txt:小島真也 構成:編集部

BenQのフラッグシップ機「SW321C」

今夏にBenQから発売されたAQCOLORシリーズの新フラッグシップモデルが「SW321C」だ。色調、コントラスト、そして何よりも正しい色が表示(再現)されることを重視するプロフェッショナル向けの4K 32インチ型、Adobe RGBを99%カバーするカラーマネージメント・モニターの新登場である。

写真家や映像編集者、カラリストたちは、「自身がモニターを通して“観ている色”が本当に“正しい色”なのか?」と常に頭の隅で考えているもの。BenQはそんな心配性な人たちのために、正確な色の表示(正しい色の再現)を追求するAQCOLOR技術を進化させてきた。

キャリブレーション・レポート

具体的にはパネル選びから始まり、設計、個別キャリブレーション、階調や輝度、色域(色空間、カラースペースとも言うが、本稿では“色域”と呼称を統一する)の調整&補正を実践していると言う。その徹底した方針は、工場出荷時に一台一台を検査し、キャリブレーション・レポートを添えていることでも分かるだろう。

そして「自社の検査・検証では合格」という自己満足では終わらず、他者の評価としてCalMAN認証とPANTONEカラー認証も取得するという念の入れようだ。CalMANのキャリブレーショ・ソフトは、世界のポスプロや放送スタジオに採用されている。またPANTONEは世界共通の色見本帳として流通しているため、その色番号を指定すれば間違いなくの希望の色を誰もが共有することができる。そんな“色の基準”を作っているところだ。

色のプロフェッショナルのこだわり

色再現の信頼性の次に、色のプロフェッショナルがこだわるポイントは何だろうか?第一はモニターの色域、第二がハードウェアキャリブレーションの可否、その次に27インチ以上の大型パネルには発生しがちな輝度ムラと言ったところか。

SW321Cの色域はAdobe RGBが99%、Display P3/DCI-P3は95%、sRGB/Rec.709はもちろん100%カバーしている。現状、Rec.2020を表示できるモニターが世の中に存在しない中では、カラーマネージメントモニターとしては優秀な部類に入るだろう(図01)。広い色域の他にも、映像編集には嬉しい4K UHD(3840×2160)、HDR10(PQガンマ)とHLGの両方のHDR再生に対応。その上、24Pの再生(後述)も可能となっている。

(図01)

そして、カラーマネージメントモニターには必須条件であるハードウェアキャリブレーションにも対応することで第2のこだわりポイントもクリアしている。BenQの無償提供キャリブレーションソフト「Palette Master Element」を使って、モニター内部の映像処理チップ(ハードウェア)を直接調整することで、モニターの色表示を調整(BenQでは“校正”と言う)する方法がハードウェアキャリブレーションだ。モニター自体のRGBバランスを調整するため、階調減少によるトーンジャンプや色ムラが発生しないというメリットがある。

ちなみに通常モニターのソフトウェアキャリブレーションでは、測定したモニター特性を基にパソコンのOSとグラフィックカードが映像出力を調整して色表示している。誤解を恐れずに言えば、もともとグラフィックカードの出せる色を間引いて表示させているためトーンジャンプや色ムラが出やすくなる。

最後のこだわりポイントが輝度ムラ。パネルが大型化するほど中心と周辺の輝度(明るさ)のムラが目立ちやすくなる。そのムラを極力少なくして均一な画面(BenQではユニフォーミティ補正技術)に整えられている(図02)。

(図02)輝度ムラは目視では確認できない

それにしても、これだけ全部入りの高性能モデルが実売価格25万円以下で手に入るとはブラウン管モニターからパソコンを始めた世代には隔世の感がある。驚きのコストパフォーマンスだ。

キャリブレーションの実際

モニターは経年変化によって輝度変化や色ズレを起こし、色再現の精度が下がるため、正しい色への信頼性も低くなる。それゆえにカラーマネージメントモニターは、定期的なメンテナンス、キャリブレーションが必要となる。

実際に、BenQ無償提供のキャリブレーションソフト「Palette Master Element」を使って、モニター内部のカラーエンジンを直接調整するハードウェアキャリブレーションを実行してみよう。今回は測色器としてX-Rite社から「i1 Display Pro Plus」をお借りした。

X-Rite「i1 Display Pro Plus」

ちなみに「i1 Display Pro」から「i1 Display Pro Plus」への追加仕様は、映像の新しい規格(主にHDR)に対応したところ。

  • 映像系の白色点をサポート:NTSC、PAL、SECAM、Rec.709、Rec.2020、DCI-P3
  • HDR対応により最大2000nitsまで可能
  • BT.1886のガンマ特性をサポート など

実測してみよう。Palette Master Elementの基本的な使い方はポップアップメニューから適切な項目を選ぶことで完了する。

■1.Palette Master Elementホームのページ

測定するモニター(マルチモニターの場合)と、使用する測色器(キャリブレーション装置)をそれぞれ指定し、「センサーをチェック」クリック。測色器が問題なければグリーンのチェックマークが点灯する。Palette Master Elementには「簡易モード」と「詳細モード」があるが、後述するように数値や項目を変更する場合があるので、今回は「詳細モード」を選択して「開始」をクリック(図03)。

(図03)

■2.ワークフローのページ

前ページで指定したモニターとキャリブレーション装置、モードが“詳細”になっていること、そして「プロファイルを作成」がアクティブになっていることを確認して、右下の「次へ」をクリック(図04)。

(図04)

■3.ディスプレイの設定ページ

選択可能なデフォルトの色域として、以下の項目が設定されている。

  • 写真家(Adobe RGB)
  • ウェブデザイナー(sRGB)
  • グラフィック(Adobe RGB)
  • 映画(DCI-P3)
  • デザイナー(Display P3)
  • ビデオ編集(Rec.709)
  • カスタム

今回は現在一般的と言える「ビデオ編集(Rec.709)」を選択。すると、以下の項目が自動的に設定される。

  • 白色点:D65(色温度:6500ケルビン)
  • RGBプライマリー(色域):Rec.709
  • 輝度:80
  • ガンマ:2.4
  • ブラックポイント:絶対零度

Rec.709のデフォルトでは白色点:D65だが、日本でのHD放送番組の実質的標準といえる9300Kへの変更も「ケルビン」項目から数値入力できる。また、ブラックポイントの「相対」とは、グレースケールを基準とする商業印刷用の設定。基本的に高いコントラストを必要とする映像では「絶対零度」を選択する。

ちなみにデザイナー(Display P3)設定は、Apple iPhone 7以降やMacBook Pro(2016年以降)に搭載されたディスプレイの色域、白色点、輝度のこと。映画のDCI-P3と同等の色域だが、輝度が120cd/m2とsRGBなみに高く(明るく)設定されているのでWebデザイナー向けといえる。各項目を確認したら、「次へ」をクリックする(図05)。

(図05)

■4.測定値のページ

このページでは、以下の項目を設定する。

  • キャリブレーションのプリセット先(設定、保存先)を選択
  • ICCプロファイル名の記入
  • プロファイルのバージョン、プロファイルのタイプ、パッチセットサイズをそれぞれ選択

工場出荷時のプリセットにはAdobeRGBやsRGB、モノクロ、Rec.709、DCI-P3、Display P3などがあるが、ユーザーのキャリブレーション結果の設定(保存)先を校正1~3の3種類保存できる。例えば、(1)商業印刷用(AdobeRGB相当)、(2)Web制作用(sRGB相当)、(3)日本のHD放送番組用(Rec.709/9300K)といった具合だ。

プロファイルのバージョンとタイプは、他のカラーマネージメント・アプリ(Adobe PhotoshopやLightroom Classic、Illustratorなど)との互換性を維持するために「v2」、そして「マトリックス」を選んだ方が良い。

また、測色するパッチサイズ(パッチ数)は小/中/大から選べるが、キャリブレーション精度を上げるためには「大」が良いだろう。Palette Master Elementのマニュアルにはパッチサイズが大きく(バッチ数が多く)なれば、測色時間も長時間になるとあるが、実際に上記設定で測ってみると意外にも「小」が最も測色時間を要した(私見:初回のバッチサイズ「小」の時には何処かにキャッシュしているのだろうか?)。

  • バッチサイズ「小」:7分52秒
  • バッチサイズ「中」:7分28秒
  • バッチサイズ「大」:7分48秒

各項目を設定したら、パッチの下段の「測定を開始」をクリック(図06)。

(図06)

■5.測色画面

「測定を開始」すると、まず「センサーを準備」のウィンドウが開くので、測色器を設置することに。SW321Cは遮光フードの上面に7cmx5cmの測色器を差し入れるホール(スライド開閉式の穴)が装備されている(図07)。

(図07)

i1 Display Pro PlusのUSBプラグを、スクリーンに向かって左背面にあるUSB type-Aポートに差し込み、測色器本体をホールから差し入れる。この時、モニタースクリーンを少しだけ上に傾けながら、ケーブル付属のウェイトを使って測色器のバランスを取る。そうすることでスクリーン面に装置が密着し、横からの有害光を遮断してくれる。イラストの部分に配置し、準備が整ったら「続行」をクリックする(図08)。

(図08)

パッチサイズ「大」の場合、白、グレー、黒を含めた137色を前述した通り7分48秒ほど掛けて測色する(図09)。

(図09)

■6.キャリブレーション完了

キャリブレーションが完了するとキャリブレーション・レポートが表示される。ICCプロファイル名や輝度、色温度(白色点)など実測された数値が並んでいる(図10)。

(図10)

一覧下段の「キャリブレーションを有効化」をクリックすると、もう一度測色器が起動して検証し、誤差の範囲などの詳しいレポートが表示される(図11)。

(図11)

キャリブレーション完了後、確認のためにSW321Cにデフォルトの「Rec.709」と結果を見比べてみた。やや色温度(白色点)が低く(アンバーっぽく)見えるが、この僅差ならば視聴環境の光源の色温度の差として吸収できる範囲と言って良いだろう。

さらなるおすすめポイント

■とにかく作業スペースが広い!

作業エリアが広いことはとても良いコトだ。DaVinci ResolveのカラーページをSW321Cに表示すると、中央のビューアの大きさはおよそ17~19インチ(16:9)となり、15インチMacBook Proの全画面(フルスクリーン)を凌駕する(図12)。

(図12)

筆者はAdobe Photoshopのブラシツールやペンツールを使う時にはWacom製タブレットを重宝しているのだが、複数のモニターを横に並べるマルチモニターにすると、非常に横長なマッピング領域となってしまい、使い勝手がよろしくない…。ひとつのモニターでの広大な作業スペースは、思いのほか使いやすいと感じた。

■GamutDuo

32インチの大画面ならではの使い方として、色域や白色点の異なる2つの映像を表示して見比べる「GamutDuo」がある。以下の比較が良い例だろう(左側:オリジナル、右側:比較用)。

「Rec.709」と「DCI-P3」

HDTVと映画の色域比較

「sRGB」と「Adobe RGB」

Web標準データと商業印刷用データの色域比較

「6500K」と「9300K」

国際標準なHDTV(D65)と日本のHDTV(D93)の白色点比較

※本稿はWebサイトでの視聴を前提に画像作成しているため「色域:sRGB」が基本。上記3点の色域比較は実際よりも色を誇張されており、筆者が感じたイメージ画像と考えてもらいたい

■USB type-Cの入出力が可能

これは最近のMacBook Proユーザーには朗報だろう。背面の出入力ポートにあるUSB type-Cケーブルを一本つなげるだけでSW321Cには映像信号とオーディオ信号を送り、MacBook Proには給電(60Wまで)を続けることが可能だ。

左から補修用ポート(メーカー修理用か?)、ホットキーバックG2用、HDMI×2、DisplayPort、USB Type-C、ヘッドホンジャック、USB/アップストリームPC接続用

また、スクリーンに向かって左背面のポートにはUSB Type-A(最も一般的なUSBポート)2つとSDカードスロットが実装されている。これら2種のポートを持たないMacBook Proでは、USBハブやSDカードリーダーとして機能するので便利だ。

上からSDカードスロット、USB Type-A×2/ダウンストリーム デバイス接続用)

■1080/24p再生が可能

SW321Cは解像度をFHD(1920×1080)にすることで、通常60Hzのリフレッシュレートを24Hzに変更できる。これは映画で使われるフレームレート:24fpsとは親和性が高い。

MacOS10.14.6の場合、システム環境設定/ディスプレイ/BenQ SW321Cウィンドウからリフレッシュレートを変更できる。「解像度」は通常「ディスプレイのデフォルト」なので、オプションを押しながら「変更」をクリックすることで「1920×1080」が一覧表示される。その「1920×1080」を選ぶことで、リフレッシュレートも「24ヘルツ」が選択可能になる。映画制作ではなかなかに重宝する仕様だと思う(図13)。

(図13)

■ホットキーバックG2

モニター画面内に表示されるメニューを顔を寄せてピコピコと操作するの以外と辛いものだ(図14)。SW321Cに同梱されている「ホットキーバックG2」は深い階層のメニュー項目もショトカット登録できる優れもの。カラーモード(キャリブレーション結果も含む)3種類と映像入力の切替えもワンタッチでシュートカットできる。もちろん、通常のメニュー設定もダイヤル&プッシュすることで素早く操作できる。(図15)

(図14)

(図15)

最後に

SW321Cはもともと写真家をターゲットとしたSWシリーズである。外箱にも「Photographer Monitor」と大きく印刷(笑)されている写真編集モニターだ。しかし、今回ここまで見てきたように写真の色調・コントラスト調整という画像編集だけでなく、映像編集やカラーコレクションのモニターとしても非常に高品質、高機能である。映像の編集現場において求められる要素は、ほとんどすべてを搭載しているのではないだろうか。この驚異的なコストパフォーマンスには脱帽である。

機材協力:エックスライト社

WRITER PROFILE

小島真也

小島真也

Blackmagic Design認定トレーナー、写真家、撮影監督。商業/自主映画では撮影監督として撮影・照明・カラーグレーディングも担当。