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映画やテレビの現場ではゼンハイザーMKH416が定番マイクだ。YouTubeでは同社のMKE600が「神マイク」と称されている。そのマイクを手に入れたが、なぜかいい音にならないと悩む、そんな人はいないだろうか?今回は、定番マイクとその音質について解説したい。

定番マイクを買ってみるとわかること

まず、ビデオグラファーにとって高級マイクの購入は、かなり勇気が必要だと思う。かつて私も若い時、マイクの投資は清水の舞台から飛び降りるような気分だったのを良く覚えている。

世界中の録音技師が愛するMKH416。テレビのような声を録るならマイク先端から60度くらいの画角。映画のような微妙な声を録るには30度くらいのピンポイントな画角で使う

私が最初にMKH416を買ったのは、まだ30代だったと思う。当時はカメラの方が面白く、色々なカメラを物色していた。ただ、テレビのレギュラー番組を持つことになって、音の品質を放送クオリティーに上げる必要があり、急遽、買うことにしたのだ。マイク(MKH416)とマイクブーム、さらにはミキサー(プロテックX30)を購入して、これだけで50万円近かったと思う。

買ってみて思ったのは、無線ピンマイクの方が圧倒的にいい音だ、ということ。こんな高いマイクを買うくらいなら、無線マイクの台数を増やした方が良かったと嘆きもした。

MKE600
4万円程度の中堅定番マイクMKE600。MKH416に良く似た音だが、いい音の画角(指向性)は若干狭い。開放値の明るいレンズのようなマイクで、画角調整が非常に重要だ

MKH416などの映画やテレビの定番マイクだが、当然のことながら、マイクの扱いは職人芸を必要とされる。ここでもう、勘がいい読者の皆さんはお気づきだろう。そう、プロが使う定番マイクというのは、プロが使うからこそ、その実力が引き出せるのだ。一夜漬けの技術ではなかなかうまくいかない。

この連載でもマイクワークの話は再三している。MKH416やMKE600のようなショットガンマイクというのは、使い方が非常に難しいのだ。うまく使えば最高の音になるし、使い方を誤ればひどい音になる。

しかし、嘆くことなかれ。ちょっとしたポイントで、実は誰でもいい音を手に入れることができる。人気YouTuberがいい音で配信しているように、いい音を手に入れるのはそれほど時間をかけて勉強するものでもない。

同じマイクなのに、音が悪いのはなぜ?

根本的な疑問にお答えしよう。定番マイクは色々あるが、前述のようにお金を稼ぐマイクといえばMKH416だ。最近ではRODEのNTG3を映画の現場で見かけることもある。先日、茨城県の歴史映画のロケにお邪魔した時、中堅の録音技師がNTG3を使っていた。

MKH416の音にも飽きてきたので、ちょっと違うマイクを使ってみているんです。

確かに、映画もテレビドラマも、みんな同じ音だ。

中堅の録音技師さんが、RODEのNTG3で集音している。映画「若鷲に憧れて~元予科練生の回顧録~」(監督:松村克弥 出演:布施博ほか)

カメラで考えてみると、「あの絵はREDっぽいよね」とか、「**レンズっぽいね」とよく耳にする。音の世界も同じで、我々録音部が聞くと、「ああMKH416だ」とか、「RAMSAっぽいね」と聞き分けられる。つまり、マイクが同じなら、同じ音になるはずなのだ。しかし、実際に使ってみるとなぜか変な音になってしまう。

ポイントはいくつかあるので、1つずつ分析してみよう。

1:マイクの距離は適切か

まず、マイクにはピントがあることは、この連載でも何度も解説している。どんな定番マイクを使っても、ピント範囲にマイクを設置しなければいい音にならない。

ここでの問題は録音環境だ。マイクのピント範囲は、レンズ被写界深度に似ている。例えば体育館のような音が響く場所ではピント範囲が狭くなる。つまり、被写体に近づかないとピンボケになる。一方、スタジオのように残響がない場所では、ピント範囲が広くなって、極端な話、静かな湖面の上で100m離れてもいい音に録れたこともあった。

マイクの距離は、録音環境に応じて変えなければならないのだ。だから、人気YouTuberと同じようなセッティングをしたとしても、部屋の構造や広さが違えば、当然のことながらピント範囲が変わってくる。録音技師の直感で言えば、普通の部屋だと50cm以上離れたらピンボケの音(残響が大きくなる)になる。

ゼンハイザーMKE200。人気YouTuberが神マイクと称して、市場でも人気が高い。特殊な風防の入った指向性マイクで、自撮りの距離に最適化されているようだ。ただし、感度が高いので電気ノイズに弱い傾向があり、室内での録音ではブーンというハムノイズに悩まされるユーザーもいるようだ

2:マイクの角度は適切か

マイクの距離だけでなく、マイクの角度も非常に重要だ。この連載の最初に解説したが、カメラのホットシューに載せたショットガンマイクほど、ひどい音を録音するセッティングはない。カメラの上のホットシュー位置は、マイクにとっては地獄なのだ。そんな場所にセッティングしていい音にならない。なって叫ぶのは、ああ、悲しいことだ。

さて、マイクの角度だが、とにかく水平を避ける必要がある。スタジオのように残響がない部屋ならどんな角度でもいいが、普通の部屋や屋外では、水平設置はマイクに死ねというのと同じなのだ。

ほとんどの雑音は横方向から飛んでくる。例えば人の声だが、口は水平方向へ向いている。口から出た音はそのまま壁にぶつかって反射する。反射した音はまた別の壁に当たって戻ってくる。これが残響だ。つまり、残響は、ほぼ水平方向からやってくるのだ。ホットシューに載せたマイクというのは、残響キャッチャーだと言ってもいいくらいだ。

では、どんな角度がいいのか。基本は斜め上から録音するのがベター。ただし、これも部屋の構造や材質で変わってくる。どのくらいの角度がいいのかはやってみないとわからない。しかし、マイクを上からぶら下げるのは大変なことだし、面倒だ。

そこでおすすめは、マイクを斜め上に向けること。これなら普通のマイクスタンドで設置できる。マイクスタンドは2000円しないので、ぜひ使ってみて欲しい。テレビの会見を良くみてほしいのだが、卓上に置かれたマイクは斜め上へ向いて設置されている。あれを真似ればいいのだ。

3:マイクの得意な距離を把握せよ

さて、上記の1と2がマイクセッティングの基本なのだが、MKH416やMKE600のような長い全長のマイクを斜め上に向けてセッティングするのは難しい場合もあるだろうし、実はこの2つのマイクは、それほど口の近くで録音するのに適しているとも言えない。ただ、1の条件では、部屋の環境によってはマイクを近づかなければ残響が大きくて聞きにくい音になることもある。

もっと簡単に言えば、私が普段YouTubeの動画を自撮りで撮影するときには、スイッチャーや他の家族の生活音、換気扇やクーラーなどの音がかなりうるさい部屋で行っている。しかし、マイクとミキサーの設定を最適化することで、環境音が気にならなくなる。

そのコツは、マイクの距離と角度、そして適切なマイク選びにあるのだ。適切な距離と角度とマイクボリュームがわかれば、ミキサーのノイズ軽減機能(ノイズゲートやコンプレッサーなど)で環境音を聴こえなくすることもできるのだ。

そこまでしなくても、端的に言えばピンマイクを使ってしまえば、マイクの距離も角度もほとんど気にしなくても簡単にいい音になる。マイク選びに困ったら、とにかくピンマイクを使えばいいのだ。ピンマイクを使わないのであれば、口の近くで使える仕様のマイク(ボーカルマイクなど)を使う。とにかく、うるさい部屋では口の近くへマイクを持ってゆくことが重要なのだ。

このように、部屋に応じたマイク選びも重要だ。マイクもレンズ選びに似ているわけだ。あなたが持っているマイクの得意な距離や角を把握することが重要で、そのためには何度か試し撮りが必要になる。ショットガンマイクのような指向性の強いマイクは角度が非常に重要だし、ピンマイクのような無指向性マイクなら距離だけを選べばいい。

4:もっとも重要なのは発声方法だ

実は人気YouTuberと普通の人の違いは、発声方法だ。毎日動画を公開するくらいのYouTuberだと声が鍛えられていて、マイクが拾いやすい声質になっているのだ。また、音量もしっかりしていることも重要だ。マイクも得意な音量というのがあり、囁くようなか細い音ではそれだけで音質低下の原因になる。

映画の現場でも、下手な役者ほど声が小さい。マイクに声が入ってこないのだ。小さい声は環境ノイズとの差が小さいので、ノイズリダクションを使うと極端に音質が下がる。声量が十分にある声はそもそも環境音に負けないので、無加工でも環境ノイズが聞こえない。言い方を変えると、声量が大きいとマイクボリュームが下がる。マイクボリュームが下がると環境ノイズも下がる。つまり、声が大きいだけで音質が上がるのだ。

ここが人気YouTuberと普通の人との大きな違いだ。想像してみてほしい。屋外で自撮りする場合、十分な声量で喋るとなると、そりゃ勇気と度胸が必要だ。そんな恥ずかしさに負けないで十分に大きな声で録音するからこそいい音になるのだ。

例え、ホットシューの水平セッティングであっても、声量が十分にあるといい音に聞こえてしまうのだ。つまり、神マイクなどと言っているが、そもそも適切な声量と滑舌の良さがあるからこそ、そのマイクの実力を引き出せているのだ。定番マイクを使っても音が悪いというのは、まぁ、声が悪いということかもしれない。

具体的なポイントはYouTubeでも解説している

いずれにせよ、定番マイクは持っているといい。そのマイクでテレビや映画のような声を録れるようにマイクセッティングと発声方法を模索する、それが録音の面白さであり、録音技術をマスターすることになるのだ。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。