映画祭をオンライン開催するメリット

前回に引き続き、札幌国際短編映画祭の創始者・プロデューサーである久保俊哉氏にお話を伺う。去年のパンデミックの中、いち早くオンラインでの開催を決めた久保氏は、これを一つのチャンスだとも捉えていたという。

久保氏:

うちの映画祭は他の映画祭に比べてまだまだ一般の方々には知名度も低く、札幌という場所で開催するというデメリットもありました。それがオンラインという、同じ土俵で開催できるというのは世界に向けたPRのチャンスだと思いました。
他の映画祭が無料だったり国内限定だったりする中、うちは世界各国でチケットを売り、視聴する事ができるシステムを作り上げ、実際、世界中の人がチケットを買って観に来てくれた。これはいつかリアル開催した時にも大きな効果になるはずですし、恐らくその時もオンライン開催は続けると思います。

──以前このコラムでもネット配信が世界に向けて収益化できるチャンスだと言ったことがありますが、最近になって、税金や放映権の問題で、そう簡単にはいかない状況になってきています。現に大手チケット販売サービスやAmazonのようなプラットホームでさえ、国内限定であったり、国をまたいでの視聴が出来ない状況です。そんな中、いち早くボーダーレスでチケットを売る事ができるシステムを作り上げたというのは見事だと思います。

久保氏:

正確に言うと国によってもできる事出来ない事はあるし、作品としても国内でしか流せないものもあるので、結局は複雑な作業と手続きが必要になりました。ただ、オンラインで見てくれた方の中には、その作品を実際のスクリーンで見てみたいという方が相当数いらっしゃいます。
そして、会いたいと。やはりこれが映画祭の醍醐味ですからね。だからオンラインは収益を得ながらの一つの宣伝だと捉えています。さらに短編映画というのは単体としては弱い部分がまだあって、それを札幌国際短編映画祭という括りで提供するブランディングの意味もあります。
あと、これからの希望としては、投げ銭のような形で視聴者が気に入った作品やクリエイターをダイレクトに応援できるようなシステムもできればと思っています。

──映画を観た後にその監督や俳優に出会ったとしても、その場で財布からお金を出して投げ銭するというのはなかなかできる事ではない。これはオンラインならではの利点かもしれないですね。

久保氏:

もちろん当初はオンラインで映画を流すということは考えていませんでした。なぜなら、作った人たちにとっても、ネットで流すということに抵抗があったし、収益化することも難しいと考えられていたからです。
ただ今のような状況になって、半分仕方ないからという事ではあるのでしょうけど、配信という新しい道が拓けた。そこは変化した事なのかもしれませんが、元々短編映画をマネタイズできるようにして、継続的に作り続けるようにしたいというビジョンはありましたから、そこは変わっていないです。
例えばメジャーの長編映画がオペラだとしたら、小さなバンドでやっていた音楽が、支持を得てお金が入るようになるようなイメージですね。そういう舞台を作りたかったんです。
私たちの時代で音楽に出会うきっかけってラジオだったんです。ただ聞くだけじゃなく、そこにはDJがいて、いい曲を集めるキュレーターであり、曲やバンドの解説をしてくれて、それで興味を持ってレコードを買う。映画祭の役割ってそういう事だと思うんです。
私の企画で"フィルムメーカーセクション"というのをやりだしたんです。それは45分の間に一人の監督の短編3本のプログラムで応募してもらって、その監督の世界観を知ってもらう。
一本の映画は知っていてもその監督、ましてやその人の世界観やテーマは知らない人が多い。そこに光を当て、さらに興味を持ってもらう。そういう事をするのに短編映画はもってこいなんですよね。
これをやったのは世界中で札幌国際短編映画祭だけだと思いますよ。実際そこから現在活躍されてるクリエイターもいて、残念ながら様々な事情でここ3年ほどは出来ていないんですが、ぜひ復活させたいと思っている企画です。

──ぜひぜひ復活させていただきたい!私もクリエイターとしてぜひ挑戦したい!!実際、一つ一つの作品にそれぞれのテーマはありますが、それを次々作り上げる根元には、やはり私自身のテーマや世界観があります。

例えば音楽においても曲のファンとアーティストのファンは違うし、やはりアーティストとして好きになってもらえないとなかなか長続きはしないものです。もちろん、そのためにはアーティスト自身がテーマや世界観をしっかり持っていなければならないが、そこで勝負できる"本物"でありたいと思います。

久保氏:

実は20年ほど前から"シネマライブハウス構想"というのを考えているんですけど、音楽には小さなライブハウスが全国いろんなところにあって、そこにレコード会社のA&Rが才能を探しに来て拾ってゆくという場所を映画でもできないだろうか?というもの。
地元のライブハウスだから監督も俳優もそこにいて、直接話を聞いたり質問をぶつけたりして、その人となりや持っているテーマ、ポリシーに触れる。これはとても楽しい事なのではないかと。

──大賛成!作品のストーリーやテーマは作品を観ることから感じ取ってもらい、余り多くを語るのは良くないという考え方もあります。だが、"なぜ、その作品を作ったか"また、作家がライフスタイルの中でどういうテーマを持ち、これからも作品を生み出そうとしているのかという事は、上映の合間の型通りの舞台挨拶なんかでは伝わりません。

実際、私も充分な時間があって、そういう話をじっくりしたことがありますが、オーディエンス達にも好評で、すごく入り込んでくれるし、その分、鋭い質問や感想も飛んでくる。そういう"ライブパフォーマンス"がインディペンデントの映画作家には必要なのではないでしょうか?

また、音楽のライブハウスで行われている"対バン"のように、複数の作家が久保氏の言うような短編のプログラムを持ち寄れば、ついでに観た作品や出会った作家に対する客層の拡がりにも繋がると思う。逆にそういうテーマを持たない作家は自然に淘汰されるだろうし、それが映画文化の底上げにも繋がると思います。

久保氏:

私は偶然性というか、シンクロニシティーやセレンディピティ(セレンディピティ:素敵な偶然に出会ったり、予想外なものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである)みたいなものから起こる何かを信じています。だから余り決め込むような事はしなくて、少なくとも2、3割は余白を残しておく。自分が想像できる範囲で物事を組み立てるとそれを超える事が出来ない。
逆にその余白からとんでもない化学反応が起こる事があるし、それを期待しているんです。私自身の経験として、昔、ジーン・ハックマンやアル・パチーノが出演していた「スケアクロウ」という映画を観に行って、二本立てのもう一本が「明日に向かって撃て」だったんですよ。全然ノーマークだったんですけど、今では僕の好きな映画ベスト5に入ってますもんね。そういう偶然性を残しておきたいんです。
今はネットでAIが勝手に"お前、これ好きだろう?"みたいな奴を提示してくれますが、もし私がAI作るんだったら"お前、これ嫌いだろう?"みたいなやつも少し混ぜておきますね。それが多様性だと思っているんです。
映画館の業態自体もシネマライブハウスだったりシネマカフェだったり、加速度的に色々出てくると思いますし、そこで必要なのが質の高いコンテンツを継続的に提供できるかどうかなんですよね。
だから映画祭で集めて流すだけではダメだと思っているんです。やはり、それをきっかけに作品やクリエイターが向上していかないと意味がないと思っています。

総括

立場は違っていても私がFilm Japanesqueというレーベルを立ち上げた思いや問題意識と繋がる部分が多い。今後も久保氏とは何かの形で連携して、映画文化の底上げ、多様性に貢献していきたいと思う。

また、今年も引き続きオンラインでの開催を決めている札幌国際短編映画祭だが、なんとかリアルでの上映も同時に行うハイブリッド開催を目指して、現在調整中だという。随時、ホームページをチェックしていただきたい。

ちなみに、今年、札幌国際短編映画祭に世界中から集まった作品は、久保氏も驚いてしまうほどレベルが高いらしい。開催を楽しみに待とうではないか!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。