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[鍋潤太郎のハリウッドVFX最前線]Vol.121 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のVFXスーパーバイザー、ケン・ローストンはかく語りき

#鍋潤太郎のハリウッドVFX最前線

2020-10-07 掲載

芸術の秋なので、秋らしい画像を貼ってみた。なんだかデロリアンが飛んできそうな風景である(笑) 取材&写真:鍋 潤太郎 構成:編集部

はじめに

芸術の秋である。本来であれば映像系のイベントが目白押しであるはずのハリウッドも、今年はコロナに押されてやや寂しい秋となってしまった。しかし、本場ハリウッドに拠点を置くVES(米視覚効果協会)は、会員及びVFXコミュニティーを対象としたWEBキャスティング「VFX Pros: Home Edition」を実施、情報のシェアや教育活動を積極的に展開している。

そこで今回は、その一環として行われたVFXスーパーバイザーのケン・ローストンによる「オンライン講演」の模様をご紹介してみたいと思う。

ハリウッドのVFX業界と共に歩んで来た、ケン・ローストン

ケン・ローストン(VES提供)

VFXスーパーバイザーのケン・ローストンはVES生涯功労賞の受賞者であり、「スター・ウォーズ」を含め5つのアカデミー賞を受賞している。主な参加作品には、「ドラゴンスレイヤー」(1981)、「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」(1983)、「コクーン」(1985)、「ロジャー・ラビット」(1988)、「スタートレックII カーンの逆襲」(1982)、「スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!」(1984)、「ロケッティア」(1991)、「ジュマンジ」(1995)、「スタートレックIV 故郷への長い道」(1986)、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」3部作(1985/1989/1990)、「不思議の国のアリス」(2010)他が含まれる。

現在はソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのクリエイティブ・ヘッドを務め、それ以前は20年間に渡りインダストリアル・ライト&マジックで活躍した。この日は、ローストンが「モンスターによって育てられた」少年時代のお話、感受性、ルーツ、インスピレーション、手掛けた作品における秘話などが惜しげもなく披露された。

この講演はライブ配信にて行われ、司会進行のナオミ・ゴールドマン(VES)がFacebookのVESページを介して質問がリアルタイムで受けつけられ、それを質問しながら進行するという、興味深いものであった。それでは、その模様を要約し、筆者の意訳によってご紹介してみたいと思う。

――それでは始めましょう。ケン、お元気ですか?

ええ、山火事の煙、そしてコロナによる自宅待機生活を楽しんでいますが、とても元気にやっていますよ。

――子供の頃はどんな少年でした?

私は子供の頃、SF映画や怪獣映画をたくさん見て育ちました。そして「これを自分でも作ってみたい」と思いました。なぜか特にモンスターのメイクアップに興味を持ち、この分野で唯一の専門雑誌「フェイマス・モンスターズ・オブ・フィルムランド」を読み漁り、誌面によく登場していた特殊メイクの巨匠ディック・スミスの作品の数々を見て、そういうのを家のガレージで模倣して作っていました。

そんな少年時代のある時、自分の人生に多大な影響を及ぼした、この雑誌のフォーレスト・J・アッカーマン編集長に手紙を書いたのです。そして、彼の家に招待され、その後に様々な業界関係者を紹介してもらいました。

そして高校に通いながら1年掛けて8mm映画の短編「The Bounds of Imagination」を作り、それが気に入られて高校生にしてハリウツドの特撮工房キャスケード・ピクチャーズ(Cascade Pictures)で3カ月のギグに参加できたのです。これがプロとしての初仕事でした。ここで出会ったのがデニス・ミューレン、そしてフィル・ティペット達でした。みんな若かったですが、ここでのストップモーション・アニメーションの仕事に夢中だったのです。

ある時、デニス・ミューレンが彼のツテで、どこからともなく謎の映画の脚本を持ってきました。脚本には「スター・ウォーズ」と書かれていました。デニスが「このプロジェクトで僕のカメラ・アシスタントをやらないか?」と聞くので、「やる」と答えました。これが運命を変えたのかもしれませんね。

そこで言われるがままに、LAのバンナイスにある汚い工場みたいな建物で働く事になりました。モデルショップ(模型工房)があって、トレンチ(デススターの外壁)のセットとか宇宙船とかが並び、モーション・コントロール・カメラのシステムがありました。

「試写室」には、その辺のジャンクヤードから拾ってきたような汚いソファーが置かれ、そこでディリー試写を行ってました。そういう謎の場所で、手探り状態で「映画を作ろう」とみんなで模索していたのです。

最も面白かった思い出は、「トレンチのシークエンス(デススターの壁面でミサイルを発射するシークエンス)をどうやるか?」という打ち合わせでした。ジョージ(ジョージ・ルーカス)は、彼が用意してきた「プレビズ」のフィルムを見せました。それは戦争のドキュメンタリー映画を再編集したもので、その画割りやタイミングに忠実にXウィングやYウィング等をそのまま置き換えて作っていこう、という事になったのです。大変エキサイティングでしたが、これをミニチュアで撮影していくのは非常に難しかったです。

また、ある日の夜シフトの時、デニスと私は編集室に忍び込んで、そこに置いてあった仮編の白黒デュープのフィルムを観てみたのですが、その時はVFXも音響効果も音楽も入っていないのでまったく訳がわかりませんでした。

――映画は1977年に完成しましたね。完成したフィルムを初めて観た時の事を覚えていますか?

プレミアはチャイニーズ・シアターで行われ、デニスと一緒に見ました。観客の反応は素晴らしく、我々が苦労して作ったショットが大画面に映し出され、そして自分自身も映画を楽しみ、本当に素晴らしい体験でした。

この作品の成功で、続編が作られる事になりました。「帝国の逆襲」ではミレニアム・ファルコンの出番が増えそうという事だったので、なるべく撮影がしやすいよう、よりアクロバティックな動きができるようにしたいと考えました。そこで、もっと小さくて軽いモデルが必要だと提案しました。優秀なミニチュア・チームがその期待に応えてくれました。撮影面では、ダイクストラ・フレックスを改良して、より多くのエレメントを効率良く撮影できるようにしました。

――さて、次に「スタートレックII カーンの逆襲」について質問が出ています。今日はこの映画で「嫌な思い出」があれば、ぜひお聞かせください。

嫌な思い出ですか。そうですね、私が覚えているのは、プロジェクトが始まった頃パラマウント・スタジオでの撮影は、我々にとって全てが新しく斬新でした。しかし、ある日セットへ行ってみると、準備が整っておらず、その日はあまりに多くの時間を無駄にしました。そこで私は大変腹を立ててしまい、スタジオの現場を立ち去り、近郊に住んでいた身内を訪問して愚痴を言いまくり…(笑)。まぁ私も若かったですからね。翌日はスタジオへきちんと戻り撮影を行いました。

監督はニコラス・メイヤーで素晴らしい監督でした。彼は良い意味でVFXにはあまり深く口出しをせず、我々に任せてくれました。ストーリー・ボードはキャスケード時代の同僚マイク・マイヤーが担当しました。

今思い返して最良の経験だったのは、プロデューサーだったボブ・サーロンは、「はい、予算はこれだけ。後はよろしく」。これが大変やりやすかった。この頃はものすごく自由で、映画スタジオとコンスタントにやりとりをする必要もなく、結果として作業効率も良くお金も節約できました。今のように、全ての段階でマイクロ・マネージメントをする必要もなく、ある意味古き良き時代の良い経験だったのです。

「カーンの逆襲」と言えば、今でもこの作品で不思議と引き合いに出されるのは、ご存知のようにカーク提督(ウィリアム・シャトナー)が「カーン!!!!」と叫ぶシーンですが…この映画に関わった者としては、なぜあのシーンだけが常に取り上げられるのか、とても違和感があるんですけどね(笑)。

…あと、嫌な思い出ではなく変な思い出もあります。

俳優リカルド・モンタルバン。彼はカーン役でした。彼の撮影の初日、宇宙船ボタニーベイのセットだったと思います。誰かが大きなアクション・フィギアを持ってきて、ラジコンを仕込んで、顔にカーンの写真を張りつけ、「スタートレックへようこそ!」と喋らせ、みんなで彼を出迎えました(笑)。

――「永遠に美しく…」(1992)で、メリル・ストリープが階段から落ちて首がねじれるアイコニックなシーンがありますがこのシーンについて思い出はありますか?

ある日、ロバート・ゼメキス監督から電話がありました。「もしもし、ケン!女性が階段を転げ落ちて、首が180°回転する。君ならどうやって作る?」と。私がまずアプローチした方法は、バービー人形を買ってきて、首を180°回転させ(笑)、それを見つめながら、どうやろう?と考えこんだ訳です。これがスタート地点でした。

これは、数あるシークエンスの中でも難しいシークエンスでした。特に首が回転するショットと、階段でのケンカのショットは難易度が高かったです。まず、パラマウントのスタジオで、テスト撮影のために日雇い俳優を3人雇い、実際のセットで全シーンを演じてもらってビデオで撮影しました。編集して繋いだ上でそれを通して見て、どのように作っていくかを考えました。この「プレビズ」はシークエンスを把握するために大変有益だったのです。

作業は困難を極めました。ブルーのマスクを被って演技するメリル、ブルーの布から顔だけ出したメリル、これらを撮影してデジタルで合成する訳ですが、当時のVFX技術はまだ限定的で、フィルム・スキャンのスピードも大変遅かった。なのでVFX作業や素材の数を可能な限りミニマイズする必要があったのです。

メリルの髪型はポニーテールですから、その差し替えのために3回目の撮影をILMで行ったり。また、彼女の背後のピアノの上は鏡が置いてある設定ですから、鏡の中の映り込みにも対応しなければなりません。VFXは、このように複雑で大変でした。メリルが首を持ち上げて伸ばすショットは、もう「馬鹿みたいに難しかった」です。階段での2人のケンカシーンも難易度が高く、困難を極めました。

――続いて「フォレスト・ガンプ」(1994)についてお聞きしたいと思います。ガンプがケネディ大統領と握手するショットがありましたが。

このショットは、まず実写のアーカイブ映像をゼメキス監督と一緒に見ながら相談しました。最初にVFXのテストをしたのはケネディ大統領の「トイレに行きたいそうだ」というセリフで、ケネディの口とセリフをどうマニュピュレートするかでした。

続いて、ガンプとケネディとの握手シーンですが、元の実写素材には出口付近を通り過ぎる女性などが写っており、これをデジタルのトリックを駆使して消し去る作業も発生しました。

握手は3回シェイクするので、撮影セットでケネディ大統領の実写映像を流し、クリックトラックにタイミングを入れ、それに合わせてゼメキス監督が「Shake Shake Shake」と言いながらタイミングを出し(笑)、撮影されました。そしてトムとケネディの手のマッチアップさせるために、デジタルで1コマ1コマ調整する必要がありました。他にもジョン・レノンとの対話シーンがありましたが、ビデオ画面のグレインが多かったりと苦労しました。

――足を失ったダン中尉の描写も話題でしたね。

多くのショットでは、単に足をペイントアウトするシンプルな方法で処理しました。とは言え作業の難易度は高かったですが。両足を失った姿が最初に登場するのは、たしか病院のシーンでした。俳優ゲイリー・シニーズの足はブルーのソックスを履いた状態ですが、膝に白い包帯を巻きました。これにより輪郭の形状がシンプルになるので動き回るシーンでも、膝から下をペイントアウトする作業が楽になりました。

ダン中尉がエビ漁船から海に飛び込み、夕陽の中で泳ぐシーンがあります。ここでは、ダン中尉が船の手すりに腰掛け、体を180°反転させて海側を向き飛び込みます。撮影では、ゲイリー・シニーズが腰かけている脇の手すりを部分的にカットして、ゲイリー・シニーズはブルーのソックスを履いた足をブラブラさせたまま体を回転させ、膝下部分はカットした手すりの切れ目から海側に通して飛び込みました。

手すりは、カットする前に撮影しておき、後でその部分だけデジタル合成で戻しています。もし、手すりはそのままでゲイリー・シニーズが足を延ばしたり&持ち上げて演技をしていたら、それがボディ・ランゲージに現れ観客に気づかれてしまう事でしょう。

――「コンタクト」(1997)についてお聞きします。よく話題に上がる例のショット、廊下の鏡を通して少女の頃のエリーが走ってくる姿が見える不思議なショットがあります。プロダクション初期に、監督とどのような会話があって、あのショットは出来上がりましたか。

初期の設定では、演出はやや異なっていました。カメラは彼女と一緒に動き、今で言う「バレットタイム」のような現象が起こる。あの「マトリックス」(1999)で有名になった、周りが静止していくというアイデアでした。最も97年当時の我々は、このエフェクトのアイデアはローリング・ストーンズのPV「Like a Rolling Stone」(1995)から学び、参考にしていました。その後ゼメキス監督は、もっと良いアイデアを出してきました。それが最終映像になりました。

あの撮影では、カメラマンは子役のエリーと階段を何度も何度も走らねばなりませんでした。そしてスローモーションになっていきます。技術的には、難易度が高いショットという訳ではありませんが、映像のアイデアとしては非常に斬新でした。なにしろゼメキス監督ですから(笑)。

「鏡を通して見えている」という設定ですから、「鏡」に見える“何か”を撮影しなければなりません。洗面台の鏡&内側に薬の収納があるセットを用意し、鏡の代わりにブルースクリーンを貼り、彼女の演技のタイミングにあわせてクルーが鏡を開けて薬を取り出し、扉を閉じます。鏡の淵にはディストーションを足して物理的なリアリティを出し、鏡に汚れを足し、それを通して部屋の中が見えるのです。これらを全部組み合わせて完成でした。

――ポッドの中のエリーのシークエンスで、ワームホールや体から出るエフェクトを始めとする斬新なエレメントがたくさん登場しました。これらの「宇宙的」なエフェクトは、どのようにアプローチしましたか?

全てのショットでセットアップが異なるので一概には言えませんが、Weta、ILM、SPIなど複数のスタジオが分散して関わっていました。たしかディストーションはILMで、ワームホールはWetaだったと記憶しています。

――今、視聴者から届いた技術的な質問です。最近脚光を浴びているLEDウォールを駆使した新しいバーチャル・プロダクションのテクノロジーを使った事はありますか?また、どう思いますか?

私はまだ使う機会がありませんが、LEDから得られる自然なアンビエントや、照り返し等の自然な光などは、素晴らしいライティング効果が得られると思います。私はグリーンスクリーンもブルースクリーンも大嫌いです。自然に見せる事が大変難しいですから。

――さて、続いて「ロジャー・ラビット」についてお聞かせください。
当時の様子を楽しそうに語るケン・ローストン。背後には「ロジャー・ラビット」のポスター。WEBキャスティングの画面より© VES

この作品もゼメキス監督の作品でした。脚本を読んだ瞬間、ファンキーな内容なのでビックリしました。最初の打ち合わせはユニバーサル・スタジオで行われました。会議室の中に入ると、ロジャー、ジェシカ、そしてベビー・ハーマンの完成度が高いフィギアーが並べてありました。

いくつかテストを繰り返しつつ、この作品のアニメーション・リファレンスになるような、アニメ史に名を残す良いアニメーション作品をリストアップしました。アニメーション・ディレクターだったリチャード・ウィリアムスは、素晴らしいアニメーター達を大量に雇い、彼のチームがロンドンのカムデンにスタジオを立ち上げました。

この時点で、もう説明がつかないくらい、ものすごい巨大なプロジェクトになってしまいました(笑)。この作品のためにカムデンのアニメーション・スタジオには2台の35mm 8Pビスタビジョンのカメラが入り、これらはゼロからデザイン&組み立てられました。これらを背景エレメントにして、フィルムで合成していくのです。劇中に登場するトゥーンタウンを担当するアニメーション・チームはバーバンクに作られました。仕事量は膨大になりました。お陰で打ち合わせのために各地を飛行機で飛び回らねばならず、忙殺されました(笑)。

私はアニメーションやカトゥーンが大好きです。特に黎明期のディズニーやワーナーブラザーズ、そしてMGMの作品などはね。打ち合わせで前述のカムデンのスタジオを訪問する機会があったのですが、スタジオの建物に入ると、そこにはお馴染みターンテーブルがついたアニメーション・テーブルが並び、紙にキャラクターを描く人、キーフレームやインビットウィーンを描く人、セルを彩色するペインターなど、制作現場を目の当たりにしてものすごく嬉しかった。正に夢が叶った瞬間でした。伝統的なアニメーションに従事する彼らへのリスペクト、そして「古き良き時代」を回顧できたのです。

この作品はオプチカル・プリンターによる光学合成でしたので、画面から人を消し去ったりする事ができませんでした。俳優とアニメ・キャラクターのインタラクションは、カメラリハーサルを何度も何度も繰り返し、タイミングをあわせて撮影しなければなりませんでした。

エディを演じた俳優ボブ・ホスキンスは天才役者でした。また、ロジャー・ラビットの声を演じた俳優チャーリー・フライシャーは毎日セットに来て、ロジャーと同じコスチュームを着て、耳までつけて、現場のセット脇で演じていました。一応、声録り用のサウンド・ブースも用意してあったのですが、それよりも現場で一緒に演じる事で、ボブ・ホスキンスとの掛け合い、テンポ、リアクション、アドリブ等がより自然に仕上がったのです。

――この作品の中で好きなキャラクターは?

最も好きなキャラクターは、ジェシカとロジャーでしょうか。白黒で出演したベティ・ブープも印象に残っています。

――過去の担当作品で、これはヤバい、もう間に合わないと思った作品は?

ははは、全部そうでしたけどね(笑)「コンタクト」は、もっとも大変な作品でした。「ロジャー・ラビット」の時は、ILMで週7日体制&9カ月間働きました。私だけじゃありませんよ!チーム全員がハードワークで頑張ったのです。皆、映画が完成する日を楽しみにがんばれたのです。

私は、これらのハードワークを「嫌だ」と思った事が一度もありません。このビジネスを長年続ける事ができたのは、日々のチャレンジを楽しめたからなのでしょうね。

――映画制作の上でテクノロジーの今後はどこへいくと思いますか?

テクノロジーは進化し続けるでしょう。私個人は、撮影現場で「より安く、より早く、より簡単に」撮影できるようになると良いなと考えています。

――続いて、「どうか、BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)3部作の、良い思い出&悪い思い出をぜひ監督に聞いてください」という質問が来ましたよ。

実際のところ、BTTF 3部作には、良い思い出がたくさんあります。1作目の時、初期テストの段階では「核爆発のエネルギーによってデロリアンを85年に送り帰す」という設定になっていました。しかし、これには周囲の建物の破壊などでVFXの予算が跳ね上がるという理由で、最終的には稲妻に置き換えられました。

私は当時「コクーン」も抱えていましたから、2つの現場を行ったり来たりしていました。しかし、BTTFの進行具合を見るのは楽しみでした。1作目の時は、爆炎ルックなタイム・トラベル、最後の空飛ぶデロリアンなどを楽しみながら作りました。

これが2作目になると、いろいろエスカレートして技術的にも各段に難しくなってて。デジタル革命前ですから、全部フィルムのアナログ合成ですよ。モーションコントロール・ライブアクション・カメラを構築してね。作業の中では、ショットのデザインが楽しかった。マイケル・J・フォックスが3役で画面に同時に登場して、お互いのアクションが絡むシーンは複雑で難しかったです。

未来の街で随所に登場するバックグランド・ジョークの数々も大変で、ジョーズのフォログラムは出てくるわ、空飛ぶタクシーなど。ものすごく困難な仕事で大変でしたが、チームの面々が楽しかった!これが最も重要なポイントですよ。チームのおかげで乗り切る事ができたのです。

3作目は西部劇です。最後の機関車は1/4スケールのミニチュアモデルをロケ地で橋のセットから落として爆発させ、スローモーションで撮影しました。モデルは完全に破壊され大成功でした。そして、念のために用意してあったもう1台の機関車も落として別テイクを撮影しました。こういうロケ撮影は火薬も使うし危険を伴いますが、撮影は大変楽しいものでした。

西部の街の撮影は、カリフォルニアのジェームズ・タウンという広大な場所に線路があったので、そこに設営されました。撮影監督のディーン・カンディは東奔西走していました。ゼメキス監督は初日に「ゼメキスの西部の街へ、ようこそ!」と言ってました(笑)。セットへ行くとカウボーイがいて、馬がいて、ドレスを着た女性達がいて、そこはもう「西部そのもの」。素晴らしい体験でしたね。

――「アリス・イン・ワンダーランド」について、撮影面の質問が来ました。チャレンジの1つに、サイズの違うキャラクターを撮影する必要ありましたが、ご苦労は?

私はエレメントを細かく分けて、異なるセットアップで撮影するのは避けたかった。なぜなら、撮影のペースが大きく落ちてしまうからです。また、アリスと女王など他のキャラクターとのインタラクションも難しくなります。

そこで、なるべく一度に多くの要素をオン・セットで撮影できるようにしました。グリーンスクリーンでのデジタル撮影でしたが、素材の解像度さえ十分であればブローアップにも耐えられます。覚えているのはすべてが困難だった事、そしてカメラシステムは当時としては超高解像度だったという事です。クリエイティブ・チャレンジが必要であったという観点でも思い出に残っていますね。

――最後にすべてのフィルムメイカーやVFX業界のみなさんへ、アドバイスをお願いします。
「オーマイガー!」とアクションも交えて語る、ケン・ラルストン。WEBキャスティングの画面より© VES

昔の名作映画を観て学ぶ事は、スキル向上の面でとても大切だと思います。ご存知のように、過去の作品には偉大な名作がたくさんあります。今見ると少々ファンキーであっても、学ぶべき点はたくさんあるのです。例えば、オリジナルの「キングコング」(1933)。当時の世代にとって、あの作品の登場は、おそらく「スター・ウォーズ」にも匹敵する衝撃で、観客は「オーマイガー!なんてリアルなんだ!」と驚いた事でしょう。

それまでの標準的なVFXとテイストが全く異なり、当時の技術では表現不可能な映像でショックも大きかった事でしょう。これは、ハリーハウゼンのストップモーション作品もしかり。チャック・ジョーンズのアニメーションもしかりです。

さて、私がみなさんにおすすめしたい事は、映像の作り手であれば撮影監督が素晴らしい仕事をした作品に目を向けるべきです。「市民ケーン」(1941)や「狩人の夜」(1955)では、優れた撮影監督の偉業を観る事ができます。キーライトやリムライトはどうなっているのか、なぜライティングがこんなに美しく見えるのか、などを深く観察する事が大事です。もしあなたがキャラクターアニメーターであれば、演技にも着目するべきでしょう。

全般に言える事は、立ち止まらず学び、進化&変化に対してもフレキシブルでなければなりません。それ以外にも、ハードワーク、規律正しく、など大切なことはたくさんあるのですが、映画ばかりでなく「人生について」学ぶ事も大切です。

なぜなら、映画というものは大概の場合、人が人生において「こうありたい」と思う姿を映し出す事が多いのです。そう、つまり決して簡単ではないという事がご理解頂けると思います。しかし、これらを「深く長く」観察する事はとても大切だと考えています。

――今日はありがとうございました。

最後に

さて最後に、新しい読者の方やVESそのものをよくご存知でない方のために、VESとは?を簡単にご説明しておく事にしよう。

VESは、アルファベット3文字を「ヴィ・イー・エス」と呼ぶのが正式な呼び名である。これは「Visual Effects Society」(米視覚効果協会)の略で、米監督協会、脚本家協会、俳優協会等と並ぶ、ハリウッドの映画ギルドの1つである。設立は1997年で、会員はハリウッドを中心とする映画、テレビ、アニメーション、ゲーム等のVFX制作に従事する世界中のプロフェッショナル達で構成される。

現在、米国および世界40ケ国に約4,000人以上(VES発表)という会員数を誇る。もちろん、日本からでも加入が可能である。会員は年々増え続けており、文字通り世界最大規模のVFX業界のギルドである。会員になるには、5年以上の現場経験を有する事が条件とされる他、現役会員2名からの推薦状が必要とされる。

そして、年2回行われる理事会の承認を経て、晴れてメンバーになる事ができる。このようにVESは「VFX業界の、プロの、プロによる、プロのための協会」なのである。

VESの会員になると、今回のような講演やセミナーを視聴できる機会や、試写会に無料で参加できる特典等がある。もちろん日本からでも入会が可能なので、ご興味をお持ちの方は下記リンクをチェックしてみると良い。

VES

ご参考:

VFX Pros: Home Editionケン・ローストンによる講演のオリジナル動画をご覧になりたい方は、コチラで公開されているので、是非チェックされたし。
Visual Effects Society: VFX Pros: Home Edition-At Home with VFX Game Changer Ken Ralston


WRITER PROFILE

鍋潤太郎 ロサンゼルスを拠点とするVFXジャーナリスト。


[ Writer : 鍋潤太郎 ]
[ DATE : 2020-10-07 ]
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フリーランスの映像講師。Adobe Community Evangelist。アドビ製品でビデオ編集をどのようにやっていくか日々模索中。FacebookではAfter Effects User Groupの管理人として勉強会なども随時行なっている。
山本加奈
山本加奈 KANA YAMAMOTO デジタル・フィルム・フェスティバルRESFESTのディレクターを経てウェブマガジンwhite-screen.jpの編集長を務める。2017年11月より映像表現カルチャーを紹介するNEWREELを創設。伊藤ガビン氏とともに編集長を務める。他、海外のクリイティブイベントのプロデュースやインタビューを通して才能の発掘や、業界の意識改革に貢献する。2018年は Motion Plus Design(パリ)のTokyo meet up総合司会や、ILMのDoug Chiangを迎えたTHU(ポルトガル)の東京ギャザリングをプロデュース。
柏原一仁
リリーヒルワークス代表。銀一株式会社にて映像機器・写真用品のセールス・マーケティングを経て独立。好きな食べ物はからあげ。
曽我浩太郎
未来予報株式会社 代表取締役・プロジェクトデザイナー。新ビジネスに特化したリサーチ・コンセプトデザイン・コンサルティングを専門に行う。2019年6月SXSW Japan Officeを設立。著書『10年後の働き方「こんな仕事、聞いたことない!」からイノベーションの予兆をつかむ』が好評発売中。
井上晃
映像制作会社「有限会社マキシメデイア」代表、制作プロデューサー&キャメラマン。Facebookグループ「ATEM Tech Labo」、「Grass Valley EDIUS ユーザーグループ」を主催して、ATEMやEDIUSの布教に、日々勤しんでおるでよ。
石多未知行
クリエイティブディレクター、映像クリエイター、空間演出家。PMAJ代表、東京芸大 非常勤講師。空間演出やプロジェクションマッピングを中心に様々なメディアを使った企画演出を手掛ける。
奥本宏幸
大阪を拠点にしているフリーランスの映像ディレクター。演出・編集・モーショングラフィックをバランス良くこなす。フィンランドサウナが好きです。のびしろラボ管理人。
小林譲
イギリスにて大学卒業後、現地の会社にて映像編集を学ぶ。2006年に帰国。大手ポスプロIMAGICAにてテレビ番組を中心に日本のキャリアをスタート。後にドラマ、音楽系、CM系へと活躍の幅を広げる。2017年に独立。オフラインからアートデザインまで、作品の全体パッケージを監修することも多い。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。noteで不定期にコラム掲載。
染瀬直人
映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター。2014年、ソニーイメージングギャラリー銀座にて、VRコンテンツの作品展「TOKYO VIRTUAL REALITY」を開催。YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。Google × YouTube × VR SCOUTの世界的プロジェクト"VR CREATOR LAB”でメンターを、また、デジタルハリウッド大学オンラインスクール「実写VR講座」で講師を勤める。著書に「360度VR動画メイキングワークフロー」(玄光社)など。VRの勉強会「VR未来塾」を主宰。
安藤幸央
無類のデジタルガジェット好きである筆者が、SIGGRAPH ASIAやCESなど海外の注目イベントを紹介。
高野光太郎
Cosaelu株式会社 代表取締役 / 映像ディレクター ミュージックビデオ、番組オープニングタイトル、CM、劇場映画、全てをデスクトップで制作。
ヒマナイヌ
頓知を駆使した創造企業
駿河由知
中央区築地出身。マルチカメラ収録&配信ユニット「LiveNinja」メンバー。2006年より株式会社スタートライン設立。外務省、国連機関、国際NGOなどの国際会議やシンポジウム、企業イベントなどのライブ配信を担当
山本久之
映像エンジニア。フリーランスで映像設備のシステムインテグレーションと、ノンリニア編集に携わる。
ベン マツナガ
未来シネマ/ディレクター。ハリウッドでの大型映像制作、短編時代劇の自主映画制作を経て、現在は、映像を通じて人と人をつなぐことをテーマに様々な映像制作に取り組んでいる
河尻亨一
1974年大阪生まれ。雑誌「広告批評」を経て現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰、企業コンテンツの企画制作なども行う。デザイナー石岡瑛子の伝記「TIMELESS」(http://eiko-timeless.com/)をウェブ連載中。
茂出木謙太郎
株式会社キッズプレート代表。「楽しいInternetコンテンツ」をテーマに活動。現在VRの可能性をまさぐり中。CG-ARTS協会会員
稲田出
映像専門雑誌編集者を経てPRONEWSに寄稿中。スチルカメラから動画までカメラと名のつくものであればなんでも乗りこなす。
小池拓
(有)PST 代表取締役。1994年より Avid、Autodesk、Apple、Adobeなどの映像系ソフトのデモ、トレーニンングを行っている。
黒田伴比古
報道・ドキュメンタリーエディターでありながら、放送機器に造詣が深く、放送局のシステム構築などにも携わるマルチプレーヤー。
ヒラタモトヨシ
ファッションとテクノロジーを繋ぎイノヴェーションを生み出す事をライフワークとし、WEB/ライブメディア/高精細映像表現を追求。
猪蔵
いつも腹ペコ。世の中の面白いことを常に探っている在野の雑誌編集者。
須藤高宏
東京・国分寺市に於いて録音スタジオ「マイクロサウンド」を運営し各種録音編集に携わる傍ら最近では各種イベント配信音声を担当。
林永子
映像制作会社勤務を経て、2002年よりMVライターとして独立。映像サロン『スナック永子』主催。日本初監督別MVストリーミングサイト『TOKYO VIDEO MAGAZINE VIS』の編集長。2016年初エッセイ集『女の解体』を上梓。
ViewingLab
未来の映像体験を考える有志の研究会。映画配給会社、映像作家、TV局員と会員は多岐に渡る
石川幸宏
20年以上にわたり映像系ジャーナリスト/アドバイザー/プランナーとして活動、2016年よりHOT SHOTを創刊、同編集長としても活動中。
山下香欧
米国ベンチャー企業のコンサルタントやフリーランスライターとして、業界出版雑誌に市場動向やイベントのレポートを投稿。
岡田智博
クリエイティブクラスター代表。メディアアートと先端デザインを用いたコンテンツ開発を手がけるスーパー裏方。
萩原正喜
米国コロラド州から、米国のデジタル放送事情からコロラドの日常まで多岐に渡るコラムをお届けします。
坪井昭久
映像ディレクター。代表作はDNP(大日本印刷)コンセプト映像、よしもとディレクターズ100など。3D映像のノンリニア編集講師などを勤める。
しらいあきひこ
カメラメーカー、ゲーム開発などの経験を持つ工学博士が最先端のVR技術を紹介。
秋山謙一
映像業界紙記者、CG雑誌デスクを経て、2001年からフリージャーナリストとして活動中。
今間俊博
アナログ時代の事例を通じ、教育関連の最新動向を探る。
金田浩樹
映画・テレビの映像制作を中心に、USTやニコ生等、ライブメディア各分野を横断して活動中。ジャンルや固定概念にとらわれない構成力と発想に定評あり。
伊藤裕美
オフィスH(あっしゅ)代表。下北沢トリウッドでアニメーション特集上映を毎年主催している。
UserReport
業界で話題の商品を実際に使ってみてどう感じたかを、各方面の様々な方々にレポートしていただきました。
System5 Labs
SYSTEM5スタッフが販売会社ならではの視点で執筆します。
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