定だったが、無理を言ってスタビライザーでの参加を許可してもらった。本来ならFX9をステディに載せたかったが、コンパクトという部分で2種類のジンバルを用意した。遊軍扱いでリターンを見ることができないため、積極的に突っ込んだ動的映像よりも脇での静止映像をメインに考えた。

スタビライザーは動くものだと思ってる方はいないと思うが、三脚が立てられない場所で効率よくFIXが撮れるのもスタビライザーの特徴だ。表のカメラでは抜けないショットを回り込んでFIXで撮るという感じだ。動いている時は重心の移動で保持は楽だが、FIXだと重さが逃げれない負担が一気に腕力にくるので結構厳しい。

小型ジンバル2種を現場で比較検証

今回ダブルハンドルのRonin-MとシングルハンドルのTH-G3を持ち込んだがさすがにFIXメインだとダブルハンドルに軍配は上がる。各々のジンバルはAFをメインとして、ズームだけデマインドで寄り引きをコントロールした。使い勝手的には今回のライブだとRonin-Mが使いやすい。ダブルハンドルというのもあるが、保持するハンドルより重心が下にあることが大きい。TH-G3はオプションでダブルハンドルもあるので機会があればその変化を試してみたい。

総評

仕事で行った現場だが正直歌に聞きほれてしまってた。ザ・ベスト10の歌手が目の前にいる!

今回のスモールパッケージでの発信は、若いアーティストに向けてこういう方法なら少しの予算でも歌える、ということをレジェンドアーティストが行ったことが非常に印象的だ。自分が歌いたいだけならもっと色んな方法があるはず。それをあえて自分で決断し、それを知った沢山の人が八神純子に歌う環境を与えたことに意義がある。自宅からの配信で歌うのも良い…、でもクオリティを落としてしまっては伝わらない事もある。

そしてチームが動いて配信を検討し、その時にソニーミュージックから新サービスの案内がきた。その間二週間でライブハウスとスタッフを集結して、八神純子は歌えた。さらに昨年レポートした放送芸術学院卒業生が現場でカメラマンとして活躍している、そしてTDは自分の技術を惜しみなく教えた講師。こんな現場が他にあるのだろうか?ここ数年間で一番震えた現場だった。

最後に一つ言い忘れたのは無観客でのオンラインライブだから予算を削るのではなく、サイズに合わせた適材適所の機材を使う事でそのクオリティと技術者へのギャランティーはしっかり確保する。上にも書いたが無人カメラには感情が入らない。そんなオンラインライブは視聴者も見ない。その事は忘れないようにしたい。

YouTube告知映像:12日一般

YouTube告知映像:19日FC限定

独り言

余談だが、今回の機材は非常にコンパクトに纏まっていると自画自賛ながら思っている。PXW-Z280・FX9K・PXW-Z90の3台にMCX-500+RM-30BPの組合せはどんな撮影にも対応できる。FX9は28-135レンズを使えばENG的なのに深度を感じられる画になるのが今回で分かった。PXW-Z280は今やロケ定番のカメラとなっているし、PXW-Z90はセミナーから小回りが効く撮影までなんでもこなせる。

そしてこの3台はMCX-500+RM-30BPで全部をコントロールできる(FX9Kもレンズコントロール可能)。SYSTEM5での価格を見ると約300万円強でこの全てが揃う。全くの新規としてケーブルや三脚をそろえたとしても350万円くらいで揃うのでは?これならばミドルレンジでの現場でも難しい金額ではないかもしれない。今まで機材で断らずを得なかったフリーランスやミドルプロダクションの方々、このセットはお勧めです!!

…というか販社さん、これスペシャルセットとして限定パッケージ販売しませんか?価格的には300万円を切りたいところですね…。

WRITER PROFILE

岡英史

モータースポーツを経てビデオグラファーへと転身。ミドルレンジをキーワードに舞台撮影及びVP製作、最近ではLIVE収録やフォトグラファーの顔も持つ。